キツネさん、跳び回る
世界を行って帰って来て、ただ今の時刻は午後九時を回ったところ。しかし俺の体感時間は昼食を摂った直後でなんとも感覚が伴わない。キツネさんは平然としていたが、世界を瞬時に飛び回れもすれば、それも慣れるものなのだろうか。慣れる前に体調を崩しそうなので、できるだけ勘弁していただきたいところだ。
ソルさんが迎えに来るのを待つこと約三時間。
その間、キツネさんはサツマイモ以外にもいろいろと物品を揃えていた。近所の深夜営業をしているスーパー以外にもどこか巡って来たのか、文房具やら他にもこんなもん持って行ってどうするんだというものまで、様々な物資が部屋に運び込まれた。
「キツネサン、イソイデ頂けマスか……」
「おう、すまんすまん」
量としてはキツネさんがいつも土産に持っていく物品と大差ないのだが、それを運び込む間ずっと世界と世界を繋ぎ続けるのはソルさんにはしんどいらしく、カタコトマシマシで弱弱しい言葉ながらも珍しくキツネさんの行動を急かしていた。部屋にいる者全ての手をもって荷物を搬入し終え、俺とキツネさんの後にソルさんが穴をくぐり抜けて来ると、その場でぐったりと倒れ込んでしまった。よほど疲れたのか、変な日本語でも魔力を介した俺にも意味の分かる言葉でもなくブツブツ呟いている。大丈夫かと声をかけようかとも思ったが、何にせよ俺にできることなどない。ねぎらう程度だ。
通り抜けて来た場所は、先ほど昼飯を御馳走になった屋敷のように思える。板間の上なのでソルさんも遠慮なく転がっていられる。
しかし、季節が違う。
「これは……こちらは、今は春か秋ですか」
「秋のようじゃの」
縁側から外を眺めてみれば、黄金色の穂波が見える。
来て早々また上着を脱がなくてはいけないかと思っていたが、冬のストーブをつけた中の部屋着でちょうどいい。夏と冬を渡って秋である。文字面だけで考えると一年以上時を経ているように思えるが、たかが数時間のうちだ。異世界に来ることもそうだが、なんだかこれもとってもファンタジーな体験をしているなあ。
空を見上げて物思いにふける視界の端から誰かが近づいてきた。キツネさんに対応を任せ、俺はおとなしく部屋に戻る。俺の知らないその女性は、異世界初日に俺の寝床を用意してくれた人と同じ服装をしてキツネさんにうやうやしく頭を下げているところを見るに、キツネさんの身内だとかそういう類の人なのだろう。
キツネさんは廊下に出てその人から何某か報告を受け鷹揚に頷き、俺の横でぶっ倒れているソルさんに向き直る。
「ソル、解決はできんかったのか」
『各々信長さんを含めて定期的に会合を開くと取り決めただけで十分でしょう。あの面々を長期間拘束していられるはずもありませんし、数カ月でなんとかできる問題じゃないですって……』
ソルさんが転がったまま顔だけ横に向けて返事をする。営業がとって来たふざけた案件を愚痴るオペレーターと同じ気配を感じた。なんだかとっても親近感。
「ああいや、責めているわけではないのじゃがの。すまん」
『いえ、頼まれたことそのものは楽しいんですけどね』
「迎えに来てくれたときに一言聞いておきたかったと思ってな」
『そんな余裕なかったんですよ……』
のそのそと起き上がりながら、キツネさんの謝罪をゆるゆると手を振って否定するソルさん。仕事そのものは楽しいってのもなんか親近感。でもなんか言葉の端々から感じるに、キツネさんがブラック企業化していないか心配である。
……せっかくの長期休暇になんで仕事のことなんか考えにゃならんのか。
二人が会話している間、誰にも悟られず俺がひっそりと胸にちくりと刺さる悲しみを抱えていると、再び部屋に誰かがやってきた。
「先々頂いた御恩、深く感謝しております」
「おうおう姉御、夏以来じゃの。それでも儂らがこうも短い間に顔を合わせるのは珍しいことじゃが」
「娘に猿か。儂からすると数時間前のことじゃが、お主から見たら数カ月前のことになるのか」
やって来たのは信長さんに秀吉さんである。
「ははあ。世界を渡ると時まで超えるとソル殿が言っておったのは本当なんじゃなあ」
「おうよ。儂もタダシ殿もお主らが用意してくれた昼飯がようやく落ち着き始めたところじゃ」
部屋の入口で三人が談笑し始めた。信長さんもいい感じに硬さが抜けて話せている。
「いやあ、有り難いんですけれど、あの面々が定期的に来るとなると、お食事など何をご用意したらいいものか悩みどころでして」
「困っているものを助けるのに、お釈迦様はそのようなことを気にしてはおらんと言うておろうに」
「猿、娘。そこは土産物に保存のきく菓子やら酒やらも用意しておる。好きなように使うがよい」
どうもキツネさんは色々と考えて、いつもとは違うものを土産として揃えていたようだ。まあいつも異世界に持ち込んでいたものは自家消費用の酒なだけなんだろうが。
「おおう。姉御が気を利かせておる……」
「良妻はそういうものじゃろう」
「タダシ殿、姉御は己のことを良妻と言っておるが、どうなのじゃ」
「……あってると思いますよ」
俺にそんな話を振らないで頂きたい。
キツネさんは上機嫌に笑みを浮かべ、秀吉さんは悪戯小僧のようにクツクツと笑い、信長さんはごちそうさまと顔が言っている。気恥ずかしくて顔をそらした先には、その良妻が持ち込んだ物品が積まれていた。




