キツネさん、儲ける
「ふう、満足した。ちと食べ過ぎたかの」
普通に食べ過ぎですね。俺も煽ったことは確かだが。
「さて、これからどうしますかね。新宿をぶらつくだけでも面白いかもしれませんが」
「そうさのう。面白そうじゃが、買えぬものを眺めてもの。タダシ殿への恩を返すのもあるが、自由に遣えるものも欲しい。銭を手に入れる手段を考えたいのじゃが。まともに働くためには何が必要かの」
金の自由は行動の自由だ。気兼ねなく遣える金がないと窮屈だろう。
真っ当に考えるなら戸籍か、外国人登録証ってとこが必要だ。どちらにしても、キツネさんの方の日本と、こちらの日本が国同士として交流がなければ正当な取得は出来ないだろう。
いや、そもそも。
「キツネさんの方の日本と、こちらの日本とで国としての交流をする予定はありますか?」
「儂が勝手に来ただけじゃからの。国としての判断は何も持ってはおらぬ」
「まずそこですね。キツネさんが今後わずかでも異世界の住人としてこちらで活動する予定があるならば、こちらの戸籍をでっち上げると後で面倒かもしれません。出来るかどうか分かりませんが」
俺の言葉を受けて少し思索にふけるキツネさん。シェイクの入ったカップを揺らし、ふむ、と一息つく。
「……なんとも言えぬの。しかし特に問題あるまい。いくらでも姿など変えられるし、政治の話になったら政治の話を出来る者を引っ張り出すからの」
「いいならいいですけど。まあ異世界人との交流なんて聞いたことないんで、戸籍の一つや二つくらい、なんてこともないかもしれませんが。ただ、どうやって戸籍を作るかですね」
スマートフォンで軽く調べてみる。
戸籍のない日本人ってのは意外と居るらしい。大抵が、親が届け出をしていないとか複雑な環境らしいが、キツネさんほど複雑な人も居ないだろう。
「こちらの日本で生まれて戸籍を持って居ないって人も居るみたいですが、戸籍を手に入れるのは大変みたいですね。訴えて十年近くかかった人も居るとか」
「ぬ。つまり、まともに働くのは難しいということかの」
「ですねえ。出来なくはなさそうですが……」
住民票の提出が必要なくとも、勤め先から税務署に提出される書類関係で、住所を俺の部屋としても戸籍のないことは知られるだろう。
「ぬー……あちらでは魔獣の一匹でも仕留めて役人に渡せば簡単に銭が手に入るのじゃがの」
「そういう仕事はないですねえ」
「どうすればよいものか……賭場荒らしでもするしかないのかの」
「賭場。賭博ですか」
仕事出来ないから博打で増やす。なんともダメ人間な台詞である。
勝つか負けるかはともかく、お遊びくらいでならやってみるのもいいだろう。
「丁半博打であれば儂は外さぬ」
「そういうのは違法賭場になるでしょうね。日本で普通の人がやるなら競馬、競輪、競艇、オートレースです。あとはパチンコとか」
「よく分からぬが、一度試してみたい」
「分かりました。競馬なら一口百円からできますから、行ってみますか」
目指すは場外馬券場。騎乗者を乗せた馬が着順を競う競馬場そのものではなく、馬券購入場が設置されレースを中継放送する施設だ。新宿では新南口に近い場所にある。
向かいながら、キツネさんに競馬の概要と馬券の種類を説明する。
「一位を予想する単勝、三位までのどれか一つを予想する複勝、一位二位を順番に予想する二連単、それを順番関係なく予想する二連複、一位二位三位を順番に予想する三連単、それを順番関係なく予想する三連複……」
「他にもいくらかありますが、その辺が基本です。当然三連単がその中では一番配当が高くなりやすいです。着きましたよ」
知らない者にはなんの目的か分からない施設だろう。白いビルの中にはおっさん達がうろついている。
競馬場では子供でも楽しめるイベントをしていたり、大きい場外馬券場などでも楽しめる施設を併設したりするが、新宿の場外馬券場の雰囲気は鉄火場である。新宿には子供が楽しめる施設なんぞは他にいくらでもあるからだろう。
四階に上がり、馬券購入用紙が置いてある台で、用紙を手に取り買い方を説明する。
「どこの第何レースの何の種類の馬券を買うかをこの紙に印を付けて、あっちの機械に読み込ませ、お金を入れて買います。あちこちにあるモニターに、各レースの配当表や、パドックっていう発走前の姿見せが映されます。それらを参考にして買う馬券を決めて下さい」
「ふむ。ちと静観する」
キツネさんが真剣な顔でモニター類を眺めて約三十分。その間にもいくらかレースがあったが、ただひたすらモニターを見ていたようだ。俺は途中、喫煙所で一息ついたりスマートフォンで暇つぶししていた。
突如、キツネさんは俺に顔を向け、金を突き出して言い放った。
「タダシ殿。中山の第九レース、七番複勝を二千円じゃ」
「渡したお金残額ほぼ全てじゃないですか。明日までそれで過ごしてもらおうと思ってたんですが」
「外れたら今日の夜は草でも食べてしのぐ。ささ、頼む」
外れたら何でもしてやると言わんばかりに、やけに自信有り気である。買うのが複勝一点てのが面白い。
キツネさんに流れを見せながら馬券を買って渡す。
「なるほど、分かった。払い戻しはあちらの機械に入れればよいのじゃな」
なんかもう中ったつもりで次のレースの投票用紙に記入を始めた。
そんなに自信あるのか。面白そうだから一万円同じレースの同じ買い方に突っ込んでみよう。
中った。二番人気が二着に入ったので妥当な結果ではあるのだが、配当は220円、つまりは2.2倍だ。一万円が二万二千円である。なにこれ。いや元がでかいから戻りもでかいだけなんだけど。
キツネさんはそそくさと馬券を換金し、そのまま次のレースを買っていた。
「三箇所全てのレースに全額かけるのは時間がなくて無理じゃな。仕方がないの」
なにとんでもないこと言ってんだこの人。
「ちなみに買ったのは何ですか」
「中山十レース八番を単勝千円複勝三千円じゃ」
「じゃあ同じ複勝買ってみます」
「複勝ならまず問題なかろう」
一番人気だけど本当に中りやがった。前レース払い戻し分全つっぱで、1.6倍で三万五千二百円也。一時間で俺の日当超えたぞおい。
「今日は中山だけ買っていこうかの。次からは他の馬にも分散して、と。タダシ殿、儲かったじゃろ」
「ええ、二万五千円ほど。これ渡すんで、好きなように賭けて下さい」
「随分と賭けたのう。では次は少し安全策をとろうかの」
ニコニコと笑ってお金を受け取り、用紙記入台へ翻すキツネさん。ああ、ワンピースがものすごく眩しいです。勝利の女神的な意味と場違いな意味とで。
その後は一点買いのようなことはせず、幅を広めて単勝複勝をからめて各レースで確実に儲けを拾い、最終利益は八万円ほどで落ち着いた。いやそれでもひどい。
「ふむ、さすがに僅差が多い時はそれほど上手くいかんかったの。次にレースがある日はいつじゃ」
「明日です。基本的には中央競馬は土日、五日空けて二日開催です」
「よし、明日は朝から来るぞ」
さいですか。ドンナコトニナルノカナー。
「今日勝った分、俺が渡したのも含めてお金はそのまま持ってて下さい。贅沢しなければ、食べる分には一月以上ゆうにもつでしょう」
「分かった。なに、元手がこれだけあれば安定して稼げる。いやあ、よかった。お馬さんありがとう」
どうにもダメ人間なセリフである。
公営賭博も課税対象になります。
でもネット馬券でない限り徴税は難しいでしょうね。
個人的には二重課税だと思うんで別にいいじゃないかとも思います。