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異世界のキツネさん  作者: QUB


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124/163

キツネさん、弟分を紹介する

「あ」


 二人で木々に囲まれた砂利道をじゃりじゃり鳴らしながら歩いていると、ふとキツネさんが足を止めた。


「どうしました?」

「一族の者に朝食を用意させようと思ったのじゃが、タダシ殿の口にあわんかもしれんと思ってな。この時期にこちらの世界じゃと雑穀で嵩ましした飯になるから、食味が悪い」

「そういった飯を食べたことがないのでなんとも言えません。むしろ一度食べてみたいですね」


 麦飯程度ならまだ経験があるが、粟や稗といったものは意識して口にしたことがない。出されるものにケチをつけるほど狭量ではないつもりだし、一度食べてみたいというのも本当だ。男は度胸、何でも試してみるもんさ。

 しかしキツネさんはそうは思わなかったようだ。


「ふうむ。皆の朝食の時間は終わって、儂らの分だけ作らせることになるしのう。どうせなら、米どころまで行って食べるのもよいかもしれんの。そういうことで、そこの者。儂らは出掛ける。付き添いは無用じゃ」


 キツネさんが横の林の方を向いて声をかけると、昨晩からキツネさんの対応をしてくれていた女性が静かに頭を下げていた。いつから側にいたのだろうか、俺は全く気付かなかった。足音は俺とキツネさんの二つしかしてなかったはずなんだが。ちなみにサキとタマも足下に付いて来ているが、こちらも何の物音も発していない。

 俺の静かな動揺など気にすることもなく、キツネさんはいつものように空中に黒い穴を広げた。


「ではタダシ殿、行くとしようか」


 タマとキツネさんが穴に入って行き、サキに先を促されて俺も入る。その直前にちらりと横を確認してみたが、すでに女性の姿はなかった。物音をたててはいけない決まりでもあるのだろうか。


「ここは……?」


 穴から出た先は小高い丘のようになっており、眼前には青々とした田畑が広がっていた。肉眼でみたことのない風景を見て、心が洗われる。俺にとっての田舎というものは、母方は海沿の村町で農作業とは無縁だったし、父方などは開発されたベッドタウンで、農家というものに全く縁がなかったのだ。

 キツネさんが笑顔で手を田畑に向けながら言う。


「尾張という。タダシ殿の世界では名古屋と言ったあたりじゃったかの。見事な稲田じゃろう?」

「そうですねぇ……」


 惚けながら頷く。一面の青はところどころ定規で線を引いたようにまっすぐ縦横に道が走っており、ところどころに農作業をしているのだろう人々がいて、そしてそれらの人々が住む住居が規則正しく建っている。

 農作業は全て手作業のようだ。大人も子供も麦わら帽子を被って田に分け入り、腰を曲げて何かの作業をしている。夏らしく日がそこそこ高くなってきた時間帯ではそこそこ暑い。強い陽射しのために俺などは動かなくても少し汗ばんでいる、そんな中で機械化してない農作業は大変そうだが、人々の雰囲気はとても明るい。


「なんじゃ、やけに強そうな者の気配がすると思ったら、キツネの姉御か」


 光景に見とれていた俺の背後から声をかけられた。

 振り返ると、猿がいた。猿は歯をキッとむき出しにして笑って、おうおう久しぶりじゃと手を大げさに振る。

 どうにもただの猿ではない。言語を解するからとか作務衣姿であるとかそういうこともあるが、単純にデカい。デカいのにゴリラといった風体ではなく、ただ俺の知る猿の風体のままに身長が大きい。2メートルくらいあるだろうか。

 そんな猿にキツネさんは気さくに手を振り返して笑顔を返す。


「おう、久しぶりじゃの、猿」

「おうおう。先触れもなくひょいひょい動くのはいつもの姉御じゃが、しかしどうしたことじゃ」

「飯を馳走になりにきた」

「キヒヒ。構わんがよくわからんぞ姉御。妙な服を着て妙な男を連れて、用事は飯か」


 とてもフレンドリーに会話するのはいいのだが、妙な猿に妙な笑われ方をされて妙な男扱いされた。まあ服装からして異分子であるのは間違いない。


「儂の夫よ」

「近衛忠と言います。キツネさんにはお世話になっております」

「服もタダシ殿も異世界に行って来た成果じゃ」

「なんと!どこから驚けばいいものやら!」


 キツネさんに視線を投げられて俺が自己紹介をすると、猿は目をむいた。


「おうおう。亀の兄貴が異世界がどうのと言っておったのは知っておるが、まさか姉御は異世界とやらに出向いたのか」

「おう。細かいことはさておき、どこか腰を落ち着けられるところに案内してはくれんかの」

「キヒヒ、すまんすまん。では中に案内しようか。タダシ殿、儂はキツネの弟分の猿じゃ。この国では秀吉なんて名前を貰っておる。よろしく頼むぞ、義兄殿」

「よ、ろしくお願いします、秀吉さん?」


 名前を聞いて、素直に返事をする以外にできなかった。

 どうやらこの尋常ならざる猿は秀吉らしい。以前キツネさんが言っていた有名な猿とはこの猿のようだ。そりゃ人語を操る恵体の猿なんて有名にもなるわ。

 案内というか、キツネさんがワープしてきた先は秀吉さんの家の裏のようで、俺の知る範囲では保護対象となるような大きいかやぶきの家屋だった。途中秀吉さんは使用人らしき人に飯の準備の追加を言いつけ、特に塀で囲うこともない裏庭から板張りの部屋へと通される。

 失礼かもしれないと思いつつも、並んで座るキツネさんにならいあぐらをかいて秀吉さんと向かい合う。まずは申し訳ないが飯には時間がかかると告げられ、キツネさんも当たり前のように頷いていた。まあ電気製品もなけりゃファストフード店でもないのだから当たり前ではある。飯ができるまでの間、のどを潤すものとして出された梨を食べながら話をする。


「では、秀吉さんもリュウさんにお世話になったんですか」

「おうおう、母御を御存じか。儂も世話になった者の一人じゃ。キツネの姉御などは義理の姉上になるな。その上に亀や虎や鳥の兄上姉上達がおる」


 秀吉さんがニカーっと笑ってでかい口を三日月の形に開く。

 雑談がてらキツネさんとの関係を聞くと、弟分と言うのは、まさに義理の弟だということらしい。秀吉という名前なのに、大陸出身のようだ。しかしなんだってこう人外ばかり。


「猿と同世代には豚とイルカの魔物もおってな。やんちゃをして母に叱られたものじゃのう。儂も学べと人の世に出されたが」

「姉御などはまだよい。儂らが人の世に叩き出されたときは、学ぶついでにお釈迦様のところまで学びに旅する者の護衛に付いて行ってついでに学べと言われて大変じゃった」


 猿と豚とイルカの魔物。釈迦の教え。イルカは海や川の魔物ということだろう。なんかまた俺の知る有名な話の相似点が出てきた。しかしなんだってこう本当に人外ばかり。


「そこで色々と学んだ結果が、今この地で秀吉と敬われることにもなっておろうに」

「そうじゃなあ。姉御もお釈迦様のもとで学べばよかろう。さすればもっと心穏やかにいられると思うぞ?」

「良い奴じゃが、彼奴と話していると肩が凝りそうでの。それに儂はタダシ殿とおれば十分に心穏やかじゃ」

「キヒヒ。のろけおってからに。確かに穏やかで楽しそうではあるな」


 いくらなんでも釈迦の教えと同じ扱いで俺を語るのはどうかと思うのですよ。

また遅れ気味ですいません。

描き始めて三周年というのにこの体たらく。

ようやく一話で話に出てきた秀吉が(白目)

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