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異世界のキツネさん  作者: QUB


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キツネさん、自由人

 イザナミ様に急かされて、イザナギと呼ばれたホログラフィックなお方が反応して横顔が見えた。

 二柱とも外見年齢的には三十歳そこいらに見える。生きていた時代がおそらく相当古いせいか、男女関係なく髪が長い。どちらも鉢巻みたいなものを使って髪をまとめているようだ。

 体が透けてるので向こう側が見えて、ファミコンで遊んでいる最中のテレビ画面が見えるのだが、よりによって女神転生をやっている。なんだって主人公二人がイザナギイザナミの転生体って設定のゲームを本人にやらせているのか。

 キツネさんと葛の葉さんが言い争っているところだが、おそるおそる疑問を飛ばしてみる。


「キツネさーん、なんだってこんなゲームをお薦めしてるんですか」

「大丈夫じゃ。イザナギはすでにドラクエ2まで攻略を終えておる。これくらいの難易度のゲームの方が手応えがあってよかろう」


 俺が言いたいのは難易度のことじゃない。


「基本的に儂より暇人じゃからの。二人とも意気揚々と様々なソフトに手を出しておるぞ」

「暇人とはなんですか!」


 俺が微妙な気持ちのままなんとも言えないでいると、キツネさんから追加でどうでもいい情報が加わり、再び葛の葉さんが怒りだす。キツネさんはリュウさんに対しては思春期の捻くれた子供のように対応していたように思うが、葛の葉さんとのやりとりは、ぐうたらな父親がしっかりものの娘に口うるさくお小言を言われているように見える。


『暇人ってのは間違ってないけどね。むしろ、僕らが忙しいというのはこの国の危機だ。暇で結構なことだよ』


 キツネさん親子のやりとりを眺めていると、ゲームのキリがいいところまですんだのか、イザナギ様から声をかけられた。

 あぐらを組んで俺と正面を向き合い、改めてはっきりとその顔が見える。透けて見えるパスワード画面がどうにも邪魔だが、幾分か精悍な顔つきに微笑みを浮かべていた。隣にイザナミ様も座り、同じく微笑みを浮かべている。


『やあやあ、よく来てくれたね、タダシさん。キツネさん経由で色々と楽しませてもらってるよ』

「いえ、俺は大したことはしてません。お礼を頂くほどのことでは」

『そんなことはない。キツネさんや僕ら夫婦のような強い力を持っているとね、このような姿で言うのもおかしなことだけど、ただ生きるだけ……というか、ただ在るだけならば何もしなくても在っていけるのさ。そんな僕らだから長く長く時を経てきているわけだけど、だからこそ日々を過ごすのに楽しい遊びが増えるということはありがたいことなんだ』


 透けた体で生を語る姿は確かに滑稽である。しかし幽霊のようになってもはっきりと意識を持ち、日々を過せる力を持つサンプルが目の前にあるこの世界では、何を持って生命の終わりを定義するのか難しそうだ。


『なにはともあれ、お礼を言いたくてわざわざ来てもらったんだ。本当にありがとう。僕らのできることならば、できる限り便宜を図らせてもらうよ』

「ありがとうございます」


 恐らく権力者としては最高の格であろう方に気遣って貰っている。本当に俺としては何もしていないつもりなんだが、あまり強弁するのもよろしくないように思えるので、素直に感謝だけ述べておくことにした。


『うふふ。キツネさんと共に過ごしているなら、大抵のことは問題にならないと思いますけどね』

「母の場合、余計な気苦労をさせてしまいかねませぬ」

『葛の葉は、いつもキツネさんに厳しいね』


 イザナミ様がキツネさんに手を向けて言うと、葛の葉さんが能面のような顔で言い、イザナミ様とイザナギ様が笑った。

 キツネさんは葛の葉さんに厳しく言われるのに慣れているのか、頭をポリポリとかいて少し情けなさそうにしている。


「儂はタダシ殿にはそれほど迷惑をかけていない……と、思うが、の?」

「迷惑と思ったことはないです。いつも助かっていますよ」


 俺は苦笑いしながら、自信なさげなキツネさんを肯定する。突然女の体にされて困惑したこともあるが、基本的に満員電車に乗らなくてよくなっただけで大変助かっている。現代日本人にはそれだけでも相当だ。

 俺とキツネさんのやりとりを見ていた葛の葉さんが、うやうやしく俺に頭を下げた。


「タダシ殿。何卒、母のことをよろしくお願い申し上げまする」

「え、あ、いえ、こちらこそよろしくお願いします」


 キツネさんの実の娘ということで、イザナギイザナミの二柱以上にどう接したらいいのか戸惑っていたのだが、大したことも話さないうちにお付き合いを認められたようだ。こんなんでいいのだろうか。


「何卒、何卒、母の手綱をよくよく握っておいて頂きたく」


 なんだか葛の葉さんに必死っぽさがある。手綱がどうのこうの言われるのは二度目だ。苦労人なんだろうか。

 二柱は本当にお礼を言いたかっただけらしく、とくにその後は何を求められるわけでもなく、少々の雑談の最後にゆっくりしていってねと言われて、キツネさんと二人で社を退出した。

 キツネさんに先導されて、どこに向かうのかわからないままゆっくりと歩く。


「タダシ殿、朝飯も食べておらんじゃろう。まずは腹ごしらえとするか」

「そうですね、腹減りました。ところでキツネさん、葛の葉さんが何か困るようなことしたんですか?」

「儂の手綱がどうのと言っていたことか……さて?大陸から日本に渡って来てから、何かしでかした記憶はほとんどないのじゃがのう」


 キツネさんの横に並んで質問を投げかけてみると、キツネさんは可愛らしく頭を傾げる。

 以前皇族を威嚇したとか聞いた気がするのだが、キツネさん的には嫌なことではあったが些末なことらしい。


「あの子のあの態度は、まあ、儂は親らしいことはあまりしてやれてなくてな。儂の素性は大陸生まれの獣じゃからの、この国の世渡りの仕方など到底教えてやれたものではなかった。そういうものも含め、育ちはあの子を産んだ者の家にほとんど任せてしまっていたし」

「親子で育ちが根本的に違うせいってことですか」

「そうさなあ。一言で言うならそういうことになるのじゃろうのう」


 もともとがフリーダムな生き方をしてきたキツネさんと違い、葛の葉さんはたぶん人の輪の中でしっかりと教育を受けてきたことによる性格的な差なのだろう。例えるなら世界中放浪してフリーター生活してた親と、私立小学校からエスカレーター式で育ち公務員になった娘というところか。感覚に著しい差があって当然だ。

 感覚の差と言えば、キツネさんは二柱に気軽な対応をしていた。それに比べると葛の葉さんは仕える対象だから当然に畏まっていた。この国の最上級者に対して不遜だとか、そういうものもあったのではないだろうか。


「俺にどうにかしてほしいってことなんでしょうかね。俺はキツネさんをどうこう束縛するつもりはないんですが」

「緊縛プレイは興味がないのう。縄などで縛られる儂ではないし」

「あれは縛る方に相当の技量が必要なんで俺には無理です。まあともかく」


 ぐぐっと両手を上げて伸びをしながら冗談を言うキツネさんに、軽く乗っかって話を戻す。


「キツネさんがイザナギ様方に敬語を遣うようにでもすれば、葛の葉さんの態度も和らぐんじゃないですかね」

「あの二人も龍王(はは)いわく面倒をみていたものらしくてなあ。喧伝などはしておらんが、生まれも儂より後で弟妹分みたいなものでの。軒先を借りてはいるが相応に仕事はしているはずじゃし、今更へりくだるのも何かおかしいじゃろうしのう」


 ふむ。秘密ではあるがキツネさんは国父国母の義姉的なものであると。

 手綱をとれるものが国内にいるはずもない。いわんや魔術の実力は指折りだろうし。さきほどのイザナミ様の「大抵のことは問題にならない」という言葉がそれを担保している。苦言するべきことがあったら家族が言うしかなかろう。具体的には娘か配偶者である。葛の葉さんが言っていたことはそういうことか。

 ……深く考えないで、義理の娘に悪感情を向けられていないということで良しとしておこう。

時間かかってすいません

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