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異世界のキツネさん  作者: QUB


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キツネさん、誘なう

 社内の年末大掃除を終え、酔えもしない場で酒なんぞ飲みたくないのでウーロン茶で忘年会をやり過ごし、珍しくキツネさんと夕食を取らなかった年末年始休みの前日。もう世間的にはオッサンなのに、若い者は食え食えと言う還暦越えの年寄りの言葉に辟易としつつキツネさんに迎えに来てもらって自宅へと空間を飛び、そしてそのままベッドに倒れ込む。


「あー、食いすぎてしんどい……」

「珍しいこともあるものじゃのう、タダシ殿が食べ過ぎて苦い顔をするとは」

「なんか、食えって雰囲気で圧力かかるんですよね。会社の中では若い方なんで」

「人外ともなれば年寄りでもやたら食うようになる者もおるがの」


 俺は人外じゃないんで胃袋は普通なのです。いくら飲んでもビール腹にならない素敵なスタイルを維持しているお方の基準で考えないで頂きたい。

 ビールと言えば、部屋がまたビールのダンボールで埋まっている。倒れ込んだまま、胡乱げに箱の山を指差す。


「それ、異世界あちらへのお土産ですか?」

「うむ。タダシ殿を連れて帰ったら向かおうかと考えていたのじゃが、やはりその様子ではしばし食休みが必要じゃろうの」

「すいません、そうさせてください」


 前もって本日キツネさんの帰省……と言っていいのだろうか……について行く予定としてはあった。だが、おそらく俺のコンディションはよろしくない状態になるだろうことも予測してキツネさんには話してあったので、俺の食休みも規定事項である。

 腹の中がパンパンなので、経験したことのない世界間移動なんぞしたら吐くんじゃなかろうか。そう言えば、世界間移動について何も聞いてなかった。


「世界を渡る際に開ける穴があるじゃないですか。あれって、普通に空間移動するための穴と体感での違いはあるんですか?」

「ない、と思う。少なくともソルや母に何か言われた覚えはないし、儂にも覚えはないのう」


 このまま渡ってしまっても体調的な不具合は生じなさそうでなによりだ。それでも休ませてもらうが。

 俺が休んでいる間にキツネさんはどこかへ電話をかける。俺は携帯電話がスマホになっても、どうしても耳元にスピーカーをあてて話してしまう。それにキツネさんもつられているのか、黙って耳元にスマホをあてている。どこにかけているのだろうと思ったら、何も話さずに通話を終了するそぶりを見せた。直後、部屋のインターホンが鳴り、キツネさんは対応に玄関へ向かった。


「おう、よく来た」

「お邪魔しマス」


 ソルさんに連絡を取っていたようだ。電話をかけたら文字通り飛んで来たらしい。異世界に帰るときはソルさんも同行するのが常だと言っていたから、そのために呼んだのだろう。最近はミイラから飢餓寸前のおじいちゃんレベルまで見た目が回復している。回復と言っていいのか微妙だが。

 お客が来ているのに家主の俺はひっくり返ったまま、人外二人が世間話をして時間が過ぎた。今日は気疲れしていたのか、腹が苦しくてしんどいってのが眠くてしんどいに変わってきた。のそのそと起き上がって二人の話の隙間に割り込む。


「お話しのところ申し訳ないんですけど、腹の苦しさは薄れてきたんですが、ちょっと眠くなってきました」

「行った先で眠ればよかろう、異世界あちらも夜の頃合いに繋ぐからの。問題なければ行くとしようかの」

「それでは、ワタシは先に門を繋いで、サキさんとタマさんに荷物を運びこんで頂きマスネー」

「おう、よろしく頼む」


 俺の意見は軽くあしらわれた。ソルさんが言う門とは、ワープ用の黒い穴のことのようだ。ソルさんは涼しい表情をした……のだと思う……まま、魔力の風を大量に吹き流してさらっと世界と世界を繋いだ。サキとタマがひょいひょいダンボールを持って出入りし、あっという間に山積みのダンボールは全て運ばれて行った。

 キツネさんが門とやらを開くんじゃないらしい。


「ほうれ、タダシ殿。ソルも長く開いておくのは辛いはずじゃ。早う行ってやろう」


 キツネさんが俺を揺する。

 やべえ。揺すられると気持ち悪い。多少緩和されたとは言え、胃の中にみっしり詰まったものが内側から内臓にダメージを与える。行きますよ。行きますから止めて。

 俺がえっちらおっちら立ち上がっているうちに、ソルさんにサキタマコンビは先に門とやらの中に消えており、キツネさんだけが俺を待っていた。

 ほれほれと背中を軽く押されて、相変わらず得体の知れない黒い穴に入る。いつもワープするのと体感的に特に変わりはなかったが、入った先は見覚えのない場所だった。

 後ろからキツネさんの声がかかる。


「ようこそ、儂の家へ。いや、タダシ殿の家でもあるのかの」


 畳敷きの広い部屋だ。俺の部屋が八畳だったはずだが、この部屋は二倍以上の広さはゆうにありそうだ。木の壁に三方を囲まれ、空いた一面には縁側があり、そこから外を伺うとよく晴れた星空が広がっていた。

 大変良い景色だ。良い景色なんだが。


「なんだか暑くないですか」

「こちらは夏じゃからのう」


 そりゃ暑いわ。冬用の服装の俺にはしんどいわ。先に言って欲しかった。とりあえず上半身シャツ一枚以外脱ぎ捨てる。

 しかし、こんなグダグダな感じで世界初の異世界旅行者となっていいのだろうか。

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