キツネさん、年末年始の予定を聞く
女子会は無事に終わった。途中、ビール以外のアルコールドリンクの全制覇に目標を変え、キツネさんにしてはちびちびと飲んでいたからだろうか。あのままビールをピッチャーで飲み続けていたら出入り禁止処置を受けてもおかしくなかっただろう。本人も満足していたようで良かった。なんだかんだ言って、酒類は少ししか飲まなかったが俺も楽しめたし。
おおいに楽しんでいたので再び飲み放題に行くことになるのかと思っていたのだが、週末に仕事が終わってキツネさんにピックアップされ、自宅近辺から飲食店の多い場所まで歩きながら夕飯をどうするか話しあったところ、馴染みの中華料理屋に行くことになった。
最近は企業向けの年末進行印刷業務というものは少なくなってきている。そのために人員も給料もカッツカツだが幸い労働条件はブラックではないので、キツネさんとゆっくりできる時間は変わらない。
寒そうに白い息をはきながら並び歩くキツネさんに聞いてみる。
「飲み放題じゃなくていいんですか?」
「先日行って途中にふと思ったのじゃが、浴びるように酒だけを楽しみたければ一人で行けばよいかと思ったのでな。カラオケを楽しみながらついでに飲み放題というならばともかく、下戸なタダシ殿に付き合ってもらって行くほどのものでもないかのう」
つまりは酒がそれほど好きでもない俺に、途中から遠慮したようだ。遠慮してビールのピッチャー四杯かけることの三人分なのか。飲食店の酒類の仕入原価というものを多少なりとも知っている身からすると、あれだけで結構な原価になるので、店的には料理や他のドリンクの注文もしたおかげで利益は出なかっただろうなあと考えていたのだが、キツネさんは本気を全然出していなかったと言うことだ。
「あんまりやり過ぎると出入り禁止になったりしますよ」
「ははは、時すでに遅し。分身がもうあちこちで出禁になっておる。姿などいくらでも変えられる儂には意味がない処置じゃがな」
出入り禁止処置がまるで称号かのように、ケラケラと楽しそうにキツネさんが笑う。
ご機嫌なキツネさんと歩いていると、ふと、チキンのご予約はいかがですかー、と客寄せの声が聞こえた。
その方角をちらりと見て、キツネさんが疑問の声を上げた。
「のう、タダシ殿。クリスマスとはなんじゃ」
キツネさんの視線の先には、クリスマスのご予約承りますと一文字ずつ印刷されて貼り出されている紙の列。
「クリスマスという海外の祝祭があるんです。海外では七面鳥の丸焼きを御馳走として食べるようなんですが、それがなんでか、日本ではフライドチキンを販売してる企業がフライドチキンを食べませんかと宣伝するようになってますね。代替としてってことなんでしょうが」
「ならば焼き鳥でもいい気がするんじゃが」
「食べる本人が満足ならなんでもいいんじゃないですかね」
「それはよいとして、何故海外の祝祭がこうも大掛かりに祝われることになっているのかのう」
フライドチキンを売ろうと頑張る店員さんを横目に通り過ぎながら、キツネさんは不思議そうに声を上げる。
俺もどうしてキリスト教の祝祭が馬鹿騒ぎする日になったのかは詳しくは知らない。多少は話のネタになるものは知っている程度だ。
「色々と諸説あるようですが、確か大正天皇が崩御された日が休日となり、それがクリスマスと同じ日だったことが要因の一つだと言う話を聞いたことがあります」
「貴き一族の命日に遊ぶのか。ほとんど関わりのない庶民からしたらそんなものなのかの。まあ儂も異世界では帝室の全てを敬っているわけではないが」
「そもそもが関係ない祝祭をお題目に騒いでる時点で不信心もいいところですしね」
「楽しければよいというところは、儂も他人のことをどうのと言えた義理はないがの。沈んだ気持ちでいるよりも明るくしている方が心地よい」
そんなこんな話しながら、馴染みの店に入って、いつもの席につく。
店員さんにとりあえずビールとすぐに出るおつまみを注文し、キツネさんは軽く息を吐き出す。
「さて。クリスマスとやらはどうでもいいとして、年末年始はまとまった休みがあると言っておったじゃろ」
勤め先では個人向け印刷はほとんど請け負っていないので、夏冬のオタク向けの祭りは関係ない。俺個人としてはたまに行ったりもするが、今回は行く予定はない。なので完全にフリーの予定である。
「ええ。どこか行きますか?旅行なんかだと、行きやすいところは予約をとれるか怪しいですけど」
「うむ。いや、せっかくじゃから、そろそろタダシ殿を異世界へと案内しようかと思っての」
特に大変なことということでもなさそうに、キツネさんは軽く言う。
俺にとっては大変な事態である。異世界に渡ることによって命がどうのとかは心配はしていない。初めて飛行機に乗るような不安感は多少あるが、そんなことは些末なことである。
キツネさんの生まれ育った場所に行く。即ち。
「親代わりというリュウさんにはもうお会いしましたが、ほかのご家族へのお目通しですか」
あまりにもこちら基準では普通ではないキツネさんの家族構成を思うと、行って会って俺が何をできるのかという話だ。義理の娘が俺より年上とかなんなのっていう。
俺の微妙に重たい気分をキツネさんは蹴っ飛ばす。
「いや、それもあるが、そちらは深刻になるようなこともないんじゃがの」
「……他に深刻な事態にあう可能性があるんですか?」
キツネさん基準で深刻な事態ってなんだ。口が乾いてきた。卓上に置かれた水を一気に飲む。
「ええと。そのう、深刻ということでもなく、大変ではあるんじゃが、タダシ殿はそこまで構えんでもよいと思うのじゃがの」
珍しく歯にものが挟まったような物言いをし、頬をかいて苦笑いした。
俺は黙って頷いて言葉の先を促す。
「ゲームを献上したということで、タダシ殿にお上が礼を言いたいそうじゃ」
「お上、とは」
「前に話したイザナギとイザナミじゃの」
……全力で遠慮したいのだが。




