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異世界のキツネさん  作者: QUB


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キツネさん、無茶を言う

 ビールのピッチャー三つのお代わりが来たので、キツネさん達は手に持っていたピッチャーを一斉に呷って飲みきり、空いたピッチャーと交換で店員さんからお代わりを受け取る。店員さんは今回は至って平静を装って退室して行った。彼女は厨房で他の店員さん達とどんな会話を繰り広げることだろうか。

 キツネさんは食べることに集中し始めたのか、今度はおそらくニコさんが俺の隣に座って話し始める。髪型しか区別がつかねえ。


「さて、歌の解釈をどうのという話じゃったかのう。言葉を魔術として遣うならば、意味と込められた意思が合致していなければ通常効果は発揮しない。ならば詞の解釈が納得のいくものであるほど、歌の魔術も効果は強まるじゃろう。そういう歌はないのかの?」

「あるにはありますが、そもそも魔術として使うところがなさそうな歌が多そうですね」


 というか、歌の意味を考えてみて、魔術として効果を発揮したとして実用的なものはなんぞやという話だ。

 恋愛の歌なんぞは思いを伝えるのに役立つ、というかキツネさんとの馴れ初め的に役立ったが、他の女性に魔術として使う気にもならんし、男は言わずもがな。空を飛ぶのも別に俺に便利なものではなかった。空を飛べる人をハイテンションにしただけだった。後は何があるか。明るく元気な歌は落ち込んだ人にでも使えるか。自分が落ち込んだ時に元気な歌に元気な意思を乗せられるはずもないだろうし、これまた自分に使えない。現代のヒットチャートに載るようなものはそんなものばっかなような気がする。

 そうなるとあとは民謡とか音楽の教科書に載るようなものだろうか。燃えろよ燃えろで火の魔術とか。子守唄で眠気を誘うとか。どう考えても料理と子守り向けの主夫業向け、もしくは犯罪向きの魔術だ。眠れ眠れ母の胸にとおっさんが歌うとかどうなんでしょうね。これまた今の俺には使いどころがないな。

 何か有用な歌はないかと思考に沈んでいると、ニコさんがピザをかじって首を傾げた。


「ないのならば作ってみたりはせんのかの?」


 無茶を言ってくれる。不可能ではないだろうが、ハードルが高い。


「歌を作るのって大変なんですよ。特に感情をこれでもかと込められるような曲を作ろうとすると、ひときわに」

「ふむ。作れないとも、作ったこともないとは言わんのじゃのう」


 ニヤリとニコさんが笑う。キツネさんもミコさんも何か食べながらこっちを静かに見てる。


「まあ、作ったことはありますよ」

「ほほう。やはり楽器を持っているだけあって、歌も作れるのじゃな」

「最終的に納得のいく出来にはなりませんでしたけどね」


 凝ったものでなければ、作曲なんてものは音階のある楽器を習って半年もすると多少はできるようになる。問題は、その凝ったものというか、人に聞かせられるものに仕上げられるかどうかだ。


「タダシ殿はパソコンで描く絵に歌に多彩じゃのう」

「絵ってアレですか。どっちも大したものじゃないですよ」


 家で手持ちの漫画やらをスキャンしてPDFにしていた作業のことだろう。俺に絵心はない。義務教育を受けていた年頃には罫線のないノートに絵を描きなぐってたりもしたが、そのうち描かなくなった。

 音楽もそうだが、漫画も目指すべき遥かな頂きが日本ではそこらに溢れている。その頂きに少し近づいてみようと歩いてみたら、全然距離が縮まる気がしないのだ。音楽の方はそれでもプロという存在に憧れて、より近づこうとしてみた。頂きの高さを知って、心が折れただけだった。嫌いにはならなかったけど。


「それと、歌を作るのにはパソコンでもできますよ」


 最近はやってないけれども、作曲のためにパソコンのDTMソフトをいくらか買って弄ったりもして数曲作ったりもした。そうしてカラオケなんかも含めて音楽は趣味で続いている。


「パソコンで。ふうむ。そう言えばそんなことができると聞いた気がするのう」


 ニコさんは手掴みでピザを食べて汚れた手をペロリと舐めて、おしぼりで手を拭きながらカラオケマシンをちらりと見て、そして俺がテーブルの上に置いていたスマホを見つめる。


「絵に限らず動画に音楽に、面白いものに限りがないのう。後は味覚嗅覚触覚を再現できるようになると面白いのじゃがの」

「今のところはSFの世界ですね」

「空想の科学技術が成立したジャンルじゃったか。なるほど、みな考えることは同じなんじゃの」

「そうですね。できたらどんなことになるか」


 とは言え、キツネさんの歌によって幻を見せられた身としては、視覚嗅覚触覚を再現されて経験したりしている。昔の幻影を見せられたときに笑い声が聞こえた気がするから、聴覚も経験しているか。やろうと思えば味覚だって惑わすことができるだろう。

 面白いのうなんて言ってる本人が再現できてしまっている気がするのだが、まあ幻ではなく科学技術で再現できるようになるというのは別枠に考えているのだろう。

 いつか再現できる日は来るのだろうか。キツネさんやソルさんならば、その時代を経験できるのかもしれない。少しだけ人外であることが羨ましく思った。


「味覚が再現出来たら酒が飲み放題じゃのう」

「今まさに飲み放題じゃがの」

「しかし店にも限りはあるじゃろうしのう」

「というか、それは酔いまで再現できるのじゃろうか」


 本人は分身となんだか不穏なことを言っているが。

音圧調整が面倒なんですよねぇ。

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