キツネさん、女子会を開く
翌週の土曜。夕飯は行きたい店を見つけて予約してあるというキツネさんに従い、午後七時少し前にワープして案内してもらった先はカラオケ店だった。
今度カラオケに行こうと言われて、まさか翌週行くことになるとは思わなんだ。カレンダーは最後の一枚の十二月。忘年会で月の後半の金曜の夜から土日は店が混むかもしれないと言った俺が原因かもしれない。まあ、それはいい。キツネさんと終末に歓楽街を歩くのは珍しくもない。
問題は、今カラオケ店を目の前にして、何故か俺が女の体になっていることである。以前キツネさんの戯れで一度なったことがあるのだが、今回も別に俺がなりたくてキツネさんに頼んだわけではなく、キツネさんに乞われてなっている。店に入る前に外見を繕わせて欲しいと言われ、はてカラオケ店に入るのにドレスコードなんぞあるものだろうかと疑問に思いつつ、まあいいかと許諾してみたら胸に重量感を感じた、という流れで、前回同様足下を確認しづらい巨乳仕様。
「さて、入ろうかの」
「おうさ」
「ほいさ」
俺が呆気にとられていると、いつの間にか合流していたキツネさんの分身であるニコさんとミコさんの二人に背を押されて店内に入る。先導したキツネさんが受付に名乗った。
「今日、四人でクリスマス女子会コースで予約している帝です」
どうやら女子会用の宴会コースを予約していて俺の性別を偽るためだったようだ。
店員に案内された先は十人ほどは入りそうな部屋だ。結構余裕がある。冷めても問題なさそうな料理がすでにテーブルの上には並んでいた。
「まずは飲み物を注文せんとの」
「儂らはビールでよかろう」
「タダシ殿はどうする?」
「えー、じゃあウーロン茶で」
ニコさんがビールのピッチャー三つとウーロン茶一つをインターホンで注文する。ニコさんの電話口のやりとりから、店員さんの動揺が透けて見える。
でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。 重要なことじゃない。
きわどいホットパンツからまぶしい御足を伸ばして組んでいるキツネさんに尋ねる。
「俺をこの体にしてまで女子会コースとやらを予約したのは何故です?」
「このコース、男が混じると追加料金をとられる。さらにはカップルはお断りらしくての。そもそもが料理が二人分どころじゃなく、四人以上でないといけないと言われた。であれば儂と分身二人にタダシ殿でよかろうとも考えたのじゃが、そうなると傍から見ればタダシ殿が三つ子の女を侍らせることになるわけで」
まあ店員からは好奇の目にさらされるだろう。で、それをかいくぐるために変身させたと。一応気を遣ってくれた結果なのかもしれないが、でも、それも根本的な原因にはなりませんよね?
「そもそもこのコースを選んだのは何故です?」
「ふとネットで飲み放題を検索していて目についたから」
「なんじゃこれはと思っての」
「そうそう、女子会というからには女子で集まらんとの」
キツネさんの言葉にニコさんとミコさんが相槌を打って頷く。
何の必要があるのやらと思っていたが、どうやら、なんとなく程度で俺は女体化させられているらしい。
「しかし、声まで変わってるんでまともに歌えるかどうか」
「構わんじゃろう。慣れるために長く時間をとってもよいし、疲れたら休むといい」
「儂等は酒があればいいしのう。歌うのも楽しくはあるが」
「そうじゃの。飲み放題とはどこまで飲み放題なのか。ふふふ」
どうやら俺の歌謡ショーを見つつ、キツネさん達は飲んだくれる気満々のようだ。俺が部屋に二つ設置されていた歌を選ぶ機械のうちの一つを手にとっても、もう片方に手を伸ばす気配がさらさらない。
こんなに俺とキツネさん達で意識の差があるとは思わなかった……!
「あー、あー、あー。んー、音程を確認のために手っ取り早く何か一つ歌ってみるべきかなあ。声が普段の自分と違ってなんか感覚が狂いますね」
「店に入ったからにはもう元に戻しても構わんがの」
「そうもいかないでしょう、飲み放題でしょっちゅう店員さんにお酒を持ってきてもらうつもりなら。それに監視カメラもありますし」
「ぬ、そうか。まあタダシ殿が歌えんのならば料理だけでもゆるりと楽しめればよかろう。儂らは飲めるだけ飲むつもりじゃ」
キツネさん達に歌うつもりがほとんどなさそうなのが少々残念に思うものの、実のところ普段の自分とは違う音域で歌うことに、俺は今心が躍っている。前回女の体になったときは歌うということに考えが及ばなかったが、声を大きく出して確認してみると音域が高く広い。
小さい頃はボーイソプラノで音域の高い曲を歌うのが好きだったのだ。翼をくださいなどを音楽の時間に歌うのは大好きだった。声変わりして思ったような声を出せなくなって一時期は自分の音域がわからなくなり、音楽の歌のテストでは音階が変に飛んだりした。それでも5段階評価で4をつけてくれたのは温情だったのだろうか。そのうち声が安定した後も変わらず歌うのは好きであり続けたが、好きな歌を思うように歌えなくなったのはとても悲しかった。訓練すれば高い声は誰でも出せると高校時代の音楽教師は言ったが、それを聞いたときにはもう歌は諦めて楽器演奏に力を入れていた頃だった。
並べられた料理に手をつけ始めたキツネさん達に断りを入れて、一人座らずに発声練習をする。飯を腹に入れた直後だと歌いにくいのだ。借りものとはいえ、高い声が出る。それが嬉しい。
ドアがノックされて若い女性店員さんが飲み物を持って入ってきた。本当にビールがピッチャーで三つきた。それにグラスが四つとウーロン茶が一つ。しかし、キツネさんはグラスはいらないと店員さんに突っ返した。困惑しながらグラスを受け取る店員さんを尻目に、キツネさん達はそれぞれピッチャーを持った。
「かんぱーい!」
キツネさん達にテンポ一つ遅れて俺もウーロン茶のグラスを掲げる。一口飲みながら店員さんの様子を伺うと、口元にはかすかな笑みを保っているものの目がわずかに「マジかよ」と言っている。思うよね、うん。そんな店員さんに俺は半笑いでお代わり三つお願いした。
「よろしく!」
キツネさん達も笑顔で追ってお願いする。
かしこまりましたと頭を下げて店員さんが出ていった後、俺は一時間くらいで店を追い出されるんじゃなかろうかと思いながら発声練習を続けた。




