キツネさん、甘える
キツネさんも半年も離れていると色々と思うところがあったのか、ビールを飲んでご機嫌になりながらひっつかれた。
それはいいんだが、一緒に異世界へ行って戻って来たソルさんが放ったらかしである。しかし本人はそんなことを気にしたふうでもなく、何やら立ったまま片手で持ったノートパソコンをもう片方の手でかちゃかちゃ弄っている。いつの間にそんなものを手に入れていたのだろうか。まあキツネさんの財力をもってすれば別段不思議なことなど何もないのだが。
さらにはなにかいくつものダンボール箱をタマが持ち帰ってひょいひょいワープのための穴から放り込んできて、部屋が狭くなる。
ソルさんはひとまず置いておいて、このダンボールはなんだろう。何やらガシャガシャ音がするが。
「これはなんです?」
「酒の空き瓶空き缶が入っておる。あちらにはリサイクル機構などないからの。どう処理したらいいものか下の者が困っておったので持って帰って来た」
よくよく考えたら日本からというだけではなく、世界から金属物資が消えてなくなるという話だったのだ。わざわざ持ち帰って来てくれているのだから文句を言うこともないだろう。
試しにダンボール一つ開いてみた。
匣の中には縞麗な圧縮された缶がぴつたり入つてゐた。
うわあなんじゃこりゃ、あまりに整然とみっしりと入っているさまが奇妙にも思え、以前読んだ小説の一節の一部が変えられて思い浮かんだ。缶を一つ取り出してみる。芸術的なまでにきれいにぺちゃんこである。どうなってんのこれ。
しげしげと眺めている俺にキツネさんが言う。
「タマは几帳面じゃろう」
「几帳面ってレベルなんですかね、これ。このまま資源ゴミに出しても問題はないでしょうけど」
とは言え、こんなに大量に一か所のゴミ収集所に出すと怪しまれそうだ。その時はキツネさんにお願いして各所の収集所に小出しにしてもらおうか。かちゃりとダンボールに缶を戻すと、ソルさんが横から口をはさんできた。
「その空き缶、捨てるなら頂けマセンか?」
「また何かつくるのかの、ソルよ」
「イエ、空き缶を買い取ってくれるところあるのデスよ。瓶も回収しているはずデス。そちらはお金になるかはわかりマセンが、まとめて持ち込んだ方が処理は手っ取り早いと思いマス」
「そうか、好きにするといい」
キツネさんから許可を貰うと、ソルさんはゴミの山であろうダンボールを全て宙に浮かせて運び、どこかへとワープしていった。
確かに空き缶を買い取ってくれる会社はある。学校でのボランティア活動や会社組織がまとめて売り払うこともあろうが、しかし個人で持ち込むような人は、リヤカーで街中を徘徊してゴミ箱から回収する浮浪者くらいしか思い浮かばない。王と呼ばれた者に何をさせているのだろうかと複雑な思いだ。案外リサイクル会社に行くのも楽しんでいるのかもしれないが。
ソルさんを見送り、キツネさんが感心しているのか呆れているのか半々くらいの表情をして呟く。
「あんなものでも金になるのじゃのう」
「そうですね……1キログラムで百数十円らしいです。350ミリリットル缶一つを15グラムとして、約66個ですか」
「労力を考えると高いのか安いのかよくわからんのう」
ネットで検索した値段を見て、キツネさんは再びなんとも言えない表情をし、たった今飲み干した缶ビールをぷらぷらと揺らしてサキへと放り投げる。
そのまま勢いよく立ち上がり、俺へ手を差し出した。
「些末なことはよいとして、儂にとっては半年ぶりのタダシ殿との時間じゃ。散歩にでも行かんか」
「ええ、いいですよ」
キツネさんの手を握って俺も立ち上がる。
そろそろ本格的に寒くなってくる季節、あと二時間もすれば日が落ちる頃合いだ。薄着なキツネさんにも暖かい服を着こんでもらって外へ出る。
寒いと手を握ったり腕を組むのも暖かくていい。夏に腕を組んでもキツネさんの魔術で不快感がないのだが、心情的に他人の体温が心地よい。左手でキツネさんの右手を握り、そのまま俺が着ているダウンジャケットのポケットに入れる。
「ふふ。こうして暖をとるのもいいものじゃの」
「そう言えば、キツネさんがこちらに来たときは肌寒い時期でしたね」
「そうじゃのう。まだ、タダシ殿に不意に抱きしめられて顔を赤くしていた頃じゃ」
キツネさんがコロコロと笑う。
「獣のときも、人の身に姿をうつしてからも、冬の寒さを煩わしいと思うようなことはなかった。そのような意識がなかったり、寒さなどどうにでもできるようになっておったりの。だが、今は何もせずこうしているのが嬉しい」
冬の寒さをありがたがる。そんな詞が含まれている歌を知っている。キツネさんの言葉を聞いて、その歌が口から自然とこぼれた。
人目も少なく、俺の歌だけが二人の間に流れながら、近所の公園に辿り着いた。枯れ葉が地面を埋め尽くしていて、その上を歩くと乾いた音が鳴る。ふと、歌を止めた。
「のう、タダシ殿。それはなんという歌じゃ。今の我らのようではないか」
「スノースマイルっていう曲です。最後まで歌うと、悲しくも思える歌なんですけどね」
「それで途中で止めたのかの」
「さて、どうでしょうか」
単に公園に人がいて歌い続けるのが恥ずかしかっただけというのは言わなくてもいいことだろう。
キツネさんが俺から離れ、落ち葉を蹴っ飛ばし、振り返って俺の目を見つめる。
「タダシ殿。今度またカラオケとやらに行こうではないか。また歌を聞かせておくれ」
俺の心情を知ってか知らずか、歌を今ではなくまた今度とねだられる。
無言で小さく頷いた。




