キツネさん、南北に走る
あれこれと商店街で飲み食いしたものの微妙に小腹が空いているので、キツネさんの晩酌セットとして冷凍庫に欠かさず放り込んである冷凍食品を適当に準備してテーブルに並べ、ゲーム真っ最中のソルさんにも勧める。どうもどうもと言いながら、ミイラじみた手が枝豆をつまみ、中身のない殻を捨ててお手拭きで指先をこする。
「オロバスさん、なんでこんな姿に描かれているんデショウ。話もまともに聞いてくれないデスし」
「まあこのゲームは世界各地の伝承を元に構築してますから、ゲームバランス上そういうキャラを作るためにしょうがなかったんじゃないででしょうか」
「知り合いが妙ちきりんなものにされているのを見てわだかまりを感じるのは仕方がないことじゃがの。こちらと異世界では名前だけ同じと割り切った方がよいぞ。おぬしの名前が書かれた本など嫌というほどあったろうに」
「ああ、そうデシタ。ワタシの名前もそこらでよく見ますネー」
キツネさんも妲己やら葛の葉やら近しい名前をこちらで聞いている。妲己の話題が出た時に殺気をまき散らしていたのを思い出す。ソルさんも当然覚えているだろう。
しかし、自分の名前が本によく載っているというのも大層な話だ。俺の名前が載っている本など卒業アルバムくらいしか世にないだろう。エロ本編集者やっていた時は本名を出したりなどしなかったし。
「それはそうと、ソルよ。今日大掛かりな踊りの祭りをやっていたのを見て来たのじゃが、踊りが魔術を成していた。こちらでも魔術は存在しておるのじゃのう」
「そのようデスネ。ごくごくわずかなので相当注意して探らないとわからないようなものばかりデス。体系化して習得されていないのは何故か興味がありマス」
「なんじゃ、知っておったのか。まあほんの些細なものであったがの」
「ええ。デスが、歴史を調べるのも文献を調べるところから始まるので時間が必要デスしネー。考えたいこと、調べたいことは他に山ほどあるのでいつになることやら。身の危険を感じるようなものはなさそうなので放っていマシタ」
キツネさんとソルさんの現代魔術議論はそこで終わってしまった。非常に残念だ。もっと深く掘り下げて欲しいと思うものの、当人達の中での重要度が低そうなのでそうもいかない。やりたくない仕事を無給で無心するなど人でなしのすることである。この部屋にいるまともな人間は俺だけであるが。いや、俺もまともと言っていいのだろうか。
話の最中もソルさんはゲームを進めている。またオロバスとやらが複数体出て来てプレイヤーと殴り合い、戦闘に勝利したソルさんは溜め息をついて「オロバスさんと喧嘩なんてしたことないんですけどネー」とぼそりと呟く。
「しかし、魔術があまり盛大に使われていないせいか、こちらの魔力にはクセがないの」
「そうデスね。使いにくくもあり、使いやすくもあり」
「魔力のクセってなんです?」
つい二人の会話に割り込んでしまった。多少なりとも魔術を操れるようになった身としては気になる言葉である。使いやすい魔力ってなんぞ。
テーブルに頬杖をついてソルさんのプレイを眺めていたキツネさんが俺に顔を向ける。
「ああ、タダシ殿にはわからんか。自然の魔力には多少なりともクセというものがあるものでの。大きな魔力を使う術の場合、自身の魔力を種火として自然の魔力を引き込んで使うものじゃ。魔力の風を感じることがあるじゃろう、あれじゃ」
「ああ、あれですか」
「タダシ殿にはまだ自分以外の魔力を使う術を教えておらんからの。自然の魔力を引き込むことが必要な術は、もっと魔力の扱いに長けてもらわんと危険で教えられんのでな。何十年後かのう」
自身の魔力と自然の魔力か。内臓電池と外付け電源みたいな感覚だろうか。
しかし三十路に何十年単位で新しい物事を身につけろと言うのはなかなかに厳しい。半年かけても人間チャッカマンが精々なのに。
「まあそれはそれとして、自然の魔力にクセがあると魔術に使いやすかったり使いにくかったりするものなんですか?」
「儂はクセがないと使いやすいんじゃがのう」
「ワタシはクセを掴んで術に合わせるのは苦にならないのデ。術によってはクセがある方が使いやすくもありマス」
キツネさんとソルさんで意見が異なった。人それぞれということだろうか。
「ソルは器用じゃのう。儂は捻じ伏せるような力技になってしまう」
「力技でなんとかして、それでいて大規模な魔術を使えるのはキツネさんくらいじゃないと無理じゃないですかネー。普通の魔術師は住む土地のクセを覚えて、その土地で生きていくものデスし」
「まあそうじゃのう。大陸を横断したり、海を渡って島国に落ち着いたりする者はそうはおらんからの」
キツネさんが例外のようだ。というか土地ごとにクセが異なるということなら、それに適応できるソルさんも例外に思える。要するに人外レベルじゃないと普通は問題にならないことなのだろう。
電気で考えるなら、関東と関西では電圧が違う。発電所に使われている機械だか何だかの規格が、発電施設を導入するにあたって東西で違ったかららしい。統一すりゃいいのに。海外でも電圧は違う。海外で日本製の電化製品を使うための変圧器があるし。自然そのものから魔力を引っ張るのであればさらに違いがあるだろう。
しかし異世界では土地ごとに魔力のクセがあるというならば、こちらであってもおかしくはないのじゃないか。
「そのクセっていうのは、この近辺がクセがないってだけで、遠い他の国ではクセがあるってことはないんでしょうか」
「とりあえず北海道や沖縄では同じようにクセはなさそうじゃ。今そちらにいる分身どもはそう感じておるようじゃの」
「さっきまで踊ってませんでしたか?」
「蟹と泡盛を求めてそれぞれ飛んで行ったようじゃ。そのうち勝手に海外にも行くじゃろう、その時にクセについてもわかるのではないかの」
自分には今のところ関係ない魔力のクセなんかよりも、耳に入ってしまった蟹が気になる。酒はあまり気にならない。一人で食べに行くのは寂しいけど、誰かと連れ立って行ってもほじるのに夢中になって無言になるというジレンマを抱えた食べ物。最近食べてないなあ。蟹。蟹かあ。カニ。かに。でも今食べているのは枝豆。枝豆うめえ。




