キツネさん、推測する
しかしキツネさんの解説を聞いても、なお疑問は残る。
「それにしたって、俺がカラオケで意図せず魔術を使ったと言われたときは音響装置で増幅されていたとしても、もっと強烈にキツネさんに影響を及ぼしていたように思います。これだけ大勢の人達が同じように意図せず魔術を使っているなら、俺でも感じ取れるほどの魔力の流れになっていてもおかしくないんじゃないでしょうか」
「ふむ」
俺の疑問を聞いてキツネさんは一つ相鎚をうち、缶をゆらゆらと揺らしながら数秒踊りを見つめ、おそらくじゃが、と推測を話し始める。
「さきほど魔術の基本は魔術は心の力に影響される、と言った。そのあたりが関係しているのではなかろうかの。踊り子達とタダシ殿の心のありようの差がの」
キツネさんの視線に俺も視線を重ねる。
老いも若きも、男も女も賑やかに踊り進む。中には白人系の人がきっちり練習を積んできたキビキビとした踊りを見せていたり、やや色素の薄い黒人系かアラブ系か俺には判断がよくつかない人も専用の衣装に身を包んで太鼓を叩いて参加したりしている。彼等と俺との心の差とは何か。
踊りで飯を食ってるわけではないとしても、練習を重ねに重ねて笑顔で人々の前で立ち振る舞う彼等より、俺の心の持ちようがしっかりしているとは到底思えない。俺は自身の心が強いものとは思っていないし、基本的に惰弱な人間のはずだ。
「心の力というのであれば、俺は彼らに意思の強さで勝っている自信なんて全く持てないのですが」
「意思の強さというのも魔術を使うにあたって重要な要素のひとつじゃが、おそらく、魔術を構成する心の力としてもっと大切なものがあるのじゃろうな」
「それは?」
キツネさんは缶を持っていない方の手でその整った顎先を指差し、俺に流し目を送って言った。
「儂じゃ」
俺の心の力として、キツネさんが構成する要素とは。
まあ一緒に過ごして楽しいし、離れがたいし、離れて欲しくはない存在になっていて、キツネさんがいなければ休日にこうして人の多い場所に出ようとは思っていなかったろう。しかしそれが魔術にどう影響するというのか。まさか大切な人がいることによって真なる力が云々という話じゃないだろうし。
俺の顔を見て答えに辿り着けないのを見てとり、キツネさんは言葉を続けて問いかける。
「儂がこちらにやって来たことによって、タダシ殿の価値観に影響を与えたじゃろう?魔術の存在を確りと認めた。それまであると思っていなかったものを、あると認識しなおした」
「魔術の存在を、認めること」
「そうじゃ。できると思ってことを起こさねば、ことは成らぬ。踊り子達は楽しもう、楽しませようとは思っていても、魔術として考えておらんのじゃ。タダシ殿は儂の魔術を見て、儂と言葉をかわして、魔術が身近にあるものと思わんかったか?」
「身近というかなんというか……まあ」
「タダシ殿自身が魔術を使えると思い込むほどでなくとも、きっかけになったのじゃろうよ」
キツネさんの魔術を散々体験していたのは確かだ。ただ、それによって魔術の存在を受け入れ始めたとしても。
「それでも、俺がカラオケで初めてキツネさんの前で歌ったときのキツネさんの悶えようを考えると、初めての魔術の効果として効きすぎとかじゃなかったんですかね」
「まあ、あれは、なんじゃろうなあ?」
あのときの魔術の全般に関して不明瞭なところがあって言葉にできないのか。それとも、あの時のことを思い出して単に照れるか恥ずかしがるかしているのか。キツネさんは再び踊り子達へ顔を向け、コリコリとこめかみの上あたりを人差し指でかいてはぐらかした。
「ともかく、タダシ殿の心に変化があったのじゃろうということでな」
「まあ確かに毎週ベッドの下に札束が増え続けてるんで、価値観が崩壊してきてはいますが」
「その程度で崩壊するような価値観であれば、たやすく魔術も使えるようになっておかしくはないかもしれんのう」
魔術も約八桁円の金も人を簡単に変えると思います。
キツネさんの価値観では単なる紙の束なんだろうか。
「いや、儂の価値観も数百円の酒などでしっちゃかめっちゃかにされておるしのう。何事も人それぞれということかの」
「数百円の商品で価値観が崩れて札束で価値観が崩れないってのは、漫画の世間知らずのお嬢様みたいですね」
「生娘という意味では、ほんの少し前までお嬢様ではあったのう」
「お嬢様はそんな冗談言わないでしょうし、俺の間違いですかね」
人混みの中、微妙に公共設置物の隙間に埋もれて二人でクスクス笑う。
踊りのグループが一回りしたのか、見覚えのある衣装が再び舞い始めたあたりで帰宅する。二人同時に玄関に居ると靴を脱ぐのに窮屈なので、わざわざ玄関前にワープしてドアを開いての帰宅である。
中からゲラゲラ笑い声が聞こえる。先にキツネさんを通し、後からサキの文字通りの洗礼を受けながら部屋の中へ進むと、キツネさんの分身二人がゲラゲラ笑ってソルさんが眉間を指でつまむような仕草をしていた。
先に入ったキツネさんに尋ねる。
「何があったんです?」
「ソルの知り合いと同じ名前の者がゲームの中で変な姿をしていたから笑っていたらしい。これは……」
そう言うとキツネさんもくつくつと口を抑えて笑い出す。
ゲーム画面ではなんか赤い馬と海老の合いの子のような敵と戦っているようだ。
ソルさんが悲鳴を上げていた。
オロバス(wikipediaより引用)
最初は馬の姿で現れるが、命じられれば人間の姿になる。過去・現在・未来のあらゆる事物について答え、召喚者に地位を与え、敵味方からの協力をもたらす。また神学における真理や創世における真実を教えてくれる。オロバスは召喚者に対しては大変誠実で、他の霊からの攻撃から守ってくれるともいう。何者も欺くことがないとも言われる。
それが何でか女神転生2では話聞かない暴れん坊に。




