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キツネさん、財布を買う

 店の前を離れてから戻るまで十五分前後くらいか。さすがにキツネさんの買い物は終わっていないはずだ。

 さらに待つこと約二十分。キツネさんが店から出てきて道端で待っていた俺を見つけ、近づいて来る。


「タダシ殿、わざわざ待ってくれていたのじゃの」

「キツネさんの言うことを信用してないわけじゃないんですが、場所を決めずに待ち合わせってのは落ち着かなくて」


 それは気付かなくてすまんの、とくつくつ笑うキツネさんの手には買い物袋が一つ。


「無事用事は済ませた。ブラジャーのついでに他にも色々見させてもらったが、時間がかかり過ぎそうじゃと思って切り上げてきたわ。いやはや、早くこちらに馴染んでもっと見て回りたいものじゃ」

「まだまだ必要なものがあるかもしれませんが、一人で歩き回るのに目立たないものは揃えられたと思います」

「ふむ。ああそうじゃ、釣り銭を返さんとの」


 キツネさんが手渡してきたのは硬貨数枚とレシート。わりとキッチリ遣い切ったらしい。ちょっと予想外だけど問題ない。


「その釣りとともに渡された紙はなんじゃ?買った物の値段が書いてあるようじゃが」

「大抵の店では買い物をしたとき、この店で買ったという証明書を発行するんです。重大な欠陥品だったときに交換してくれる証明だったり、仕事で使うものの場合はかかった費用の証明になります」

「ふむ。証明か、なるほどの。しかし商いの帳簿付けに役立つのは分かるが、下着を使う仕事などあるのかの」

「その紙の使用方法の一般論です。下着を経費として落とせる仕事は、まあなくはないです」


 いったい何に使うんじゃ、とつぶやくキツネさんを促して歌舞伎町方面へ歩き出す。


「さて、次はどうします?服をもうちょっと買いに行きますか?とりあえず動き回るために一式揃えたけど、服は何種類か持っておくべきでしょうし」

「む、そうかの。いや、その前に、タダシ殿が銭を入れていたものなどを見て回りたい」

「財布ですか。ここらで揃えられるものだと百円くらいから数十万円まで幅があります。さすがにそんな高い物は買えませんが」

「なにやらまた出鱈目な値段が出てきたのう……安物で問題なかろう」


 ならば行くのは百円ショップである。個人的にはせめて万札レベルの財布を贈りたいところだが、キツネさんの生活費を考えるとあまり余裕もない。

 大型ビジョン横の通りを抜けて大通りの横断歩道を渡り、大ガードの手前のビルに向かう。私鉄の始発駅もあるビル内に、大きい百円ショップのフロアがある。


「このフロアの品物はほとんど百円です」

「物があり過ぎて何が何やらわからぬ」

「基本的に買って価値のあるのは台所回りの道具、食器、文房具、菓子や飲み物、ちょっとした小物入れ……それこそ財布とかですね。まあ他にも色々と」


 財布を探してみれば、種類が少ないのもあって買うものはすぐ決まった。二つ折り財布だ。仕方がないことだが、どうにも安っぽい。いや安いんだけども。


「皮で出来ておるのか。小銭入れがこれで……札入れがこれで……こんなものが百円で買えるとはの」

「それなりの出来ですけどね。皮は安物で変に厚いし、縫製がやわい。こんなものでしょう」

「タダシ殿の財布を見せてもらってもよいかの?」


 キツネさんの申し出を受けて財布を渡す。

 俺の財布は札を折らずに収納する長財布だ。コンビニやスーパーでクレジット決済しまくっているため、決済証明のためのレシートでパンパンになりやすい。

 キツネさんは小銭入れのファスナーやカード入れの部分などを弄くって観察する。


「なるほど、何の用途やら分からぬが、電車に乗る時に使ったカードとやらに似たものを多く入れられたり、何より縫い目の細やかさが違う。確かに皮の厚さはないがこちらの方がしなやかで丈夫じゃな」


 そう言って財布を俺に返すものの、百円の財布を睨んで眉間にシワを寄せて唸っている。


「質の違いがあるのは確かじゃ。しかし、それでも百円というのはずいぶんと安い。どうやって儲けを出すのか……」

「答えは単純ですよ。人件費、つまり加工の手間賃が安い外国で大量生産するんです。海外じゃ、大人一人の月の収入が一、二万円なんて国はそこそこありますし」

「少し作るより多く作った方が手間が省けるのは分かる。ところ変わればものの価値が変わるのも分かる。しかし、それほど変わるものなのかの」

「俺も正直詳しく説明は出来ませんが、日本国内でも同じ仕事内容なのに地域差で時給で百円の違いは軽く出ますからね」


 他にも店内を散策してみるか聞いても、キツネさんはどこか上の空気味だ。そろそろ小腹も空いてきたのもあって、とっとと財布を買って外に出る。

 ジャケットの内ポケットに入れてあるメモ帳を取り出して俺の電話番号をメモし、買ったばかりの財布に入れる。ついでに金も三千円ほど入れ差し出すと、キツネさんは柔らかく笑って、ありがとうと言いながら受け取った。

 そしてまた悩むように財布を見つめる。


「百円の財布一つに何を悩んでるんです?」

「財布そのものではなく、価値とは何かと考えての。タダシ殿への恩を返すのに、儂はどれほどの価値を作り出せるのか。銭を返すために、こちらで働いて手に入れるのも難しいようじゃし」


 何やら大げさなことを考えているようだ。三十路の女っ気のない男からしたら、若い美人とデートってだけで十分対価になりうるんだが、言うべきなのかなこれ。

 いや、こちらの世の中を見知っていくうちに気付くだろう。そっとしておこう。

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