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キツネさん、泣かせる

 キツネさんが初めて分身して競馬で荒稼ぎした翌週の土曜。これまた分身して荒稼ぎして帰ってきたキツネさんと新宿に再び向かい、阿波踊りを開催する場所へ散歩がてら徒歩で向かう。


「さて、どちらへ向かうのじゃ?」

「西です。甲州街道を西へ、場所は初台というところです。ただ始まるまでに数時間は空くので、辺りを散策しながら行こうかと」


 初台。電車で言えば京王新線で新宿から一駅、歩いて行けば三十分ほどだろうか。どうしたって時間が余る。


「まあでも、散策するとは言え、そう面白いものがあるわけでもないんですが」

「ふむ。ならば何を目的に見て回るのじゃ?」

「以前住んでいた場所なんで、景色がどう変わっているか見てみたいってだけなんです。キツネさんには面白くないかもしれません」

「いや、タダシ殿の思い出の場所をめぐるというのもオツなものじゃ。それもよかろう」


 大したものでもないのでキツネさんが楽しんでくれるならばいいのだが、気休めでも肯定してくれてありがたい。

 新宿から甲州街道を歩いて十分ほどもすると、高速道路の高架が見えてくる。都庁の展望台に行ったときにも上から確認できたと思うのだが、下から見ると様子が違って見える。


「上にあるのは車専用の有料道です」

「空にも道を通すとは、すごいものじゃのう」


 ほけっとキツネさんが口を半開きにして見上げて言った。

 中野周辺の道と違い、一般道の上に高速道路が柱で支えられて道ができている。そのまま歩いていけば中野にも通じる、南北に走る山手通りに辿り着く。甲州街道と山手通りが交差する道は行き交う車の量も多く、東西南北につながる高速道路がいくつか重なり、空はより狭くなって圧迫感が凄い。


「いやー、久しぶりに見ると窮屈ですね、これ」

「おお……母がうねっているような景色じゃのう」


 リュウさんが空でうねるような景色とは。さて、俺は人間形態で飲んだくれているリュウさんしか知らないのでピンとこないのだが、龍が空を飛んでいる状態に比喩されていることを思えば凄いって言いたいのだけはわかる。


「ここの交差点を北に行けば東中野まで行きます。歩いて一時間ないくらいでしょうかね。よく散歩する道にも辿り着きます」

「儂らがよく歩くところでは、空に道はなかったと思うが」

「途中で地下に入りますからね」

「空から地下へ……はー」


 キツネさんが再び口を半開きにしていらっしゃる。何やら感嘆してくれているようなので良しとしよう。

 少し甲州街道を引き返し、牛丼屋の裏を通って山手通りに並んで走る道へ入る。特に何があるでもない住宅街だが、かなりの角度の坂がある。自転車に乗って通る場合、ブレーキをかけずに下るのは自殺行為となる道だ。


「この辺りに小さい頃住んでいたんですよ。背がこれくらいの頃に」


 そう言って腰辺りの高さに手をやる。


「今日みたいに土曜の日には車の移動式のアイスクリーム屋がやってきましてね。毎週末、親に小遣いをもらって買いに出るのが楽しみでした」

「ふむ、アイスクリームか。毎週というが、今のタダシ殿はあまり食べんようじゃが」

「今でも好きですよ、アイス。ただ歳をとって子供の頃より肉がつきやすくなって、腹の膨らまない嗜好品の食べ物は控えるようになりまして。そのうちに、それほど食べなくても気にならなくなりました」

「美味いものを知っているのに、さほど金も手間もかかるものでもないのに、食べなくてもよくなるというのは、儂には悲しく思えるがの」


 キツネさんは勿体ないことをするとでも言いたいかのように頭を振る。

 散々食っちゃ寝して全く太らずに最高のスタイルを保っている方にはわからん苦労でしょう。


「さて、タダシ殿の小さい頃か。どんな子供だったのじゃろうかの」

「どんな、と言われると、なんと言えばいいのか。ここらに住んでいるときのことは、実はそれほど覚えてないんですよ」


 精々が小学校に入るかどうかくらいの頃だ。多くのことは忘れている。


「ならば見てみてもよいか?」

「見れるんですか」

「おう。タダシ殿も見るかの?」

「え、ええ」


 恐る恐る頷くと、横に並んで歩いていたキツネさんが俺の手を握り、ふわりと風が吹いた。

 幻が見える。黄色い帽子を被った、同じような背丈の小さい子供が二人、並んで坂を下っていく。背負ったランドセルは黒と赤。途中、彼らよりも頭一つ大きい、同じく黄色い帽子を被り赤いランドセルを背負った子供が手を振って二人に合流した。


「黒いのを背負ったのがタダシ殿じゃな」

「……ええ」

「並んで歩いておったのは女の子じゃのう。両手に花じゃの」

「そんなんじゃないですよ」


 一人は同じマンションに住んでいた女の子の幼馴染で、もう一人はその子と仲が良かった女の子だ。幼馴染は小学校に入学すると俺と同じクラスで席も隣だった。今思うと、あれは学校の方で同じクラスにわざわざしてくれていたのだろうか。彼女は入学後、半年かそこらで引っ越してしまい、学校からいなくなった。

 もう一人の子は別のクラスで、もともと交流がそれほどなかったし、俺も入学後一年後くらいに引っ越してしまい、幼馴染と違い学校は変わらなかったものの、いつのまにか交流が完全になくなった。

 二人が今どうしているのか、俺は何も知らない。

 三人の横顔がちらりと見え、再び坂を下って行った。笑って、楽しそうに、登校して行った。彼らの姿がぼやけて見えなくなる。ただ俺は突っ立って見送っていた。


「タダシ殿。タダシ殿」

「え?あ、なんでしょう」

「こちらの台詞じゃ。何か気に障ったかの」

「なんでもないです。なんでもないはずなんですが」


 何故だか、涙が止まらなかった。

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