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キツネさん、報酬の低さを嘆く

 一人の世界から戻ってきたソルさんとヤコさんが何やら異世界移動の魔術について小難しい話をし始めた。どうにも加わるのは無理っぽいので、少し座る位置をずらしスマホで暇つぶしをし始めたら、クウコさんの頭が俺の太ももにのっけられた。のっけられた瞬間ナナコさんとヤコさんの視線が飛んできた気がしたが、とくに何が起きるでもなくそのまましばらく時間が過ぎる。


「うん?何やら外から騒がしいものが近づいてくるような」


 クウコさんが何かに気付いたのか、ゲームの手を止めてガラス戸を開きベランダへ出る。

 ガラス戸が開けられて外の音が聞こえるようになって、俺も理解した。神輿を担ぐ掛け声が聞こえる。どうしてクウコさんはほぼ完全防音仕様の部屋の外の騒音に気付いたのかはさておき、九月に行われるうちの近所のお祭りの神輿が家の前を通りかかるところだったようだ。


「神輿か。精が出るのう」

「そういえば、お祭りのポスターが商店街にも貼ってありましたね。今日明日でしたか」


 身長低めなクウコさんが浮き上がってベランダの手すりに頬杖を突いて呟いた言葉に、俺もベランダに出て隣に立ち言葉を返す。

 キツネさんの異世界でも神輿はあるようだ。

 小学校高学年くらいの子供達が神輿を担いでいくさまを眺めながら、キツネさんは話を続ける。


「おうおう、あんな小さい子に担がせて。あんな子らの輿に喜んで乗るような神はイザナミが走ってぶん殴るレベルじゃろうのう。いや、あれくらいであれば異世界あちらでは元服の者もおったかの。ううむ、どうにも異世界あちらとこちらでの常識の違いで、たまに調子が狂うのう」

「まあ、あれは小さい神輿なんで子供でも担げる重さだから大丈夫ですよ」


 神様はどうのという話は置いといて、耐えられない苦役ってほどでもないとフォローする。

 それに今と住んでいた場所は違うが、俺も小学生の頃には神輿を何回か担いだ覚えがある。子供でも担げるとは言ってもそれなりには重いんで、担いでる最中はかなりしんどかったという記憶もあるが、そこそこ楽しかったはずだ。何より他に楽しみもある。


「それに神輿を担ぐ時間が終われば、子供達にはお菓子が配られるんですよ。労働に対する報酬って意味じゃ些細なものですが、俺が子供のときにはそれが楽しみで参加したりもしました」

「時給に換算するとどれくらいじゃ?」

「……百円から、よくて二百円くらいでしょうか。詳しい量は覚えてません」

「子供の労働に対する報酬は低い。どこの世も世知辛いのう」


 自分で言ったこととはいえ微妙に嫌な質問が返ってきたと思いつつ、記憶をより深く掘り進んで答えると、小学生の背格好をした人が子供の悲哀を嘆いてしみじみため息をついた。

 そんなことを言い始めたら大人たちは無給で神輿を担ぐんだが。報酬は終わった後の食事程度で、それもおそらくは自ら納めた町内会費から支払われるはず。集合住宅住まいでそんなもん納めてないし町内のイベントに参加もしていないので、俺には正直わからん話だけども。


「いや、そこは頑張ってるなあって、微笑ましく見守る程度でいいんじゃないでしょうか」

「子供達に笑顔が少ない。微笑ましくないのう」


 うん。そうですね。まあ、俺も小学生当時、無の境地で担いでいた気がしなくもないし、笑顔だったのは休憩中に一緒に参加した同級生とジュースを飲みながら談笑していたときと終了後にお菓子を貰って帰る時だけだったかもしれない。大人になって担ぐ人達はみんな楽し気に見えるんだが。


「すぐ近くの夏祭りは家族連れ用の屋台ばっかりじゃったし、もっとパーっと楽しい祭りはないものかの」


 行ったのか、アレに。マンション住み独身者お断りのあの祭りに。原価を考えたらほとんど集団バーベキューのアレに。アレは小学生達に夏の思い出をつくるためのイベントであって、地域住民全員のイベントではない。俺の知らない間にキツネさんは一人で突貫したのか。まあ三十路男が一人突貫するよりマシな絵面だが。祭りなんてこの頃参加してないな。精々が国際展示場で行われる祭りに数回行った程度だ。

 ともかく、楽しいお祭りかあ。楽しいってのが難しい。楽しそうな祭りって言うと、どっかの国のトマト祭りやら花火大会とかか。海外に行くのは難しいし、というか海外旅行なんて一回しか行ったことない。それに花火は時期が少し遅いんじゃなかろうか。

 他に楽しいお祭りと言うと、なじみのそこそこあるものが一つ、阿波踊りがある。中野のお隣の高円寺阿波踊りは八月なのですでに終わっているが、俺のよく行った阿波踊りは時期をずらせて開催しているはず。スマホでネットを調べてみると、ちょうど来週に行われるようだ。これなら大丈夫じゃなかろうか。

 スマホから顔をあげると、クウコさんが俺の顔を見上げていた。俺の表情を見て、自身が求める答えを見つけたようだと確信したのか、不敵な笑みを浮かべている。


「楽しめそうな祭りがありそうじゃの?」

「ええ、来週に。たぶん楽しめるとは思うんですが、でも、人混みがすごいんですよ。人混み嫌いでしょう?」


 一つだけある懸念をさっさと話す。賑わった商店街や国際展示場なんかの人の流れと違って、阿波踊りの人混みは酷い。踊る阿呆を見る阿呆が押し詰めになるのである。人が流れない。神輿の思い出とは違い、踊りを見ることそのものは純粋に楽しい記憶がはっきりしているのだが、ポジション取りが面倒なのだ。

 海の写真を見て拒絶していたキツネさんが行くとは思えないのだが。


「今回は大丈夫じゃろう。先日儂に海へ行くかと言ったときと違って、今のタダシ殿は楽しそうに勧めてきたからの」


 ……正直、少々面倒だと思いつつ海を勧めたのは確かである。定番イベントはとりあえず勧めとくべきかなあ、なんて考えていた。

 見透かされていたか。これは魔術云々関係なく、単に俺が唐変木なだけだろう。

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