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第7わん 非日常の始まり

 生い茂る木々の枝葉の隙間を縫って、地面へと細く木漏れ日が降り注いでいる。周囲からはせ返る様な熱気とともに、濃密な植物の匂いが立ち篭める。

 そんな空気で肺の中を一杯に満たしながら、額から流れ落ちる汗を手の甲で拭いつつ、頭の中で現在状況は「迷子」よりほぼ「遭難」であると一人脳内注釈をいれていたが、周囲を見回しても獣道すらない完璧な山の中とあっては現実的に考えてどちらが正鵠を得た状況かは言わずもがなである。

 因みに文明の利器。ポケットに入っている携帯電話の液晶には、無情にも圏外の表示マーク。山の中でも繋がりやすくなった現代とは言え、やはり全てをカバーは出来ていないようだ。CMで白いお父さんが繋がりやすさナンバーワンといっていたが限界はあったか・・・などと逃避気味に考えつつも、いつも使っていた登山道はぎりぎり圏外ではなかった事実に思い至るに、最初の登山道からは相当な距離を離れてしまったようである。


「・・・コントかい」


 現在状況に陥った経緯を改めて振り返りながら一人ごちる。

 山頂までいつも通り登るだけだったはずの道程から、蛇を踏み抜きそうになったために無茶な回避をしたら斜面を転がり落ち、その先で刺されると超危険デンジャラスなワンマンアーミー(スズメバチ)に殺る気満々の警告音付きでお出迎えされ、熾烈な逃走劇を繰り広げた。

 その結果。自分が何処に向かって進めば元の道、又は人里に戻れるのか見当もつかない程に迷ってしまった。


「・・・・・・とりあえず・・・進むしかないか」


 山中にいるのだから、とりあえず下れば人里につくのではないかと思うかもしれないが、事はそんなに簡単ではない。遠目に見れば三角の形でも近づけば単純明解に理解出来るように、実際の山というのは起伏に富、子供が砂場の砂でつくる山のようなわかりやすい斜面で形成されている事はない。高く生い茂る木々の間を、獣道もない草を掻き分け中腹を進むという行為は、登っているのか下っているのかが簡単にはわからないものである。

 時刻は15時を過ぎた辺りだが、夏場のこの時期、夕闇が訪れるのはまだ先とはいえ、平野部と山中では当然後者の方が暗くなるのは早い。

 夜闇の中を山中行軍するのは明白な自殺行為でしかないので、なんとかそれまでには脱出したいところである。

 一時間程歩き続けただろうか、唐突に僕の周囲に霧が沸き上がりだし、辺り一面を白い濃霧であっという間に覆い隠した。

 山の天気は変わりやすいとはいえ、何の前触れもなしに濃霧が立ち込めるのはいささか奇妙に感じられたが、考えても栓なき事と僕はより慎重に移動を続けた。

 そして、すぐに僕は強烈な違和感に体を襲われた。例えるなら蜘蛛の巣に顔面から突っ込んでしまった時の様な、又はシャボン玉の膜を貫いたような、極薄い何かを通過した感触を全身で感じたのだ。

 しかし、自身の体を見下ろしても目に見える変化はなく、蜘蛛の糸が絡みついている事もなかった。


「・・・今のは一体何だったんだ?」


 首を傾げ、頭に疑問符を浮かべながら一歩踏み出すと、足元から「ジャリッ」という音と共に、先程まで踏み締めていた草木を踏む感触とは異なる、玉砂利を踏み締める固い感触が靴底を刺激した。

 それと同時に、周囲を覆い尽くしていた霧が、音もなく夢幻だったかの様に一気に消えて溢れる光が視界を塗り潰した。

 眩しさに閉じた瞼を開くと、頭上には先程までは枝葉で遮られて直視できなかったはずの照り付ける真夏の太陽。木々をくり抜いて造られた拓けた土地が眼前に広がり、足元には玉砂利が敷き詰められ、少し先からは石畳の道が真っ直ぐに伸びていた。石畳の始まりの箇所の左右には石で作られた灯籠が建っており、それは等間隔で奥へと向かって並んでいた。

 視線を石畳の先に動かすと、こじんまりとした綺麗な神社らしき建物が存在しているのが目に入った。


「やった!人里へ突き抜け・・・・・・た?」


 僕は遭難回避の喜びから思わず声を上げたが、周りを見渡す内に尻すぼみにトーンダウンし、最後には疑問形になってしまった。

 その理由は、辿り着いたこの空間の目に見える境界は全て森林に囲まれており、何処かに繋がる道らしき物を見つけられない事実に気付いたのと、建物は社が一つだけで他には何もなく、おおよそ人の気配も全く感じられなかったからだ。

 しかも、先程までは五月蝿い程に合唱していた蝉の声も何故か聞こえず、奇妙な静寂がその場を支配していた。


「・・・・・・」


 僕は、まるで何かに導かれるように石畳の道に足を踏み入れると、そのまま社へと歩を進めていった。

 おごそかな雰囲気を放つ社は、年月は感じさせるが朽ちた部分は見受けられず、とても綺麗な外観をしていた。

 放置された気配がないということは、人が手入れをしている事実を推測させるのだが、矛盾するように地面や周囲には人の足跡はおろか、生物の気配が全く感じられなかった。

 頭の片隅で異常な状況であることを感じつつも、僕の足は奥へと進む。

 正面の階段を上がり、本殿の重厚な観音扉の取っ手へと手をかけた。扉に鍵は掛かっておらず、あっさりと手前に引けたので一旦止めてから「すみませ〜ん」と中に向けて声を出しつつ全開にする。

 人の気配がなかったので、予想出来ていた事ではあったが、やはり中には誰もいなかった。しかし、開けた瞬間から目に飛び込んできた中央の奥に鎮座するモノ(・・)に視線が固定され、思わず呟きが漏れる。


「何故に狛犬こまいぬが本殿の奥にまつられてるのかしら?」


 僕の目に映るのは、普通は仏像があるはずのポジションに仲良く向かい合って鎮座している二体の狛犬であった。別に狛犬ついてに詳しいわけではないが、像として神社や寺院の入口の両脇、あるいは本殿・本堂の正面左右などに一対で向き合う形、または守るべき寺社に背を向け、参拝者と正対する形で置かれるのが普通だったはずで、本殿内に祀られている現実に首を傾げるしかなかった。

 とりあえずもっと近くで見てみようと、中に入り狛犬の正面に立った時だった。

 突然、二体の狛犬から強烈な白い光りがほとばしり、反射的に両手で顔を庇いつつ目をつぶった。その体勢でしばらく硬直していると、直前まで僕以外に誰もいなかったはずのこの場所で、


「「ようこそ精霊殿せいれいでんへ。資格持つ、新たなあるじ様」」


 僕以外の二つ(・・)の美しい声音が空気を震わせるのを聴いたのだった・・・。





次回ケモ耳幼女がようやく登場!早ければ明日のお昼にUP予定です。

お読みいただきありがとうございます。

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