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第6わん 修行の結果

 養老の滝から30分程かけて自転車で移動した山沿いのとある場所。

 山を背にした小さな畑があり、端にはこれまた小さな掘っ建て小屋がある。この掘っ建て小屋の裏側には、地元の人間にもほとんど知る人がいないであろう、ぎりぎり成人男性が二人並べるくらいの幅の小さな登山道がひっそりと存在していた。

 ほとんど獣道に近い、お世辞にも整備されているとは言い難いこの道は「昔の猟師が山に入るために使っていた道らしい」とは、この掘っ建て小屋を使用していたお爺さんの証言。

 中学一年の頃に、自転車で目的もなくふらふらと知らない場所を走るという行為を好んで行っていた時、この畑の横を走っていた僕は、たまたま掘っ建て小屋の裏から顔をだして一吠えした犬に意識を惹かれ、自転車を停めた。

 その犬は僕と目が合うと、つぶらな瞳を真っすぐ逸らさずにお行儀よくお座りをした。澄ました表情とは違い、感情を表す尻尾は期待にぶんぶんと元気よく振られているのが視界に入った。モフり・・・動物好きな僕としてはその期待を裏切るわけにはいかないと、勝手に心中で一人納得しつつ、犬種は柴犬と思われるその犬に近付いていった。

 5分後。盛大にこちらに向けてお腹を見せつつ、満足気な顔で舌をだして息を荒くする柴犬の姿が僕の眼前にあった。

 ふぅ。存分にモフって、いい仕事しましたと満足していると後ろの掘っ建て小屋の扉が開く音がした。慌てる必要は全くないのだが、気分的に何かの犯行現場を目撃された風に感じたので、僕は慌てて振り返る。


「・・・・・・・」


 扉からこちらを無言で見ているのは、好々爺然とした雰囲気を纏った白髪の小柄なお爺さん。

 軽く見つめ合う無言の時間が過ぎて、その沈黙に堪えられずに「ち・・・ちなうんです」と挙動不審な言葉を発しようと口を動かそうとした僕より早く、お爺さんが言葉を紡いだ。


「外でなにやらバタバタしていると思えば・・・こりゃあめずらしい。ワシと婆さん以外に気を許さん堅物のナガレが他人にこれ程気を許しとる姿を見れるとはのぅ」


 相好を崩して感心したと驚いているお爺さん。

 このの名前はナガレちゃん (男の子か女の子かはモフったときに確認済み。ちなみに女の子) か、・・・和風な響きだなだな、などと思いつつ口を開く。


「勝手に畑に入ってしまってすみません。ナガレちゃんを見つけて思わず構いたくなってしまって」


「ええよええよ。入られて困る事なんざないしのぅ。にしてもほんに良く懐いとるのぅ」


「えぇ、まぁ・・・物心ついた頃から動物には好かれやすい性質たちでして」


 実際には「非常に」という言葉が頭につく程、初見の動物、野良・飼い犬猫問わずに問答無用で懐かれる体質なのだがそれは黙っておいた。

 ひょんなことから知りあったお爺さんとナガレをモフりつつ会話をしたところ。何故こんなところをうろついていたのかの話に繋がり、頂上から望める景色が綺麗なのだと小屋の後ろの登山道を教えて貰う経緯にいたったのだった。

 その後も何度かこの登山道を利用する際に会ってはいるが、いつもいる訳ではない。いるときにはモフりつつ軽く世間話をしている。今日はいないようなので、いつもの様に自転車と釣り道具タックルを小屋の裏手に置かせて貰ってから登山道の入口に立った。

 山の木々からは、元気な蝉の鳴き声が「これが俺達の生き様だ!」とばかりに大音量で響いている。夏のギラつく太陽光を存分に吸収した草花からは、むせ返るような緑の匂いとともに、過剰に与えられた熱気が放出されている。

 下草生い茂る獣道を前に、軽く足を伸ばすストレッチをしつつ携帯で時刻を確認すると、14時30分を少し過ぎた頃だった。

 頭の中で行って戻って、さらに釣りほそいけに戻ってちょうど夕まずめ(ゴールデンタイム)だな等と考えつつ道の先を見据える。

 もう一度時刻を確認してから「よーいドン!」とスタートを切り、僕は駆け登っていった。

 山の中腹を越えて後半部分に入っていた僕は、額から流れる汗を拭い、息を切らしつつも登りのラストスパートをかけるべく全身に力を入れ直した。

 その直後。

 自身の進む足場の先に、黒いホースのような物があるのが視界に入り、「こんなところにホースが捨ててある?」と脳内疑問符を浮かべつつ視線を横にずらすと・・・

 トグロを巻いてこちらを見据えて舌をチロチロとだす大きな蛇の頭部が目に入った。

 それを認識した瞬間。丁度ホース (と誤認識していた蛇の胴体) を踏み抜くコースだった右足を上に向け、左足で不自然な体勢のまま軽くジャンプをして着地位置を無理矢理ずらすも、勢いのついた自分の身体を直ぐに止められる訳もなく、道の右側にそれていく。

 そして、道の端にある草村の中に片足が突っ込んだところで、傾斜のついた地面に足を踏ん張ることも出来ず。僕の身体はそのまま草村の中に転がり込んで、登山道から姿を消した。

 災難はこれで終わりではなかった。

 上下の感覚もわからずに斜面を転がった僕は、不幸中の幸いにも骨を折ったりすることも頭を強打することもなく、身体のあちこちをぶつけながらも軽い切り傷と打ち身だけで済んだ状態で一旦止まった。

 ふらつきながらも立ち上がり、転がってきた斜面を見上げながら心臓がバクバクいっている音をいやにはっきりと認識しつつ、「危ねぇ。生きてる。戻るの大変!」等と変なハイテンションで独り言を呟いていると異音が耳に届いたのに気付き戦慄する。

 自分の背後から「ガチッ!ガチッ!ガチッ!」と、金属を擦り合わせる様な不快な重低音の、一度聴いた事がある人間は決して忘れられないであろう本能に訴える警告音・・・が鳴り響いていた。同時に、空気を震わせる「ブーン。ブーン」という羽音・・も耳に入る。


「・・・・・・・」


 ゆっくりと、なるべくそれ(・・)を刺激しない様に沈黙しつつ振り返ると、目線の先1メートルに、空中でホバリングしつつ、絶賛口元の牙を打ち鳴らす警告音を発している凶暴なスズメバチ(・・・・・)が一匹。ターゲット(ぼく)をロックオンしているのが目に入った。

 スズメバチの性質は、おおむね攻撃性が非常に高い。1匹の女王蜂を中心とした大きな社会を形成し、その防衛のために大型動物をも平然と襲撃する。また凶暴かつ好戦的で積極的に刺してくることも多いことで知られるが、これは巣を守るためであり、基本人間が襲われるのは大概が巣の近くにいることに気付かなかったパターンが多い。豆知識として、スズメバチの刺害による死亡例は熊害や毒蛇の咬害によるそれを軽く上回る。

 過去に釣りをしていて、巣の側に寄った為に今と同様の警告音を聴いて襲われた経験があったので、今の状況が非常にまずいのはよく理解している。

 と、こちらの逡巡など知ったことかと僕の顔面に勢い良く突撃を仕掛けてきたので慌てて回避をする。背後に通過したのを確認すると僕は直ぐさま逃走を選択。今は一匹だが複数に集まられると絶望〇生しか浮かばない状況に陥る事は明白なので、ガンガンいこうぜの選択肢は自殺行為でしかない。

 警告音と羽音が聞こえなくなるまで、僕はひたすら走ってその場所から離脱した。



 なんとか巣から離れて、スズメバチを巻く事に成功したようで、僕は近くの木にもたれかかって息を整える。改めて周囲の景色を眺めてから、


「・・・・・・これは完全に、迷子・・・?かなぁ?」


 ぽつりと零れた僕の独り言は、全方位から鳴り響く蝉の声に飲み込まれた。






評価Pいれていただきありがとうございます。次回も今週中には更新できると思います。読んでいただきありがとうございます。


ちなみにスズメバチのネタは実体験からだったりします(笑)

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