第3わん 火照る・非モテ派
教室内で席に着いていた20名程の男子生徒達が一斉に椅子を鳴らして席を立つ。
さらに席を立つ際には全員が右手に左手を重ねる様な動作をした後、左手を胸の前に掲げ、握り拳を作ると胸に当てる形に固定し、右手は脇を締め肘から先を人差し指が天井を向くように折り曲げるという動作を、統率された軍隊の様に一人も乱れることなく、かつ正確に行っていた。
よく見れば右手は全員が指鉄砲の形になっており、しっかり輪ゴムまで装着されていた。勿論、親指はかかっていない。
全員が目と口部分にだけ穴の開いた黒い布製の頭巾を装着しており、どこのゲームの邪心教徒だよ的な集団と化している。
顔を隠すための用途のはずなのに席についている時点で意味は全くないのだが・・・・・・。
檀上に立つ茶髪の銀縁眼鏡をかけた伊達男。
この中で唯一頭巾を被っていない先程の怒号を発したクラスメイトであり友人の片桐直也が、細い銀縁の眼鏡の鼻に掛かる中央部分を中指の腹で押し上げながら言葉を続ける。
「諸君!これより我等『リア充シネシネ団・火照る・非モテ派一七分隊』による逆転なし裁判を執り行う。被告人は・・・葉山糸。一学期の間、両手に花登校で遂に皆勤賞を達成してくれやがりました彼の人物についてだ」
「「「コロセ!コロセ!コロセ!」」」
あの野郎、逆転「なし」裁判とかほざいたな!完全な魔女裁判じゃないか!と内心でツッコミをいれつつも、即座に呼応する男子生徒の唱和に身の危険を感じてすぐさまこの場からの戦略的撤退を選択しようとしたが、突然後ろから左右の手を抱き抱えられ僕は拘束された。
馬鹿な!気配を感じなかっただと?
「逃がしません」
「うふふ、ごめんなさいね?」
振り返るとクラスメイトの運動部所属の千葉さんと下山さん (たしか陸上部と水泳部) が全く申し訳なくなさそうないい笑顔で両脇を固めつつ退路を断っていた。
何故に女の子が「火照る・非モテ派」に加担するのかと思えば、こちらの疑問を読み取ったのか妙なハイテンションで二人が答えを口にする。
「里桜様親衛隊隊員。千葉由香里」
「麗奈たんを愛でる会会員。下山美奈子」
「「害虫に裁きを!」」
「理不尽っ!?」
いきなりの女子からの害虫扱いに反射的に抗議の叫びをあげつつ思考する。
幅広い層に人気のある白浜姉妹だが、その人気は校内に非公式のファンクラブが存在するに至るとは、以前噂で小耳に挟んだ事があった。
しかし、まさか自クラス内にその構成員がいるとは知らなかった・・・それも女子の。
「それではこれより異端審問をとり行う」
地味にレトロ仕様なそのメモ帳の、ページをめくって声高に読み上げる。
「証言1、先日。奴が校内で白浜姉妹が家庭科の授業で作ったカップケーキを渡されているのを確認。P.N幼稚園以来女の子と挨拶以外の会話した記憶がないorzさん」
「ん・・・?あぁ、あったね。確かに・・・ってかゴメンP.Nにツッコミを入れたいんだが・・・」
「証言2。昼休憩時、白浜姉妹に左右から手作り弁当を薦められ、しかも二人から手ずから「あ〜ん」されているのをガン見。P.N俺の妹が目に見えないはずがないさん」
「ガン見されてたのかよ!いや、確かにそんな事もあったけど。とりあえずP.Nにツッコミをいれさせろ」
「うるさい。黙れ。余計な事は喋るな」
「辛辣っ!」
「証言3。体育の授業で水泳があった日に被服室でそれぞれに水着姿を披露させていたのをぼやけた視界で確認。P.N白スクは至高!泣いてなんかいないんだからさん」
「「「ギルティ!ギルティ!ギルティ!!!」」」
机と床をけたたましく鳴らしながら、間髪入れずに有罪唱和を繰り返す邪教徒の皆さん。
水着にどんだけ過剰反応するのこの人達。無駄だと思うが一応反論をしておこう。
「証言3の『させていた』のくだりが冤罪だと主張したいんだが・・・・・・どう反論しても却下される気しかしないな」
実際の顛末はというと、昼休みに強引に白浜姉妹に被服室に連行され、制服の下に既に着ていた水着を披露されて感想をおねだりされたという僕自身は何もしていない事実があった。が、有罪唱和を途切れず繰り返す現状を鑑みて、もはや彼等に言葉が通じないのは火を見るより明らかであり、仕方なく反論の言葉を飲み込む僕。
「諸君!静粛に!他にも多数の証言が寄せられており、被告人の罪はもはや明白!判決は・・・私刑っ!手始めにリア充殺刑を執行する!撃ち方用〜意」
この世のリア充全てを滅殺でもする気ですかあんたらは!という内心ツッコミをよそに、既に親指を外された輪ゴム装填済み指鉄砲を無言で一斉にこちらに照準する邪教徒の皆さん。
さらに両脇を抱えていた千葉さんに下山さんは僕の腕を後ろ手に逆間接を極めつつ回し、僕の体を盾とする形で背後に隠れる。
やめて!僕の腕の間接は、それ以上逆には曲がりませんて!
そして、今正に「狙い撃つぜ〜」などと宣いながら壇上横から僕の頭部に照準をつけつつウェーバースタンスで指鉄砲を構える直也が発射を命じるその寸前。
僕が目をつむった瞬間に、この場の流れを変える教室のドアを開く音が響き渡った。
「撃『ガラガラッ!』」
「・・・・・・ふむ。何時からわたしのクラスは怪しい宗教団体の会場に変わったんだろうな?無知な先生に教えてくれないか?片桐」
開け放たれたドアの前に立つのは、名簿を脇に抱えた我がクラスの担任。
今の僕には後光挿す救いの女神に見える、揖斐川清子先生様だった。
お読みいただきありがとうございます。
2/24誤字修正。一部文章修正。(ストーリーに大幅な影響はなし)