第12わん 神様は〇〇〇
お楽しみいただければ幸いです。
「ただいま〜」
帰宅した旨を凛姉に告げながら、僕は靴を脱いでリビングに向かう。
リビングに入ると、食欲をそそるいい匂いが空腹を刺激するのを感じた。
「おかえりなさい。今日は沢山釣れたかしら?・・・っていっちゃん!ちょっと大丈夫?どうしたのその格好?釣り場で派手に転んだの?」
ハスキー犬の絵がプリントされた白いエプロン姿で、台所に立って夕飯を作る凛姉が振り返りながら話しつつ、僕を視界に入れたところで慌てて聞いてくる。あ、そういえば切り傷とかは宥月の治癒術で治してもらったけど、服は直ってないわなと今更ながらに気付く僕。
「あぁ・・・っと、大丈夫、大丈夫。別に何処も怪我してないから。先に着替えてくるよ。あと凛姉、夕飯なんだけど・・・突然で悪いんだけど二人分追加してもらっていいかな?量は控え目でいいんだけど」
「怪我してないならいいんだけど・・・本当に大丈夫?あと、別に追加は問題ないけれど誰が来るの?隣の白浜姉妹は今東京よね?クラスのお友達?」
「お邪魔虫て・・・えっと、それもとりあえず着替えてからゆっくり説明するよ。ちょっと込み入った話しになるから」
二階の自室に戻り、釣り具を置いてから服を着替える。部屋着のTシャツと下はハーフパンツ姿になったところで、胸元にある勾玉へ呼びかける。
「宥月、嗄月。二人とも顕現して貰っていいかな?あ、家の中だから草履は脱いでね」
呼びかけのすぐ後に、僕の前で小さな光りの粒が収束していき二つの人型を形作っていく。一分もかからずに僕の眼前に巫女服姿の宥月と嗄月が鈴の音と共に顕現した。足元を見れば、ちゃんと草履を脱いだ状態の白い足袋姿。足袋って普段の生活では中々見る機会ないよな等と思いつつ顔を上げると、物珍しそうに獣耳をピコピコと揺らしながら室内を見る二人が視界に入る。
「ここが主様のお部屋ですか?」
「綺麗に片付いてるの」
「そうだよ。まぁ、あんまり散らかす方じゃないからね」
僕の部屋は入口から入って奥、東側の窓際にベッド、左の壁際に釣り具置き場と隣にTV、横に小さい本棚。右壁際にクローゼット。真ん中に机。その周りに座椅子と敷物のクッションがある。勉強道具は隅っこに追いやられている。
二人をクッションに座らせてから僕も座椅子に座り、これからの打ち合わせをする。
「この後に凛姉に紹介するわけだけど、二人を拒絶したりは絶対にしないからそこは安心して欲しい」
「絶対ですか?」
「可愛い物に目がないのを除いても、凛姉は二人が過ごした時間を聞いて追いだす様な真似はしない人間だと僕は信じてるからね」
「じゃあこの後の打ち合わせというのは、何に対してするものなの?」
宥月の疑問に答えた僕の回答に今度は嗄月が疑問をだす。
「うん。身の危険を感じたら迷わず結界を使うなり、勾玉に避難するなりしなさいという注意だね。特に凛姉の手がわきわきと動きだしたら危険信号です」
「さっきと言ってる事が真逆になってるの。びっくりなの!信頼はどこにいったなの?」
うん。至極もっともですね。
「いや、一緒に住む事に関しては拒絶したり追いだしたりしない信頼はあるんだけど。凛姉は可愛い物に目がなくてね。癒しの波動を放つ、宥月と嗄月を見てスキンシップという名の抱き着き発狂をする恐れがあるので警戒しといてね・・・と」
「しかし、主様のご家族の接触を断るというのもわたくし心苦しいのですが、ましてや結界まで使うといのも・・・それに主様に撫でられる様な感じでしたら嫌ではありませんし」
宥月は、ええ子やなぁ〜と思いつつもここはしっかり警告しとかねばと思う僕。
「甘いっ!凛姉の可愛がり具合は、家のリリーさんが堪忍してと僕の後ろに隠れるくらい強烈なので警戒してし足りないといった事はないと思われ」
僕の脳内に、切ない鳴き声をあげながら凛姉から逃げ出すリリーさんの過去の姿が再生される。あれはなんとも言えない鳴き声だった・・・。
「主様がそこまでおっしゃるのなら・・・」
「わかったなの〜」
よし。それでは凛姉に事情説明&対面しに行きますか。
僕がリビングに入ると夕飯が並ぶ食卓に、エプロンを外した凛姉が座っていた。こちらを見て笑顔で僕に声を掛けてくる。
「いっちゃん。夕飯できてるわよ。早く座りなさいな」
「ありがとう凛姉。でも先に紹介したい人がいるんだけどいいかな?」
入ってすぐの場所で立ち止まった状態で、凛姉に答える僕。
「紹介したい女ですって・・・?」
うん?なんか凛姉の言葉のニュアンスがおかしいような気が・・・って寒気が!エアコンの冷気とは別種の謎の寒気とプレッシャーが!
「凛姉様?何やら激しく誤解してるような気がしますが、夕飯を追加で作ってもらった二人の紹介ですのことよ?」
途端に霧散する寒気とプレッシャー。
「あぁ、ごめんなさい。二人のお友達の紹介ね。あら?いつの間に家にあげたの?姉さん全然気付かなかったんだけれど?」
「うん。それは当然というか・・・まぁ、全部含めて説明するんだけど、今部屋の外に待機してる二人を紹介してご飯を食べながら話したいんだけど。差し当たって凛姉に一つ約束して欲しい事があるんだ」
「うん?約束って?」
「今から夕飯を食べ終わるまで席を立たないで欲しいんだけど」
「なんでまた?」
「とりあえずの説明を終わらせたいのと夕飯が冷めるのを防ぐためかな?」
「なんでいっちゃんまで疑問系なのかわからないけど良いわよ。姉さん約束します」
これで一先ずは安心かなぁ。では対面して頂きましょう。
「宥月。嗄月。入っておいで」
僕の声に反応してひょっこりと顔をだした二人がてくてくと歩いてリビングに入っくる。食卓の手前まで来ていた僕の両隣にくると、凛姉にペこりとお辞儀をする。
「はじめまして凛様。わたくしは宥月と申します」
「はじめましてなの凛様。僕は嗄月と申しますなの」
「ガタッ!「凛姉待て」」
挨拶の直後に即、席を立とうとした凛姉に待ったをかける。腰を少し浮きあがらせた状態から座り直す凛姉。確実に約束とんでたな。一度下を向いて深呼吸してから顔をあげ、もの凄い笑顔で二人に挨拶を返す。
「はじめまして宥月ちゃん。嗄月ちゃん。いっちゃんの姉の葉山凛です。よろしくね。ささっ、席について一緒にご飯を食べましょう。むしろお姉さんが食べさせてあげる」
「「よ・・・よろしくお願いします (なの)」」
獲物を見つけた肉食獣の雰囲気を醸しだす凛姉の姿に、僕は苦笑を浮かべつつ二人を促して席に座り、四人での賑やかな食事をとるのだった。
食事中に凛姉が二人に過剰な世話を焼こうとするのをなだめつつ夕飯を食べ終え、釣りから養老山への登山、その途中での迷子 (遭難)からの精霊殿への経緯。精霊殿での宥月、嗄月との出会いから契約までの話しを終えて、二つ返事で受け入れの答えを出した凛姉。
そして話しが一段落して我慢の限界を迎えてるっぽい凛姉へと僕は言った。
「凛姉様。モフりたい衝動が駄々漏れているが少し落ち着こうか」
「何を言っているのかしらいっちゃん。姉さんは至って冷静よ。そう、年中迷子のランドセルを背負ったツインテールの少女を街中で偶然見つけて、どうアプローチするか真剣に考えているキキララさん並に冷静よ。失礼、噛みました」
「それ、全然大丈夫じゃないよね?むしろ変態度がメーター振り切るほど冷静じゃないよね?あと、どう考えてもわざとだよね?」
「ここまで我慢した姉さんを止めようだなんて、いっちゃんは姉さんの敵になるの?世界の敵になるの?口笛を吹くの?」
あかん。どこからツッコミをいれたら良いやらな程に、凛姉が限界っぽい。止める手段が思いつかないと思っていた時。
「ドンドンドン!」
窓を叩く音が響いてきたのに気付いた。僕と凛姉は二人して音の発生場所に視線を向け、まだ夕飯を終えていない大事な家族がいる事を思い出した。
「しまった。リリーさんにご飯をあげるのをドタバタで失念してた」
「先にあげに行きましょう。お楽しみの続きはその後ね」
いやいや、駄目だってのに。・・・それにしても、窓を叩く音がリリーさんの所から聴こえてきたのは間違いないんだけど、気のせいか叩き方が窓にジャンプアタックした時のそれではなくて、人の手で連続的に叩いた時の音だったような・・・?
宥月と嗄月の二人にも改めて紹介しようと全員でリリーさんの小屋の横に面する廊下にある縦長の窓の前へと行く。
リリーさんがいるはずのカーテンを開いた窓の向こうには、何故か小屋の横に腕を組んで立っている妙齢の黒髪の美女が廊下から洩れる明かりに浮かび上がって存在していた。
「あれ?リリーさんは?・・・というかどちら様?凛姉の知り合い?」
「いいえ。姉さんの知り合いにもこんな美人さんはいないわね・・・どこから入ったのかしら?」
いつの間にかリリーさんがいるはずの柵内に侵入?していた見た事のない人物に困惑する僕と凛姉。
横を見ると、宥月と嗄月が外の人物を見て驚愕に目を見開いていた。獣耳も尻尾も全力で逆立っている。あ、普通に見られてしまったのだが、その美女の態度は、二人を目を細めて眺めているだけで驚いた様子はない。
すると二人に向けていた視線を不意に僕に向けると、初めて口を開いた。
「糸よ、とりあえずここを開けてくれんかの?」
「うぇっ?どうして僕の名前を知って・・・?まぁ、話し辛いから開けますけども。凛姉、いいよね?」
「えぇ。いいわよ。姉さんもお話聞きたいし」
窓を開くとニッコリと微笑む謎の美女と目が合い、ドキっとした。凛姉の視線が恐いので、努めて平静を装う僕。
「うむ。ありがとう」
「それで、貴方はどちら様でどうしてリリーさんの小屋の横にいるのかしら?」
「姉様にそんな他人行儀に接されるのは逆に新鮮じゃのう。いつもはわらわが逃げようがお構いなしに問答無用で抱き着いているというのに・・・まぁ、この姿では仕方ないかのぅ」
「いつも抱き着いてる・・・?」
美女の言葉に、目の前の人物といつも抱き着かれている僕以外のもう片方の家族の姿が並んで浮かび、内心でそんなまさかと否定する。
「わらわがどんな存在であるかは、そこな二柱の精霊が知っておるであろうよ」
その言葉で、凛姉と共に視線を二人に移すと、驚愕の事実がその口から飛び出したのを揃って耳にする。
「その方は・・・糸様に加護をおかけになった存在。わたくしたちより上位の神様に属する力を持った狼の神とお見受けします」
「さっき糸様の家に入る時に、一瞬だけ強い存在の気配を感じて違和感を感じたの。すぐになくなったから気のせいかと思ってたの。でも気配をわざと消したのが正解だったと今ならわかるの。多分、僕達の存在を感知して、害意ある存在かどうかを玄関前の時点から見定めてたんだと思うの」
二人の口から語られた内容は、目の前の美女の正体を僕と凛姉に理解させるのに十分だった。
「つまり、僕が会った覚えのない神様って・・・リリーさんだったって事?」
その僕の言葉に目の前の美女は楽しそうに笑うと、「ポンッ」という軽い音とともにその頭部とお尻から獣耳と尻尾を生やして言った。
「正解じゃ」
夏休み初日の夜。僕はさらなる非日常との邂逅を果たしたのだった・・・・・・。
読んでいただきありがとうございます。
次回は水曜までにあげられるよう頑張ります。リリーさんのターン。