第10わん 契約の理由
まさかの投稿ミスで本文がぶつ切りになっていたのに今頃気付いた件orz
改めてその6です。大変失礼致しました。
嗄月のお別れを促す言葉の後、互いが静寂するしばらくの沈黙の時間。それを宥月が鈴の音を鳴らしつつ、立ち上がるきぬ擦れの音とともに破った。
「糸様。少しお付き合いしていただいていもよろしいですか?」
僕にそう言った後、嗄月に目線を送って互いに一つ頷くと、嗄月も立ち上がり宥月の後についていくのを見て。僕も慌ててその後へと続いた。
僕が入ってきた正面の入口を出ると、二人はそのまま精霊殿の裏手へと歩いていく。
裏手には小さな庭園の様な場所が作られており、名前を知らない色とりどりの花が咲く庭園の中央には表面が磨かれた、僕の膝くらいの高さの黒い石が置かれていた。
「ここは・・・?」
石の前まで歩いて立ち止まった二人に問い掛ける。
「ここは歴代の巫女の内、ここで生涯を終えた巫女達の眠る場所です」
「巫女達のお墓・・・?」
「人の子は僕達と契約した巫女達を、自分達と同様の存在として扱えない事が多かったの」
その言葉に僕は衝撃を覚える。
「自分達の危機を救ってくれたのに・・・?」
「危機が去って平和になったからこそ・・・だと思います。自分達に及ぶ直接的な危機が去った後、人の子らが取る反応はこれから話す二つの選択肢がほとんどでした。」
「一つは神の加護を受け、僕達と契約した上位の存在として崇め、腫れ物を扱う様に距離を置いて接する選択なの」
「・・・・・・もう一つは?」
「自分達を脅かすモノを滅ぼせる力を持つわたくしたちを恐れ、契約した巫女共々に新たな脅威と見做し、排斥しようとする選択です」
「そんなのって・・・人に敵意を持ってるなら、そもそも最初に救ったりなんかしないって、少し考えれば明白な事なのになんでっ!第一、君達の姿を見て邪悪な者だなんて考えるってどんだけ節穴なんだよ」
僕の言葉でこちらを振り返った宥月と嗄月、二人の儚げな笑顔を見て思わず息を飲む。同時に今の話しを聞いて生まれた、僕の胸中にある憤りが強くなる。
「ありがとうございます。・・・糸様の心は暖かいですね。中には同じ様な暖かさで迎えいれてくれる人達に囲まれた幸運な巫女もいたのです。ですがそれは本当に稀で・・・ほとんどの巫女は先の二つの選択肢を選んだ人の子から離れるため、逃れるために精霊殿に篭り、その生涯をわたくしたちと過ごして逝きました」
その言葉を聞いて僕はようやく理解する。目の前にいる心優しい精霊は、子供の様な外見とは裏腹に、僕には想像もつかない程の長い年月の中で、何度も、何度も主との出会いと別れを繰り返して過ごしてきたという事実を。
自分達と契約をし、ともに戦った主との必ず訪れる死別の時。辛い思い出も楽しい思い出も全部抱えて、都度繰り返されるその時をこの二人はどんな気持ちで看取ってきたのだろう・・・。
「「糸様・・・!」」
二人が驚きに目を丸くして僕の顔に視線を向けていた。視界がぼやけ、頬を伝う水滴の感触を意識して、自分が涙を流している事実に気が付いた。
僕の様な、この世に生まれ落ちて二十年も経っていない存在が安易に慰めの言葉を口にするのは、何か違う気がした。けれど、言葉する事はできない何かを伝えたくて、僕は二人に近付くとその頭に手を置いて精一杯の心を籠めて無言で撫でた。
初めは戸惑いの表情を浮かべていた二人だが、次第に目を細めて気持ち良さそうな表情に変化しつつ僕の行為を受け入れていた。
「宥月と嗄月は・・・僕が契約せずに精霊殿を去った場合はどうするの?」
「わたくしたちは契約者なしでは精霊殿を出ることはできません」
「また本殿内で次の資格者が来るまで眠りにつくだけなの」
その答えを聞いて、僕は決心する。
「じゃあ僕が契約すれば、宥月と嗄月は外の世界で自由に動けるんだね?」
「そう・・・ですが。しかし、それは・・・」
自分達を傍に置く事で、迷惑をかけると勘違いしている宥月の言葉を遮って僕は言う。
「人を脅かす脅威が迫ってるわけじゃない。僕が何かに困っていて助けて欲しいわけでもない。宥月と嗄月が何かの使命のために外に出るんじゃなくて・・・宥月と嗄月が外の世界の楽しい事、嬉しい事をたくさん感じて幸せになるために僕が道を創る。それが僕の契約する理由だ」
こんなにも可愛くて人に優しい精霊が、幸せに過ごせないなんて僕は認めない。そんな思いから出た言葉とともに、僕は二人に手を伸ばした。
「本当に・・・よろしいのですか?」
「僕達は人じゃないの・・・それでもいいの?」
「全然問題ないね!むしろ凛姉が喜々として二人を歓迎するだろう場面しか浮かばないね」
あ・・・冗談抜きで二人を狂喜乱舞で可愛がりまくる凛姉の姿しか想像できない。別の意味で危機な程に。うん。一旦置いておこう。
「僕なんかと契約するのは・・・嫌です?」
「「そんなことありません (なの)」」
おおぅ、息ピッタリですね。良かった・・・これでいざ断られたりしたら二度と立ち直れない程の精神的ダメージを受けると思うほどの決心で言いましたから。まぁそれ以前にこんなに可愛い存在に「嫌」とか言われたら、それだけで致死性のダメージを喰らうこと請け合いだけど。
二人とも、僕の伸ばした手を両手でぎゅっと掴んだ。
「よし!それじゃあ早速契約をして一緒に行こう・・・って、そういえば契約ってどうやるの?」
「すぐに出来ますよ糸様。それでは・・・しゃがんで頂いてもよろしいですか?」
僕の手を握りながら、上目遣いで獣耳と尻尾をピコピコ、フリフリしながら言った宥月の指示に素直に従う。
「糸様。そのまま少しの間、目をつむってて欲しいの」
続く嗄月の指示にも素直に従って目を瞑る。
「「我ら、精霊殿が二柱。二つの月。資格たる加護持つ者と、此処に魂の深遠より契約を奉る。我らの守護持て天命果つるまで寄り添わん」」
二人が紡ぐ契約の言葉と共に、繋がる両手から暖かな波動の様なものが身体を伝う感触を感じた。心地好いなと感じていると、二人が近づいたのが「リン」となる鈴の音から分かった。
「「チュッ!!」」
同時に両頬に柔らかい感触を感じて、驚いて目を開ける。そこには花の咲くような微笑みを浮かべる、宥月と嗄月がいた。
「「これから末永くよろしくお願いします (なの)主様」」
「こちらこそ、どうぞよろしくね」
こうして僕は、宥月と嗄月という新しい家族を夏休み初日に迎え入れたのだった。
そしてふと、滝の碑文の欠けた最後の一文を思いだす。
加護授ケラリシ者 天〇〇ツマデ護〇ケ〇
あの欠けた部分は「天命果ツマデ護リケル」だったのだと知ったのだった。
今度こそ養老山編終了ですm(__)m
次回は「神様は〇〇〇」 (仮)の予定です。お読みいただきありがとうございました。