第9わん 精霊殿
自分が迷い込んだこの場所が一体なんなのか、その問いに対して宥月が答える。
「ここは養老山の中にある、結界で隔離された精霊殿です。人の手に負えない魑魅魍魎の類いが人里に現れた時、そこに住む巫女がその土地の神様に願い、結界に入るための加護をいただいてからここへと到り、わたしたち二柱の精霊と契約をするための場所になります」
「だから過去を遡っても、神様に仕える選ばれた巫女しか、今までにここを訪れた人の子はいないの。糸様は神職についてる人の子なの?」
なるほど。いわゆる妖怪?を退治するための力を貸して貰うために、巫女さんが訪れた事が過去に何度かある・・・と、精霊殿に辿り着くには神様の加護という資格がいるっていうのが謎だな・・・。神職についた覚えもないし・・・。「契約」という単語も気になるが・・・。
「残念ながら神職についたりはしていないし、神様から加護とやらを貰った覚えもないんだけど・・・だとしたら何で入れたの?って事になるよね。あっ、結界の効果が切れてるとかは?」
僕は自分で言いながら、その可能性はぼぼないだろうとも考えていた。あの不自然に湧いた濃霧と、その後の薄い膜をくぐったような感触が結界だったのだろうと今ならなんとなくわかったからだ。
「霧の結界は・・・問題なく機能していますね。張った結界が無理矢理破壊されたり、異常があれば術者であるわたくしに反応が返るはずですし」
「宥月は水気を使った結界術と治癒術が得意なの。糸様は加護について覚えがないとのことだけど、僕達の眼には今までに出逢った、どの巫女よりも強い加護が掛かっているのがはっきりと視えるの」
宥月が白い尻尾をぶんぶんと振りながら答えて、嗄月が黒い獣耳をピコピコと動かしながら捕捉を入れた。くっ・・・なんて強力な癒しと魅惑の波動を放つんだ!現在進行形でマイナスイオン発生しまくりなんじゃないかこれ?などと誘惑 (違う) に抗いつつも会話を続ける。僕は負けない!
「僕には視えないから何ともいえないんだけど・・・そんなに驚く程の強い加護が掛かっているの?」
「そうですね。歴代の巫女達はほとんどが自分の住む土地神や道祖神からの加護を得て精霊殿へ来たのですが、神格でいうとわたくし達より下位にあたるので感じる力も基本的に小さいものだったのですが・・・」
「そうなの。わかりやすく例えると、巫女達の加護は身体の表面をうっすらと覆うくらいの白い光りとして視えてたの。けれど糸様は、表面どころか三尺程 (約90cm) 溢れて光ってるくらい大きいの。下手すると僕達より神格が上位にあたる加護だと思うの」
えっ!そんなに差がある加護がついてるの?と内心で首を傾げながらふと思った素朴な疑問を聞いてみる。
「本当に神様にあった覚えはないんだけどなぁ・・・あと妖怪退治をするのは普通に神様ってイメージがあって、狛犬って聞いた事なかったんだけど珍しいの?」
「特別珍しい程ではないかと思いますよ。「こまいぬ」とは、魔を除けるに用いたところから「魔」を「拒む」、つまり「拒魔犬」と呼ばれていた事もありますし。魑魅魍魎を相手にするのに不思議な事はないかと存じます」
おおぅ。普通に知らなかったな。入口の守護獣みたいなイメージしかなかったから驚きの事実だなだな。
「糸様。今までのお話から察すると、糸様はたまたま迷って精霊殿に辿り着いたという事になると思うの。人里が危機に頻している状況とか何か困った事態が起きてる状況ではないと思うの。あってるの?」
嗄月は頭の回転が早い子だなと感心しつつ、困った事態としては僕、地味に迷子 (遭難) の継続中ではあるんだが人里への帰り道は知ってそうだな・・・むしろ知っていて欲しいな・・・。
「そうだね。妖怪が人里で大暴れとかはしてないし、僕が絶賛迷子なくらいで平和だね」
「やっぱりなの・・・。じゃあ糸様には絶対に契約しなければいけない理由はないから、人里への帰り道を教えたらお別れ・・・・・・なの」
少し寂しそうに見える眼差しで言葉を紡いだ嗄月を見て、僕の頭には何度も見た碑文の内容が今に至る経緯に繋がる様に頭に浮かんだ。
北ニ聳エル山々ニ 養老山ト呼バレシ山アリキ
彼ノ山奉ルハ神非ズ 二柱ノ精霊奉リケリ
資格無キ者霧ニ阻マレ着ク事叶ワズ 選バレシ者ノミ社ニイタル
社ニイタリシ者ニノミ 二柱ノ加護ヲ授ケラレン
加護授ケラリシ者 天〇〇ツマデ護〇ケ〇
「お別・・・・・・れ?」
狛犬=拒魔犬は現実の語義に関する諸説の一つだったりします(雑学)
次回は水曜までにはあげ・・・たいと思います。読んでいただきありがとうございます。