シングルの男(二)
ランキング8位。水嶋ケイ。どんなデッキなのでしょうか?
ウイーン、ウイーンと警報音が鳴って、またもや私は戦場に駆り出されます。
(3連戦なんてどれだけこき使うの?休む暇もありません……)
なんて、さっきから大して活躍していない私が言うのは反則でしょう。まあ、私だけでなく小夜さんも霧江さんも何もしてませんが。
海斗様の前衛は、私(鈴木華……女司祭レイチェル)と死神姫メルセデスさん(海堂雨音)と火竜皇女ゲオルグちゃん(彼女、本名が思い出せないらしい)。後衛は幽霊の小夜さんに、巫女の西宮霧江さんに新しく加わった裁判官ジャスティスさんです。
そしてアルトさんにミラさんのカードも並んでいます。相手はと見るとたった一人です。メンバーさんのようですが、その頭に回っている数字は「8」です。
(えー!シングル様じゃないですか?シングル様、初めて見ます)
シングル様のカードは六枚ともお姫様のカードです。いわゆるプリンセスデッキというもの。レアリティは全てR+++です。全員十二単をお召になっていらっしゃっています。あんな重装備で戦えるのでしょうか?
「ジャスティス、前衛にプロテクトを発動。防御力を上げろ!」
新しく後衛に入ったジャスティスさんが、呪文を唱えると私たち前衛3人の体が白いオーラで包まれます。
「行け~メルセデス、レイチェル。敵の前衛に攻撃!」
海斗様の命令で直接打撃できるカードがシングル様に襲いかかります。アルト様とミラ様の前衛も同時に襲います。いくらシングル様でもこの集中攻撃に耐えられるはずがないでしょう!私の攻撃力はともかく、メルセデスさんの死神の鎌の一閃は強烈です。ミラさんの猫娘珠子さんも攻撃力は中々のものです。
ですが、私のブリュンヒルデの杖は扇を広げて顔を隠している前衛のお姫様に当たる瞬間に弾かれました。
(ありゃ?また、失敗でしょうか?)
いえ、メルセデスさんの死神の鎌も弾かれています。全員の攻撃がはじかれてしまいました。こんなことがあるのでしょうか?
「くっ……なんて防御力だ!ゲオルグ、火炎ブレス!」
小さな火竜皇女がトコトコ進んで口を大きく開けます。ものすごい炎が浴びせかけられます。大抵の敵はこれで大幅に体力ポイントを落とします。ですが、この攻撃すら受け付けません。
「ふふふ……無駄、無駄、無駄~」
シングルの人がそう叫びました。
「葵上、紫の上、藤壺、六条の御息所、朧月夜、明石の君、能力開放!」
6人の十二単を着たお姫様が扇で隠された顔を出しました。その途端、強烈な光りがこちらに向かってきました。
「6人によるダイレクトアタック!源氏の雷」
バキバキバキ……っと3回ガラス玉が砕ける音がしました。私は嫌な予感がして、そっと海斗様を見ます。すると、驚きの光景が目に入りました。
(海斗様のクリスタルが3つ破壊されている!)
アルト様もミラ様も同様です。
「君はシングルメンバーの攻撃特性に関する情報を持っていなかったようだね。この僕との対戦で、しかも源氏の姫君デッキなのにクリスタル防御もせずに向かってくるとは。師団に入っていない脱出組では仕方がないか」
「くそ……」
海斗様はその場に片膝をつきました。負けた海斗様の姿を見るのは初めてです。
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最初の6人同時の防御姿勢が「源氏の舞」1ターンだけ、全ての攻撃を受け止めるスペシャル技。次に同時に繰り出す「源氏の雷」で相手プレーヤーのライフクリスタルを破壊する。その攻撃力は最初に「源氏の舞」で受け止めた攻撃力なのである。つまり、最大の攻撃をすれば、一撃でクリスタルを失うことになるのだ。
「まあ、対策されればこんなに簡単に勝てはしないけどね。その時はその時で、彼女らの個々の能力で戦うだけだ。それでも今の君には負けないよ」
そう言って、シングル様は私を指さしました。
「レイチェルちゃんを指名する。君は今日から僕の所有となる」
(え?え?)
対戦で負けたプレーヤーは、勝ったプレーヤーが指名するカードを渡さなければならないのです。
(ということは……海斗様から離れるということ?)
私の心は複雑です。そりゃ、海斗様は乱暴で私のこと「のろま」だとか「クソ女」とか言って怒りますよ。おっかないです。ほっぺたもギュウギュウされます。でも、せっかく友達になった小夜さんやメルセデスさんと別れるのはツライです。
「僕の名は水嶋ケイ。レイチェルちゃん、ようこそ僕の元へ」
そう優しく笑いかけてくれる新しいご主人様。よく見ればメガネをかけた超イケメンじゃないですか!
(海斗様、私、この優しい新しいご主人様のところへ行きますね!)
気持ちを切り替える私。こんなんだから、心の中の黒い子に「尻軽」って言われるのでしょうね。
「レイチェルちゃんは僕が鍛えておくよ。彼女を取り返したいのなら、いつでも挑んできて構わないよ。でも、今は無理だな。現在の君のカードじゃ、僕を倒すことはできない。もう少し、強くなってからだな」
そう言って水嶋ケイは背を向けた。海斗はそれを黙って見送るしかなかった。彼が言うとおり、再戦しても勝てる要素がなかった。
「海斗さん……レイチェルちゃん持ってかれましたね」
そうアルトが慰めたが、海斗は何も言わなかった。
黙って立ち上がるとホテルに戻る。だが、心の中は屈辱と悔しさ、あとどう表現してよいかわからない感情でいっぱいであった。
(レイチェルを取られた)
(大して、役に立たたないカードだ。まあ、経験だと思って諦めるか)
(あのKって奴。いつかぶちのめしてやる)
(それにしてもあんな間抜け女のカード、なぜ欲しがるんだ?)
(レアリティはメルセデスやゲオルグの方が上だぜ)
海斗の頭の中でグルグルと独り言が浮かんでは消える。そんな海斗の様子を見たミラが双子の兄につぶやいた。
「海斗さん、あのレイチェルってカードの子に、ぞんざいな扱いしてたけど……」
「ああ。ミラ。失って分かるということだな。でも、海斗さんはこのまま負けで済ます人じゃない」
「でも、取り返すにはランキング8位を倒さなければいけないのよ」
「難しいけれど、海斗さんならやれる気がする」
「その前に立ち直れるのかしら?」
「それよりも、あのKって言う人がどうしてレイチェルを欲しがったのか興味があるな。もしかしたら、カードには僕たちが知らない能力があるのかもしれない」
そうアルトはつぶやいた。
レイチェルちゃん、ケイの手に渡る。
海斗の反撃はどうなるか?




