シングルの男(一)
空の洞窟から何とか脱出した海斗たち。倒したエネミーは「火竜皇女ゲオルグ」ドラゴンのコスチュームに身を包んだ小さい女の子の出で立ちです。でも、コイツは強い。
「火竜皇女ゲオルグ……」
さっきまで死闘を繰り広げていた奴だ。強大なエネミーであったがカードのキャラは小さな女の子である。ヘンテコな帽子をかぶり(竜の鱗模様でしっぽ付き)、着ている服もダブダブの拳法着。両手には龍の爪が三本付けられた手甲が付いている。これが固有の武器なのであろう。
キョトンとして、海斗のカードケース、あの専用部屋に座っている。
「あなた、だあれ?」
そう我に聞いてきた。
「我はレイチェル、司祭レイチェルだ」
最近レベルが上がって見習い司祭が取れた、レアリティはRプラスである。後衛キャラなのに海斗に前衛に回されてしまい、最近、筋肉がついてきてしまった。死神姫メルセデスのような無双キャラにはなりたくないのだが……。
「レイチェル?ああ、ゲオにトドメを刺したお姉ちゃんか?」
この小さな女の子はそう言った。エネミーの時の記憶があるようだ。だが、調子が狂う。あの恐ろしいエネミーの姿と今の小学校3年生くらいの姿はギャップがありすぎだ。エネミーからの転身カードはみんなこうなのだろうか?いや、メルセデスはそのままだったので、そういうわけでもないだろう。
この火竜皇女ゲオルグのレアリティは、HRである。これで海斗はレア以上のカードを四枚持つことになった。海斗はアンダー100の高レベルメンバーだが、91位の割にはカードはかなり強い。いや、高レベルキャラには垂涎の的と言っていい。
上位のメンバーにアンティ狙いの挑戦を申し込まれることが多くなった。
(まあ、我には関係ないか?ついでに小夜も関係ない。狙うわ死神姫メルセデスか、火竜皇女ゲオルグだろうから……)
なんて思っていたが、後で大変なことになってしまうことを我も華子も知らない。
「海斗、これで分かったでしょう?運営の方針が変わったみたいなの」
地上に戻った海斗にハツネはそう言った。
「俺のような単身メンバーをなくす方針ということか……」
「それだけじゃないわ。脱出組自体をなくそうという意図があるの……」
最近のエネミーの逆襲によるエリアの占領、単独もしくは小グループで活動する脱出組に強力なエネミーが現れること。ハツネが調べたことには今月に入って既に二十人ものメンバーが命を落としていた。全て脱出組である。
「20人ぐらい、最初の頃に比べたら少ない方だ。最近の安定した状態が異常みたなものだろう?」
このGHCの初期から参加者である海斗は、始めた頃の悲惨な状態を知っていた。あの頃はみんな低レベルだったから、よくロストした。ロストしすぎて感覚が麻痺したと言っていい。3期メンバーのハツネには分からないだろうと海斗は思った。このGHCが始まった直後は、300人のうち三分の1が1日で命を落とした。狂気と言っていい。それに比べれば二十人なんか……という思いが海斗には強い。
「とにかく、サンシャインデュエリスト師団の本部に顔を出して頂戴。師団長が海斗に話がしたいそうなの」
「その話は断ったはずだ」
「話を聞くだけでもいい。私の部隊が到着しなかったら、あなたはここで死んでいたでしょ。命を救ったのだから願いを聞いてもいいでしょう?」
「恩着せがましいな……。最終的には俺がいなかったら、お前もここで死んでいたくせに」
海斗はそう憎まれ口を叩いたが、ハツネが来なければ、死んでいたことは間違いない。
「分かった。一応、恩は恩だ。話だけ聞いておこう。だが、俺の目的は……」
「知ってるわ。一億ポイント貯めてこの街を去ることと、小泉ルナという女を探すこと。実は、女については師団でもちょっとした情報を掴んでいるの」
「なんだと?」
海斗はハツネの腕を思わずつかんだ。周りの護衛メンバーが海斗を取り囲む。ハツネは四人いるサンシャインデュエリスト師団の副師団長なのだ。
「待て。大丈夫」
そうハツネは護衛を制した。そして海斗に告げる。
「その女も深く関わっていると師団本部では考えているの。詳しくはここでは話せないわ。どう?師団本部に来る?」
「ああ。明日行こう」
そう海斗は言った。ハツネは今すぐ連れてきたかったが、彼が約束したことを違える男ではないことを知っていたので、その場は引き下がった。本日の戦闘のデータを師団本部に報告する必要もあったからだ。
「じゃあ、明日の10時にフォレストヒルの師団本部で」
「ああ」
海斗はそう言って別れた。アルトとミラは心配そうに海斗を見ている。
「海斗さん……師団に入隊するんですか?」
「いや、今のところは考えていない。だが、運営の方針が変わったとなるとその情報は欲しい。何しろ、生き残るのが目的だからな。それはお前たちも一緒だろう」
「はい。僕も妹もそれが目的です。海斗さん、そのためにももうしばらく一緒に行動させてもらえませんか?」
アルトはそう海斗に懇願した。この男についていけば、運命が開かれるのではという希望を感じたからだ。だが、海斗は元々、一匹狼で仲間とつるむことはしない。今回は失った戦力が整うまでという条件だったのでパーティを組んだのだ。
火竜皇女を加えて戦力が充実しつつあることを考えると、海斗が自分たちを切り捨てる可能性が高いと思った。だが、返事は意外にもO.Kであった。
その理由はハツネと別れた5分後にすぐ判明した。メンバー70位の男が他の二人と一緒にチーム戦を望んできたからだ。狙いは海斗のハイパーレアカードであろう。
「デュエルを申し込む!」
レベル70の男はそう海斗に宣言する。レベル差が20以上あるだけにこの男のカードは六枚ともレアである。チーム戦の場合は、チームメンバーすべてが倒されて勝敗が決まる。相手は70の他は81、110であった。圧倒的に海斗たちより上である。
レベル下位の者が上の者から挑戦された場合、拒否権はある。その逆はないのだが、この場合、海斗には拒否権があったがそれを行使しなかった。なぜなら、これだけレベル差があるデュエルだと運営から支払われるいわゆるファイトマネーが大きいからだ。
「アルト、ミラ、このデュエル、受けるぞ!」
「海斗さん、でも、相手は強いんじゃ?」
「俺の前衛の攻撃力はレベル30以上に匹敵する。お前たちも実力じゃあ、アンダー100は十分ある。ここで奴らを倒せばカードも補強できる……」
(なるほど……)
アルトはそう思った。挑戦してきたメンバーのカードはアルトやミラにとっては美味しい。勝てば任意の1枚をゲットできるのだ。危険なエネミーと戦わなくても手に入る。
戦いは周りを囲んだ観衆の予想に反して、圧倒的にしかも短時間で勝負がついた。海斗たちの圧勝である。それほど、海斗の前衛のメルセデスとゲオルグは強かった。そして、その影にかくれてレイチェルと小夜は何もしなかった。いや、何もしなくてよかった。
メルセデスの死神の鎌は相手の主力カードをピンポイントで切り刻むし、火竜皇女ゲオルグはその小さな体に似合わない強烈な火炎ブレスをはいて敵の後方支援カードを破壊した。プレーヤー同士の戦いではカードは破壊されてもロストはしないから、したい放題だ。
レベル70を寄せ付けなかった海斗は、ポイントでレベル75まで上昇した。アルトもミラもそれぞれレベル98とレベル100に上がった。
そして、海斗は70の男からレアカード「裁判官ジャスティス」をいただいた。アルトは「薬師メディア」、ミラは前衛で使える「星の騎士アルテミス」をゲットした。
その後も、レベル50台のメンバーや40台のメンバーも挑戦してきたが、海斗のレギュラーカード6枚にはかなわず、次々と撃破してしまった。
見ている観客もこの勝負に喝采を送り、ネットの視聴率も上がった。何しろ、メンバー同士の戦いが連戦で観れるのと、下位のメンバーがかなり上のランキングのメンバーを爽快に撃破していくのである。見ていて気分がいい。
というより、ランキングが下でも強力なカードを手に入れられれば、こういう戦いができるのだという希望を見ているものに与えた。ただ、海斗は能力的には十分、高レベルであり、91位などという順位はあえてランキング上げをしてこなかった結果に過ぎなかった。実力的には十分にベスト30位以内は狙えるものがあったのだ。
「3連戦でレアカード三枚ゲットか……。荒稼ぎしているね」
そう話しかけて来た者がいる長髪の若い男だ。黒縁メガネをかけてそれを時折、右手の中指でズリあげている。
「……あんたも挑戦するのか?残念ながら、もう閉店だ」
海斗は男の頭にクルクル回るランキング表示を見てそう言った。数字は「8」がクルクル回っている。シングルメンバーである。周りもそれに気がついて騒ぎ始めた。シングルメンバーを見る機会はそうそうない。サンシャインデュエリスト師団の師団長はシングルであるが、通常、シングルは師団に属して滅多に街を歩いていないからだ。
「メンバーランキング8位。水嶋ケイ。通称Kだ。ジスラン君、お相手願えるかな?」
「海斗さん、止めましょう。いくら何でもシングルには勝てませんよ」
アルトが止めた。この3連戦で海斗のランキングは47位まで上げたが、所詮は47位だ。カードの強さはともかく、シングルレベルとは思えない。
「そうだな。いくら何でもシングルに勝てるとは俺も思わない」
海斗は冷静にそう答えた。Kと名乗る長髪の青年は微笑んだ。
「逃げるのかな?と言いたいところだが、どうだろうか?僕は一人で戦う。君たちは3人がかりでいい。もちろん、僕が勝ってももらうカードはジスラン君のカード1枚だけだ」
「……ゲオルグか、メルセデスか?」
「否。僕が欲しいのは女司祭レイチェルちゃんだ」
「レイチェル?このクソ女のカードが欲しいのか?」
「君は彼女の価値に気づいていないようだね。それとも気づいているけど、素直になれないのかな?」
「バカ言え。だが、そんな安い挑発には乗らない」
「ほう。3人がかりでも僕は倒せないと思うのか。まあ、賢明だが、シングルとの対戦はファイトマネーも大きい。それに君が欲しい情報を教える用意がある」
Kはそう言って海斗ににやりと笑いかけた。これを言えば間違いなく、この男が食いつくことを知っていたのだ。
「小泉ルナ……そいつの情報を教えようじゃないか」
交渉は決裂と後ろを振り向いた海斗は立ち止まった。
「俺は海斗だ。それは本当だろうな?」
「ああ。本当だとも……。負けても教えてやるよ。レイチェルちゃんをいただく代わりだ」
「ふん。後悔するなよ。今日はシングルがボコられるニュースで酒の席が盛り上がる」
対決が始まった。
シングル「8」のK。どんなカードでどんな戦術を使うのでしょうか?




