労働基準法違反だわ!(三)
このまま、枕を並べて全滅するのか?
死神姫メルセデス激闘編、今夜完結。
だが、まだ倒せない。
死神姫メルセデスの耐久力は残り5万もあった。やっと3分の1である。
片膝を着いた死神姫は顔をゆっくりと上げる、そして、その端正な白い顔に目立つ赤い唇の端が僅かに上がった。
微笑んだのである。
その瞬間にアルトの前衛カードの女騎士とくノ一海斗のポリスレディ加奈子とフルーレの杏子のカードが破壊された。さらに2擊目がそれぞれのライフクリスタルを破壊する。アルトは残った1つもヒビが入るダメージである。海斗は2つ破壊されて1つとなった。
(くっ…ここまでか!こんなところで俺は終わるのか?)
海斗は死を覚悟した。次の攻撃はこちらとはいえ、わずかにライフクリスタル1つを残したプレーヤー3人と前衛カードが機能しない状態である。力で押し切られ、ここで3人がロストする可能性が高かった。
「おい!何やってるお前!」
海斗は目を疑った。
前衛に上げた役たたず(さっきは奇跡的にミラの命を救ったが……)のレアカードのレイチェルが攻撃体制にあるのだ。
どうやら、このカードにもカウンターが付与されていたらしい。
非力な杖を振り上げて両手で殴りに行く。
「無駄なことはよせ!死ぬぞ!」
レイチェルが殴ってもせいぜい100ポイントかそこらのダメージ期待値である。そんな僅かなダメージと引き換えに死神姫の再カウンターが発動すれば、このカードは失われるのだ!いや、それだけではない。攻撃力を受け止められず、海斗自身に残りダメージが及ぶ可能性もある。
「やめろ~!レイチェル~」
海斗の叫びも聞かず、レイチェルのカードは死神姫に向かっていく。
「ちょ、ちょっと待って~よ~」
私は恐ろしい相手に向かって、非力な杖を振りかざした。前衛の人たちが次々と殺されて?いく中、私は恐ろしさで足がすくんでしまいました。気持ちは一歩も動けないのですが、なぜか、足は自動的に一歩一歩進んでいきます。
先ほど、死神姫さんが加奈子さんと杏子さんを切り裂いた時に、隣にいた私も少しだけ余波を受けて、ダメージを受けてしまいました。
ほんのちょっぴり、ほんのちょっぴりです。
(ほっぺにかすかな切り傷……大鎌の風圧で切れた!?)
だから、気持ちは怒っていません。
いや、それよりも、先ほどのデスペルレインで目にしみることしてしまいましてごめんなさい。
死神姫さんの方が私に怒ってたりして……?
そんな私の気持ちは完全無視して、カードに付与された能力が行使されます。
攻撃を受けたら、反撃する能力。
カウンター(やられたらやり返せ!)
私みたいな後方支援のカード?にはまったく不必要な能力です。不必要というより、自分の命を確実に縮めます。反撃されたら間違いなく「死」にます。
「ダメダメ…ダメ~ッ!」
私は死神姫さんの目の前に行って、両手で持っている杖を振りかざすと、思いっきり打ち下ろしました。
バキッ……。
鈍い音がしました。
思わず目を閉じてしまった私は恐る恐る目を開くと、死神姫さんの頭に付けていたドクロのお面が割れているではありませんか!
「ご、ごめんなさい!わざとじゃないです!」
思いっきりわざとなのに、私は相手の神経を逆なですることを言ってしまいました。
(あああ…鈴木華、16年の短い人生が終わります。お母さん、お父さん、ごめんなさい)
たぶん、私は死神姫さんの大きな鎌で切り裂かれ、消えてしまうでしょう。小夜さんが言うにはそのまま、魂は天に召されるそうですが、もしかしたら、元の体に戻れるかも!
なんて都合のよいことは起こりませんよね。
(せめて切られるのは痛くないように)
「レイチェル~っ」と、海斗様の叫びが響きました。
あなたにもずいぶんいじめられて、こき使われましたが、どうやらここで終わりのようです。あまり役に立たなくてごめんなさい!
1秒、2秒、3秒…
いつまで経っても反撃がありません。
私は恐る恐る目を開けました。
「ケケッ!」
目の前に小夜さんの顔。
「ウゲエエエエッツ!」
これはキツイ!心臓が止まるかも!と思いましたよ。
「華、お前、奇跡を起こしたぞよ」
小夜さんがそう言って、指を指しました。
死神姫さんのお面が割れると同時に、体が光に包まれて細かい破片になって飛び散りました。
YOU are winner(勝利)
の文字が空中に現れました。
そして、一枚のカードがひらひらと空から落ちてきました。
最終攻撃を行ったプレーヤー。つまり、私(見習い司祭レイチェル)の所有者である海斗様がGETすることになるカードです。
死神姫メルセデス HR
はあ~っ。
もう時間は夜中の1時を回ってます。
もう労働時間は完全にオーバーです。
労働基準法違反ですよ!
「このバカが!たまたま、お前の攻撃がクリティカルヒットしたからよかったものの、お前の馬鹿げた攻撃で命を失うことになりかねなかったじゃないか!」
「が、がめんなさ~い!」
海斗様に両方のほっぺを掴まれて引っ張られるので、うまく謝れない私。
ううう…本当にごめんなさい。
(あ、でも、よく考えれば、私を前衛に上げた海斗様が悪いんじゃ?)
「が、が、がめんなさ~い~はうとさま~っ」
「ジスランさん。ありがとうございました。危うく死ぬところでした」
そうアルトが言って海斗に握手を求めてきた。いつもは無愛想な海斗ではあったが、正直、ここでロストも覚悟したので、素直に喜んだ。すなわち、手を出してアルトと握手を交わした。
「三澤海斗だ」
「海斗さんですか。僕は本名、佐々木有都、こちらは、僕の妹の佐々木美羅です。共に17歳です」
「ということは、双子か?君たちは?」
「そうです。二卵性だから、あまり似てませんが」
「私もお礼を言います。もう少しで兄共々、ロストしてしまうところでした」
そう言ってミラも手を出した。海斗はミラには手を差し出さない。
(女の子が嫌い?)
とミラは感じたので、そっと手を引っ込めた。
「取り分はポイントは3分の1、120万ずつでいいか?HRは最終攻撃をした俺がもらうのはルール通りでいいよな」
そう海斗は言って、その場を去ろうとしたが、アルトが引き止めた。
「ジスランさん……」
「海斗でいい」
「では、海斗さん。僕たちとパーティを組みませんか?というよりも、今ので主力カードを失いました。これまで通りのパフォーマンスを出すにはチーム戦をするしかないと思いますが」
アルトの提案は最もだ。主力カードロストは、次の主力を育てるために時間とポイントを大量に浪費する。メンバーとしては、カードロストは非常に痛いのだ。そういう時は、チーム戦をして戦力を維持しつつ、元の戦闘力に戻るまで戦うことは理にかなっている。
海斗は少し考えた。
「君と組むということは、そこの妹もだな?」
「妹を見捨てるわけにはいきません。妹も一緒にお願いします」
海斗はミラの頭のてっぺんから、つま先まで視線を移した。その目は冷めた感じで、明らかに歓迎してない感じである。
「女は足を引っ張る。できれば仲間にするのは遠慮したいが、君が妹の尻拭いをするなら、承知しよう」
そう海斗は言った。右手で空中に円を描いて、はらうとチーム登録画面が出てくる。そこにアルトとミラを選択して、チームメンバー登録をした。期限はお互いの主力カードが成長するまでであった。
「今日は宿に帰って寝る。君たちはどこに宿泊してるのだ?」
メンバーの大半は市内のホテルに宿泊している。特にランキング100以内のメンバーは、市内の高級ホテルに宿泊することが義務付けられていて、1日に2万ポイントの宿泊料を支払うことになっていた。(泊まらなくても、宿泊料は払わされる。)
海斗は駅前のラッスルホテルである。アルトとミラはもう少し安いβ1ホテルを定宿としていた。2人とも開放組ではなく、お金を貯めて脱出する脱出組であった。
明日、ラッスルホテルのカフェで合流する約束をして、海斗は駅前エリアに戻ることにした。このゲームに参加して以来、育ててきた2枚のカードが失われことは、心理的に海斗に重くのしかかっていた。
レイチェルちゃんの無謀な攻撃で奇跡的に倒したけれど、
手に入れたNEWカードは死神姫メルセデス……。使えるのか?




