デスゲームの始まり
今日、GHCの恐ろしいルールが公開されます。
海斗がこのT市に来て2年になる。海斗は元々、他県の出身でこの都市から電車で40分ほど離れた場所にある大学の1年生であった。現在は長期休学中の身である。このLBCGを展開するゲームヘブンシティの創立時からのメンバーであった。海斗はあの創立時の記念式典のことを鮮明に思い出すことができる。
全国から選出された最初のメンバーは300人であった。ソーシャルネットゲームであったLBCGは会員数全世界で7億という膨大なヒットゲームであったから、この300人に選ばれるということは、相当なゲーマーでないと……思われたが、海斗を含め、初心者も多く含まれていた。
海斗は当初からこのゲームにはまっていたわけではなかった。受験勉強の合間にちょっとだけ息抜きでやっていたゲームに過ぎなかった。だが、そのゲームで友達ができた。中でも親しくなったのがユーザーネーム「エビータ」という名前の女の子であった。
エビータは海斗より1つ年下の女の子ということであったが、海斗とパーティを組み、いつもゲームを一緒に楽しんでいた。もちろん、ゲーム内のことなので、エビータが本当に女の子なのか、1つ年下なのかも知らずに行動していた。そのうち、ゲーム後でも掲示板、チャットと話すようになり、最初に出会ってから6ヶ月後にオフ会で会いましょうという流れになった。
実際に会ったエビータは、想像通りの可愛い美少女であった。身長は160ちょっとの細身。少しくせ毛のかかった長い茶髪を束ねたスタイルのよい女の子であった。鼻にかかったような甘えた声がたまらなく魅力的であった。
デートをした後、エビータは本名を「小泉ルナ」と名乗った。海斗も「ジスラン」ではなく、三澤海斗と名乗った。
「海斗さん、私、あなたのことが好きになっちゃいました。よかったら、お付き合いしてもらえませんか?」
と別れ際に遠慮がちに告白してきた年下娘に、海斗も心が動いていた。会う前からこの娘が好きになっていた自分に気づいたのだ。
返事はOK。
ただ、ルナは住んでいるところが遠いらしく、ネットでは毎日会っていたが、実際には最初の1回しか会うことはなかった。けれど、海斗は不思議とそれで幸せであった。
初デートから6ヶ月が経ち、ルナからLBCGがゲームヘブンシティでRCMMO化されることを聞いた。
「RCMMO?聞いたことあるけど、詳しくは知らないなあ。モンガリで有名と言われるM市のことはチラリと聞いたことあるけど…」
正直なところ、LBCGは最初は好きでやっていたが、海斗はやり込みゲーマーでもなく、今はルナと話したいだけというのがこのゲームを続ける動機であった。
このT市で始まったRCMMOについては、さほど知識があるわけでなかった。M市で有名な「モンガリ」に興味がなかったせいもあるが。また、受験勉強が忙しかったせいもある。海斗にとっては、単なるテーマパークの一つだろうという認識であった。
しかし、ルナから
「一緒に明日参加しません?」
と誘われ、最初のデート以来、リアルで会っていなかったせいもあって誘いに乗ることに躊躇はなかった。
「私が申し込んでおくから……」
と言われて、パスワードもアカウントも教えることも躊躇しなかった。
参加者は全国から殺到して、抽選で300名限定になると聞いたが、ルナからの短いメールで海斗もルナも当選したということを聞いた。
T市より参加の書類がメールで届けられ、久しぶりにルナに会えると海斗は嬉しくなった。
だが、待ち合わせ場所のT市の市民文化会館前にはルナは現れなかった。
時間になり、やむを得ず会場に入った海斗は、T市のゲームヘブンシティ認可のつまらない式典に参加することになった。
しかし、このメンバーの結成式及びT市のゲームヘブンシティ認定式典は最初はつまらなく、そして最後は衝撃的な結末に終わることになる。
T市の市長の挨拶から始まり、経済産業省の副大臣が祝辞を述べるなど、普通に始まった式典は、市の幹部や国のお偉いさんが退場し、このゲームヘブンシティを仕切るゲノム社の担当者が説明する段階になって本当の姿を現した。
それは狂気であった。
「それでは、本日集まったメンバーのみなさんにご説明します。本日より、みなさんはこのT市を生活の拠点としていただきます」
ざわざわざわ…
会場がざわめいた。大半の参加者はメンバーといっても、この都市で繰り広げられるRCMMOに優先的に参加できる資格をもらった程度にしか思っていなかったのだ。
「ちょ、ちょっと、それはどういうことだ?」
「隣町に家族が住んでいるんだ」
「仕事ができないぞ!」
「みなさん、大丈夫ですよ。このゲームヘブンシティのメンバーということは、この都市内で収入を得ることができるのです」
係官の説明にさらに会場がざわめいた。係官は淡々と説明をしていく。
まず、会場で配布された携帯端末は、このゲームヘブンシティ内専用の端末で、LBCGのゲーム機能が組み込まれ、都市のインフラと連動していること。T市内ではここに蓄積したポイントが電子マネーとして使え、T市内ではなんでも購入できたり、サービスを受けることができること。
ポイントは、ゲーム内でイベントをクリアしたり、エネミーを倒したり、ビジターとの戦闘等で付与されることなどである。ポイントはT市を出るときに円と対等交換できることも説明された。この説明に喜ぶ者もいた。フリーターや無職の参加者たちである。要するにゲームをしているだけでお金が入るのだ。言ってみれば、このゲームヘブンシティのキャストとして雇われたと思えばいい。
だが、係官の次の言葉に会場は凍りついた。
「注意事項です。まず最初に告げる重要説明事項があります。このゲームでの死亡は即、ゲーマー自体の死亡となります」
「え?」
「はあ?」
会場が戸惑いの声に包まれた。
「皆さん、昨日、健康診断を受けた際に予防注射と称するメンバー登録ナノマシンを体内に注入させていただきました。ゲーム上でみなさんのライフクリスタルが3つとも破壊された場合、このナノマシンが破壊され、中に仕込まれた毒が体内にばらまかれます。この毒はナノレベルですが、確実にみなさんの心臓を止めるでしょう」
「な、なんだって!」
「そんなことが許されるのか!」
「殺人じゃないか!」
会場は爆発寸前の非難に包まれた。だが、穏やかな口調で話をしていた係官(黒縁メガネをかけたいかにもサラリーマンという風貌)が、声を荒げた。
「G特法で許されています!あなたたちはこのゲームヘブンシティを盛り上げるキャストして死ぬまでドラマを作り続けるのです。ちなみに脱出しようとしても無駄ですよ。脱出しても4時間以内に市内に戻らないとナノマシンは破壊されますから。あと、ゲームをしないでいると一週間で死にますよ。ランキングが下位の人間も死ぬことになります」
「ば、馬鹿な!」
「いやああ~」
泣き叫ぶ声、怒号が響く。
「あなたたちには、最初にポイント付与として100万ポイントが振り込まれています。それで当面の生活とゲームで生き残る装備を調達してください。それでは、メンバーのみなさん。まずは市の中心である駅前と市役所周辺のエネミー掃討作戦をお願いします。来月からは多くのビジターさんをお迎えせねばなりませんから」
そう言って、係官は消えた。後は会場に残された300人のメンバー。最初は唖然と、そして次に怒りと悲しみに支配された。ある者たちは暴動を起こした。会場を破壊したり、静止する市の職員やガードマンに暴行を働いた。だが、その者の頭上に警告文が現れた。
「破壊行為及び一般人に対する暴力を止めなさい。10秒以内に床に伏せなさい」
「うるさい!こんなクソゲーム破壊してやるわ!」
息巻いた数名の人間は10秒後に体に注入されたナノマシンを破壊されて、その場に息絶えた。20名近くがここで脱落した。
街を破壊する行為、ゲームとは関係のない人間を傷つける行為などをメンバーが行うと警告がなされ、即刻止めないとナノマシンが破壊されて毒が注入されるのだ。それだけではなかった。
市から離れて4時間経つと自動的にナノマシンが破壊されてしまう。それを取り除こうとしても破壊される。1週間ごとに破壊を止めるドリンクを飲まないとこれも死に追いやられる。街に出没するエネミーにライフクリスタルを破壊されてゲームオーバーになるとこれも死となる。まさにデス・ゲームであった。
メンバーはパニックになりながらも、会場を出た。だが、会場を出たところから、戦闘に巻き込まれる。エネミーが出没したのだ。これまでネットゲームで慣れているゲーマーでも、このRCMMOのシステムに戸惑った。戸惑ったプレーヤーは有効な戦闘を行えぬまま、ここで30名もの命が奪われた。それでも250名近くのメンバーが、力を合わせて市民文化会館周辺の掃討を行うことができた。
海斗は近くの仲間とエネミーを2体倒したところで、まだ会場に来ていない小泉ルナのことが心配になった。彼女も遅れてきてこの会場に来ているはずだ。今頃、恐怖で泣いているかもしれない。そう思って、掃討を終えてへたりこんでいるメンバーの一人、一人を見て回った。しかし、どこにも小泉ルナはいなかった。
「ひでえ!」
静かになったホールで座って端末を使って情報を収集していた男が叫んだ。その叫びはシーンとした静寂に包まれたホールに響き渡った。
「1週間ごとに飲むナノマシンを制御するドリンク、10万ポイントってどういうことだよ!」
「10万だって?」
静かなホールにメンバーの声が伝播し、端末で確認する。
一週間ごとに飲まなければならないドリンク(LD…ライフドリンク)は10万ポイントであった。つまり、1ヶ月で40万ポイントかかるのだ。先ほど、2体のエネミーを倒した海斗は残高を見ると2000ポイントが付与されているのに気づいた。10人で2体を倒したから、1体に付き付与ポイントは1万ポイントだったということだ。
(10万ポイント稼ぐには・・・一人で10体倒さなければならない!無理だ。今のレベルじゃ、一人じゃ勝てない。1週間で10万?仲間で戦えば、楽だが何体倒せばいいのだ?)
「と、とりあえず、最初に付与された100万ポイントがあるから1ヶ月はいいよな」
「バカ言え、これを見ろよ!1ヶ月後にランキングワースト10はゲームから除外って書いてあるぞ!」
「うそ!ランキングって?」
「エネミーを倒したポイントと持ち金で決まるらしいぞ」
「そ、そんな。俺、借金があるからもうポイント還元して、40万円使っちゃったよ」
「俺は会が始まる前に、限定カードが発売されるというので、5万ポイント買っちまったぞ」
キュルルンキュルルン…と音がして、メンバーの頭に現在のランキングが表示された。
M○○……とそれは表示される。
海斗は恐る恐る、それを見上げた。自分の頭に光る数字。
M250位 現在最下位です。
300人いたメンバーも最初の暴動と戦闘で50人が粛清された。残ったメンバーの先ほどの戦闘ポイントと現在持っているポイントで換算されるランキングだ。パニックで戦わなかったメンバーもいたが、最初に付与されたポイントでそれは帳消しにされている。
海斗は自分が最下位である理由がすぐ分かった。
ジスランさんの付与ポイント
2000
100万ポイントが直前に引き出されていた。
履歴を見て海斗は凍りついた。
代表エントリーしたエビータさんに寄付
-1000000
(うそだ・・・ルナちゃんが・・)
ランキング249位の人間は、持ち金58万ポイント。討伐ポイント500
海斗のLBCGはとてつもないハンディキャップを背負った状態から始まったのだった。
下位10名は月末に処分される過酷な運命。最初に付与された100万ポイントを奪われた海斗。現在、最下位確定。10人抜きしないと死亡確定。




