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第五章 ミルファク 

リシテア星系を屈服させ、ミルファク星系ナオミ・キャンベル代表は、ビルワーク星系、アルファット星系とともに星系同盟体ミルファクの創立を発表した。更に大きな功績のあった、第一七艦隊の主だった人物は、昇進した。しかしそれを快く思わない輩によりミルファク星系は思わぬ危機が迫った。

第五章 ミルファク


(1)

 第一七艦隊はX2JPから跳躍した新しい星系で友好的な“未知の生命体”リリ種族との接触に成功した。ADSM72星系にあるADSM98跳躍点付近で捕獲した“謎の物体”の引渡しとリシテア星系に捕らわれているリリ種族の仲間を取り返す交換条件としてミルファク星系が開発中の“DMG”の技術と周辺宙域の星系マップを手に入れた。これは望外の収穫であった。何より人類が“ガス生命体”リリ種族との会話に成功した事だけでもすばらしい成果である。

 ヘンダーソンは、X2星系を“ガス生命体”につけた名前“リリ”と同じ“リリ星系”と名づけた。もちろんこの名前は、命令遂行の都合上、名付けただけであって正式にはミルファク星系の星系代表部がその権限により付ける。

第一七艦隊はそのリリ星系からADSM72を通りミルファク星系外縁部まで後一光時の位置に来ていた。

「ヘンダーソン総司令官、“リリ種族”との接触の結果報告が全て出来上がりました。確認をお願いします」

アッテンボロー主席参謀からの報告に顎を引いて“分った”という表情をすると、総司令官席を立った。報告書は、全て総司令官公室で確認する。全て3Dとポップアップ説明それに付属文書だ。それだけに総司令官席で確認するわけには行かない。

総司令官の後を付いて行くシノダ中尉に、ヘンダーソンは、

「シノダ中尉、私の武官を勤めて何年になるかな」

「はっ、四年と三ヶ月であります」

「もうそんなになるのか」

ヘンダーソンは、シノダの前の武官が都合で退官した後、航宙軍士官学校のモッサレーノ准将に頼んで紹介されたシノダのことを気に入っていた。申し分がないと言ったら嘘になるだろうが、そう言っても良いほどによく仕事をしてくれた。  

それだけに自分の側にいらせてはせっかく持って生まれた才能を無駄にしてしまうと考えていた。“自分の側にいたらこれ以上のことは出来ない。航宙軍人として働く事が、シノダ中尉にとっても航宙軍にとっても良い事だ”と考えていた。

ヘンダーソンは、司令官公室で報告資料を確認し終った後、“確認”のボタンを押した。そしてデスクにあるセクレタリボタンを押すと司令官公室のドアの右側にある部屋からシノダ中尉が出てきた。

 ヘンダーソンは、シノダ中尉の顔を見ると

「報告書の確認は終わった。司令フロアに戻る」

そう言って席を立った。

司令フロアに戻るとヘンダーソンの帰りを待っていたかのようにハウゼー艦長が

「総司令官、後二時間でミルファク星系惑星軌道に到達します」

敬礼をしながら言った。ヘンダーソンは、それを聞くと総司令官席に座り、コムを口元にすると

「第一七艦隊全艦に告ぐ。こちら総司令官ヘンダーソン中将だ。我艦隊はミルファク星系惑星軌道上に後二時間で到達する。一時間後に標準航宙隊形を取り、〇.〇五光速で星系内に入る。以上だ」

総司令官の司令を聞くとハウゼー艦長は、

「通信管制官、“アルテミス9”と連絡を取れ」

「航路管制官、星系内の監視衛星に連絡。第一七艦隊は、星系下方より入り、“アルテミス9”に向かうと伝えてくれ」

「レーダー管制官。艦隊の周りにいる貨物艦や連絡艦に注意しろ」

ハウゼー艦長が星系内進宙の注意事項を改めて指示した。言わなくても分かっていることだが、改めて言うことで管制官の注意を促すのが目的だ。


ミルファク星系、首都星メンケントの上空五〇〇キロに浮ぶシェルスターでは、リシテア星系から帰った第一九艦隊総司令官キム・ドンファン中将と共にナオミ・キャンベル評議会代表が評議会ビルの会議室で評議員を前にリシテア星系での結果を報告していた。

「評議委員の皆さん、以上が今回のリシテア星系訪問の結果です」

誇らしげに言うキャンベル代表の隣に座るラオ・イエンが“この功績は自分の案を代表に提案したからだ”と、さも自分の手柄のような顔をしていた。

ダン・セイレンは、一度は見捨てたイエンの自慢げな顔が気に入らなかった。“お前が上げた功績ではない。代表が行って上げた功績だ”腹の中でそう思いながらキャンベルの報告に耳を傾けていた。

「なお、リシテア星系の訪問団の到着と同時にビルワーク星系とアルファット星系からも代表団を招き、ミルファク星系の力を示してあげましょう」

言葉を切って評議委員の顔を一通り見るとイエンが拍手を始めたのをきっかけに他の委員も拍手を始めた。イエンは

「キャンベル代表、すばらしい成果です。私の案がこれほどうまく行くとは思いませんでした」

他の委員の顔を見ながら誇らしげに言うと

「ラオ・イエン委員、あなたは何か勘違いしていませんか。ミールワッツ星系攻略の失敗の責任は大きく、今回のリシテア訪問に対しても案はあなたが出しましたが、実際にビルワーク星系とアルファット星系との交渉をしたのは、星系交渉部です。勘違いしないように」

そう言ってキャンベルは、威圧するようにイエンの顔を見ると、イエンは首から上を真っ赤にしながら下を向いた。

 その姿見たセイレンは、“ざまあみろ。黙っていれば良かったものを、功を急いで失敗するいい例だ”と腹の中で笑った。

「リシテア星系の報告はここまでですが、もう直ぐ、第一七艦隊がすばらしい報告をミルファク星系に届けてくれるようです。楽しみにしていましょう」

そう言って評議会を終わらせた。

評議委員全員が会議室を出るのを見計らってドンファン中将が会議室を出ようとするとキャンベルが声を掛けた。

「ドンファン提督、もう直ぐ第一七艦隊のヘンダーソン提督が戻られます。ヘンダーソン提督も多大な功績を挙げたようです。報告を待ってお二人に“ミルファク星系第一等功労賞“を授与したいと思います。今回は本当にご苦労様でした」

そう言って、ドンファンの顔を見た。

「“ミルファク星系第一等功労賞”ですか。ありがとうございます」

そう言ってドンファンはキャンベルに敬礼をした。


 “ミルファク星系第一等功労賞”は、星系に多大な功績を上げた人に贈られる賞だ。通常は大将が退官する時に授与されるのが普通であり、任官中の軍人それも中将レベルでもらえるわけではない。ドンファンは“なぜ自分が”と思いながら“代表の功績に色を付けるためか”そう思うとあまり感激するものではなかった。

“だがヘンダーソンは違う。あいつは自らたてた功績だ。帰ったらうまい酒でもおごってやるか”そう考えて、少し目元が緩むとキャンベルは、ドンファンが喜んだと勘違いして

「喜んでくれて私もうれしいです」

キャンベルンもほほ笑むと会議室を後にした。


第一七艦隊は、“軍事衛星アルテミス9”を目の前にしていた。

「アルテミス9宙港管制センター、こちら第一七艦隊総司令官ヘンダーソン中将。入港許可を申請する」

少しのラグの後、

「こちらアルテミス9入港管制センター。第一七艦隊の入港を許可する。各艦は、各層の宙港管制センターの指示に従い入港せよ」

やがて、第一七艦隊の各クラスの艦艇毎に各層へ動いた。

軍事衛星アルテミス9は第一七艦隊と第一八艦隊の衛星基地だ。直径一〇キロ、厚さ四キロの円盤形をしており、上下に円盤を二キロで区切り上半分が第一七艦隊基地、下半分が第一八艦隊基地である。

軍艦艇は円盤の外側(正確には上部の内側)から順に戦艦、戦闘母艦が第一層、巡航戦艦、重巡航艦が第二層、軽巡航艦、駆逐艦が第三層、四層そして第五層、六層が哨戒艦、特設艦、工作艦、輸送艦、強襲揚陸艦のドッグヤードになっている。

「アルテミス9第一層宙港管制センター。こちら第一七艦隊旗艦アルテミッツ。入港許可を申請する」

「こちらアルテミス9第一層宙港管理センター。誘導ビームに従い第一番ドックヤードに入港してください」

「こちら第一七艦隊旗艦アルテミッツ。了解しました。誘導ビームに従い第一番ドックヤードに入港します」

誘導ビームに乗ったアガメムノン級改航宙戦艦アルテミッツは、誘導ビームに従いその巨体をゆっくりとドックヤードに進んでいった。

ドックヤードに着くと艦体を包んでいる巨大なドームの後ろが閉じた。続いてロックランチャーが艦の周りのリンクホールをロックすると艦体が、静かに少し下に動いた。

「アルテミッツ。ランチャーロックオン。ゲートロック」

やがてドックの中に空気が充満すると

「エアーロックオン」

という管制官の声と共に艦体を包んでいたドームのアルテミス9側が開いた。

スコープビジョンが白くなり、何も映さなくなるとハウゼー艦長が後ろ向いて

「アルテミッツ、アルテミス9に帰港しました」

そう言って第一七艦隊司令官へンダーソン中将に敬礼をした。答礼するとヘンダーソンは、

「ご苦労」

そう言って少し目を緩ませた。それを見てハウゼー艦長は艦橋の各管制官側に体を戻し

「各管制官、ファイヤープレイスロック。ダブルチェック。コントロールをリモートにして宙港管制センターに戻せ」

その声を聞くとヘンダーソンは総司令官席離れ艦橋を後にした。すぐに後にシノダ中尉が続く。


ヘンダーソンは、アルテミッツを降りると、直ぐにシノダ中尉に

「シノダ中尉、ウッドランド大将の元へ報告に行く。直ぐに連絡艇を手配してくれ」と言うと

「はっ」

とだけ言って敬礼をすると直ぐに手持ちのパッドからシェルスターへ行く連絡艇を確認した。


シェルスターの航宙軍ビルに行くと衛兵がヘンダーソンの顔を見るなり緊張した面持ちで敬礼をした。ヘンダーソンは答礼をすると、直ぐに軍事統括のオフィスへ足を運んだ。

「ヘンダーソン中将、報告は前もって読ませてもらった。しかし、にわかに信じがたい。“ガス生命”とは」

「ウッドランド大将、私も始めは信じられませんでした。しかし、彼らは存在します。ただ、なかなか理解しがたいものです。その目でご覧頂いたとしても」

「君が嘘をついているとかではなく、評議会の連中が信じるかだ」

ウッドランドは、眉間に皺を寄せ難しい顔をすると

「とにかくキャンベル代表には、報告しなければならない。君からの助言が必要だ。報告の時間が決まったら連絡する」

「はっ」

と言って敬礼するとウッドランドのオフィスを出た。ヘンダーソンは、少し後ろを歩くシノダ中尉に

「シノダ中尉、疲れているだろうが、キャンベル代表の報告までがんばってくれ」

「お気遣いありがとうございます。しかし、自分は、体力がまだ十分余っています。提督こそ無理しないで下さい」

そう言って、本当に心配そうな目で見る中尉に

「ありがとう。ところで相談があるのだが」

エアカーに乗りながら言うヘンダーソンになんだろうと思いながらフロントパネルにあるシェルスターの宙港のマークにタッチすると次の言葉を待った。

「シノダ中尉、私の元から離れてはどうかね」

シノダは、心臓が飛び出しそうになった。“何か落度があったのだろうか。振返っても、思い当たらない。まさかワタナベ少尉の事で”自分は解雇されるのかと思って、いきなり後ろを振向くヘンダーソンの顔を見て

「提督、私に何か至らないところがあったら治します。申し訳ありません」

そう言って少し言葉を切ると

「僕は、航宙軍士官学校を卒業以来・・」

「待った、待った」

シノダ中尉の言葉を切るように

「シノダ中尉、勘違いしないでくれ。私の本心は、中尉が私の側にいてくれるのが一番だ。しかし、四年間の間、中尉を見てきたが、私の武官として終わらすには、中尉はあまりにも有能だ。だから、航宙軍のそれなりのポストでミルファク星系のために君の能力をもっと発揮してほしいんだよ」

「しかし、それでは提督が」

「おいおい、私は中将だぞ。武官はまたモッサレーノ准将に頼む。君を見つけたのと同じようにな」

笑いそうになりながら仕事を超えて本当に自分の事を考えてくれているシノダの顔を見ると心の中でほんの少し風が流れた。

シノダは言葉が出なかった。ヘンダーソンの言葉を聞いた後、狭いエアカーの中で敬礼すると前を見た。


結局、それから二日後にキャンベル代表への報告が終わると、シノダは二週間の休暇をもらえた。もちろんシノダだけではない。“未知の生命体”の発見の責任を取らされ・・本来、本末転倒だが・・その接触の為に遠征した第一七艦隊であったが、今回の功績により将官を含め全員に二週間の休暇が与えられた。

もっとも同じ期間と言うわけにはいかず、八〇〇〇人以上の将兵の調整をした艦隊本部の連中の涙ぐましい努力は認めるが。

 そんな中で、シノダは、ワタナベと一週間の二人だけの時間を作る事が出来た。

「ルイ、嬉しいな。二人でこんな時間取れるなんで夢にも思わなかった」

「うん、僕も、ヘンダーソン提督が、二人の為って言って用意してくれたんだ」「えっ、提督が。何で私たちの事を」

惑星間連絡艇“ゆるり”のファーストクラスでシノダの隣で座っているワタナベ少尉は、大きな目で驚いた顔をすると

「僕も驚いたよ。でもマリコ覚えている。初めてアルテミッツの艦内案内を任された時のこと。僕もアッテンボロー主席参謀から聞いたとき、呆れたと言うか、嬉しかったと言うか、何のともいえない気持ちだった」

一息をつくと

「あれは、ヘンダーソン中将が、アッテンボロー主席参謀の提案で、僕に誰かをという話になって、カワイ大佐に話を持って行ったら側にいたオカダ中尉が、“パープルレモン”のことを話したらしいだ。後はマリコも知っている通り」

少しの時間の後、マリコは一言

「今度アッテンボローに会ったら、絶対頬をつねってあげる」

「なんだそれ」

「顔殴るわけにもいかないし。頬だったら、痛いけど笑い話で済ませられるし」

「まいったな。マリコには」

そう言って、隣に座るマリコの少しだけ桜色に染まっている頬に手を触れた。

“ご搭乗の皆様、ゆるり八号は、後三〇分で惑星レベンに到着します。

ご搭乗ありがとうございました」

マリコは、アナウンスの後、本当にルイと二人だけで過ごせる七日間を心が浮き上がるほどに楽しみにしていた。

シノダは、ワタナベのそんな顔を嬉しくてしょうがなかった。髪の毛を左手で触ると

「マリコ」

と一言だけ言った。


(2)

航宙軍統合作戦本部ビル。シェルスターの中枢区にある。ミルファク星系航宙軍を統括している作戦本部のビルだ。将官以上は、自分の軍事衛星とシェルスターのこのビルにオフィスを持つ。

軍事衛星のオフィスが本店ならば、こちらはいわば出店だ。その出店“オフィス”の一つチャールズ・ヘンダーソン中将の元にキム・ドンファン中将が尋ねてきていた。

「チャールズ。久々だな。こうして二人で会うのは」

「ああ、一昨年のミールワッツ遭遇戦以来じゃないか。キム」

「もうそんなに経つか」

二人は、ミルファク星系航宙軍士官学校の同期だ。二人とも常に出世街道の先頭を走り、他の同期からは注目の的だった。

「ところで、リシテア星系で多大な功績を挙げたドンファン中将殿が、私のところに来るとは、珍しいな」

「チャールズ、よく言うな。お前こそリリ種族との接触とDMGの技術情報、ADSM72星系周辺の星系マップと私など比較にならない功績を持ってきたじゃないか。今度ばかりは、お前が先に大将閣下の椅子を取られるな」

「ウッドランド提督は、まだまだご健勝だ。当分椅子はないさ。それに私は中将で十分だ。大将閣下なんぞになったらオフィスで椅子を暖めなければならん。勘弁してくれ」

「チャールズらしい言いようだな」

そう言って、ドンファンは笑うと

「そうだ、今日はこれを一緒に飲もうと思ってな。どうだ、ワイン好きのお前でもなかなか手に入らない代物だぞ」

ドンファンが手にしていたのは、ボルドー星系の第四惑星サンテミリオンのなかでも小さな地域マグドレーヌ地方でしか取れない極上のワインだった。それもとてもビンテージな。

「キム、すごいじゃないか。早速開けよう」

ドンファンは声を出して笑うと

「らしいな」

と言った。

 ヘンダーソンは、ワインオープナーのカッターでゆっくりと栓の部分をカットすると“コルク”と言っても人工的だが、センターにスクリューを刺してゆっくりと回した。

“ムギュッ”と軽い音と共に“コルク“が抜けるとガスと共に芳醇な香が漂った。

「これはいい代物だ」

そう言ってソファの前にあるテーブルに置いたワイングラスに注ぐと、グラスに入ったワインの喫水線まで目の高さに持ってきた。ヘンダーソンは目元が緩んだ。

ゆっくりと口の中に入れてまわす。鼻に通る芳香と舌に乗る芳醇な味わいを楽しんだ後、ゆっくりと喉の中に通していく。

「少し飲むには早いが、ここではデキャンティングするというわけにもいかないな」

と言ってドンファンにお礼を言うと

「ところでチャールズ。これはうわさだが。ここだけの話にしておいてくれ」

少し間を置くと

「お前も覚えていると思うが、航宙軍士官学校の時の同期で、今はミルファク星系諜報部長のダノン。あいつとこの前会ってな。“俺の耳に入れておきたい。ヘンダーソンにも伝えておいてほしい”と非公式に頼まれた」

「どういうことだ」

と返すヘンダーソンに

「今回のリシテア星系、ビルワーク星系それにアルファット星系への影響力行使が、西銀河連邦の耳に入ったらしい」

「なんだと、それは本当か」

「ああ、近く連邦のやつらが、この星系に来るらしい」

「まずいな」

西銀河連邦・・人類が太陽系を離れ宇宙に進出して既に三〇〇〇年以上が過ぎていた。西銀河連邦は、経済的、軍事的にも強大な星系が集まって出来た連邦だ。 

銀河水準面に対し右半分の人類が進出したほとんどの星系を掌握している。但し、連邦直轄ではなく、あくまでも自治権を認めると言う形でだ。各星系は自治権を認めてもらう代わりに西銀河連邦の規則に従う事を約束している。あくまでも表面だけの事だが。

但し、西銀河連邦は、西銀河の平和維持の為に連邦の規則に違反した星系は自治権を取り上げ連邦直轄とすることで平和を維持してきた。

直轄星系になると言う事は、その星系の自由を全く奪われると言う事だ。もちろん評議会などの機能は全てなくなる。

それだけに各星系とも西銀河連邦からの介入がされないよう極力努力してきた。

「それで、キャンベル議長は、どうするといっている」

「一応、西銀河連邦の規則に照らして、周りの星系とは、同盟という形に持っていくそうだ。自治星系を併呑すると規則違反になるからな」

「うまくいくといいがな」

「問題なのは、更にその先だ。連邦の使者としてくるのが、あのアンドリュー星系のチェスター・アーサー大将だ」

「何だと、どういうつもりだ。連邦は」

ヘンダーソンとドンファンは、残り少なくなったワインを味わいながら話していた。


「キャンベル代表、リシテア星系方面跳躍点宙域にある監視衛星から連絡が入りました。リシテア星系訪問団が跳躍点から現れたそうです」

「本当ですか」

リシテア星系からは、星系間連絡手段“高位次元連絡網”を使用して二週間前に連絡が入っていた。

「ドンファン中将、迎えに出てください」

「はっ」

と言って敬礼するとドンファンは、評議会議長のオフィスを後にした。

現れたと言ってもまだ、星系の外だ。星系内は色々な航路がある為、ミルファク星系航宙軍が道案内しないと“そこらじゅう”で事故を起こしてしまう。故に初めて来る星系の訪問団は必ず案内が必要なのだ。

既に、ビルワーク星系訪問団とアルファット星系訪問団には、ヘンダーソン配下のA2GとA3Gが迎えに行っている。と言っても戦いをするわけではないので重巡航艦クラス二〇隻ずつだ。

ドンファンは、リシテアで既に顔が知られている為、安心感を与えようと自ら申し出た結果だ。本来は、少将クラスか准将が迎えに行けば良い。


司令官席に座りながらカイパーベルトの直ぐ内側で待っているリシテア星系訪問団の姿をスコープビジョンで見ていた。

「あれが、リシテア星系の訪問団か」

そう言って見る編成は、航宙重巡航艦八隻、航宙駆逐艦一六隻と輸送艦二隻だった。

「あれでは、宙賊襲われても危ないのではないか」

そう思いながら見ていると連絡が入った。艦長が

「ドンファン司令官閣下、リシテア星系訪問団より連絡が入りました。“出迎え感謝します。マリシコワ・テレンバーグ”」

「分った。テレンバーグ議長にこれからの航路データを送ってくれ。そして我々についてくるようにと」

「はっ」

と言って艦長は復唱すると前を向きなおし直ぐに回線を開いた。


それから五日後、各星系の訪問団を迎えた式典は、ミルファク星系の首都星である第四惑星メンケントで行われた。

ここでキャンベル議長は、ミルファク星系、リシテア星系、ビルワーク星系、アルファット星系を一つとする星系連合体ミルファクを発表した。そしてその星系連合体議長に自分がなることを表明した。

他の星系の各代表は、運営委員として参加し、各星系から他に運営メンバー五人ずつを選出し、その連合体本部をシェルスターの中枢区にある政治地区に置く事とした。これによりミルファク星系は、各星系が開発済み周辺宙域を入れると経済力が単星系体の三倍に膨れ上がった。


「やれやれ、これでキャンベル議長の力はゆるぎないものになったな」

「いいことじゃないか。イエンやセイレンがなるよりよっぽどいいぞ」

「まあそれは、そうだが」

士官クラブで話す将校に

「二人とも聞こえるよう声で話すな。軍人は、政治に不介入だぞ」

“なんだお前は”という顔で後ろを振向くと大佐の徽章をつけたカワイが立っていた。

二人の士官は、とっさに立ち上がると上を向くようにして航宙軍式敬礼をして

「失礼しました。カワイ大佐」

“ジャック”ことマイケル・ヤング少佐と“ウォッカ”ことカール・ゴードン少佐が、尊敬する上官に向って敬礼した。

「まあいい、せっかく飲みに来たんだ。何を話すのも構わないが、そういう話の時だけは声を小さくしろ」

「はっ、以後気をつけます」

と言って敬礼を止めると

「奥方の美しさにはいつも感服しております」

「いてーっ」

余分な事を言ったゴードンに、ヤングが後ろから頭を殴った。

マイは、いつもカワイを大切な上官として、そしてカワイは忠実な部下として二人を見ているだけに目元が微笑んで

「ゴードン少佐の奥様も綺麗な方でしょう」

というと

目元を緩めたところにゴードンは頭の後ろにもう一発ヤングから食らった。

「上官の前で“ニタニタ”するな」

「痛いじゃないか」

痛くも無い頭の後ろを大げさに撫ぜながらゴードンは言うと

「マイケルも、もう貰えよ。いつまでも待たせておくんだ」

二人の会話に

「“ジャック”も“ウォッカ”も休暇届が出てないぞ。二週間の休暇は命令だ。早く出すように」

そう言うと妻となったマイを連れて二人の前から別のテーブルへ行った。

「ユーイチ、なぜ命令なの」

「マイももう中尉だから分るだろう。僕たち特殊戦闘偵察隊“レイリア”に属している戦闘気乗りは、独特の戦闘方法を取っている。無人機アトラス二機とシンクロしながら飛ぶという。だから、遠征が終わったら、必ず、頭の中や体の中をリフレッシュしなければいけない。医学的な事は良く分らないが、軍医から聞いている」

「でもユーイチは取ってないよ」

「えっ」

「また、“シーズンランド”に行きたいな」

そう言って夫となったカワイの瞳の中を覗いた。

自分でも分っているつもりだが、遠征から帰った後、自分の報告書の提出と部下と言ってもA3Gの半数の部下、それに”レイリア“隊の部下の報告書に目を通して、全て自分が承認しなければならない。

更に補給や修理、整備の報告と指示などを行っていると、とても休暇を取る状況ではなかった。

「マイ、ところでヘンダーソン提督の武官でルイ・シノダ中尉が今度提督の側を離れるそうだ。提督は、本人の能力を見込んでこのまま自分の武官にしておくのはもったいないと言うことで独立させる事になったらしい」

「えっ、ほんと。どこに行くの、彼」

「それが・・。はじめ提督はシノダ中尉を大尉に昇進させて航宙軍艦の副艦長からさせるつもりだったらしいが、本人が戦闘気乗りをしたいと言い出したそうだ。さすがに僕もその話を聞いて驚いたが、本人の意思が固くてね。大尉になるのはしぶしぶ承知したらしい。これは提督が譲らなかったそうだ」

「それでどうしたの」

「うーん、提督直々の命令で僕の隊に来る事になった」

「えーっ、うそー」

「本当だ」

「じゃあ、マリコはどうするの」

戦闘気乗りになる為には、大尉と言え半年間の訓練期間を経なければなれない。そうしたとしても闘気乗りとしては初心者だ。但し、大尉という立場柄、最低二個小隊・・三機一小隊として四小隊で一個小隊これを二つ計八小隊二四名の戦闘機軍だ。その編隊長として扱われる。

更に腕が良くなければ部下は、ついて来ない。これが軍艦乗り少し違うところだ。これは大変なストレスになる。

そこで、ヘンダーソンは、ミルファク星系でもトップクラスの腕を持つカワイ大佐の下で鍛えてほしいということになったのだ。大尉と言っても単独で。

「またそれが、・・・」

「どうしたの」

「聞いてないのか」

「提督曰く、ワタナベ少尉との結婚が前提だと言い出したらしい」

「えーっ、えーっ、えーーっ」

マイは卒倒しそうな声で言うと“嬉しいのやら何なのやら”分からない顔で目元に涙を溜めてカワイの顔を見た。

「提督としては、四年間の間、自分の側で働かせた事が、結局世間から離してしまったことを後悔しているらしい。それで例の“アルテミッツ艦内案内お見合い”をさせたって訳だ。予想通り最初はうまく行ったが、マイも知っている通り、超奥手のシノダ中尉は、今だ、手を握るのも大変な事らしい。アッテンボロー大佐の話だが。だからこのまま自分の側を離れたらせっかくつながった縁が切れてしまうと心配しての“親心”という訳さ」

「なるほどねーっ。ヘンダーソン提督らしいな」

「その話は分ったけど、ユーイチ、私たちの休暇は」

そう言ってマイは、カワイの瞳をもう一度覗いた。


惑星レベンにある“シーズンランド”のホテルのレストランでシノダとワタナベは時間を過ごしていた。

「ルイ」

「なに」

「嬉しい。こんな時間を持てるなんて」

「うん」

白いテーブルクロスの真ん中においてあるキャンドルの炎の“ゆらめき”を見ながらシャンパンでほんのり赤くなった頬を緩ませてワタナベは、心の緩む時間をシノダと共に過ごしていた。

「マリコ、話があるんだけど」

シノダの目が少し真面目になっているのを見るとワタナベは、一瞬心に不安を持った。“でも自分をここに誘ってくれたのだか”と不安と安らぎの入り混じった感情の中で

「なあに、話って」

と言うと

「僕、ヘンダーソン中将付武官を辞めるかもしれない」

「えっ、なぜ」

ワタナベは、シノダが何かミスをしてヘンダーソン中将から解任されたと思った。

「提督は、そんな厳しい人ではないのに。何かしたのルイ」

シノダは、ワタナベの勘違いが分ったが、頬をほんのり赤くしながらキャンドルの炎が瞳に映るワタナベを見ると、少しだけ黙って不安そうな顔の振りをした。

「ルイ、航宙軍辞めるの」

「私どうすれば」

段々不安になってきた顔にさすがにここまでと思ったシノダは、

「あっ、ごめん、そんなつもりでは」

「えっ」

「あっ、いや、辞めると言うか、転属というか」

そう言ってヘンダーソン中将から言われたことをワタナベに伝えた。

「ルイ、からかったの」

頬を膨らまして少し怒った顔をするととても愛くるしかった。

「いや、あの」

いきなりワタナベの手が伸びた途端、シノダの頬がワタナベの二つの指でにじられた。

「いたっ」

「からかった罰です」

そう言ってもう一度にじり直そうとした手をシノダは掴んでゆっくりとテーブルの上に持っていくともう片方の手で自分のポケットから小さな箱を取り出した。

「サイズ合うといいんだけど」

そう言って、白い箱を開けて銀色の二連リングに輝くダイヤモンドの指輪をワタナベの左手の薬指にゆっくりと通した。

「よかった。たぶんこのくらいかなと思って買ったんだけど、渡すチャンスが無くて」

少し怒った顔から思いっきり嬉しそうな顔をして

「ルイこれは」

「もし、マリコさえ良ければ・・」

下を一度向いて少し間を置くと顔を上げワタナベの顔を見て

「これからずっと側にいてほしい」

「えっ」

「つまり、けっこ・けっ、けっ・・こんしてほしいんだ」

キャンドルの炎もあってか真っ赤な顔になったシノダに、これも耳元からもっと真っ赤になったワタナベが、言葉に出来ずにただ何回も頷いた。

「ありがとう、ルイ」

時間が過ぎていった。


二人は部屋に戻るとワタナベはゆっくりとシノダに寄りかかるように彼の背中に手を回した。シノダは始めどうしていいかわからず、立っていると、ワタナベの手が、シノダの手を持って自分の腰に回すようにしてあげた。シノダはやっと、そしてゆっくりとワタナベの背中に手を回して瞳の中を見つめる。

やがてその瞳が閉じられるとシノダは唇を合わせた。柔らかい感触だった。初めて、そして初めて女性の唇に触れた。心臓が飛び出しそうだった。

ただ本能的に右手をワタナベの左の胸に持っていくと一瞬“ぴくっ”としたが、段々力が抜けるようにシノダの体に自分の体を預けてきた。

長い口付けの後、ワタナベを抱えるようにしてベッドに連れて行くと

「ルイ」

そう言うとベッドの上で目を閉じた。シノダは、ゆっくりとワタナベのブラウスのボタンに手をかけると一つ一つはずしていった。

心臓が凄まじいスピードで鼓動している。飛び出しそうな気分だ。三つ目のボタンをはずすと純白のブラが見えてきた。

「待って」

そう言って、ワタナベは、瞳を閉じたまま手を自分の背中に回すとブラのホックを外した。

ワタナベは初めての感覚を体に感じながらシノダの腕の中にいた。少しの間そうしていると、やがて自分が一番感じるところにシノダの手が届いた。

「いやっ」

そう言ってシノダの手を押さえようとしたが、既に自分の奥まで入れられた指の動きで体は別の反応を示していた。

「ルイ待って」

瞳に涙を浮かべながら彼の顔を見るワタナベに、彼女の手を自分の左胸に持っていくと

「同じだから」

そう言って激しく鼓動する胸を分らせると、不安とも優しさとも分らない瞳をマリコに向けた。

ワタナベは、“じっ”とシノダの顔を見ると瞳を閉じた。

やがて、彼が入ってくると彼の背中に回した腕で思い切り抱き締めた。

白く透き通るような肌、綺麗で整った胸のトップに自分の唇を合わせながらワタナベの体を優しく愛撫しているとシノダは、自分が段々上り詰めていくのが分っ

た。

「マリコ」

そう言って自分が限界に達した時、ワタナベも思いっきり体を反った。


ベッドの上で自分の腕の中で眠るワタナベの美しい寝顔を見ながら“僕はこの女性を守っていけるのだろうか。家族を知らない人間が家族を守る”シノダには、理解できないでいた。

ただ、この優しい寝顔を見せるマリコだけは、必ず守りきって見せると心に思いながら安らかな寝顔に自分も睡魔のとりこになった。

意識が戻り少しずつ目を開けていくとルイの顔が有った。ワタナベは、右手の指でシノダの顔をゆっくりとなぞると唇のところにもって来た。シノダが起きないようにしながら少し腕の中から出ると自分の唇を付けた。“一緒にいるんだ”そう思っただけでワタナベは嬉しかった。そしてまた眠ってしまった。

「えっ」

何か、違和感を、感じながら目を覚まそうとすると鋭い感覚が体を走った。

「あっ、だめ」

自分の一番大切なところにルイの唇が当っている。考えている時間はなかった。やがて、意識が戻り始めるとはっきりと感覚が体を起こした。

「ルイ、あっ」

熱いものが入ってくる。

「だめっ」

まるで生き物のようにそれは動くと体の芯に電気が走るような感覚が襲った。

「あーっ、だめ」

めくるめく感覚に体を奪われながら浸っているとゆっくりと今度はしっかりしたものが自分の体に入ってきた。

もう自制心が切れていた。彼の腰に腕を回し体にしがみついた。やがて自分の奥に熱いものを感じると彼が自分の体にゆっくりと体を合わせて来た。

「マリコ、素敵だよ」

そう言って唇をあわすとワタナベは、彼の背中に腕を回して思いっきり自分のほうへ引き寄せた。

「ルイ」

そう言って、自分の顔をシノダの胸に擦り付けると目に涙が溜まってきた。

「ルイ、信じていいよね。ずっと私の側にいてくれるよね」

「うん、マリコの側にいる。ずっといる」

そう言って思いっきり自分をマリコの中に強くすると先に当るような感触の中でもう一度自分の気持ちが出て行った。


(3)

 ミルファク星系は、“未知との生命”いや、もはや未知ではないリリ種族“これは結局ヘンダーソンが便宜的につけた名前をそのまま星系代表部が認めたものだが”。

このリリ種族との友好的な接触と他の多大な功績により大将の地位を与えられた。但し、本人の強い意向で軍事統括ジェームズ・ウッドランド大将は、軍事統括の地位はそのままにミルファク星系航宙軍軍事顧問という立場になった。

大将の立場になったとはいえリリ種族との約束の一つであるリシテア星系に捕らわれた彼らの仲間の解放に一役買わなければならず、第一七艦隊はそのままヘンダーソン大将直属の艦隊となった。

ヘンダーソンの大将昇進と共に、他の人事も動いた。第一七艦隊A2G司令官マイケル・キャンベル少将は、第一八艦隊司令官チャン・ギヨンの退官に伴って・・事実上の更迭だが・・中将への昇進と共に第一八艦隊総司令官として着任した。 

第一八艦隊に第一七艦隊から転属していた副参謀ロイ・ウエダ中佐は大佐への昇進と共に主席参謀となり、主席参謀だったイアン・ボールドウィンは、准将への昇進と共に管制本部長として転属した。

 更に、第一七艦隊主席参謀だったアッテンボロー大佐は、一つ飛びの少将に昇進し、A2G司令官として着任した。

第一七艦隊主席参謀には、副参謀であったダスティ・ホフマン中佐が大佐への昇進と共に主席参謀に昇格した。

そしてチャールズ・ヘンダーソンは大将の昇格と共にミルファク星系の全航宙軍を統括することになった。

更にカワイ大佐は功績により准将へ昇格。第一七艦隊宙戦司令を指揮することになった。但し、特殊戦闘偵察隊“レイリア”の隊長は変わらない。


「ユーイチ、准将昇進おめでとう。ますます大変になるね。シノダ大尉のこともあるし」

「ああ、でもますます“やりがい”があるよ」

「ユーイチらしいわね」

「ねえ、ユーイチ、お話があるの」

下を向いて顔を赤くしてしまったマイに自宅のテーブルの反対側に座るカワイは、

「どうしたんだ」と聞くと

「赤ちゃんができたの」

「えーっ」

ただ驚きだった。確かに最近妻のマイの体調変化に心配はしていて、まさかと思ってはいたが。

「マイ、よくやった。おめでとう。とても嬉しいよ」

「よくやったなんて。よくやったの二人でしょう」

真っ赤な顔して言うマイにカワイも顔が赤くなった。

「マイ、准将になるとこの“アルテミス9”のオフィスとは別に“シェルスター”の航宙軍作戦本部にもオフィスを設けなければならない。“シェルスター”は、この軍事衛星から比べればはるかに住み易い。あそこにも将官として立派な家を持つ事が出来る。この気に引っ越して見るか」

マイの顔が少しだけ曇った。マイはユーイチが仕事柄常にいるのは“アルテミス9”にいなければならない事が分っているだけに

「いや、ユーイチと毎日顔を会わせられるところでなければ、いや」

「でも、お腹に赤ちゃんがいるとなればメンケントにいる母親にも来ていただいたほうが良いし、僕ではなにも役に立たない」

「いいの、ユーイチが側にいてくれれば、私一人で十分。お母さんには、出産近くになってからで十分」

マイは、昔から一度決めたら動かない。その性格を知っているだけに、少し考えた後

「じゃあ、こうしよう、マイはこの官舎で僕と一緒に暮らす。その代わり生まれる近くになったら、近くにお母さんの部屋を借りるではどう」

実際、二人で住むには不便無いが、マイのお母さんまで住むには狭すぎる。

ユーイチの提案は嬉しかった。実際全てが始めての事で不安だらけだ。メンケントは近いといっても八時間は掛かる。身重の体になった時、早々には動けない。やはり母親が側にいるのはうれしい。

「ありがとう、ユーイチ」

嬉しそうに微笑むマイに、身を乗り出してテーブル越しにマイのおでこに唇を当てると、マイが右手の人差し指で自分の唇を指差した。ユーイチは更に体を出してマイの唇に自分の唇を当てた。マイは嬉しかった。

「そうか、僕も父親になるのか」

そう思いながら頭の中は、初めてのことで不安の山だった。


第一七艦隊の帰還から半年後のWGC3047,10/01。

アンドリュー星系では、突然の西銀河連邦からの命令に驚いていた。

「父上、どういうことですか。ミールワッツ星系での交渉探査が落ち着いて、我星系もこれからと言う時に」

チェスター・アーサーは、父であり軍事統括のアルフレッド・アーサーに西銀河連邦からの一方的な命令に腹を立てていた。

「連邦は、ミルファク星系の不穏な動きというより、勢力拡大が気に入らないのだろう。連邦といっても欲の皮の張った星系共の集まりだ。もしミルファクが連邦に反旗を翻さないまでも反抗的な態度を取った時、あの星系を力でねじ伏せるのはたやすい事ではない。だから、ミールワッツ星系での出来事を見ていた連邦はその時の当事者である我星系を使者に選んだんだろ。あわよくば共倒れを狙って」

「どういうことですか」

チェスターは、大将といってもまだ、三〇代半ば、大人の政治の世界は分るはずもなかった。

「我星系をミルファクに行かせる事により、あの星系内で万一戦闘でも勃発すれば、それをいいことに我星系を直轄星系することが出来る上、ミルファク星系を疲弊させることが出来る。まあ、そこまでは出来ないにしても、今後、統治への足がかりを見つけることが出来る。“政治的関与“という形で」

「それでは、あのミルファクと仲良くしろと」

「そういうことだ。表面上だけでもな。いずれにしろ使者としていくのはチェスター、お前を置いて他にはいない。第一艦隊それにロベルトの第二艦隊を連れて行くといい。用心のためにもな」

父、アルフレッド・アーサーの話を聞きながら、納得いかないまでも心の中で“もっと我星系が強ければこんなことにならずに済んだものを”と思っていた。


「父上、いつ動けと言ってきているのですか」

「なるべく早くと」

“連邦のやつらは、何かにつけて我星系への口出しのチャンスを作ろうとしているわけか”そう思うと腹立たしかった。“そんなに軽く見られているとは”

結局、ミルファク星系までは、一ヶ月近い行程を行く為に三ヶ月の準備を必要とすることを連邦側に伝えた。


「ロベルト、今回の事どう思う」

「チェスター、俺には政治向きのことは分らないが、アーサー軍事統括言っている事は俺にも理解できる。行きたくないのは同じだが仕方ないところだ。ところでチェスター、アフロデーテ嬢とは、その後どうなった」

親友の言葉に少し、顔を赤らめると

「特になにも」

とだけ言った。

「それよりお前の方はどうなんだ。フィルモア嬢は」

ロベルトはチェスターの言葉にミリアの顔を思い浮かべると

「別に」

とだけ言った。

お互い今だ、進まないそちらの方は親友と言えど、なかなか話題にすることが出来ないのだろう。


「ロベルト、ミールワッツ星系を経由後、ミルファク星系からの航路を信じれば、

ADSM82星系、ADSM67星系、ADSM24星系を経由してミルファク星系に到着する。三三日の長旅だ。西銀河連邦の代理として行く我艦隊に攻撃を仕掛けてくることは無いと思うが、ADSM82星系以降、星系内は標準戦闘隊形をとる。私が先行する。後続を頼む」

「分りました」

そう言って、まだアンドリュー星系内にいる二艦隊は〇.〇五光速で進んで行った。

アンドリュー星系航宙軍は一艦隊で回転砲台型メガ粒子砲を持つシャルンホルスト級改航宙戦艦四〇隻、やはり回転砲台型メガ粒子砲を持つテルマー級改航宙巡航戦艦四〇隻、ロックウッド級航宙重巡航艦六四隻、ハインリヒ級航宙軽巡航艦六四隻、ヘーメラー級航宙駆逐艦一九二隻、ビーンズ級哨戒艦一九二隻、ライト級高速補給艦二四隻、ミレニアン戦闘機五二一〇機を搭載したエリザベート級航宙母艦三二隻を構成している。


WGC3048,04/01。

チェスター・アーサー大将率いる第一艦隊とロベルト・カーライル中将率いる第二艦隊、一二九六隻は、ミルファク星系へと旅立った。


チェスター・アーサー大将率いるアンドリュー星系航宙軍が出発したことは、二週間後に星系間連絡網を通じて星系外交部よりもたらされた。

「ついに出発したか」

ヘンダーソン大将は腕を組みながら言った。ヘンダーソンはキム・ドンファン中将、マイケル・キャンベル中将と他の評議会委員と共にシェルスターの中枢部政治地区ある星系評議会ビルの会議室にいた。

「キャンベル代表、西銀河連邦は、何を我星系に要求しているのです」

キャンベル中将の言葉に慎重に言葉を選ぶように

「西銀河連邦は、我星系に星系連合体を作るに至った経緯と我星系の経済力、軍事力そして、開発中の星系を公開しろと言ってきています」

「無茶な。しかし、リリ種族の事は伝わっていなかったようですね」

キャンベル中将の言葉に全員が顔を見合わせると

「もし、連邦の言う事に素直に従えばいずれADSM72,ADSM98、リリ星系とその周辺星域も知る事になるだろう。今回アンドリュー星系航宙軍を迎えるに当っては、既に我々がミールワッツ星系までいける航路を開発していることが知れているから教えたが、それ以外の星系のことは、極秘にしなければならない。星系内に“かん口令”を引く必要があります」

厳しい口調で言うドンファン中将の言葉に全員が頷いた。キャンベル代表は口を開くと

「西銀河連邦の使者を迎える為の対応は考えるとして、もう一つ重要な事があります」

全員が代表の顔を見た。キャンベルは、ゆっくりと全員の顔を見渡すと

「西銀河連邦に我星系の内情を漏洩させた者をはっきりする必要があります」

強い言葉で言うともう一度全員の顔を見た。

「本来、漏れるはずはありません」

「しかし、リシテア星系の行動には、それをする理由があったのでは」

イエンの言葉にキャンベルは、

「リシテアにその余裕はありませんでした。そして彼の目的はリリ星系からRDSD12を経由して来るリリ種族に対する対応でした。そもそも西銀河連邦への加盟など、リシテア星系レベルでは、議題にも上がらないでしょう」

その言葉に

「では、漏洩した者が我星系内にいると」

イエンの言葉に

「そうです」

と言ってイエンの顔をにらみつけた。イエンは“なんだ”という顔で見ると

二つ隣に座るセイレンが、

「イエン委員、心当たりでもありそうな顔だが」

その言葉に顔を真っ赤にして

「ふざけるな、セイレン、お前こそ漏洩した犯人ではないのか」

「何を馬鹿な事を。我星系が連邦直轄になって得るものなどなにもない。むしろマイナスだ。するはずがないだろう」

セイレンの言葉に他の評議委員が頷いた。キャンベル代表が

「クレイン諜報部長」

そう言ってドアに向けて声を掛けると星系諜報部長ダノン・クレイン少将が二人の諜報部員と更に二人の衛兵と共に入ってきた。

クレインは、チャールズとキムに“久しぶりだな”と目線を送ると、二人とも同じように返した。

「クレイン諜報部長報告を」

「はっ」

そう言って評議委員と中将以上が座っているテーブルの前に立つと

「ラオ・イエン評議委員。あなたは半年前、西銀河連邦の委員と会いましたね。プライベートな旅行と言う事で星系を出ましたが、行先が珍しい星系だったので調査させて頂きました。これ以上言う必要がありますか」

そう言って諜報員と衛兵に目をやった。

イエンは椅子を外して後ずさりするようにすると

「お前たちが悪いんだ。おれはこの星系の将来を考えて連邦に話をしただけだ」

顔を真っ赤にして言うイエンに

「“連邦直轄になったら高等弁務官にする”とでも言われましたか」

イエンをにらみつけるキャンベル代表の目は恐ろしかった。

クレインは、目配せをすると、いつの間にイエンの後ろにいたのか、衛兵と諜報部員が、一瞬にしてイエンを取り押さえた。

上から見下すように

「詳しい事は諜報部で伺いましょう。イエン委員」

そう言って“連れて行け”と言うとイエンは引きずられるように会議室を後にした。

「クレイン諜報部長、ご苦労でした」

クレインは、キャンベル代表に敬礼するとヘンダーソンとキムに士官学校時代に使っていた“後でな”という仕草をして会議室から出て行った。

「しかし、イエンめ、何ということを」

「セイレン議員、言っても始まりません。この後直ぐにアンドリュー星系航宙軍に対する対応と連邦の使節団に対する対応を話し合います」

そう言って出席者全員の顔を見渡した。


「よう、久しぶりだな。チャールズ」

「ダノン、久しぶりだ。今日は活躍だったな」

「よく言うよ。お前ら士官学校同期の出世頭に言われても嬉しくともなんともない」

顔に笑みを浮かべながらクレインは、久々に会ったヘンダーソン大将とドンファン中将に挨拶をした。

「ダノン、出世頭はチャールズ一人だ。今じゃ大将閣下だぞ」

冗談とも本気とも分らない言い回しで言うと

「止めてくれ、二人とも」

そう言って琥珀色の液体とロックアイスの入ったグラスを目の高さまで上げた。それ機にクレインとドンファンもグラスを持つとカルク“カチン”と合わせて“ぐっ”と口の中に入れた。

「ダノン、久々に会って何だが、どうだ、連邦の使いで来るアンドリュー星系軍の情報は」

「それなんだが、どうも向こうも“自分たちがなんで連邦の使いに”と思っているらしい」

「どういうことだ」

ヘンダーソンの言葉に

「これは、連邦に入り込ませている諜報員からの情報だが」

と言って、二人の顔に自分の顔を近づけると小声で

「連邦は、“漁夫の利”を狙っているようだ」

“どういう意味だ“という顔をした二人に

「つまり、アンドリュー星系軍に対する回答が不満足なら、我星系に直轄とまでは行かないまでも回答不十分と言う事で介入をする。更に連邦の役目をしっかり果たせなかったアンドリュー星系にも口実を作って介入もしくは、あの星系規模からして直轄統治に持って行こうというのが連邦の思惑らしい。どうもミールワッツ星系での騒動を面白くないと考えた“やから”が、イエンをそそのかして情報を得たと言うところが本当らしい」

「なんだと」

つい口に出た言葉をドンファンは飲み込むと

「今回の件は相当に危ない橋だ。どちらに転んでも川の中に真っ逆さまだ」

「今のことキャンベル代表は知っているのか」

「まだだ、取りあえずお前たち二人に話してから出ないとな。おれは評議会に出席できないから、今日の結果を聞いたうえで話し方を決めるつもりだ」

“そう言うことだったのか”とヘンダーソンとドンファンは納得すると、あの後、打ち合わせた連邦使節団への対応とアンドリュー星系軍に対する対応に変更を必要とすることを感じた。

「しかし、難しいな。チャールズ、特にお前は、実質的な航宙軍の最高責任者だ。判断次第では、連邦と一戦交える事になる」

「うーっむ」

と言うと考えを深くした。

結局三人はその後二時間も対応を話し合った後、明日、三人でキャンベル代表に考えを伝えに行く事で合意して別れた。


(4)

「ADSM24方面跳躍点付近の質量、増大します」

ミルファク星系外縁部ADSM24方面跳躍点宙域を監視している有人監視衛星から跳躍点方面を弓形レーダーで見ていた監視員が、声を上げて上官に報告した。

「連絡員、直ぐに“アルテミス9”に報告」

「監視員、艦数、艦型分かり次第報告しろ」


一時間後、艦数と艦型の報告が入った。ヘンダーソンは、その報告内容を見て驚いていた。

「まさか、こんな陣容で来るとは、まるで戦闘でもするかのようだ。それにこれは戦闘隊形だ」

ADSM82星系には、監視衛星が無いが、ADSM67星系には、無人監視衛星を敷設している。さらにASDM24星系は既に入植して日も長く監視衛星からはひっきりなしに連絡が入っていた。

故にミルファク星系に到着した事は、驚くことでもなかった。既に星系外交部を通じて情報は届いているとしても実際に到着した陣容には実際驚いた。

アンドリュー星系航宙軍は一艦隊でシャルンホルスト級改航宙戦艦四〇隻、テルマー級改航宙巡航戦艦四〇隻、ロックウッド級航宙重巡航艦六四隻、ハインリヒ級航宙軽巡航艦六四隻、ヘーメラー級航宙駆逐艦一九二隻、ビーンズ級哨戒艦一九二隻、ライト級高速補給艦二四隻、エリザベート級航宙母艦三二隻を二艦隊引き連れていた。


WGC3048,05/05。

チェスター・アーサー大将率いる第一艦隊とロベルト・カーライル中将率いる第二艦隊、一二九六隻は、ミルファク星系に到着したのだった。

デスクの前にあるスクリーンパネルにタッチするとデスクの前に3D映像の第一七艦隊A2G司令官アッテンボロー少将が既に準備を整えて現れた。

「アッテンボロー少将、お客様が来た出迎えに行ってくれ」

「はっ」

と言うと直ぐに映像が消えた。来航した時の準備は既に綿密に整えていた。

A2G旗艦アガメムノン級改航宙戦艦プロメテウスに搭乗した、アッテンボローは司令官席に座るとコムを口元にして

「全艦に告ぐ、こちらA2G司令官アッテンボロー少将だ。お客様を迎えに行く。丁重に迎えるぞ。全艦発進」

そう言って既に、アルテミス9の宙港センターから発進していたA2G一七八隻は発進した。


「ここがミルファク星系か」

始めて見る星系にチェスター・アーサーは感心していた。

シャルンホルスト級改航宙戦艦のスコープビジョンが、次々と星系の映像を出している。特に第四惑星の上空に浮いている軍事衛星の数や、星系内を行きかう輸送艦や貨物艦の多さに驚いていた。

「経済力、軍事力共に我星系の五倍はあるな。よくこの星系と一戦交えたものだ。リギル星系のシャイン提督が苦労したのも分らぬでもないな」

実際、アンドリュー星系は編成されたばかりの艦隊を入れても四艦隊だ。それに比べミルファク星系は二〇艦隊を擁している。真っ向から戦えば、一瞬にして全滅させられる。航宙軍艦同士の戦いは一部の優秀な軍人や戦艦ではなく、数の勝負だ。

チェスターは、コムを口にすると

「第一艦隊、第二艦隊の全艦艇に告ぐ。こちら総司令官アーサー大将だ。艦隊を標準航宙隊形にして、カイパーベルトの内側、惑星軌道上の外側で待つ。迎えがくるにしても後三日は掛かるだろう。全員休憩取っておけ。以上だ」

チェスターは、星系規模と航宙量からして迎えは三日後と判断した。


「アーサー総司令官、ミルファク星系軍です」

「なに」

アンドリュー星系軍がミルファク星系に到着してからまだ、一日しかたっていなかった。

ADSM24星系方面跳躍点は、惑星軌道水準面に対して左上方向にある。ADSM72と丁度上下に反対だ。

アッテンボロー少将率いる第一七艦隊A2Gは、一般航路を避ける為、惑星軌道水準面に対し垂直に上昇した後、ADSM24跳躍点レベルの高さになったところで改良型推進エンジン“リバースサイクロンユニット”を利用したのだ。これを使用すると。一光時を五時間で移動できる。パッケージ化しているため、ミルファク星系の全ての軍艦艇に装備している。

“どうやってきたんだ。第四惑星からは六光時ある。通常航宙しても六〇時間、一般航路を考えればもう少し掛かるはず”そう考えて三日と読んだ。

アーサーは自分たちの技術では理解できない状況に焦っていた。

「アーサー総司令官。ミルファク星系軍から電文です」

「読め」

「はっ、ミルファク星系にようこそ。これから送る航路データに基づいて航宙されたし。わが方は貴星系軍の前を進む。ミルファク星系航宙軍アッテンボロー少将」

少し馬鹿にされた感じがしたが、ここまで来ては従うしかなく

「“了解した“と送れ」

「はっ」

ウィリアム・タフト艦長にそう指示するとアーサーは、先手を取られた感が否めなかった。


アンドリュー星系軍は、アッテンボローたちA2Gに付いて行きながら一般航路を行きかう艦の多さに驚いていた。

「すごい。我星系に比べ圧倒的な物量だ。それに我星系では建造出来ないだろう。あの輸送艦は。物量、技術共にすごい星系だな。ミルファクは」

アーサーたちが見たのは、恒星間連絡艦であった。全長二キロ、全幅一キロ、全高五百メートルの巨大貨物輸送艦だ。

やがて、アンドリュー星系軍は、ミルファク星系の首都星、第四惑星メンケント上空五〇〇キロでシェルスターと同じ静止軌道に遷移すると連絡艦に乗った。


西銀河連邦使節団としてきたのは、チェスター・アーサー大将、ロベルト・カーライル中将、マクシミリアン・ヘンドル大佐、ハロルド・ハーランド中佐そして陸戦隊隊長アルベルト・ミュール少将だ。

ミュール少将は、交渉というよりアーサーの護衛という感じだが。その他に星系交渉部員五名が同行した。

西銀河連邦使節団が案内されたのは、シェルスターの中枢部政治地区にある、星系代表部が入る評議会本部ビルだ。

出迎えたのは、ナオミ・キャンベル代表、セイレン議員他八名の議員とチャールズ・ヘンダーソン大将、キム・ドンファン中将、マイケル・キャンベル中将、ダノン・クレイン少将他二名である。

ミルファク星系側は、アーサーとロベルトの若さに驚いていた。大将、中将と聞いていたので、自分と同年代五〇前後と思っていた。まさか三六歳の若者が来るとは思っても見なかった。

アーサーもこれだけの大きさの星系代表が女性とは思ってもいなく、心の中でショックを受けていた。肌の色も違う。双方共に相手を見て驚いている時間、沈黙があった。ヘンダーソンが我に返り、

「キャンベル代表」

と声を掛けると一同も気を取り直したのか、やっと声を出せるようになった。キャンベルが

「西銀河使節団であるアンドリュー星系の方々、私はナオミ・キャンベル、ミルファク星系評議会代表です。遠く我星系までようこそいらしてくれました。ミルファク星系を代表して心からお礼申し上げます」

そう言うとアーサーが立ち上がって

「私は、チェスター・アーサー、アンドリュー星系航宙軍総司令官です」

そう言うと、ミルファク星系側から驚きの声が漏れた。テーブルの端の方にいる評議委員が小声で

「アンドリュー星系航宙軍は、お坊ちゃま軍団か」

からかう様に言うとヘンダーソンが一瞥した。その評議員が下を向いて顔を青くするとキャンベル代表は、間をいれず

「早速ですが、ご紹介をお願いします」

と言うと双方が立って自己紹介を始めた。ヘンダーソンは、アンドリュー星系のメンバーの照会を聞きながら

「確か、第一次ミールワッツ攻略戦の時、アンドリュー星系軍がたいした手腕を発揮していた。まさかこの若者があの時の司令官か。壊滅寸前だったリギル星系軍を救い、ほぼ勝てる状況でいた我軍を追い込んだあの時の司令官、そして我第二次ミールワッツ攻略部隊を完膚なきまでに叩いた司令官がこの男とは」

ヘンダーソンは、悔しいとか言う感情ではなく、“感心した”という気持ちで見ていた。それと共に”あなどれない“と言う感情が心の中に残った。

一通りの紹介が終わるとキャンベルは、

「それでは、西銀河連邦使節団から今回の我星系へ来航したご説明を頂きたいと思います」

“既に十分に知った上で、その準備も整えてありながらあえて、使節団の来航目的を聞く”キャンベル代表の思惑にヘンダーソンは感心した。

「キャンベル代表及びミルファク星系の方々、西銀河連邦よりのメッセージを伝えます」

そう言ってアーサーは、話し始めた。


「我星系に、リシテア星系併呑の意図はありません」

強く言うキャンベルに

「しかし、連邦からの情報に寄れば、あなた方は、“ミルファク星系の発展のために協力しろ”と言ったと聞いています。これは、連合ではなく、組み込む意思があったと連邦は考えています」

「それは思い違いです。我々は“協力してほしい”と言ったのです。実際に協力を強要する事はしていません」

「それでは、“ビルワーク星系とアルファット星系から資源供給を止めさせる”と言ったことは、どう弁明しますか」

“イエンのやろうそこまでぺらぺらと連邦の連中に話していたのか”セイレンは聞きながら一度見限った男の顔を思い出して怒りが浸透していた。

「それは」

言いよどんだところに

「ビルワーク星系とアルファット星系からは、我星系に対し輸送艦の補修協力依頼が来ていました。補給を止めたなどということは事実では無く、実際には資源供給をしたくとも出来なかったのが事実です。実際、動く補給艦で資源供給は行っていました」

いきなりの発言に全員が声の方向を向いた。ヘンダーソンの言葉にキャンベルは、頷くと

「我星系からそのような事を言っても両星系が無視すれば簡単な事です。星系間ビジネスですから」

実際は、両星系に圧力を掛け、資源供給を二割程度まで落としていた。補給艦が整備中という理由で。そう言う意味ではヘンダーソンは、嘘をついてはいなかった。

「分りました。キャンベル代表、既に会議は五時間を過ぎています。明日また、開きましょう」

そう言ってロベルトに目配せするとアーサーは立ち上がった。


「しかし、驚いたな。あの若さとは。それにおれが言うのもなんだが、結構いい男のようだ」

「キム、おれも同じことを考えていた。アーサー大将の本音、今回の来航の落しどころをどう考えているのかってね」

「いずれにしろ、突きつけられた要件の一つも終わっていない。今日が初日だがな」

「ああ、結構厳しい交渉になりそうだな」

「そうだな、あの大将結構鋭いな。さすがミールワッツ攻略戦、向こうから見れば攻防戦か、勝ち抜いただけのことはある」

ヘンダーソン大将とドンファン中将が上級士官クラブで話している頃、


自分の艦に戻った、アーサー達一行は、

「ロベルト、ミルファク星系は経済的にも軍事的にも大きい星系だ。ヘンダーソン大将とドンファン中将は、ミールワッツ遭遇戦の時、リギル星系軍のシャイン中将とも手合わせしている。第一次ミールワッツ攻防戦の時もだ。経済力、軍事力共に豊かで優秀な人材もいる。羨ましい限りだ」

「チェスター、らしくないな。お前が泣き言を言うとは」

「なあに、たまには星系外に出てみるのも良い事だと思っただけさ」

ロベルトにそう言うと琥珀色の液体のロックアイスの隙間の透明な部分を見て

「こんな綺麗な落しどころは見つけられないかな。事実、ヘンダーソン大将には、“敵愾心”が沸かないどころか“尊敬の念”を抱かせるところがある」

そう言ってロベルトの顔を見ると

「チェスター、俺もそう思う。あの提督、結構懐が深い」

お互いの思惑の中で時が流れていた。


それから二〇日後

「ヘンダーソン提督、お会いできた事を光栄に思います」

「こちらこそ、アーサー提督」

「帰路も長旅です。お気を付けて」

「ありがとうございます」

アーサーは、西銀河連邦使節団の代表として長かった交渉を思い出した。

「ミルファク同盟を解消すると。それは本心で言っていますか」

「本当です。我々はミルファク同盟を解消し、ビルワーク星系、アルファット星系及びリシテア星系に対して近隣星系として協力していくことにします」

アーサーは、唸った。“まさか、同盟を解消するとは。これでは、連邦も口が出せない”ミルファクの提案に少なからず驚いていた。

「更に、未開拓星系マップとして、アンドリュー星系の方々が来られたADSM24、ADSM67、ADSM82を公開します」

「なんですと」

アーサーは、連邦からのクレームを全てミルファクが飲んだ事に驚いた。

最終的な連邦使節団との交渉は、ミルファクが全て折れる形で決着がついた。


「ロベルト、どう思う。ミルファク星系のやつら、全て連邦の“けち“を飲んだぞ」

「チェスター、連邦はミルファク星系を甘く見ていましたね」

「どういうことだ」

「今回の同盟などミルファクにとっても本当はどうでも良かったんですよ。連邦からクレームがついた時点で彼らは、落しどころを既に決めていたんでしょう。

形ばかりの同盟を作っておいて、それを解消すれば、いかにも連邦に屈したように見せれます。更に公開した星系マップも彼らにとっては、一部でしかなかったのかと思います」

「三星系もだぞ。我星系はミールワッツ一つ開拓するにも星系全体の力がいるというのに」

「ミルファクはそれだけ大きいと言う事です」

「うーっむ」

カーライルの意見にアーサーは、唸った。

「我星系など及びもしない星系力。連邦など気にもかけない力。我星系にとっては、当分敵にしたくない相手だな」

アーサーの独り言のような考えにカーライルは、

「そうですね。チェスター、今回の報告書もう直ぐまとまります。目を通しておいて下さい」

そう言って3Dに映るカーライルが、アンドリュー航宙軍式敬礼をすると映像が消えた。

壁に映し出されるミルファク星系が後ろへと流れて行った。


「やっと終わりましたね」

「ああ、長かった。久々に疲れたよ」

ヘンダーソンは、連邦使節団との交渉にずっと一緒に対応したドンファンと上級将校クラブのテーブルでワインを飲みながら話していた。

「でも、あれでよかったのかな」

「さあな、連邦の連中が我星系を辺境の一星系と見ていればあれで十分だろう」

「見ていなかったら」

「一戦交えるしかないだろうな」

「連邦とか」

「ああ、しかし連邦と言っても既に二五〇〇年以上がたっている。一枚岩ではないだろう。いくらでも付け入るチャンスはある。だが、その時我々が、まだ現役でいるかだ。そのためにも今の若いやつらには苦労してでも育てておかないとな」

ヘンダーソンはワイングラスの周りに“たゆまる“透明な部分の液体を見ながら言った。

ミルファク星系はその後、協力関係ということを表面に出しながら、実質的にビルワーク星系とアルファット星系を手中に入れた。そしてリシテア星系には、自星系への恭順を指示した。

「ヘンダーソン提督、まだまだ、我星系はあなたを第一線から退く事を許す事が出来ないようです。大変でしょうが、もう少しお願いします」

そう言ってキャンベル代表は、ヘンダーソン大将の手を握ると頭を下げた。


「マイ、今度の航宙も長くなりそうだ。帰ってくる頃には、お腹がずいぶん大きくなっているかな」

嬉しそうな顔をして言うカワイに

「やっと体調も落ち着いたのに。でも仕方ないね。それがユーイチの仕事だから」

そう言って、まだ目立たないお腹に手をやった。

「でも気を付けて。もうあなた一人の体とは思わないでね。私も一緒に行けないし」

「分っている。気をつけるよ」

マイは、お腹に“赤ちゃん“がいる事が分ると、航宙軍に退官の届けを出した。マイの上官は残念がったが、理由が理由だけに喜んで受理した。そして既にお腹の子も五ヶ月目になっていた。


シノダは、ワタナベへのプロポーズの後、ヘンダーソンの元を離れ、航宙軍戦闘機搭乗員養成課程に編入した。おかげでこちらは、毎日会うことが出来たが、

今回の航宙でワタナベは、旗艦アルテミッツのレーダー管制官として搭乗しなければならず、シノダがアルテミス9に残る事になった。


連邦の使節団が、帰還してから二ヶ月後、第一七艦隊は、リリ種族から渡されたX3JPを通って新たな星系の開拓の為“第三二二広域調査派遣艦隊”としてアルテミス9を離れた。



西銀河連邦の使節団としてミルファク星系に訪れたアンドリュー星系チェスター・アーサーは、その星系の大きさに驚いていた。そして厳しい交渉の元、連邦からの指示をすべて勝ち取ったアーサーだったが、なぜか、最初からすべて決まっていた様な展開にミルファクの大きさを知った。そしてミルファク星系ヘンダーソン大将は新たな星系開発の為旅立った。

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