第四章 新たな遭遇
ADSM72星系に進宙した第一七艦隊は、ADSM98星系跳躍点方面にて好戦的な未知の生命体と接触した。前とは違った、戦術を持つ体系にに戸惑ったがなんとか危機を乗り切り、新たな生命体との接触の為、X2JP跳躍点に突入する。
第四章 新たな遭遇
(1)
ADSM72星系のミルファク星系方面跳躍点が揺らいだ。いつもは、ほんの少し揺らぐような表情が強く歪むような感じだ。
最初に現れたのはホタル級哨戒艦だ。全長一五〇メートル、全幅三〇メートル全高三〇メートル、前部及び両舷側に直径三〇メートルのレーダーを持ち、半径七光時の全象限を索敵範囲に持つ、索敵レーダー艦である。
最初数隻が現れたと思うと瞬く間に全哨戒艦が現れた。哨戒艦は、全方向へ展開する。その強力なレーダー能力で小さな変化も見逃すまいと急いで哨戒宙域へ展開する。
次に現れたのは、ヘルメース級航宙駆逐艦だ。全長二五〇メートル、全幅五〇メートル、全高五〇メートル、上面前方が傾斜している。その細身の艦体に似合わずレールキャノンが上下に六門ずつ計一二門装備されており、その上面後部にパルスレーザ砲6門その後ろにアンチミサイル発射管一二門が装備されている。
更に両舷側に少しはみ出た筒状の近距離ミサイルランチャーが三門ずつ六門装備されている。まさにブレードと呼ぶに相応しい艦だ。
次々と現れる艦の中でも一際大きい艦が現れた。ミルファク星系軍航宙軍アガメムノン級改航宙戦艦だ。全長六〇〇メートル、全幅二〇〇メートル、全高一二〇メートル。側面からみると傾斜が大きく三階段状になっている。
上から見ると両脇前方に突き出た二〇メートルメガ粒子砲四門、胴体下後部に一六メートルメガ粒子砲三門、中間部が居住区と後部に連絡艇のハッチ、そして上部が艦橋(CIC)になっている。
両舷側上面に長距離ミサイル発射管一二門、近距離ミサイル発射管二四門、アンチミサイル発射管二四門、パルスレーザ砲一〇門を装備し、中間から後部にかけて大型核融合エンジン四基を持つ航宙戦艦である。
「半年ぶりですね。この星系に来るのは」
アッテンボロー主席参謀の言葉に頷きながらスコープビジョンに映る映像を注視していた。
旗艦アルテミッツは、高精度の光学センサーに加え、最大走査範囲一四光時と広範囲なレーダー走査能力を持っている。大型の星系一つを全て表示できる能力だ。
そのレーダー能力を最大限に引き出しているのが、3D型多元スペクトル・スコープビジョン(通称スコープビジョン)だ。その奥行きのある映像を始めて見るものは、目を奪われる。ヘンダーソンも始め見た時は、驚いていた。
「レーダー管制、イレギュラーはないか」
「前方防御シールドは最大にしておけ」
「航路管制、進宙方向に障害物はないか」
「攻撃管制システムはオンにしておけ」
「慣性航法、異常はないか」
次々とハウゼー艦長が指示を管制フロアにいる各管制官に出している。
やがて、最後に特設艦を包むようにアルテミス級航宙母艦がその巨体を出現させた。
ハウゼー艦長が、ヘンダーソン総司令官の方を振向き敬礼しながら
「ヘンダーソン総司令官、全艦跳躍空間から出ました」
ヘンダーソンは、軽く頷くとコムを口元にして
「第一七艦隊全艦に告ぐ、こちら総司令官ヘンダーソン中将だ。これから我々は“未知の生命体”との接触を行うべくADSM72外縁部を時計回り方向に進宙する。途中、前回ここに来た時に設置した無人監視衛星の回収と新しい監視衛星の設置を行う。以上だ」
コムを口元から離すとハウゼー艦長の顔を見た。
ハウゼー艦長は、航宙軍式敬礼を行うと前に向き直り口元のコムに向って
「全艦左舷四五度、下方一〇度方向に進宙する。前方及び左右のレーダー走査能力を最大にしろ」
やがて、哨戒艦が前方に進むと共に艦隊の進宙方向上下左右に展開した。哨戒艦は全部及び側面に三〇メートルのレーダーを備え、最大レーダー走査半径七光時を持つ。
そして哨戒艦の側面に航宙駆逐艦が付いた。十字に広がった哨戒艦が艦隊の先頭を頂点として今度は大きな円錐状になるように上下左右の哨戒艦と駆逐艦が後方に下がっていく。
正確には、前方へ制御スラスタを噴射している間に艦隊全体が前に進んでいる状況だ。更にワイナー級軽巡航艦、アテナ級重巡航艦が所定の位置に着くべく動き始めた。ヘンダーソン総司令官の中将付武官として今回もオブザーバシートに座っているルイ・シノダ中尉は、その艦隊の運動に見入っていた。
「すごい、まるで一つ一つの艦が大きなマスゲームのような動きで所定の位置に着いていく」
スコープビジョンを夢中になって見ているシノダ中尉の姿にアッテンボロー主席参謀が
「シノダ中尉見事だろう。ヘンダーソン中将指揮下の第一七艦隊の日々の訓練の成果だ。ミルファク星系航宙軍二〇艦隊の中でもトップクラスの艦隊運動だ」
シノダ中尉の驚きを横目にそう言うアッテンボローも3Dで映る見事な動きに関心していた。
やがて中央にアガメムノン級改航宙戦艦、アルテミス級航宙母艦、タイタン級高速補給艦、特設艦、最後にポセイドン級航宙巡航戦艦が配置されると第一七艦隊は〇.五高速の巡航速度で進宙し始めた。
ADSM72星系は、五つの惑星を持つ星系だ。ADSM72恒星の周りに惑星と呼ぶには小さい岩礁・・と言っても直径七〇〇〇キロはある大きさの岩礁が2つほどあり、その遠く一二.五光分のところに人類が生存可能な第一惑星がある。現在、入植中だ。そして恒星から二〇光分に第二惑星、三四光分に第三惑星があり両惑星共に資源衛星として注目されている。更に表面ガス惑星の第四惑星が一光時に、まだ固まりきらない巨大なガス惑星の第六惑星が二.八光時にある。
ミルファク星系方面跳躍点から星系外縁部を時計回りに八光時のところにX2JP(X2方面跳躍点)、更に三光時先にX3JP、そして前回調査したADSM98星系方面跳躍点が4光時先にある。ミルファク星系方面跳躍点に戻るには更に一〇光時進宙しないと今の場所に戻れない。全工程二五光時の長い行程だ。
ADSM72恒星を右舷に見ながら星系外縁部の岩礁帯の更に外側を〇.五高速で進宙する。
「第一惑星は現在入植中と聞いていますが、“未知の生命体”の話が漏れた途端、急に人々の流入が止まったそうですね」
「第二惑星、第三惑星は、豊富な資源があると聞いている。資源が見つかった時は、色々な企業が、我先にと“イミグレーション・アグリーメント“(入植許可書)を申請したらしいが、今は見る影もない。第一惑星と第二惑星との間に行き来している輸送艦も数える程だ」
スコープビジョンに映る第一惑星と第二惑星以降、カイパーベルトをはさんで見ているヘンダーソンとアッテンボローが言葉を交わしている。
X2JPまで後六光時(二.五日)の行程だ。惑星周回軌道を上から下に進まなければならない為、あえて星系内に入らず外縁部の外側を進宙しながら惑星周回軌道の下側に遷移しようとしている。
ミルファク星系方面跳躍点は、ADSM72星系の惑星周回軌道の上部にあるが、X2JPは、惑星周回軌道の下側にあるのでしかたがない。
「レーダーには何も補足されていないようだ。映るのは岩ばかりだ」
レーダー管制官が独り言を言いながら第一七艦隊がカイパーベルトの外を上から下へ抜けようとした矢先、岩礁の影で岩にしがみつくような姿で艦隊を見ている物体がいた。
全長一〇〇メートル程の長方形に近い形状の本体から両脇に足が二本ずつ出ているような形をしている。人にとっては巨大な虫が岩についているような光景に映る。その物体の先端いや後端と言うべきところから薄明るい光が発せられている。
カイパーベルトを過ぎたところで第一七艦隊は惑星周回軌道を下に潜る様な方向でX2JPに向きを変えた。
「レーダー管制官、周辺宙域異常ないか」
「有りません」
「航路管制官、進宙方向に障害物はないか」
「ありません」
管制フロアでは、定時確認の声が聞こえている。
「静かですね」
「ああ、何も無い。少し静か過ぎる。先のことがあるからも少し何かあると思っていたが」
アッテンボロー主席参謀とヘンダーソン総司令官の会話を耳にしながらハウゼー艦長は、“長年の感”というものから違和感があった。
“何か見落としている。感知できないものがある”そう感じながら後一光時に迫ったスコープビジョンに映るX2JPを見つめていた。
「マコト、なあ、さっきから気になるんだが」
「カルメ、何だ、いつもの感ってやつか」
「いや、レーダーには映らないんだが、さっきからほんの少しノイズが入っている気がする」
第一七艦隊の右舷後方に位置して哨戒を続ける第六哨戒分隊哨戒艦カリュケの乗組員がわずかな反応に気がついた。
「マコト、やはり連絡したほうが良いんじゃないか」
「むーっ、そうだな。お前の感は案外当たるからな」
上級曹長レーダー監視員マコトと二曹レーダー監視員カルメは、階級は違うが幼い頃からの知合いで二人だけの時は、名前だけで呼んでいる。
「ヘンダーソン総司令官、右舷後方にいる第六哨戒分隊の哨戒艦カリュケからレーダーにわずかなノイズが入っていると連絡が入りました」
「ノイズ」
「はい、ある周期的な信号の様ですが、断片的で何か良く分からないそうです」
「艦隊の分析官には回しているのか」
「はっ、既に送って解析中です」
「分かった」
“やはり居たか”ハウゼーはヘンダーソン総司令官とアッテンボロー主席参謀との会話で自分の“長年の感”と言うやつが当たっているのを感じた。
X2JPまで後〇.五光時の位置に来ると第一七艦隊は、進宙の足を緩めた。アルテミス級航宙母艦ラインから有人機一機につき二機の無人戦闘機アトラスが発艦し始めた。三機一組で一六組四八機の新しく編成された特殊戦闘偵察隊レイリアだ。
「特殊戦闘偵察隊レイリアが発艦しました」
ヘンダーソンはハウゼー艦長の報告に黙って頷くとスコープビジョンを見た。前方にいる二隻の哨戒艦と八隻の航宙駆逐艦が進宙し始めた。
「レイリア全機に告ぐ。こちら隊長のカワイ大佐だ。全機、予定通り無人監視衛星の全象限に展開。後から来る哨戒艦と駆逐艦が監視衛星の回収、新しい監視衛星の設置が終わるまで周辺宙域を警戒しろ。イレギュラーが生じた場合、個々の対応はせず、必ずラインへ連絡しろ。お互い連絡を密にして監視に専念してくれ。くれぐれも勇敢な行動にはでるな。以上だ」
コムを口元から外したカワイは“今、無人機と一緒に飛んでるパイロットは、ミルファク星系航宙軍の中でも一流といわれる連中だ。しっかり締めないと直ぐに英雄になりたがるやつが多い”そう思いながら前を見つめた。
先の件があって以来、レイサ、ジュン、サリーは、航宙母艦ラインを発艦する前にシンクロモードにしている。何回もの訓練のおかげで三機がまるで一機のような動きになっている。
監視衛星まで二〇〇万キロと近づくとカワイは
「レイリア、散開」
と口元にあるコムに向って言うと直ぐに頭の中で
「ジュン、サリー付いて来い」と指示を出した。
カワイの担当宙域は監視衛星を中心として今の場所から反対側四五度の宙域だ。意識を上方向一五度に向けるとヘッドアップディスプレイに映る姿勢バーが天頂方向に向って一五度へ移動し始める。旧型戦闘機スパルタカスに比べ、推進力も三〇パーセントアップしている。
スペシャルスペーススーツが体液の移動をホールドする為、体が“キュッ”と締まる感覚を覚えながら前方を見た。航路管制システムと航法管制システムが目の前のデブリを避けながら上下左右にアトラスを誘導しながらものすごいスピードで飛んでいく。
ジュンは右舷後方三〇〇メートルの位置にサリーは左舷後方三〇〇メートルの位置にいる。宇宙空間では、目の鼻先より近い位置だ。その位置をまったく変えないでレイサと同じ動きをしている。
やがて、監視衛星も後方に過ぎると速度を落とした。
「ジュン、サリー何か感応しないか」
「ジュン、ありません」
「サリー、ありません」
自分のレーダーにも何も感応しない。少し落とした速度で所定の宙域に着くとレイリアの他のアトラス全機が、所定の位置に着いた連絡がカワイに入った。
“さて、監視衛星の交換まで何も無ければよいが”と思いながら担当宙域を時計回りに航宙しながら監視していると
「ユーイチ、こちらジュン。右舷前方五〇万キロの位置に感応波有り」
「分かった、ジュン。直ぐにラインに連絡する」
カワイはジュンからの報告をラインに転送した。
「総司令官、ラインから発艦したレイリア隊のカワイ大佐より報告が入りました。X2JP監視衛星より右舷前方二五〇万キロの位置にあるデブリ(岩礁)より信号が発信されているとの報告です。先の信号パターンと一致しています」
「よし、直ぐに哨戒艦と駆逐艦を向わせろ。監視衛星の作業はそのまま継続しろ」
「はっ」
ヘンダーソンの指示にアッテンボローは直ぐに前を向き直してスクリーンパネルにタッチした。
「ユーイチ、感応波が動き始めた」
「なんだって」
感応波を出しているデブリをレーダーから見失わない様に周辺宙域を警戒しているレイサ、ジュン、サリーの三機は、今まで同じ位置に居た物体が動き出したのを知った。
カワイはレーダー走査を最大にしながら物体が隠れている岩礁へ少しずつ進んだ。確かに岩礁と感応波を出している物体が少しずつ離れていく。まだ、哨戒艦も駆逐艦もこない。
“あれはっ”光学レーダーがはっきりと感応波を出している物体を映し出した。オールズビューモニターの前方に映る物体は、全長一〇〇メートル程の長方形に近い形をして先頭と後部が円錐状になっている。
長方形の両脇からはそれぞれ二本の足みたいなものが出ている。その物体が、胴体を縦にして両脇から出ている足みたいなものを両方へ大きく張り出すとカワイ達の方へ前進してきた。
“何だ”と思ってカワイは見ていると後残り五万キロという所で四本の足の先頭が光ったと思うと突然スモークのような縦横一〇〇メートルほどのシールドを打ち出した。
「ユーイチ、回避して」
突然のジュンからの声に自分が反応するより早くレイサはジュンの位置する右後方へものすごい旋回速度で遷移した。
“くっ”急な動きに慣れているカワイでも体にストレスの来る動きだった。
直後、スモークのシールドは、カワイの位置していた場所を通り過ぎ、少し進んだところで岩礁にぶつかったと思った瞬間、岩礁が消えた。と同時にスモークのシールドも段々薄くなり消えていった。
カワイは、背中から汗がにじみ出るのを感じた。
“何だ、あれは”消えた岩礁の辺りを見ているとサリーが
「ユーイチ、感応波を出している物体が」
そこまで頭に入ってきた言葉の途中で直ぐに振向くと足のようなものが四本とも長方形の胴体の中に仕舞い込まれた。そして後方の円錐が胴体の中に少し入るとその回りから青白い光のようなものを出した。と思った瞬間、X2JPの方向へ一瞬にして消え去った。
「何だ、今のは。サリー映像取ったか」
「もちろんだよ。ユーイチ」
「よし、直ぐにラインに送ってくれ」
「了解、ユーイチ」
カワイは、元の監視宙域まで戻るとしばらくして哨戒艦と航宙駆逐艦が到着した。カワイは直ぐに先程まで感応波を出していた物体が居た岩礁の座標を航宙駆逐艦に送ると哨戒艦と駆逐艦はカワイたちが攻撃を受けた方向へ進んで行った。
「アッテンボロー主席参謀、この映像をカテゴリAで直ぐに特設艦に居る技術者へ送ってくれ」
「はっ」
ヘンダーソンの指示にアッテンボローはスクリーンパネルの映像にカテゴリAをタッチして、映像を送信した。
「我星系のものとは違いますね。しかし何でしょうか。あのスモークのシールドのようなものは」
「分からん。しかし今回伴っている特設艦の技術者たちが、明らかにしてくれるだろう」
そう言って、まだ回収と設置が終わっていない宙域が映し出されているスコープビジョンを見た。
(2)
「ライン、こちらレイサ、ジュン、サリー、これから着艦シーケンスに入る」
「こちらライン。レイサ、ジュン、サリー了解しました。着艦シーケンスオン」
カワイは次第に大きくなってくる航宙母艦ラインの姿を見ながら右後ろに位置するジュンと左後ろに位置するサリーに目をやった。オールズビューモードで見る視界はクリアだ。まるで自分が宇宙に浮いている様な気がする。
やがて巨大なラインの艦底部の格納エリアに入ると誘導ビームがアトラスを包み込むように所定の格納エリアの位置まで誘導する。やがてランチャーアームが艦底部から伸び、レイサの機体を掴む。
“ガツン”という感覚でホールドされるともうカワイは何もすることがない。ジュンとサリーも同様の状態だ。
レイリア隊の他のアトラスも順次帰還してきている。レイリア隊に属するアトラス四八機は、格納エリアが決まっているので着艦準備を待つこともない。
ランチャーアームに掴まれた機体がゆっくりと格納エリアの中に入ってくるとオールズビューモニターが消えた。やがて格納エリアの底が横からスライドし、完全に密閉されるとレイサの前にあるランプが赤から青に変わった。
「レイサ、エアーロックオン」
と聞きなれた心地よい声が聞こえるとレイサを包んでいた格納エリアの上部が両側にスライドしてレイサの姿がラインの格納エリアに現れた。
整備員が駆けつけ、コクピットドームの外側からロックを外すとコクピットドームが上部後ろ側に上がりカワイの姿が出てきた。
カワイは、自分でフルフェイスヘルメットのスペシャルスペーススーツの結合を外した。同時に整備員がスペシャルスペーススーツに入っている三本のホースを外すとカワイは「ふうっ」
と息を吐き自由になった体をレイサから起こした。
まだ体がレイサの中に居る状態で
「ジュン、サリーお疲れ様」
と言うと
「ユーイチ、お疲れ様」
と二つの声が聞こえてきた。既にヘルメットはしていないので生の声だ。
シンクロモードになる時は、スペシャルスペーススーツを着てスーツにあるスイッチをオンにしないとならないが、シンクロモードがオフになるのは、スーツを脱いだ時だ。
カワイは半年以上に及ぶ訓練のおかげで体のリズムが取れるようになった。
カワイがジュンとサリーの機体の側に行くと
「ユーイチ、体が少し疲れを示しています。今日は良く休んでください。飲酒は控えたほうが良いでしょう」
サリーからのメッセージに
「分かった」
と言ってサリーの機体に触ると発着艦エリアを出た。前ならばそれなりに抵抗があったが、ジュンとサリーが自分をマスターとして認め、自分との三機一体を望んでいる事を知ってからカワイの気持ちが変わった。
おせっかいからではなく、本当にマスターとして常に万全の体調を維持してほしいという気持ちで言っているのが分かったからだ。
「総司令官、回収したX2JP方面監視衛星の解析結果報告が入りました」
第一七艦隊は監視衛星を回収後、X2JPを通過してX3JPへ向っていた。X2JP付近に“謎の物体”があり、カワイ大佐乗機レイサが攻撃を受けたものの、その後変化はなかった。
一〇時間ほどX2JPで臨戦態勢を取っていたが、何も起こらなかった為、X3JPに向う事になった。
その後、第一七艦隊の技術員が回収した監視衛星とサリーが撮った“謎の物体”の攻撃を解析している。その解析した結果報告が届いたのだ。
「アッテンボロー主席参謀、司令官室の方へ解析結果報告をまわしてくれ。主席参謀とシノダ中尉は私と一緒に司令官室へ来るように」
と言うとハウゼー艦長に目で“席を離れる”と合図をし、司令フロアを出た。
司令フロアのドアを出てから左へ五〇メートル、途中三〇メートルの所にある下の階へ行くエレベータを通り過ぎて二〇メートル程行った左手のところに司令官室がある。オブザーバルームは右手だ。
ヘンダーソンは自分のIDをドアの左の壁にあるパネルにタッチするとドアが開いた。三人は部屋に入ると左手にある3Dパネルに向く様な位置でテーブルに着くと
「主席参謀始めてくれ」
と言った。
アッテンボローがテーブルの自分の前にあるスクリーンパネルにタッチするとあらかじめ準備していたのか二人の技術員が現れた。二人は航宙軍指揮敬礼で起立したまま
「ヘンダーソン総司令官、第一七艦隊技術官アレッジです。こちらは技術員のクレアです」
と言って自分の左手に立つ男を紹介しながら言った。
ヘンダーソンは答礼しながら
「アレッジ技術官、始めてくれ」
と言って答礼を終わらせると技術官と技術員の二人も敬礼を止めた。
「総司令官、まず解析結果から始めます」
技術官の言葉にヘンダーソンは頷くと
「X2JPから我々の識別にはない艦艇が多数出入りしています。但し、半年前にADSM98方面から来た“未知の生命体”に攻撃された時の艦艇とは明らかに異なります」
「どういうことだ」
と主席参謀が質問すると
「ミサイルや粒子砲などの遠距離攻撃装置を持っておりません。我星系が今回テストを行ったDMG相当のものが武器と思われます」
「しかし、あれは攻撃を防ぐ事は出来ても積極的な攻撃は出来ないぞ」
主席参謀の言葉を受けて技術官は
「そうです。防御のみです。カワイ大佐乗機レイサが攻撃されたのも、実は攻撃ではなく自分を守る為に取った行動と考えられます。つまりADSM98星系方面からの“未知の生命体”とは違う種族と考えてよいと思います」
技術官の報告に眉間に皺を寄せ
「ADSM98星系からの種族とは別の種族。確信はあるのかアレッジ技術官」
「有りません。しかし、X2JPに出入りしている艦の形から想定する構造とADSM98方面から現れた艦の形や構造を比較するとまったく別の種族と考えるのが妥当と思います」
「ADSM98方面からの“未知の生命体”に対応するだけでも大変なのにX2JPの先にも“新たな生命体“が存在するだと。まったくこの星系は”新種の生命体のメインストリート“か。いずれにしろこれはメンケントに連絡するしかないな」
考えを一度切ると
「アレッジ技術官、クレア技術員、報告ご苦労だった。引き続き調査を頼む」
「はっ」
と言って敬礼すると技術官たちの映像が消えた。
「総司令官、いかがいたしますか」
「取合えずメンケントに報告だ。ADSM72星系の調査と“未知の生命体”との接触活動は続けなければなるまい」
「はっ、了解しました」
そう言ってヘンダーソンに敬礼すると、アッテンボローはシノダ中尉を見て
「分かっていると思うが、絶対他言無用だぞ。例え相手が第一七艦隊随一の美しい女性だとしてもな」
そう言って笑うと
「そんな事分かっています」
そう言って少し赤ら顔で言うシノダの顔を見てヘンダーソンも目元を緩ませた。
ヘンダーソンは“過日の冷やかしかもしれないな。中尉がそんな人間でない事は十分に承知している。出なければ三年もの間、私の武官など務まるはずもない”そう思って“はっ”とした。
“もう三年か。モッサレーノ准将から中尉を紹介してもらってから。そろそろ独り立ちさせないといけないか。しかしこの子程の人間がまた見つかるか”どんなにヘンダーソンの仕事がきつくても嫌な顔一つせず働いてきた自分の息子のような中将付武官にかわいさと一瞬の寂しさを胸に感じながら、取合えず今日は、目の前に有る問題を片付けなければと思った。
「司令フロアに戻るぞ」
そう言うとアッテンボローとシノダに司令官室から出る様に目で合図した。
スコープビジョンは、既に後方に過ぎ去ったX2JPを映してはいなかった。X3JPまで後二光時、二〇時間の行程だ。X3JP方面監視衛星はX3JPより三〇〇〇万キロ手前にあり、回りのデブリに隠れるように置いてある。X3JPが常に正面に来るように制御スラスタを吹かせながら回りのデブリにぶつからないように動いている。
監視衛星を注視していれば気がつくかもしれないが半径五〇〇メートルの岩礁にカモフラージュした衛星など分かるはずもなかった。
X3JPまで後五〇〇〇万キロまで接近すると第一七艦隊はレイリア隊を発進させた。X2JPの事もある為、ヘルメース級航宙駆逐艦二隻とホタル級哨戒艦一隻を三機一体一六組の編隊にそれぞれにつけている。
「総司令官、全機所定の宙域に配置しました」
「分かった」
ヘンダーソンとアッテンボローの会話の間にもX3JP方面監視衛星の回収と新たな監視衛星の設置の為に航宙駆逐艦と哨戒艦が向っていく。
全員が緊張と伴いながら作業の終了を待った。
五時間後、回収と設置を終えた航宙駆逐艦と哨戒艦が戻ってくると、その後ろから警戒監視に出ていたレイリア隊が戻ってきた。
「今回は何もありませんでしたね」
「ああ」
回収した監視衛星の分析結果からも何のイレギュラーな映像は無く、デブリのみが映っていた。
「X3JP方面には、新種族はいなかったようだ」
「さすがに何種類もの種族がいたのではたまらないですからね」
アッテンボローのいらぬ言葉に頷きながらヘンダーソンはスコープビジョンを見た。ADSM98星系方面跳躍点まで四光時。スコープビジョンは、外宇宙のきらめきを映し出しているだけだった。
ヘンダーソンは航宙軍支給の腕時計を見ると二〇時を回っていた。
「艦長、私は自室に戻って休む事にする。何かあったら直ぐに連絡をくれ」
「了解いたしました」
ヘンダーソンは司令フロアを出ると一緒について来たシノダに
「中尉、私はもう休む事にする。特にしてもらうこともないから君も休みなさい」
ヘンダーソンはシノダに言うと自室に消えた。
カワイは警戒監視のレポートを作り終えるとスクリーンパネルに部下からのレポートが溜まっているのが見えた。インシデントレベルはどれも“情報”と言う意味のマークしか表示されていない。
今回の警戒監視の報告がほとんどだ。特に今見なければいけない内容ではない。空腹を覚えたカワイは、自然の欲求を満たすのを優先させることにした。
自室を出て二〇メートル先にあるエレベータに乗ると階下にある士官食堂に行った。同じ階にある上級士官食堂はエレベータを挟んで反対側にあるが、カワイはあえて、士官食堂に行った。この時間ならば居るはずだと思ったのである。腕時計は一八時を指している。
エレベータを降り左側に行くと直ぐに士官食堂は有った。中に入ると二〇人位の士官が喋っていた。食事を取るもの、喋るだけの者、既に勤務が終わったのかアルコールを飲んでいる者もいる。
カワイが入って来たのを見つけた少尉と中尉の階級章をつけた男女の士官が直ぐに椅子から立ち上がって敬礼をした。カワイも答礼をしたが、
「休憩中だ、敬礼はいい」
と言うと他にも気が付いて立ち上がった士官たちに左手を少し上げ“気にするな”という仕草をした。
目的の人は入って右奥のドリンクサーバの側にいた。カワイに気がついたのか、椅子から立ち上がると一緒に座って喋っていた同僚が座ったまま後ろを振向いた。
カワイ大佐だと分かると跳ね上がるように立ち上がり敬礼をしたので
「休憩中だ、楽にしろ」
と言って答礼はせず、右手を軽く上げた。
「マイ、同僚と休憩中だったのか。悪かったな。邪魔をして」
「あっ、構わないけど。勤務時間終わったの」
と尋ねたオカダ(旧姓)中尉に
「ああ、後寝るだけだが、何も食べていないので、ちょうどマイが居る時間だなと思って降りてきた」
「えっ、まだ何も食べていないの。何がいい、取ってきてあげる」
カウンターへ向おうとしたオカダ中尉に
「マイ、じゃあ私たち行くね」
と言って立ち上がったままだった二人の女性士官に
「ごめん、また」
と言って挨拶をすると二人が向う出口とは別の方向へ歩いていった。
二人の女性士官の後姿とマイの後姿を見ながら“やっぱり、悪かったか”と思いながらいるとマイがカウンターから士官用の食事の乗ったトレイを持ってきた。
「勤務終わったのでしょう。アルコールは」
と聞くマイに
「じゃあ、ブルゴーニュ星系のドメーヌ星のワインを」
と言うとテーブルにトレイを置いたマイは
「ここは、中級士官用の食堂よ」
と言って顔を寄せて軽く怒った振りをした。
カワイは「あっ」と言うと
「ごめん、じゃあ適当に白ワインを」
と言うと“にこっ”と笑ってもう一度カウンターに行った。横目で壁にあるドリンクバーを見ると“白ワイン”と書いたグリップがある。
“はてっ”と思ってカウンターの方向を見るとハーフボトルにグラス二つを持ってマイが戻ってきた。
「マイも勤務終了したの」
と聞くと
「うん、取合えず交替の仲間が座っている」
マイはもう一度“にこっ”と笑うと二つのグラスにワインを注いだ。
「同僚の間では“うまくて評判のワイン”よ。上級士官食の様に一本一本生産地を選べるわけではないけど、おいしいよ」
と言うと自分の分は右手に、左手にカワイの分のグラスを持ってカワイの前に差し出した。
カワイは、ワイングラスを受け取ると口元よりほんの少しだけワイングラスを上げて
「お疲れ様」
と言ってワインを口に含んだ。マイも
「お疲れ様」
と言ってワインを口入れるとほとんど味わわずに飲み込んだ。少し驚いた顔をしたカワイに
「高級品じゃないからユーイチみたいに味わって飲むなんてしないの」
そう言ってもう一度口の中にワインを入れた。
カワイは口の中に含んでいたワインを一度口の中に広げるとゆっくり喉の中に流し込んだ。
「確かに高級品じゃないけれど、おいしいね」
そう言うと
「“高級品じゃない”だけ余分よ。ここでは」
そう言って夫の目を見ると手に持っていたグラスをテーブルに置いた。
少し笑いそうになりながらフォームを右手に持ち、野菜らしいブロックの塊を食べると「まあ、悪くない、しかし・・」
と言う顔で食べると
「そんなに悪くはないでしょう」
と言って笑顔を見せたマイにカワイは、任務で緊張していた心が緩んだ。
結局もう一本ハーフボトルを飲んだユーイチとマイは、一時間半の楽しい時間をすごした後、それぞれの自室に戻った。カワイは一人一部屋の佐官クラスの部屋だが、妻のカワイは、中尉の為、二人一部屋である。
カワイは、自室に戻るともう一度シャワーを浴びて、スクリーンパネルに“読んでくれ”と溜まっている部下からの報告書に目を通し始めた。
「マイの旦那様、素敵ね。第一七艦隊の第三グループ航宙隊の隊長で特殊戦闘偵察隊レイリアの隊長。腕前はミルファク星系航宙軍の中でもトップクラス。その上かっこいい。いいな。私もマイの旦那様みたいな人ほしいな」
マイと同室の女性レーダー管制官は、羨ましそうに言った。
「ありがとう、ミルキーも早く旦那様見つければいいのに」
「もう簡単に言ってくれるな。マイほど可愛くないし、スタイルも良くないし。そもそもなぜか縁がない。どうして、神様は不公平だ・・」
言葉が、途切れたのでどうしたのかなと思い、自分のベッドが置いてある壁の反対側にあるベッドを見ると、眠くなりながらも会話の相手をしていたはずの同室の女性はいつの間にか寝息を書いていた。
マイは、少し目元をお潤ませると
「お休み」
と言って眠りに入った。
(3)
「こちらレイサ、ADSM98方面監視衛星が見つかりません。既に設置した宙域に到達しています」
「宙域の状況はどうだ」
「以前着たときより、少しデブリが多い気がします」
「了解した。もう少し捜索と警戒監視を続行してくれ」
「了解」
一度声を止めると
「ジャック、キリシマ、ウォッカ、どうだ。監視衛星は見つかった」
「こちらジャック、見つかりません」
「こちらキリシマ、見つかりません。もう少し広範囲に捜索します」
「こちらウォッカ、こちらも同じです。引き続き捜索します」
「全機聞け、こちらはカワイ大佐だ。ADSM98方面監視衛星が見つかるか、その破片が見つかるまで捜索を継続しろ。以上だ」
第一七艦隊は、ADSM98方面跳躍点まで後五〇〇〇万キロまで迫った時、ADSM98監視衛星がレーダーにまったく捉えられないので、特殊戦闘偵察隊レイリアを発進させた。
最初は、姿勢制御スラスタが何らかの原因で故障した場合を考え、監視衛星が宙域のデブリと同じ方向へ流れていったと考えた。そこでレイリア隊をその方面を捜索させたが、捜索を開始してから二時間経っても破片も見つからない状況になっていた。
「どういうことなんだ。流されただけなら、当にアトラスのレーダーに引っ掛っている筈だ。万が一デブリと衝突しても残骸くらいは残っているだろう」
独り言のようにつぶやくアッテンボロー主席参謀にヘンダーソンは、
「主席参謀、レイリア隊を一度帰還させろ。補給を行った後、ADSM98方面跳躍点付近五〇〇〇万キロの宙域にあるデブリの回りを調査させてくれ。但し、気をつけてくれ。 前回のこともある。レイリア隊が補給している間に、第一、第二分艦隊の哨戒艦と航宙駆逐艦を同地域に進宙させてくれ。補給後に発進させたレイリア隊がちょうど追いつくだろう」
一呼吸置くと
「未確認の物体があった場合、直ぐに報告を行い、その後捕獲させろ。極力戦闘は控えるように。但し攻撃された場合、この限りでない。以上だ。直ぐに連絡してくれ」
アッテンボロー主席参謀は、総司令官の方を向きながら敬礼をして
「はっ」
と答えると命令を復唱した。復唱内容は、直ぐにメッセージ化され第一、第二分艦隊の各哨戒艦と駆逐艦に伝達された。
第一分艦隊一七八隻の内、哨戒艦四八隻、航宙駆逐艦四八隻が、第二分艦隊のそれぞれ同数が、ADSM98星系跳躍点方面のデブリに潜んでいるかもしれない物体の捜索に当った。
単純に捜索と言っても、跳躍点の近くは、物理エネルギーの正と負が入り混じった宙域である。そこに浮遊する岩礁は、数百万を下らない。その岩礁のうち跳躍点のエネルギーが強い二〇〇〇万キロより外側かつ三〇〇〇万キロ未満の宙域を捜索するのだ。
それだけでも、数十万個ある。第一分艦隊と第二分艦隊は、これを四つの宙域、ちょうどドーナッツを四等分にしたような形に分けて捜索した。更に捜索対象も双方向に干渉しない岩礁を集中的に捜索した。これは、干渉しあう岩礁の宙域は物体が潜むに不適切考えられるからだ。
捜索を開始して二時間、
「隊長、レーダーに反応あり、一一時の方向二万キロの岩礁に岩礁とは別の物質が張り付いています」
レイリア隊、第一、第二分艦隊の哨戒艦は、捜索をするに当って岩礁の密度に狙いを定めた。一つの岩礁に自然界に浮遊する物体と人類的に言えば、“人工的な物体”が一つの質量としてまとまっているはずがない。
これに目をつけた捜索隊は、岩礁一つ一つを質量分析の対象として捜索したのだ。これならば岩礁に人工物が隠れているならば、否応無しに見つけることが可能だ。
「了解した。近くの哨戒艦に再度調査させろ」
「はっ、分かりました」
「うわーっ」
「どうした」
「バイパーが攻撃を受けました。左側にいた無人機バイパー消滅。回避行動に移りつつ、攻撃した物体の補足を優先します」
「直ぐに同宙域の駆逐艦を呼べ。決して単独で行動するな」
「了解」
「全機、最大走査モード、周辺宙域の警戒監視を厳としろ。決して単独で行動するな。ジャック、キリシマ、ウォッカ、聞こえるか、配下の編隊に連絡しろ」
「こちらジャック、隊長、了解」
「こちらキリシマ、大丈夫です」
「こちらウォッカ、交戦中です。一機やられました」
「ウォッカ、駆逐艦は」
「こちらに急行しています」
「敵は、哨戒艦レベル、武装しています。攻撃の許可願います」
「ウォッカ、攻撃を許可する。実行は適宜判断しろ。無理をするな」
「隊長、了解。大丈夫です。最初は不意を衝かれましたが、今は、補足状態です。逃がしません」
謎の物体から攻撃を受けたのはレイリア隊の通称ウォッカ編隊、カール・ゴードン少佐率いる一二機からなる無人アトラス編隊だ。
実際には、航宙軍パイロットは、ゴードン少佐を含め四人しかいない。このようは特殊戦闘偵察には、うってつけの編隊だ。故にミルファク星系航宙軍は、無人アトラスで構成する自律飛行編隊を早く作りたかった。
三〇分後、四隻の謎の物体は、三隻が攻撃を受け消滅か自爆をしたが、残り一隻が、推進炉の自爆に失敗し、捕獲される事となった。
「第二分艦隊第二三航宙駆逐艦隊司令に伝えろ。自爆に気をつけろ。先に無人偵察艇を接舷、マイクロスコープロボで内部調査を行った後、乗り込め。万一新たな生命体がいた場合、絶対に殺すな。捕獲しろ」
司令フロアの3Dパネルに移る第二分艦隊第二三航宙駆逐艦隊司令に強い口調で指示を出すとヘンダーソンは、スコープビジョンに映る、哨戒艦ほどの大きさの攻撃艦らしき物体を見ていた。
「気をつけろ。ロボからの映像はどうだ。生命反応はあるか」
「まだ、ありません。あっ、ちょっと待って下さい。これは」
「どうした。何か有ったのか」
「ちょっと見たことのない装置があります」
「映像をこっちに回せ」
第二分艦隊第二三航宙駆逐艦隊指令は、回されてきた映像をみて唸った、
「なんだ、これは」
艦隊指令に送られてきた映像には、単純に四角い金属らしい箱があるだけだった。ただ、その箱の回りから箱を包むように青白いスモークが“ゆらゆら”と掛かっていた。
「直ぐに旗艦に映像を送れ」
ヘンダーソンとアッテンボローそれにハウゼーは、第二分艦隊第二三航宙駆逐艦隊から送られてきた映像に、金属らしい箱に青白いスモークが掛かった物体があるのを見て
「首席参謀、艦長どう思う」
「分かりません。既に特設艦の技術員の方には回してあります。結果を待つしか有りません」
「司令、生命反応ありません。無人です。艦内は、我々の攻撃で破壊されコンパートメント以外は、綺麗です」
「本当か」
「艦橋の状況はどうだ 」
「艦橋が有りません」
「どういうことだ」
「コンソール類が見当たりません」
マイクロスコープロボによる調査の後、乗り込んだ調査隊員は、例の箱以外何もない百メートルにおよぶ艦内を捜索したが、何も見つからなかった。
窓一つない箱のような艦である。有ったのは推進エンジン室だけだった。その推進エンジンも人類が創造したものとは、全く別の理論で作られている事は、陸戦隊から選ばれた調査隊員でも分かるレベルだ。
第二三航宙駆逐艦隊司令は、その報告を聞くと少しの間、考えた後、口元の込むに向かって、
「よし、調査隊員は、全員退艦しろ。牽引する」
「了解しました」
第二三航宙駆逐艦隊の調査隊員が艦内から撤退すると、先程の黒い金属の箱の周りを覆っていた青白いスモークが大きくなり艦内全体を充満するまでになった。
「司令、捕獲した戦闘艦から信号が発信されています」
「なに、先程は?何も無かったと報告したではないか」
レーダー管制官と艦隊司令との会話を割って入るように
「司令、あれを」
他のレーダー管制官の声に艦隊司令は、スコープビジョンを見た。航宙戦艦ほどの大きさではないが、物体を確認するには十分な大きさのスコープビジョンに、調べた時は何もなかったはずの岩礁の後ろから捕獲した艦と同じ大きさの戦闘艦が現れた。
突然と言った方が合うかもしれない。その戦闘艦が、ADSM98跳躍点方面にものすごいスピードで飛び去った。
「まずいな」
旗艦アルテミッツの高性能レーダーと光学センサーが捉えた映像を映し出すスコープビジョンを見て、ヘンダーソンは言葉を発した。その言葉にアッテンボローは、
「はい、仲間を呼びに行ったのだとしたら、非常にまずいことになります」
ヘンダーソンは、スコープビジョンを見ながら少し眉間に皺を寄せ
「主席参謀、もう一度指定宙域に監視衛星を敷設しろ。レイリア隊は戻せ。軽巡航艦、重巡航艦にADSM98方面跳躍点を即時戦闘態勢で警戒させる。全戦闘攻撃システムをオンにし、全艦防御シールドを最大にして第一級戦闘隊形で維持するように伝えてくれ」
「はっ」
と言って航宙軍式敬礼をしたアッテンボローは、復唱すると直ぐに指示に取り掛かった。
二時間後、第二分艦隊第二三航宙駆逐艦隊は、捕獲した戦闘艦を牽引して本体に戻ってきた。第一分艦隊も本艦隊に戻ってきている。
「総司令官、特設艦の技術員から報告が入りました」
「こちらに回してくれ」
ヘンダーソンの言葉にハウゼー艦長は、未開封のままのメッセージをヘンダーソンに送ると、ヘンダーソンは“レベルA”トップシークレット扱いになっているメッセージを見た。
「アッテンボロー主席参謀、シノダ中尉。私と一緒に司令官公室に来てくれ」
そう言ってハウゼー艦長に“宜しく頼む”と目配せすると総司令官席を立った。
司令官公室に入ると大きなテーブルと壁側に向って3Dスポットがある。三人は3Dスポットが見えるようにテーブルに着くとヘンダーソンは、“レベルA”のメッセージを開封した。
3Dスポットに第一七艦隊技術官アレッジと技術員のクレアが映し出されていた。
「総司令官、ご報告します。非常にいい難い事なのですが、あの箱の正体ははっきり分かりません。ただ言えるのは人類の作ったものではないという事です。そしてある種の信号を定常的に出しています。自分の位置を誰かに送っているようです。あの青白いシールドもはっきり分かりません。何か生命のような気もするのですが、何せ人類の生命に対する常識は固体です。もし、“未知の生命体”が固体を持たない種族であるならば理解できるのですが」
ヘンダーソンは技術員からの報告に唖然としていた。
「固体を持たない生命体とは、どういうことだ。もっと解り易く言え、アレッジ技術官」
「アッテンボロー大佐。人類の常識の生命体とは固体です。しかし、宇宙においてそれが通用しているのは人類が進宙して見つけた世界です。我々が開発した星系に固体以外の生命体がいても不思議はありません」
技術官の説明にヘンダーソンは、目をきつくして
「アレッジ技術官、君は“未知の生命体”が、固体の体を持たない種族だといっているのか」
「そうであろうと申し上げています」
ヘンダーソンもアッテンボローも言葉を失った。
「閣下、発言をお許し頂けますか」
言葉のする方向に目をやるとシノダ中尉が、何かを見つけたような顔をしていた。
シノダ中尉は中将付武官だ。中将の身の回りを世話する役目であり、上級士官の会話に入ることはない。
「シノダ中尉、何か分かるのか」
疑問の目を投げるヘンダーソンに
「はっ、以前ここに来航した時、そして今回も彼らは自分たちの存在を隠す為、全て自爆の道をとりました。通常、人類の様に固体の体を持つ生命体であれば、個体が破壊されるとは、“死”を意味します。故に敵に捕まっても生きる望みを持ちます。“未知の生命”がもし“ガスのような”というのは正しい表現ではありませんが、固体を持たない生命体であれば“死”という概念はないのではないでしょうか。故に半壊になった艦は全て爆破する事により自分たちの存在を隠す事が出来ると考えていると思います」
「しかし、固体を持たない生命体が、何故人類と同じ様な艦を持つのだ」
「それは、彼ら“未知の生命体”の世界に入った人類から捕獲したものをコピーしているのではないかと思います。移動手段として」
「移動手段」
アッテンボローの言葉に
「はい、固体を持たない生命体が、どのように移動するかはわかりませんが、人類の使用している移動手段に興味を持ったと思えば理解可能です」
映像の向こういるアレッジ技術官とクレア技術員もシノダの考えに驚いていた。
アッテンボローは感心した顔をして
「シノダ中尉、説得力があるような、ちょっと無い様な感じだが、まあいい、アレッジ技術官、どう思うシノダ中尉の考えは」
「はっ、シノダ中尉の考察はすばらしいと思います。我々ももっと多角的に調査しますが、シノダ中尉の視点からもぜひ考えさせて頂きたいと思います」
ヘンダーソンは、
「分かった。アレッジ技術官、引き続き調査を続けてくれ。報告ご苦労だった」
敬礼をする二人の技術者の3D映像が消えると
「驚きました。ヘンダーソン総司令官、シノダ中尉は深い洞察を持つすばらしい士官です」
ヘンダーソンも目元を緩め、顎を引いて“そうの通りだ”という表情をすると三人は司令官公室を出た。
それから更に五時間後、ADSM98方面跳躍点から“未知の生命体”の出現も無い事を確認すると、ヘンダーソンは第一七艦隊を転進させた。
「第一七艦隊全艦に告ぐ。我々が接触しようとした“未知の生命体”は、極めて好戦的な種族と判断した。しかし我々の使命は、“未知の生命体”と接触し、我々の未来に通じる技術の習得をすることが目的だ。よって、我々は、新たに発見された“未知の生命体”と接触をすべくX2JP方面跳躍点に転進する。以上だ」
(4)
第一七艦隊は、ADSM98方面跳躍点から転進し、X2JPへ行くべく、X3JP方面へ進路を変えた。第一七艦隊がいるADSM98方面跳躍点は、ADSM72恒星の惑星公転軌道水準面からすると上にある。ミルファク星系方面跳躍点と同じ面だ。
しかし、X3JP及びX2JPは、惑星公転軌道水準面の下にあり、ヘンダーソン達は、直線的にX2JPを目指せば、惑星公転軌道を横切らなければならない為、進宙速度を落とさなければならない上、惑星軌道に入らないように注意しながら進まなければならない。それを避ける為、ADSM72星系外縁部、カイパーベルトの外を進宙することにした。X3JPまで四光時、更にX2JPまで三光時、計七光時を進宙することになる。
既にADSM98より一光時、惑星公転軌道を外縁部から通りすぎる位置まで来ていた。ヘンダーソンは、スコープビジョンを見ながら、特に何も起こらないだろうと思っていた。
第一七艦隊の右舷後方に位置し、哨戒を続ける第六哨戒分隊哨戒艦カリュケの乗組員が、いきなり後方に現れた艦隊を発見した。
「ADSM98監視衛星信号途絶。何だ、これは」
「どうした」
カリュケに乗艦する司令官がレーダー管制員に声を掛けた。
「後方より接近する艦隊があります。急速に近づいてきます。重巡航艦クラス二〇〇、軽巡航艦クラス二〇〇、駆逐艦クラス五〇〇です」
「なに、直ぐに旗艦に連絡だ」
その頃、第一七艦隊旗艦アルテミッツの高性能多元レーダーは、既に後方に突然現れた艦隊を捉えていた。
「全艦に伝える。後方より艦隊が現れた。友好的な状況ではなさそうだ。まだ、〇.五光時ある。一四〇〇に時計回りに進駐し、艦隊を後方からの艦隊に対峙させる。全艦方向が一八〇度変わったところで、第一級戦闘隊形を取る。A1G、A2G、A3G、A4Gは、所定の位置を取れ。以上だ」
それから一五分後、第一七艦隊は、時計回りに艦隊を進駐させるとA1GとA3Gが上下にA2GとA4GがA1GとA4Gの間に左右に分かれて展開した。
ヘンダーソンは、光学センサーが既に捉えた艦隊を見ていた。まだ、〇.二光時ある。
「以前ADSM72まで追いかけてきた艦隊と同じですね。ADSM98から来た“未知の生命体”の艦隊と見て間違いありませんね。数的には我方を上回りますが、攻撃力で我方が優位です」
「うむ、前と同じ横に長い長方形の隊形だ。また例の攻撃方法を取るのでしょうか」
「分からん。特設艦と“捕獲した物体”は、後方に下がらせてあるな」
「はっ、大丈夫です。回りを巡航戦艦と航宙空母で守らせてあります」
「特設艦と一緒か」
「何か」
ヘンダーソンは、アッテンボローと話している中で、何か“わだかまり”があった。
「主席参謀、“捕獲した物体”は、特設艦と離して防御するようにしてくれ。直ぐに頼む」
「はっ」
アッテンボローは、“総司令官の意図は見えないが、何か考えるところがあるのだろう”と直ぐに前を向きなおすとスクリーンパネルから指示を出した。
「総司令官、敵艦隊が、上下左右に分かれます」
主砲有効範囲まで五分と迫った時、突然、長方形の艦隊が、四つの小さな艦隊二二五隻ずつに分かれた。やがて長方形が今度は縦長の直方体のようになると第一七艦隊に正対して四角の四点方向に進むように進路を取った。それを見ていたヘンダーソンは、
「A1G、A2G上下、A3G,A4G上下に配置、敵艦の目的は“捕獲した物体”だ。各個撃破しろ」
“未知の生命体”の攻撃パターンは、かつて第一七艦隊を追ってきたときとは違った。明らかに戦術思想をもつ動きだった。
「前面シールド防御最大」
「中距離ミサイル発射」
「主砲射程に入り次第、討て」
「やつらを通すな」
ハウゼー艦長のコムを飛ばすような声に各管制官は、素早いスピードでコントロールパネルに指示を出している。実際は、人間が標的するわけではない。
全て“攻撃管制システム”がコントロールする。各管制官は攻撃管制システムの推奨攻撃方法に従って指示を出しているだけだ。適切な距離になったら全てシステムが自動的にしてくれる。
双方が秒速三万キロ、合成速度秒速六万キロで接近する艦隊が人間の目で追えるはずが無い。全ては、有効射程に入る前に指示を出し後は、その経過を見るだけだ。
“未知の生命体”の艦隊は、主砲射程まで接近すると先行する艦が強烈な光を発した。一瞬だけであった。後は何も変わらず迫ってくる。中距離ミサイルが、敵艦に接触寸前だった。
「ミサイル消滅。敵艦ミサイル発射しました」
「なにっ」
スコープビジョンに映し出される映像は、先行して発射した中距離ミサイルが宇宙空間の中で消えていく姿があった
「ミサイル来ます」
各グループの艦隊の前方に位置するヘルメース級航宙駆逐艦の前面防御シールドが光った。航宙駆逐艦が揺れている。一本目は防ぎ切れたが、二本目以降は艦本体に突き刺さり始めた。
航宙駆逐艦と言ってもヘルメース級は全長二五〇メートル、全幅五〇メートル、全高五〇メートルある。一発や二発の近距離ミサイルで破壊される事は無いが、前面に装備しているレールキャノン一二門の半分が破壊された。
CICは艦中央部にあり、ミサイル程度では、破壊される事は無いが、運悪く艦の両舷にはみ出たように装備された近距離ミサイル発射管に当たったミサイルは、敵艦に発射するべく装填されていたミサイルを誘爆させた。
航宙駆逐艦が、一瞬だけ膨らんだように見えた瞬間、内部から爆発が起こり灰色の巨大なガスが出来上がった。そしてガスが消えていった後には、何も残っていなかった。艦内の乗員は痛みも感じなかったろう。
第一七艦隊もやられっぱなしではない。アガメムノン級航宙戦艦のスフィンクスの足の様に突き出された部分から発射するメガ粒子砲、口径二〇メートル四門の破壊力はすさまじかった。
荷電粒子の束が、ミサイルが通過できなかった目に見えないシールドを躊躇なく突き破ると、前面に布陣している航宙駆逐艦レベルの艦四隻が串刺しのように艦中央をつき抜けた。後には、動かなくなった航宙戦艦があるだけだ。ヘンダーソンは、先の戦いで自爆して自分の艦隊にいらぬ犠牲を出した戦い方に“自分たちの存在を知られたくないのであれば徹底的に破壊しろ”と指示を出していた。
やがて、第一七艦隊を遠くに巻くように展開した敵艦は、ポセイドン級航宙巡航戦艦とアルテミス級航宙母艦が取巻くように守っている“捕獲した物体”の宙域に一斉に砲火を浴びせた。
「重巡航艦と軽巡航艦部隊を後方へ展開させろ」
ヘンダーソンは、アッテンボロー主席参謀に指示を出すと、あの位の攻撃力では大丈夫だろうと思いながらそれでいて一抹の不安を覚えながらスコープビジョンを見ていた。
敵艦の粒子砲が巡航戦艦や航宙母艦の防御シールドに衝突すると凄まじい光を発した。一瞬、巡航戦艦が横に揺れたような気がしたが、粒子砲の衝撃が収まると何事も無かったかの様に攻撃を受けた巡航戦艦は自分の位置を守っていた。
巡航戦艦レベルの防御レベルは高く、重巡航艦レベルの主砲ではやぶれない。巡航戦艦も近距離ミサイルとパルスレーザ砲で応酬する。“捕獲した物体”を守る為、艦の方向を変えられないのだ。
「敵も必死ですね。しかし彼らの攻撃能力では、あの防御陣を突破するのは無理でしょう」
アッテンボローの言葉に返すことなくスコープビジョンに映る戦闘を見ていたヘンダーソンは、
「いかん」
というとアッテンボローは、ヘンダーソンの見ている方向に映る映像を見た。
敵の重巡航艦が凄まじい光を発したと思った瞬間、何か一瞬だけ網膜に映ったかの様に見えたものを巡航戦艦に向って打ち出した。
一瞬の間の後、巡航戦艦の側面防御シールドが凄まじい光を発した。やがてそれが消えると巡航戦艦の側面装甲が徐々に消えて行き、側面を四分の一ほど消したところで止まった。
巡航戦艦は全長五〇〇メートル、全幅一七〇メートル、高さ一〇〇メートルの巨大艦だ。この攻撃で消える事は無いが、後部側面にあった大型核融合エンジン4基のうちの一基が消滅した。爆発しなかったのはせめてもの幸いだ。
そこにA1G、A2G、A3G,A4Gの各分艦隊の前方に布陣していた重巡航艦や軽巡航艦が艦隊後方に展開してきた。重巡航艦六四隻と軽巡航艦一二八隻から放たれた粒子エネルギーが敵艦の側面に突き刺さった。
艦首を第一七艦隊に向けていた敵艦群は、もろに側面を衝かれた。側面を衝かれた敵艦がよろめく様に回転しながら戦闘宙域を離れていく。何度もの攻撃で何百隻とあった敵の艦が数えるほどになると急に第一七艦隊から離れるように戦闘宙域を離脱した。
ヘンダーソンは、敵艦の残骸と攻撃を受けた味方艦の破棄された跡が、戦闘の凄まじさを物語っていた。
ヘンダーソンはコムを口元にすると
「駆逐艦の近距離ミサイルで敵艦の残骸を全て破壊しろ」
言いたくない言葉だが、先の戦闘の事もあり、徹底的に破壊すると決めていた。
やがて、少し減らされた一〇八隻のヘルメース級航宙駆逐艦から発射された六四八発のミサイルがそれぞれ攻撃管制システムの指示に従って定められた方向へ飛んでいく。
第一七艦隊の側面後方で凄まじい光の光景が広がった。そして白いガス状になるとやがてそれも消えて、後には細かいデブリだけが残った。
「すごい爆発ですね。駆逐艦や巡航艦レベルの爆発ではないですね。あれに巻き込まれたら航宙戦艦もあぶない」
アッテンボローの言葉にヘンダーソンは頷くと
「敵から受けた攻撃で被害を受けた艦の乗員の救護と修復を急げ」
それだけ言うと自分の体が司令官席のシートから前のめりに離れているのが分かり、どっとシートに体を預けた。
ヘンダーソンは“いらぬ犠牲が出たな”被害上を映し出すスクリーンパネルを見ながら頭の中で思った。
ヘルメース級航宙駆逐艦、中破一五隻、大破五隻
ポセイドン級航宙巡航戦艦 大破三隻
アルテミス級航宙母艦 大破二隻
“幸い、特設艦や哨戒艦などに被害はなかった。“未知の生命体”は明らかに“捕獲した物体”の奪取もしくは破壊を狙っての事だろう。“捕獲した物体”の究明を急ぐ必要があるな“そう考えると少し目を閉じた。
六時間後、大破と判定された巡航戦艦や航宙母艦の曳航準備も終わるとヘンダーソンは
「全艦に告ぐ、こちらヘンダーソン総司令官だ。全員よくやってくれた。“捕獲した物体”も守りきれた。今回の先頭で“捕獲した物体”の解明がいよいよ重要だということも分かった。我々は引き続きX2JPへ向い、“未知の生命体”との友好的な接触を求める。以上だ」
やがて、第一七艦隊がX2JPの通過点であるX3JP方向へ進宙を開始した。
X3JPまで残り一.五光時の位置である。
「総司令官、先行する哨戒艦からの連絡です」
総司令官席に振向いて話すアッテンボローの声にヘンダーソンは、顔を向けると
「X3JP監視衛星は、無事でした。また、記録にも“未確認物体”に相当するものは何も映っていないようです」
「そうか」
それだけ言うと
「主席参謀、全艦このままX3JPを通過。X2JPに向う」
「はっ」
アッテンボローは、航宙軍式敬礼をすると前を向きなおし、スクリーンパネルに指示を入れた。
「ルイ、ちょっと怖かった」
「大丈夫、この第一七艦隊旗艦アルテミッツは、早々にはやられない。ミルファク星系軍でもトップのヘンダーソン中将率いる艦隊だ」
本当は、シノダ中尉に自分の体を寄せたいワタナベ少尉だったが、今は回りに人がいる。レクルームに入って右手奥のいつものシートに座って見つめ合いながら話していた。
ワタナベは、シノダの手を持ちゆっくりと自分の腿の上に乗せると自分の手をシノダの上に乗せた。シノダが少し恥ずかしがるような仕草をするとワタナベは、ほんの少し首をふり、そして少しだけ“コクン”と頭を下げると“こうしていて”という目をした。
「ルイ、今回の航宙は、安全と思っていたのだけど」
「マリコ、航宙に安全という言葉はない。ただ十分な準備と入念な検討を行えば、危険を少しでも減らす事ができる。それが安全と言う言葉につながるんだ」
シノダはワタナベの目を見ながら“君は自分が守る”という意思をはっきりと見せた。その目に嬉しそうな微笑を浮かべるとワタナベは
「ルイ、お腹空いていない。私少しお腹すいた。食堂に行きましょう」
自分の腿の上にあった手をしっかりと握るとワタナベは、ゆっくりと立ち上がった。
レクルームを出て通路の突当りを右に三〇メートルほど行くと一度に二〇〇人は座れる中級士官食堂がある。ちょっとした合同ミーティングなどにも使う為だ。普段は、満席になることはありえない。
ワタナベは、自分たちの座る席を見つける為、士官食堂の中を見渡すとちょうど右奥のドリンクサーバの前の四人掛けのテーブルが開いていた。
ワタナベは、シノダの顔を見て
「中尉、あそこにしましょう」
と言うと自分で先に歩き始めた。
周りからの視線がはっきり感じる。ワタナベは、第一七艦隊随一の美人だ。ショートカットの髪の毛にはっきりとした大きな目、すっきりとした鼻筋に締まって潤った魅力的な唇。首から肩にかけて透き通るような肌に淡いブルーのミルファク航宙軍レーダー管制官の制服をきっちりと着込み胸元が適度に盛り上がっている身長一七五センチの女性だ。
シノダは、青黒い髪の毛をGIカット程短くは無いが短めにまとめ、精悍な顔立ちの身長一八三センチの男だ。この二人が士官食堂とはいえ、テーブルの間を歩けばいやでも目につく。更にシノダは、三分の二以上を総司令官と一緒に食事する。いつもはここを利用しない。ゆえに、“こいつだれだ”という目で見る士官も多い。
「中尉、座って。私がプレートを取ってきてあげる。何が良い、と言っても選べるのは二種類だけだけど」
「ワタナベ少尉と同じものでいい。あっ、それと白ワイン」
「勤務終わったのね。じゃあ私もそうしよう」
と言って、カウンターの方へ歩いて行くワタナベの後ろ姿を見ながらシノダは、初めて有った時の事を思い出していた。“あれから、もう半年以上経つのか。早いな”
仕事の都合もあり、中々二人きりになれないが、唯一、カワイ大佐と士官同期のオカダ中尉の結婚式の時だけが、長く二人で時間を取れた時だった。
“あの時以来、マリコとゆっくりと話したことないな”そんなことを思いながら、“ぼーっ”としているといつの間にかワタナベ中尉が、トレイに二人分の食事を持って近くにまで来ていた。
「疲れているの。“ぼーっ”とした顔している。ちょっと待って、あと白ワイン持ってくるから」
そう言ってまた、カウンターへ戻って行った。
シノダは、壁に付いているドリンクサーバに“白ワイン”と書いてある文字を見ながら
“どうして”という文字を頭の中に浮かべながらワタナベを見ていると、やがてハーフボドル二本とグラス二つを両手の指の間に器用にはさみながらやって来た。
「はい、中尉」
と言って、片方のボトルとグラスをシノダの前に置くと自分のボトルを開けてシノダのグラスに半分ほど入れた。そして自分のグラスにも半分ほど入れるとシノダは、
「ありがとう」
と言って手にグラスを持った。ワタナベは同じ様にグラスを持つと
「今日は、お疲れ様」
と言ってグラスを口に運んだ。勤務直後なので口紅は付けていない。
シノダが、壁のドリンクサーバを見たので
「ああ、あれはただで飲めるの。でもあまりおいしくない。このハーフボトルは、私のクレカから引かれるの」
“えっ”と顔をして
「悪いよ。僕のクレカに変更しよう」
と言うと
「ううん、いいの。たまにはごちそうさせて。私、ルイと会っても一度も自分で払ったことないでしょ。私より一つ上の階級の中尉と言ってもルイは、私たちと同じ様な“手当”付かないんでしょ。だからたまには良いの」
そう言って、“にこっ”と笑うと頬にほんの少し可愛いえくぼがでた。シノダは、そんな事を言いながら笑顔を見せるワタナベに
「それでは、マリコにご馳走してもらいます。頂きます」
と言ってワタナベのグラスに自分のグラスを軽く当てるとグラスを口に付けた。
艦内時間二〇時、惑星時間二三時。さすがに士官食堂も人がまばらになった。シノダは、ワタナベの顔を見ると
「そろそろ、戻ろうか」
そう言って席を立とうとした。
「どこへ戻るの」
少し酔ったような顔で言うワタナベに
「えっ、自分の部屋だけど」
ワタナベは、シノダの顔を“じっ“と見てシノダの手をきつく掴んだ。
シノダは仕方なくもう一度席についてワタナベの目を見ると
「ルイ、ずっとそばにいたい。いまは我慢できる。でもいずれ“ずっと一緒にいるようにしてほしい」
と言って自分の目を閉じた。シノダは、ほとんど人気のなくなった士官食堂で、少し前に体を出して、ワタナベの唇に自分の唇を合わすと
「うん」
とだけ返事をした。ワタナベは、ゆっくりと目を開け、頭を縦に振ると
「じゃあ戻ります」
と言って椅子を立った。
女性士官の部屋のある入口まで送ってワタナベと分かれたシノダは、最上階に行くエレベータに乗った。
“自分は親を知らない。航宙軍士官学校のモッサレーノ准将が親代わりに育ててくれた。そんな自分が、人を愛して一緒に暮らして行くことなんて出来るのか。家庭を知らない人間が、家庭人になれるのか”そんな思いがシノダには有った。
故にワタナベに対しても一線を越えられないでいた。ワタナベは、そんな気持ちを“うすうす”感じてあえてそこまで踏み込もうとしなかった。子供の様な感じの付き合いになっているのはその辺が理由だ。ただ、ワタナベは、それがとてつもなく寂しいと感じている。
(5)
「X2JPまで、後〇.五光時です」
ハウゼー艦長からの定時報告に顎を引いて“分かった”という表情を見せるとコムを口元にして
「全艦に告ぐ。こちら総司令官ヘンダーソン中将だ。これからX2JPに行き,新たな“未知の生命体”との接触を試みる。ADSM98にいた“未知の生命体”とは違うと思いたいが、前回の事もある。X2JPまで五〇〇〇万キロまで迫った段階で第一級戦闘隊形を取る。その後の対応は相手次第だ。気を緩めることなく自分の仕事に当ってくれ。以上」
そう言って、コムから外すと心の中で“もし、今回も先と同じ様に“好戦的”な種族で有れば、今回の派遣は失敗と言わざるを得ない“そう考えると心の中が複雑だった。
「X2JPまで、五〇〇〇万キロです」
ハウゼー艦長の声にヘンダーソンは
「全艦、第一級戦闘隊形、〇.一光速で進宙。A1GとA3Gの哨戒艦と駆逐艦先行させ、X2JP跳躍点方面監視衛星の記録映像をすぐに旗艦に送れ。A3Gレイリア隊を発進させろ。以上だ」
ヘンダーソンの指示が終わるとハウゼー艦長は、
「全艦、X2JPに三〇〇〇万キロまで迫ったら前方防御シールド最大」
「攻撃管制、敵艦攻撃走査を最大にしろ」
「慣性航法、位相慣性システム確認」
「航法管制、進路確認」
「レーダー管制、進路方向イレギュラーないか。後方も注意」
「跳躍点周辺宙域走査最大」
次々と指示が出された。
やがてレイリア隊が先行して監視衛星宙域まで到着すると監視衛星の周辺三〇〇〇万キロのデブリに潜んでいた一〇〇メートル程の長さと四本足、前後円錐が独特の形状の“謎の物体”が突然その姿を見せた。
一機、二機ではない。いきなり四機もの物体が現れた。
「ジュン、サリー、変則飛行」
頭の思考を乗機レイサにも伝えると三機は、一体となって、上下左右に動きながら“謎の物体”が潜んでいた岩礁宙域へ進んでいった。
「総司令官、やはりいました」
アッテンボロー主席参謀が指さすスコープビジョンの左前方のスコープが拡大モードになるとデブリの中に、質量差を伴う岩礁が四個程点在していた。旗艦アルテミッツからX2JP方向三〇〇〇万キロ手前の位置だ。
「今、レイリア隊が、急行しています」
主席参謀の声にヘンダーソンは頷きながら、左前方に拡大モードで映し出されるスコープビジョンを見ていた。
「ユーイチ、気を付けて。前の事もある」
カワイは、自分と一体に近いほどになった右舷後方三〇〇メートルにいる無人アトラスジュンからの連絡を心地よく受けていた。
「解っている。いくぞ、ジュン、サリー」
「はい」
「はい」
三機一体の特殊戦闘偵察隊レイリアの隊長カワイ大佐は、四個の内の一個に急行していた。他の三個は、一個当り三機一体二編成で一個の岩礁に向かっている。
「ユーイチ、居た左舷一〇度、距離一〇〇万キロ」
人間の五感より早く反応する無人アトラス、サリーは、岩礁一〇〇万キロ手前で岩礁にへばりつくようにしている“物体”を発見した。
乗機レイサとジュン、サリーは、上下左右に変則的な動きをしながら岩礁に近づいて行った。焦点を絞らせない為の方法だ。やがて五〇万キロまで近づくと“物体”は、岩礁から離れた。
カワイは、以前の事も有り“オールビュースクリーン”に映る“物体”をヘッドアップディスプレイで補足しながら反攻出来るように構えてみていると岩礁から離れた“物体”は、カワイ達の方向には向かわず、反対のX2JPへものすごい速度で飛び去った。
“しかし、あの速度では、生命体がなかにいないというのも頷けるな”そう思いながら、今飛び去った“物体”がいた岩礁を見ていた。
「総司令官、四つの“物体”全てがX2JPの中に消えました。どういうつもりでしょうか」
主席参謀の言葉に自分でも相手の行動の意味が見えないヘンダーソンは、スコープビジョンに映るX2JPの姿を見ながら眉間に皺を寄せていた。
「首席参謀どう思う」
「はっ、ADSM98の時のような攻撃的な行為に出ない理由は分かりませんが、少なくとも我々を攻撃する意図は無いようです。それとも我々の行動を監視して勝てる相手ではないと考え逃げたか」
首席参謀の考えに一理有ると考えたヘンダーソンは、少しの時間の後、コムを口元にして
「全艦に告ぐ。こちらヘンダーソン総司令官だ。このままX2JPへ突入する。これから先は何があるか分からない。跳躍点から出た後、直ぐに戦闘出来るようにしろ」
「艦長、跳躍点の調査内容を見せてくれ」
「はっ」
ハウゼー艦長は、ヘンダーソンの指示を受けるとすでに、指示を出していた各管制官からの報告をヘンダーソンに送った。
「総司令官」
敬礼をして声を掛けると
「重力磁場、レギュラーアンセントレーションです。重力磁場周辺の磁力線の強さから跳躍距離は六〇〇から八〇〇光年と想定します」
「六〇〇から八〇〇光年、少し長いな」
ヘンダーソンは、ハウゼー艦長の報告に自問するように言って少し考えるとハウゼーの艦長を見て
「わかった」
と言った。
「X2JP跳躍点まで、あと三〇秒です」
三〇秒後、第一七艦隊は、まだ、全く未知数の星系に旅立った。
スコープビジョンが、一瞬にして灰色になった。いつものように時折、光が流れるように過ぎていく。
「航法管制、位相慣性システム状況を示せ」
「航路管制、イレギュラー無いか」
「通信管制、ノイズ分析急げ」
ハウゼー艦長は、跳躍空間に突入後、定時報告の確認を指示した。位相慣性航法が開発されてから長い月日が経っているが、未知の跳躍空間に突入するのはあまり気分がいいものではない。“今までの理論がもし通用しなかったら”と思うと“ぞっ”とする。
今回の跳躍は、星系の位置、跳躍点そして重力磁場の強さからとんでもない方向へ飛ばされることは無いと判断しての行動だ。通常は“広域航路探査派遣艦隊”の役割だ。新しい鉱床をもつ星系とそこまでの航路の開発をするために派遣される艦隊の役割だ。
今回はイレギュラーだが、今回の航宙目的が“未知の生命体”との接触であるから仕方ない。
「艦長、私は自室で少し休む。何かあった連絡をくれ」
ヘンダーソンはそう言って、席を立つとシノダ中尉も少し遅れて席を立った。総司令官の後について、司令フロアを出て少し後ろを歩いていくと
「シノダ中尉、跳躍空間に入れば出るまで我々にはあまり用はない。跳躍空間を出たら忙しくなるだろうからそれまでは、よく休んでいてくれ」
そう言って、“もう自由にしてよい“と目で言うと、司令官室へ歩いていった。
六日間何も無かった。ただ灰色の空間と時々光る光の帯がスコープビジョンに映し出されるだけだ。
ヘンダーソンは毎日定時に総司令官シートに付き、艦隊の補給状況や先の戦闘での損傷艦の修復具合、各物資の残量値を確認するだけだった。
本来は、定時報告でそれらは報告が自分のスクリーンパネルに来るが、何もすることが無いので自分から意図的に見に行った。と言ってもパネル上の確認だけだが。
シノダ中尉は、何も無いと言っても、中将付武官の立場上、常にヘンダーソン総司令官のそばにいなければならない。
常に中将の行動を見つめて早回りして動かなければならない。ワタナベと会いたくとも出来ない状況だ。ワタナベ側では跳躍空間は、レーダー管制官には結構暇な時間だったが。
「総司令官、跳躍空間距離の計算が終わりました。位相慣性システムが割り出した計算では、全行程七日間です。後一日ででます」
「後、一日」
ヘンダーソンは、ハウゼー艦長からの報告に、思ったより短いなという感覚が有った。頭の中で八日間以上という算段も有ったからだが。
一日後、
「跳躍空間でます」
航路管制官の声と同時にスクリーン。ビジョンが一斉に映像を映し出し始めた。
「レーダー管制、アルファ〇-180、ベータ90-270、ガンマ90-180走査最大。宇宙機雷に気をつけろ」
「攻撃管制システム、敵艦管制集中」
「航路管制、進路方向に障害物無いか」
ハウゼー艦長の声に各管制官が必死に自分の仕事をしている。初めての星系だ。万一にもイレギュラーを見逃さない為に全員が必死だ。
旗艦アルテミッツ最大走査範囲一四光時のレーダーと光学センサーが次々と初めて来た星系のマップを表してきている。
「宇宙機雷ありません」
「進路方向に障害物ありません」
「攻撃管制システム、敵艦認識しません」
ヘンダーソン、アッテンボロー、シノダ、ハウゼーもが始めての星系に食い入るように見つめていた。
「艦長、全艦跳躍空間から出ました」
管制官の声にハウゼーは、自分に戻ると
「総司令官、全艦跳躍空間から出ました」
と報告した。
先の“未知の生命体”との戦いで大破、中破と判定された艦艇も航宙中、特に跳躍空間の中で修復に励んだおかげで、自艦航行できるまでに回復していた。
アガメムノン級改航宙戦艦三二隻、ポセイドン級航宙巡航戦艦四八隻、アテナ級航宙重巡航艦六四隻、ワイナー級航宙軽巡航艦一二八隻、ヘルメース級航宙駆逐艦一九二隻、アルテミス級航宙母艦三二隻、ホタル級哨戒艦一九二隻、タイタン級高速補給艦二四隻そして特設艦四〇隻が、人類にとって始めての星系にその姿を現した。
「総司令官、この星系は」
アッテンボロー主席参謀も何回もの“広域派遣”を経験している軍人だ。そのアッテンボローも今回の星系の様子は初めてだった。
レーダーから映し出された3Dの多元スペクトル分析スコープビジョンに映る星系の様子は、中心に青白く光る恒星があり、恒星から二光分の位置に小さな第一惑星、五光分の位置に第二惑星、一〇光分の位置に前二つの惑星より大きく、衛星を一つ持つ第三惑星、そしてこれも衛星を一つ持つ第四惑星が一五光分の位置にあった。
そして今までの四つの惑星とは比べ物にならない大きさの惑星が、一.五光時に一つ、二光時に一つ、そして四光時と七光時に更に一つずつあり、第五惑星には衛星が三つ、第六惑星には衛星が五つ有った。
ここまでは、普通の星系の様子だ。しかし、全員が目を見張ったのは、この第五惑星と第六惑星が、あの“謎の物体“の中にあった黒い箱から出ていた青白いシールドガスで覆われていたのである。それもつながれる様に。そして星系全体が、青みがかっている。恒星の色のせいだろう。
「これは」
少しの静粛の後
「まずいな。青白いシールドガスは、好戦的な“未知の生命体”から捕獲した“物体”の中にあった箱から出ていたものと同じだ。誘い込まれたか」
主席参謀の言葉に、全員が声を出せないでいる。
「艦長、左舷、惑星軌道水準面下方四光時の位置に跳躍点。更に左舷、前方惑星軌道水準面下方八光時の位置に跳躍点」
高性能レーダーが新たな跳躍点を捉え、スコープビジョンに“X21JP”と“X22JP”と表示していた。
第一七艦隊が出てきた“X2JP方面”跳躍点と星系との間には岩礁の帯となる“カイパーベルト”がある。星系まで、まだ二光時の位置だ。
「第五惑星、第六惑星周辺に艦艇あり。攻撃管制システム反応しません」
「どういうこだ」
「あの艦艇群は、粒子砲やミサイルの攻撃システムを持っていません。攻撃管制システムが、反応しないのは、そのためです」
通常、敵艦に攻撃システムが存在する場合、自艦の攻撃管制システムは、敵艦からの攻撃に対する防御と攻撃を提示する。今回は、敵艦からの攻撃に対する防御提案が無いのだ。
「あれは、全て輸送艦とでもいうのか」
分らないままに第一七艦隊は、“X2JP方面跳躍点”の前に布陣したままであった。
一時間後、ヘンダーソンは、A1G、A2G、A3G,A4G各グループの将官と参謀そして陸戦隊のローラ・アシュレイ少将と今後の行動について話し合った。
「ヘンダーソン総司令官」
司令官公室の3D映像に映るA2G旗艦プロメテウス司令官マイケル・キャンベル少将は、声を出すと他の将官の顔も見て、
「このまま、ここにいても埒が明きません。このまま進宙し“カイパーベルト“を越え、第五惑星と第六惑星の中間点一光時手前で相手の出方を見たらどうでしょうか」
「しかし、無防備に近づいても、いらぬ攻撃を受ける可能性もある。“カイパーベルト”の外で相手の出方を見るのも得策と思うが」
A3G、アティカ・ユール准将の発言に
「二人の案では消極的過ぎる。ここまで来たんだ。第五惑星と第六惑星の近くまで行き、交信をしては、いかがでしょう」
女性ながら二メートルを越える巨体にGIカットのゴリラと見間違えるほどの体を乗り出して言う陸戦隊司令アシュレイ少将の意見に
「早すぎるは、いらぬ痛手を生む。ここは慎重に行くべきだ」
A2Gのキャンベル少将は反論した。
ヘンダーソンは、将官の意見を聞きながら判断が付かないでいた。
「シノダ中尉。アレッジ技術官とクレア技術員を呼んでくれ。彼らの意見も聞きたい」
五分後、3D映像に二人の姿が現れた。第一七艦隊の将官クラスの会議に列席するなどありえないことだ。二人は、緊張した面持ちで敬礼をすると
「ヘンダーソン総司令官。お呼びでしょうか」
「アレッジ技術官、“捕獲した物体”の中で見つかった黒い箱からでる青白いシールドガスの事を説明してくれないか」
「分りました」
敬礼を止め、アレッジ技術官はシノダ中尉の意見も取り入れながら、他の将官に自分の考えを説明した。
「ガス生命体」
アシュレイ少将が、目の回りそうな声で言うと
「じゃあ、どうやって戦うんだ。相手がどこにいるか捉えられないではないか」
さすがに、他の将官が口元を緩めたが、真面目に言う少将に自分の意見も出せず全員が困惑していた。また少し沈黙が続いた。
やがて、
「ここにいても何も進展しないのも事実だ。目の前の世界は我々にとって全くの未知数だが、それだからこそ意味があるかも知れない。それに即戦体制で進むのもよいが、それでは我々が戦いをするために来たと思われてもしかたない。
よって、ここから先は標準航宙隊形で進む。カイパーベルトの上を通り第六惑星の一光時手前まで進宙後、こちらから呼びかけを行う。我々の言葉では通じないかもしれない。我艦隊の言語技術官からの呼びかけも行う。今から三〇分後、1100時に進宙を開始する。以上だ」
ヘンダーソン総司令官の言葉に考えも無かった将官たちは頷くと敬礼をしながら3Dが消えた。
“言語技術官は、宇宙に存在する人類外の生命体との意思を疎通する為の手段を研究してきた技術者だ。今までは意志の疎通の相手はどのような形状であれ、固体であった。今回は、“シールドガス“というまさに”雲を掴む“話だ。どうなるかは分らない。ただこれは人類にとって大きな価値かも知れない”そう思いながら発進の時間が来るのを待った。
1100時、
「全艦発進」
標準航宙隊形で発進した第一七艦隊は、カイパーベルトを越え、第八惑星を左舷下方に見ながら第七惑星付近まで来ていた。
青白い星系。第一惑星から第四惑星までは水色や赤色のどこにでもある惑星だ。しかし第五惑星と第六惑星は、今までの知識では理解できない世界だった。第七、第八惑星もガス惑星だ。
ただ通常のガス惑星と同じような感じだが。星系の外に見える星雲や恒星の光が星系内の色相まって幻想的な世界を見せていた。
ヘンダーソンは、艦隊の進宙をそろそろ一時停止しようとしたときであった。
先頭から円錐状に艦隊を囲むように哨戒艦の直径三〇メートルのレーダーが、わずかな信号も見逃すまいと艦隊外部に対して、最大モードで走査している時
「総司令官。左舷前方に展開する哨戒艦が信号音をキャッチしました。発進方向は第六惑星からです」
ハウゼー艦長からの報告にヘンダーソンは
「なに」
「送ります」
そう言ってハウゼーは、その信号音をビジュアル変換してヘンダーソンのスクリーンパネルに送った。
(6)
「“何をするためにここに来た。我々の世界に何のようだ。お前たちは、我々を苦しめる。出て行け”」
ヘンダーソンは、シノダとアッテンボローにこの通信文を送った。
「これは」
アッテンボローの言葉にハウゼーは、
「信号に言語技術官が翻訳を加えたものです」
「どういう意味でしょう。“我々を苦しめる”とは」
アッテンボローの言葉に返答も出来ないままにスクリーンパネルを見ているヘンダーソンとアッテンボローに
「中将、意見具申を許可願いします」
声の方向に目を向けるとシノダ中尉がオブザーバシートを立ち、起立の姿勢で立っていた。
ヘンダーソンは、シノダ中尉の顔を見ると
「意見具申認める。なにか」
「はっ、“未知の生命体”は、既に我艦隊より先に交戦経験があると思われます。ゆえに、“我々を苦しめる”と言ったのではないでしょうか。見る限り彼らは、ADSM98とは別の生命体と考えます。なにより彼らの艦には、攻撃用の武器が搭載されていません。彼らを襲ったのは、我々と同じ“人類”である可能性が高いと思います。我艦隊を見た時、このメッセージを送ってきたのは、それが理由と考えます。但し、彼らが襲われたのは、この星系ではないと考えます」
「どういう意味だ」
ヘンダーソンの言葉に
「彼らは今見えているX21JP、X22JPのいづれかの方向に進宙し、人類に襲われたのだと考えます」
「なんだと、つまり中尉の考えでは、あの二つの跳躍点のいづれかが、人類が生存する星系につながっていると言うのか」
「はっ、そう考えるのが理にかなっていると。なぜならばこの星系は綺麗です。もし、人類の艦隊が、武器を持たない彼らの住むこの星系に既に進駐していたならば、もっと荒れている、いや征服されていたかもしれません」
ヘンダーソンもアッテンボローもシノダの意見に考え込んだ。
「総司令官、彼らにこちらからメッセージを送ってはいかがでしょうか」
「どのような」
そう言ってヘンダーソンは、シノダの顔を見た。
シノダの提案したメッセージは、言語技術官によって、複数の信号に変換されて第六惑星に向けて発信された。
それから、一時間後、
「総司令官、返信がありました」
司令フロアが色めきだった。
「交信が出来たのか。直ぐに変換した通信を送れ」
「はっ」
というと直ぐにスクリーンパネルにタッチした。
「これは」
「総司令官、間違いありません。リシテア星系軍です。彼らはリシテア星系軍と接触したと考えられます。但し、見る限りこの映像に映る星系はリシテア星系ではありません」
「つまり、リシテア星系軍が“広域航路探査”の時に、彼らは遭遇し攻撃されたと言うのか」
「そう考えるのが妥当と考えます」
アッテンボローの考えにヘンダーソンは、眉間に皺を寄せた。
「総司令官、こちらの映像は見ましたか」
ハウゼーの声に、ヘンダーソンはスクリーンパネルに映る星系の隣にあった映像にタッチすると
「なんだ、これは。これがやつらの姿か」
「いえ、よく見るとリシテア星系航宙軍の軍服のようです。彼らは、リシテア星系の軍人を模造したのかと思います」
「しかし、この色は」
ヘンダーソンのスクリーンパネルが映し出す映像には、リシテア星系軍の軍服らしきものに青白い人間の形をした人形のようなものが映っていた。
その人間もどきが喋っていた。
「“我々の星系から出て行け。死ぬぞ。出て行け”」それを繰り返しているだけであった。
「ハウゼー艦長、これを彼らに送ってくれないか」
更に一時間後、
「“形とはなんだ。お前たちの言っていることはわからない。我々はお前たちと違う”」
「総司令官、第五惑星付近の艦隊が、こちらに向ってきます。数およそ三〇〇。
航宙駆逐艦クラス二〇〇隻、航宙軽巡航艦クラス五〇隻、航宙重巡航艦クラス五〇隻です」
ハウゼー艦長の報告にヘンダーソンはコムを口元に置くと
「全艦に告ぐ。こちらヘンダーソン総司令官だ。“未知の生命体”の艦隊が、こちらに向ってくる。第一級戦闘隊形を取れ。フォーメーションはデルタフォーだ。前方に航宙戦艦と巡航戦艦を配置しろ。但し、絶対に命令あるまで発砲するな。以上だ」
ヘンダーソンの命令に前方と側面に傘のように展開していた哨戒艦が、前方制御スラスタを吹かすと、前進体制を取っていた中央の艦隊が前方に出た。
更に後方に布陣していたアガメムノン級航宙戦艦とポセイドン級航宙巡航戦艦がその巨体を前面に押し出した。“未知の生命体”が使うDMG分子分解網に対抗する為だ。
「特設艦は、航宙戦艦の間に布陣しろ」
ヘンダーソンは、装甲の厚い戦艦を盾にして、こちらもDMGで対抗しようと考えた。
A1G、A2G、A3G、A4Gがそれぞれ航宙戦艦、巡航戦艦を前面に押し出しながら三角形の隊形を縦横に布陣させると前進を停めた。
「総司令官、敵艦、進宙を停めました」
「なに」
スコープビジョンには、第一七艦隊の前方三〇〇〇万キロの宙域で進宙を止めた艦隊が映し出されていた。
「主席参謀、どう思う」
「進宙を停めたということは、少なくとも我々と戦闘する意思は、今は無いと考えます。もう少し彼らに呼びかけてみてはいかがでしょうか」
「うむ」
「総司令官、信号入りました。第六惑星からです」
「“お前たちが捕らえている我々の敵を渡せ”」
「何だと。どういう意味だ」
「言語技術官、トランスレーション。電文は“これはお前たちと同じ種族ではないのか”直ぐに送れ」
ヘンダーソンの命令に言語技術官が素早く信号変換すると
「“ちがう、我々の敵だ。渡せ”」
「言語技術官。トランスレーション」
ヘンダーソンは、彼らが少し見えて来た気がした。
「“我々は、人類という種族だ。お前たちの敵は、我々にも敵だ。お前たちを襲った人類は、我々とは違う“直ぐに変換して送れ」
言葉を単語単位で切るように伝えさせると少し空白の時間が出来た。
「総司令官、信号です」
「“人類”、“我々はお前たちのような固体を持たない。意思が全てだ。我々はどこにいても同じだ。何故ここに来た“」
「総司令官、今までとは違う感じです」
主席参謀の意見に顎を引いて“うむ”と言うと
「言語技術官、トランスレーション。我々は、お前たちと友好関係を結びに来た。送れ」
長い時間が掛かった。どの位か分らないが、第一七艦隊の誰もが、“敵艦隊が直ぐに襲ってくるのではないか”という緊張と第六惑星と総司令官の会話の内容に注目した。
“未知の生命体”の艦隊も第一七艦隊もスラスタを吹かせながら現宙域を維持している。
「アッテンボロー主席参謀、ハウゼー艦長、“捕獲した物体“を我々の星系に持っていくということは、好戦的な”未知の生命体“を連れて行くようなものだ。彼らに引き渡そう。その代償として、我々がまだ研究中のDMGの技術をもらおう」
少しの沈黙の後
「総司令官、賛成です」
そう言って、ハウゼーとアッテンボローはヘンダーソンの顔を見た。
「しかし、リシテア星系に対しては、交渉する必要があるようだな」
ヘンダーソンは、キャンベル星系代表がリシテア星系を屈服させたことをまだ知らなかった。
「総司令官、特設艦より連絡が入りました。“DMGの技術設計情報”を手に入れたそうです。その中に彼らと我々の“言語変換テーブル”が一緒に入っていたそうです」
「なに、どういうことだ。何故かれらは、我々の言語を知っている」
「リシテア星系軍と交戦した時に捕まえた捕虜から情報を得たのではないでしょうか。他に彼らが得る情報は無いようなので」
ヘンダーソンはアッテンボローの意見に少し考えると
「そのテーブルは、今すぐ使えるか」
「はっ、既に言語技術官に調査を依頼しています」
二時間後、言語技術官から連絡が入った。
司令フロアの総司令官シートの前に3D映像で映る言語技術官は、直立の姿勢で敬礼をしながら緊張した面持ちだった。
「ヘンダーソン総司令官、言語トランスレーションのリンクに成功しました。今総司令官のスクリーンパネルにあるリンクボタンを押してお話頂ければ、彼らと直接話せます」
敬礼している腕は下ろしたものの緊張したままの顔の言語技術官に
「ご苦労、よくやってくれた」
そう言うとヘンダーソンは直ぐにリンクパネルを押した。
「私は、ミルファク星系航宙軍第一七艦隊総司令官チャールズヘンダーソン中将だ。我々がここに来た目的は、君たちと友好的に双方に利益のある関係を結びたい。君たちの仲間がリシテア星系に捕らえられている事については、我々が君たちの仲間を君たちへ引き渡すよう交渉しよう。リシテア星系航宙軍と接触したのはどこか教えてくれ。そして最後に、君たちは何者だ」
ヘンダーソンは今までのストレスを吐き出すかのように一気話すとコムを口元から話した。
少し間があった。三〇分後、
「お前たちの言葉とやらに理解できないところがあるが、お前たちが我々の敵でないことを分った。我々は、お前たちのように固体を持たない。形というものもない。我々の種族は、“ガンシュントレイ”宙域一体の星系にいる同一体だ。我々は攻撃をしない。自分を守るだけだ。だが、一部の独立した体が、お前たちの攻撃の武器を操り、お前たちに攻撃を仕掛けている。お前たちを敵と見なして。リシテア星系航宙軍とは、お前たちから四光時の位置ある“インスター”から移動した時に接触した。彼らは、いきなり攻撃を仕掛けてきた。我々は仲間を取り戻す為、何度も彼らの星系に行ったが、我々に理解できないもので我々の進宙を妨害した。我々を助けてくれ。お前たちがこの言葉理解できる事を期待する。我々にお前たち人類と同じような名前は無い」
司令フロアは、静かだった。なにも言えなかった。
「総司令官、我々は、初めて“未知の生命体”との会話に成功しました。これは人類にとって大きな進歩です」
顔を紅潮させて言う言語技術官は、“信じられない”という面持ちだった。
「名前が無いと人類は会話に困る。言語技術官、彼らが理解できる“名前”を付けられないか」
「はっ」
うれしそう顔をして言語技術官は敬礼すると3D映像から消えた。
「主席参謀、首都星メンケントに“我々は友好的な未知の生命と接触、いや会話に成功した”と伝えてくれ。それとDMG技術の取得とリシテアの件もな」
「はっ」
アッテンボローもうれしそうな顔をして、スクリーンパネルの星系間連絡手段である“高位次元連絡網”のボタンにタッチした。
それから、六時間後、ADSM72で捕獲した“物体”を未知の生命体“リリ”に渡すと第一七艦隊はADSM72星系跳躍点方面に転進した。
直接リシテア星系にRDSM12を経由してリシテア星系に行き“リリ”種族の仲間を取り戻したかったが、補給物資のことを考えると断念した。ヘンダーソンは、“リリ”種族に必ず取り戻すと約束すると一度ミルファク星系に戻ることを決めた。
“ガンシュントレイ”宙域は、人類が規定した“ノーマ”宙域の最端部一帯である。ADSM98星系、ADSM72星系より更に外側で、銀河系の外宇宙に接触する宙域だ。ヘンダーソンたちが、後に発見する未開の三つの星系が存在する。更にその外側には、広大な闇が広がっている。
ヘンダーソン中将率いる第一七艦隊は、ついに友好的な未知の生命体との接触に成功した。難しい交渉の末、友好的な協定を結んだ第一七艦隊はミルファク星系に戻るが、待ち受けていた状況は、ヘンダーソンの想像を超えるものだった。
次章をお楽しみに。