第三章 リシテア
ドンファン中将率いる第一九艦隊は、リシテア星系に到達した。そして予想されていたとはいえ、意外な攻撃を受けます。それを簡単に突破した第一九艦隊は、リシテア星系に進宙します。
更に主席参謀は、リシテアからの攻撃を予想して攻撃の準備を進めますが。
第三章 リシテア
(1)
体のけだるさと頭の中の重さが入り混じった中で意識が序々に蘇って来た。
うっすらと開ける瞳の中に天井の明かりが少しずつ入ってきた。
「ここは」
「気付かれましたか」
自分の体が横になっている感覚がよみがえるとそこが医務室である事に気が付いた。
「代表は、跳躍点に突入した時、気を失われたようです。兵士と違い一般の方は跳躍点突入の訓練を受けていません。跳躍点突入は、体への負担が大きいので代表が気を失われたのも無理はありません」
気遣いを見せながら言うドクターの言葉に“ほっ”としながらも気絶してしまった自分が恥ずかしかった。
「そうでしたか」
起き上がろうとして、気だるさと頭の重さにベッドで上半身だけ起こすと両手で自分の頭を押さえた。
「目を覚まされたので、この薬を飲んで後三〇分位横になって休まれて下さい。そうすれば、気だるさと頭の重さが消えます」
そう言ってドクターが水と薬の錠剤を持ってきた。ドクターから渡された二錠の薬を口に入れ水と一緒に飲むと再び横になった。
一時間後、体調が大分良くなった感覚を得たキャンベルは指令フロアに戻ると自分の事は何もなかったように静かな状況がそこにあった。ただ管制フロアの声が聞こえるだけである。
「キャンベル代表、もう宜しいのですか」
ドアが開いた音に振返ったドンファン中将は、少し顔に赤みの戻ったキャンベルに声を掛けた。ドンファンの声にユイ主席参謀とクレメント艦長が振返った。
「ええ、もう大丈夫です。心配をかけました」
指令フロア全員の目が、自分に注がれているのが解るとキャンベルは恥ずかしそうに答えた。
自分のシートに座り前を見るとスコープビジョンには、まだ灰色とたまに流れる光だけを映し出していた。
六日後、
「後、五分で跳躍空間を出ます」
航路管制官の声に
「レーダー捜査範囲最大」
「攻撃管制システムオン」
「機雷防御システムオン」
次々とクレメント艦長の指示が出る。
「跳躍空間でます」
航路管制官の声が早いか否や突然、目の前が開けた。
スコープビジョンが、リシテア星系外縁部から二光時手前の映像を次々と映し出している。ミルファク星系軍第一九艦隊がリシテア星系に躍り出た瞬間だ。
「これがリシテア星系か」
ユイ主席参謀が思わず声を出した。
リシテア星系・・銀河系の西に位置するアルファ宙域からベータ宙域に伸びる宙域にある“ミルファク星系”から六〇〇光年先にある星系。
星系は大きいが、資源が乏しく、隣星系のビルワーク星系とアルファット星系から資源供給を受けている。
リシテア恒星を中心に八つの惑星が惑星公転軌道上に位置している。第一惑星「パル」は恒星に近いが、第二惑星「エララ」、第三惑星「パシフィエ」、第四惑星「テーベ」、第五惑星「カルメ」までが有人惑星である。
第六惑星と第七惑星がガス惑星で第五惑星と第六惑星の間にカイパーベルトがあり、第四惑星と第五惑星は主に資源惑星と位置づけられている。どの惑星も衛星を持たない。
ミルファク星系より星系規模は大きい。経済力は同レベルだが、軍事力はミルファク星系の五〇パーセントと遥かに劣っている。技術力も高くなく、真っ向からぶつかれば、一回の戦闘で消滅するレベルだ。
星系評議会が軍事と政治の中枢を占め、星系代表マリシコフ・テレンバーグが軍事産業テレン・マニュファクチャリングの会長にいる。今回ミルファク星系に無理難題を押し付けたのは、西銀河連邦への加盟を考えた手土産といううわさもあるが、目をつけた資源星系に出没する“アンノーン“を撃退させ、自分たちの権益を守りたい為だといううわさもある。
そのリシテア星系にミルファク星系は、一個航宙艦隊七一二隻を持って現れたのであった。
「ドンファン司令、二光時前方、リシテア星系外縁部に艦隊がいます」
レーダーが次々と艦の識別を始めている。
「航宙戦艦四、ミサイル重巡航艦八、ミサイル軽巡航艦一二、駆逐艦二四」
レーダー管制官の声に
「やはりいたか。もろ手を挙げて出迎えてくれる訳には行かないらしいな。しかし、変わった編成だな。あれで全部でもなかろうに。何か中途半端だな。迎えるにしても、撃退する気でも」
ユイ主席参謀の言葉に
「向こうもこちらと同じ走査能力を持つレーダーがあれば、こちらの姿を捉えているはずだ。光学レーダーレベルなら、二時間後だが」
リシテア星系航宙軍とミルファク星系航宙軍との間には、二光時の開きがある。光学センサーを使用すれば二時間後に二時間前の姿を捉えているはずだ。
ドンファン中将は、左後ろのオブザーバー席に座るキャンベル代表を見ると
「キャンベル代表、いかがしますか。このまま前進しますか
「ドンファン司令、互いの交戦可能距離はどの位ですか」
「戦艦の中距離ミサイル最大射程で三〇〇〇万キロですですが、有効射程は二五〇〇万キロです」
「では、三〇〇〇万キロ手前まで前進してください。その後対応します」
「解りました」
ドンファンは、キャンベルとの話が終わり前を向き直すと、コムを口元に置いて
「第一七艦隊全艦に告ぐ、こちら司令官キム・ドンファン中将だ。第二級戦闘隊形のまま、一.五光時前進する。当分は、何も起こらないだろうから、交替で休憩を取るように。以上だ」
そう言うとコムを口元から上げ、艦長の顔を見た。
「ドンファン司令」
声の方向に顔を向けると主席参謀が何か言いたそうな顔をしている。“なんだ”いう視線を投げると
「意見具申します。我々を出迎えるには、少なすぎます。何か考えが有るに違いありません」
「たとえば」
「ステルス機雷とか」
“うっ”いう感じで頭の中に突き刺さった言葉に一理あると考え、こちらに顔を向け、話を聞いている艦長の顔を見た。
「艦長どう思う」
「はっ、私も主席参謀の考えに賛成です。リシテア星系航宙軍の動きが腑に落ちません」
少しの間、ドンファンは思いをめぐらすと
「主席参謀、ステルス機雷を使うとしてどの辺だと思う」
「はっ、ミサイル有効射程ギリギリの二五〇〇万キロの宙域に敷設します。リシテア星系軍は、先にミサイルを発射させれば、我々が有効射程ぎりぎりの宙域まで進宙したのちアンチミサイルを発射すると考えるでしょう。そのほうが効果的ですから。そこはちょうどステルス機雷が敷設している辺りです。そしてステルス機雷に翻弄されている間に先に発射したミサイルが到達し、我々に打撃を与え、更に二次、三次のミサイル攻撃によって主砲の届かない遠距離からの攻撃が成功すると考えていると思われます。彼らの艦艇の編成もそれを表したものだと考えます」
「しかし、我々を殲滅するには、数が少なすぎないか」
「リシテアの目的は第一九艦隊の殲滅ではありません。第一九艦隊旗艦にあると思います。彼らの目的はキャンベル代表のお命です」
そこまで言うと主席参謀は右目でちらりとキャンベルの顔を見た。今の説明で顔が青くなっている。
「艦長はどうだ」
「私も主席参謀の意見に賛成です」
ドンファンは少し考えると
「よし、一.五光時まで近づいたら、一度標準航宙隊形に戻してリシテア星系航宙軍手前五〇〇〇万キロまで進宙。礼を示す為にな。その後、隊形を“ブロックワン”に変更し、リシテア星系軍にメッセージを送ろう」
「どんなメッセージですか」
キャンベルが聞くと
「“ただいま到着した。出迎え御苦労”と、それで彼らの返答がわかるはずです」
解らないままにますます不思議そうな顔をするキャンベルにドンファンは少し笑顔の顔で
「真直ぐに行こうと思えば機雷があり、向こうから出迎えれば有効的な示しです」
半ば冗談めいた言葉に主席参謀も呆れた顔をした。
一五時間後、艦隊を”ブロックワン”に変更して布陣したミルファク星系軍は、リシテア星系軍にメッセージを送った。通常の平文メッセージである。
「彼らが、メッセージを受け取るに約三分、それから直ぐに返答したとしても六分は掛かるだろう」
ドンファンは、メッセージの返答を待ったが三〇分待っても返ってこなかった。
“どういうつもりだ。リシテア星系軍は”そう考えていたところに
「司令、リシテア星系軍が動きました。後退しています」
「主席参謀、どう見る」
「我々を誘い出そうとしているのでしょう」
それだけ言って少し考えると
「ステルス機雷はパッシブモードで走査しています。アンチステルスのアクティブモードでこちらが走査して見つけたときには、既に攻撃されています。そこでステルス機雷を見つける為に、アクティブモードでプローブを射出します。もしステルス機雷があれば、反応します」
「しかし、プローブでは小さすぎてステルス機雷は反応しないぞ」
「大きいプローブを射出します」
「大きいプローブ」
ドンファンは、主席参謀の考えにわからない顔を向けると
「シャトルにプローブをつけて射出します」
目をむくように主席参謀の顔を見ると
「よし、やって見るか」
と言った。
三〇分後、哨戒艦から発進したプローブを先端につけた無人のシャトルは、二〇分後、リシテア星系軍から二五〇〇万キロまで近づいた時、いきなり爆発した。
「主席参謀の言うとおりだったな」
ドンファンが言うと
「リシテア星系軍、後退、いや逃げて行きます」
その声に少し呆れた顔になったドンファン司令は、コムを口元にして
「全艦、アクティブモードで一〇分の時間差で中距離ミサイルを三度発射する」それだけ言うと口元からコムを離した。
横幅三万キロ、縦五〇〇キロの範囲で中距離ミサイルを装備する重巡航艦六四隻と軽巡航艦一二八隻から合計七六八○本の中距離ミサイルが発射された。一〇分後、同数の第二射が発射される。スコープビジョンに映るそれは、まるで大きな長方形のカーテンのように均等な幅で飛んでいく渡り鳥のようだった。更に一〇分後第三射が発射されようとした瞬間、スコープビジョンの中央にいきなり光の帯が広がった、それは最初中央部分の塊であったものが横に展開し、更に縦に展開した。
大きく広がった白いガスが消えると細かな塵だけが残った。
そして、そこに第二射が到達した。第一射でデブリとなった宙域の更に置くまで進んだところで、同様の光景が広がった。
そしてそれが落ち着き始めたころ、続く第三射が到達した。少し点在するように爆発光がある以外は、ほとんどのミサイルが通過して行った。
「ほぼ掃討したようだな。ステルス機雷は」
言うともなしに口にしたドンファンに主席参謀は、
「うまく行きました」
と答えた。
「よし、今発射した範囲の各支点に先程のプローブをつけたシャトルを射出しろ。ステルス機雷が全て掃討できたか確認しろ」
主席参謀の顔を見ながら満足そうな顔を浮かべながら指示を出すドンファンに主席参謀は、
「はっ」
とだけ答えると前を向き直して自席の前にあるスクリーンパネルにタッチした。
一時間後、第二級戦闘隊形に変更した第一九艦隊は、進宙を開始した。
「しかし、困りましたな。こちらは平和的な話し合いを進めるつもりで来たのですが、こうもすばらしい歓迎を受けるとは」
そこまで言って左後ろに座るキャンベル代表の顔を見ると、眉間に皺を寄せ難しい顔をしている姿がそこにあった。
リシテア星系を上からリシテア恒星に向けて進む第一九艦隊は、第六惑星と第五惑星の間にあるカイパーベルト(小さな岩礁帯)の上をちょうど進む形になっていた。
「ドンファン司令、カイパーベルトから直径三キロから五キロの岩を六つ程、持って行きたいのですが」
主席参謀からの要求に一瞬、“何を考えている”と言う顔をしたドンファンは、少しの後、薄く笑って、
「主席参謀も好きなのかあれが」
と言った。
「はっ、司令ほどではないですが、少し楽しめるかなと」
お互いに目元を緩ませ笑うと、
「よし、適当な岩を航宙駆逐艦で牽引する準備をしてくれ」
と主席参謀に指示した。
カイパーベルトまでくれば、首都星テーベ(第四惑星)は、もう目と鼻の先である。
と言っても一億万キロは離れているが。
「レーダー管制官。宙域の状況はどうだ」
「はっ、民間輸送艦の姿は有りません。有人監視衛星のみが稼動しています」
それを聞いたヘルメルト艦長は、
「ドンファン司令、宙域は何もありません。首都星テーベの衛星軌道上に我軍事衛星と同規模の衛星が六つ浮いています。四つが軍事衛星、他二つは商用衛星です」
一度言葉を切ると
「我、軍事衛星と違うのは対宙防御システムがあるということです」
ヘルメルト艦長からの報告にドンファンは
「対宙防御システム」
と言うと
「はい、大型の陽電子粒子砲です」
「なに」
ドンファンは少し呆れた顔をして主席参謀の顔を見ると
「主席参謀、有効射程はどの位か解るか」
「はっ、攻撃管制システムは五〇〇万キロと表示しています」
「短距離ミサイル並みだな」
そういった後
「主席参謀、玉を準備しておいて良かったな」
と目元を緩ませた。
「準備はどのくらいで出来る」
「既に前準備は済ませています。航宙中に終わっています。後は、バサーラムジェットを取り付ければ完了です。約一時間です」
バサーラムジェット・・宇宙間物質をエネルギーに変えながら進む推進装置だ。これをつけた岩を物理法則に従って適切な角度から射出すればビリヤードボールと同じだ。ビリヤードと違うのは、当たった岩も当てられた岩と同じ方向に進むということだ。宇宙には抵抗がない。
「ヘルメルト艦長、頼みがある」
「はっ、何でしょうか」
「私の言葉で軍事衛星に居る人達にメッセージを送りたい。準備してくれ」
ドンファンの言葉に何を言うつもりだろうという顔をすると
「軍事衛星にいる民間人に三時間の猶予を与えるから退避するように伝える」
そう言って艦長の顔を見ると
「解りました」
と言って直ぐに準備した。
「リシテア星系軍事衛星に居る民間人に告ぐ。こちらは、ミルファク星系第一九艦隊キム・ドンファン中将だ。我々は貴星系首脳陣と平和的会話をする為にこの星系に来たが、リシテア星系軍は、我々の進宙上にステルス機雷を敷設し、我々に攻撃を仕掛けてきた。しかし、残念ながら我艦隊は一隻も破壊される事無く、ステルス機雷を全て破壊した。我々が貴星系を攻撃し破壊することは意図も簡単だが、まだ平和への道を捨てたくない。しかし、これ以上の攻撃を受けたくない為、第四惑星の衛星軌道上にある軍事衛星を破壊する。出来れば無駄に命を落とすのを見たくない。民間人、兵士は問わない、逃げたい人間は逃げろ。三時間待つ」
ドンファンは口からコムを外すと“ふっ”とため息を着いた。そして“逃げてくれれば良いのだが”と思った。
二時間後、
「司令、各軍事衛星から輸送艦や連絡艦が多数出航して行きます」
「行先はどこだ」
「第三惑星パシフィエ、第四惑星テーベです」
「そうか」
ドンファンは、スコープビジョンに映る映像を見ていた。
“誰も無駄に死にしたくないからな”そう思って見ていると
「司令、もう直ぐ三時間が経ちます」
艦長の声に
「もう、出航する艦はないか」
「はっ、もう見えません」
「よし、ビリヤード開始だ。主席参謀始めてくれ」
主席参謀は前に向いてスクリーンパネルにタッチした。
準備をしていた輸送艦を離れた四つの岩が、最初、岩に付けられた推進装置で徐々に動き始めるとやがて、空間物質を吸い込み始めたのか岩の後部真ん中の穴が少しずつ光始めた。やがてバサーラムジェットもエネルギーを吐き出し始めると更に多くの空間物質を吸い込みながらそれぞれの目標となる軍事衛星に向っていく。
一度射出されれば物理法則に従って進むだけだ。衛星軌道上の軍事衛星も物理法則に従って動いているだけだ。外すということは有り得ない。
各岩が、二〇〇万キロまで迫った時、
「軍事衛星、陽電子粒子砲、発射しました」
軍事衛星から発射された巨大な光の束が岩に向って進んでいく。途中のデブリも一瞬にして溶かしながら荷電された陽電子の束が、巨大な岩に向って進んでいった。
ぶつかった瞬間、一瞬だけ止まったように見えたのは錯覚だったようだ。直径五キロに及ぶ岩が、大きいとはいえ、たかだか直径五〇〇メートルの粒子砲に微動だにするはずがない。
何もなかったようにそのまま直進する岩に、三〇秒後、
「第二射です」
これは効いたような気がしたが既に遅かった。三〇万キロまで迫り最大限にまで加速された巨大な岩は、陽電子の衝突エネルギーをものともせず、軍事衛星にぶつかった。ぶつかったところがお互いの質量で食い込むとやがて軍事衛星が動き始めた。
始め軍事衛星が動き出すと序々に時計方向に回転し始めた。ぶつかった岩は、一瞬停止したように見えたが、同じ方向に動き出している。
やがて徐々に軍事衛星と岩は首都星テーベから離れていった。四つの場所で同じ光景が映っている。
ユイ主席参謀は体を右後ろに回し、ドンファン司令の顔を見ると
「うまく行きました」
と言った。
スコープビジョンに映る惑星テーベは、残る二個の商用衛星を覗き、丸裸になった。
ドンファンは、コムを口元にすると
「第三分艦隊は、惑星テーベを基準として惑星軌道上方へ展開。第四艦隊は同じく惑星軌道上の下方へ展開し、新たな敵の出現を警戒しろ」
一呼吸置くと
「第二分艦隊は、第一分艦隊と共に惑星テーベの衛星軌道上に展開する。但し、商用衛星を警戒しろ。変なそぶりを見せたら直ちに攻撃してかまわない」
そこまで言うとコムを口から離し、左後ろを見てキャンベル代表の顔を見た。
(2)
第一九艦隊の各分艦隊が展開し終えるとドンファンは、
「艦長、準備は出来ているか」
「はっ、いつでもリシテア星系首脳陣とのコンタクトが取れるようになっております」
ドンファンは、クレメント艦長に向って顎を引いて頷き“分かった”という仕草をすると左後ろに座っているキャンベル代表に
「用意が整いました。司令公室にていつでもコンタクトできるようになっております」
と言った。キャンベルは
「分かりました。ドンファン司令とユイ主席参謀に同席をお願いします」
と言って自ら席を立った。
司令公室は司令官室の隣にあり、公的な訪問者を旗艦に迎えたときやこういう交渉毎の時に使われる。ドンファンは、自分のIDを壁の横にあるパネルにかざすとドアを開けた。
ドアを開けると横一〇メートル、奥行き一五メートルの部屋に直径五メートルの円形テーブルがあり、座り心地の良さそうな椅子が置いてある。奥の壁には巨大なスクリーンパネルと手前に3D映像を映し出すフロアがある。
ドンファンは、キャンベルに席に座るように進めると自分も座った。席に座ると席の前の少しほんの少し高くなっている部分からマイクが張り出してきた。同時に円形のテーブルの上に宙域図が浮かび上がった。ミルファク星系、リシテア星系そしてビルワーク星系とアルファット星系が映し出されている。
ドンファンは、キャンベルに
「どうぞお話ください。既にリシテア星系首脳陣とは回線を開いております」
それを聞いたキャンベルは、鋭い目でドンファンをしっかりと見ると顎を引くようにして“分かった”という風に頷いた。
数秒の間を置いてリシテア星系首脳陣が現れた。私服姿の男性と女性それに制服姿の三人だ。制服姿の三人の胸には、溢れんばかりの勲章が付いている。
「リシテア星系の方々。私はミルファク星系評議会代表ナオミ・キャンベルです」
少し置くとリシテア側が答えた。
「ミルファク星系の方々、私はリシテア星系評議会代表マシリコフ・テレンバーグ、こちらはカレラ・ヘンセン評議委員です。そしてカルマ・ドイッツエル大将とその部下です」
そこまで言うと一呼吸置いて
「今回は我星系の依頼に快く応諾してくれる為、来られたのかと思いましたが、星系外縁部に到達早々、迎えに出た我星系の艦隊に攻撃を仕掛けるとはあまり良い行動とは思えません。我星系は貴星系の将来を思い、西銀河連邦の一員となる為に我星系の要求を受諾することが、貴星系にとって良い選択だと判断していました。それを自ら選択の幅を狭めるとは賢い判断とは思えません。残された選択は、我星系の一部となり西銀河連邦に貴星系の宙域を差し出す事が生き残れる道です」
そこまで言うとテレンバーグはキャンベルの顔をにらんだ。
あまりに現実を見ない発言にキャンベルもドンファンも呆れるばかりであった。キャンベルは
「テレンバーグ代表、貴星系は、我星系に何を求めているのですか」
と空々しく言うとテレンバーグは顔を赤くして
「キャンベル代表、直ぐに我星系の属領となりなさい。そうでなければすぐにでも貴星系に攻撃を仕掛けますぞ」
呆れるばかりのテレンバーグに
「今、リシテア星系、第四惑星テーベの周りには、貴星系の艦隊は一隻もいません。既に軍事衛星も排除しました。我々の艦隊は直ぐにでもテーベに攻撃を仕掛けられます」
「何を馬鹿な事を言っているのです」
そこまで言った時、制服姿の男が、ヘンセン評議委員に耳打ちした。ヘンセンは、黙って頷くとテレンバーグに耳打ちした。
テレンバーグは、赤い顔が余計真っ赤になりいきなり立ってテーブルを叩くとリシテア側の会議室を出て行くように姿を消した。
「どうしたのです」
理解しがたい状況にキャンベル代表は、つい口から出るとヘンセン評議委員が
「少しお待ちください」
と言って席を外した。制服組の三人は、ただ困り顔をしてミルファク星系側と視線を合わせないようにしていた。
キャンベルとドンファンは、顔を見合わせて呆れ顔をすると“しかたない”という感じで視線を外している制服組の三人を見ていた。
一〇分程経った時、席を外していたテレンバーグとヘンセンは、再び交渉の席に戻ると今度は打って変わったように低姿勢になった。まるで先程の態度がうそのようだ。
「キャンベル代表、今まで話した事は、お詫びしたい。私は少し勘違いしていた様だ」
そう言って深々と頭を下げた。
“何なんだ、こいつは”と思いながらテレンバーグを見ていると
「キャンベル代表、そちらの条件を示して下さい」
そこまで言うと言葉を切った。
「テレンバーグ代表、我々は友好的な関係を結ぶ為に来ました。外縁部での事がなかったらそれなりに話が進んだでしょう。しかし、貴星系は我々を敵と見なし、攻撃を仕掛けてきました。それもステルス機雷という卑怯な方法で。今の状態では同等の友好関係を結ぶのは無理な状況になっています。結果として貴星系は、四軍事衛星を失いました。もしこれ以上の損害を出したくなければ、我々の言う条件を飲みなさい」
一呼吸置くとキャンベルは条件を出した。
一.ミルファク星系に対して出していた全ての要求を撤回する。
二.リシテア星系は、今後ミルファク星系の発展の為に協力する。
三.リシテア星系が持つ開拓中の星系を含む全ての資源星系マップをミルファク星系に公開する。
四.リシテア首脳部は友好の証としてミルファク星系を訪問する。
「以上です。特に三については、直ちに提供する事。四については、今日から三ヶ月以内に実現すること。これがミルファク星系からの提案です。これが守られない場合、ビルワーク星系とアルファット星系からリシテア星系に対して行っている資源供給を停止させます」
ここまで言うと一度言葉を切りテレンバーグの顔をにらんだ。
テレンバーグは青ざめていた。“これは、ミルファク星系に要求していた事を全てリシテア星系に要求された事と同じではないか。まさかビルワーク星系とアルファット星系まで抱き込まれていたとは”リシテアの他の出席者も声が出なかった。
テレンバーグは、自分の横に座っているヘンセン評議委員の顔を見ると気落ちした気持ちで
「キャンベル代表、代表の要求は分かりました。しかし、ここにいるメンバーだけでは、返事ができません。評議会にかける必要があります。明日まで待って頂けませんか」
自分だけではどうしようもないという顔をして話す手練バーグにキャンベルはドンファン総司令官とユイ主席参謀の顔を見ると、テレンバーグの方に顔を向け直し
「分かりました。明日の一四時まで待ちましょう」
そう言うと一方的に3Dコンタクトを切った。一方的に映像が切れたリシテア側は、
「どういうことだ。ミルファク星系軍を迎えに行った時、我艦隊は何故暴挙に出たのだ。あそこにあったステルス機雷は“アンノーン”対策用ではないか。何故そこを避けるように言わなかったのか。挙句逃げ帰り、軍事衛星まで破壊されるとは、今後の防衛をどうするつもりだ。まして資源供給を打ち切られては、今後が立ち行かなくなるぞ」
テレンバーグは、怒りが心頭したような真っ赤な顔で軍事統括カルマ・ドイッツエル大将に怒鳴ると鋭い目でにらみつけた。
ドイッツエルは、ただ下を向いているだけで何も言わない。テレンバーグの言葉が止まると下を向いていたカレラ・ヘンセンが
「テレンバーグ代表、連絡を取ろうとしたのですが、通信がミルファク星系軍に届く前にステルス機雷が攻撃を受けたと艦隊司令から報告が届いています」
「ばかもの、現実を見ろ。ミルファク星系軍はステルス機雷が敷設されている事を自分たちへの攻撃と見なしたではないか。何故機雷の前で待っていなかった」
何も言わないほかのメンバーを見るとテレンバーグは両方の手で頭を抱えた。
翌日、リシテア星系から開拓済み航路と資源星系マップを手に入れたキャンベルは、リシテア首脳陣のミルファク訪問の約束を取り付け帰路に着いた。
「しかし、まさかステルス機雷が”アンノーン“対策用とは。全部破壊してしまったのは、悪かったかな」
他人事のように言うドンファンにユイ主席参謀は、
「あの状態では仕方ありませんでした。破壊しなければ我々が機雷にやられていたかも知れません」
右後ろを振向きながら言うユイに
「リシテア星系の技術力は我々が想像していたより低いな。まさか光学センサーレベルの通信能力しか持たないとは。我々を発見したのが、我々が到着してから二時間後、それも"アンノーンと“見間違うとは」
「二光時手前の映像です。艦の判別がつきにくかったのでしょう」
ユイ主席参謀の言葉に納得しながらスコープビジョンから目を離し、左後ろを見るとオブザーバシートに座るキャンベルの姿はなかった。自室のオブザーバルームで報告書をまとめているらしく、シートは主人のいない寂しさがあった。
「今回は、実質的には第一九艦隊の成果とはいえ、キャンベル代表にとっては大きな成果だ。これで当面、反キャンベル派を押さえる事が出来るだろう。しかし、今回の考えの側面となっているビルワーク星系とアルファット星系からの資源供給停止の考えは、あのイエン評議委員の提案によるものだと聞いている。イエンのやつが、これを気に大きな顔にならなければ良いが・・今回のリシテア星系訪問が成功したおかげで自分を利すろうとする輩がいるのは確かだが、よりによってその代表格がイエンとは」
軍人は口を出す領域ではないとはいえ、帰還後のミルファクの政治情勢を気にすると気が重くなっていった。
スコープビジョンには、リシテア星系は既に右後ろの映像になりつつあった。
(3)
ミルファク星系航宙軍第一九艦隊が自星系方面跳躍点まで後二光時と迫り、リシテア星系外縁部まで到達していた時、その反対側の外縁部では、既に開発済みのRDSM12・・リシテア星系の開拓済み星系番号・・方面跳躍点が揺らいでいた。
最初は、小さな点しか見えなかった光が、段々数を増していく。最後の光点が出現した時には、数え切れないほどの数になっていた。
「こちら、RDSM12方面跳躍点監視衛星ダブルエックス三二。跳躍点から未確認物体が多数現れました。"アンノーン“と思われます」
「監視衛星ダブルエックス三二、艦数と艦型は分かるか」
「まだ遠くて分かりません」
「ダブルエックス三二、レーダーをパッシブモードにして監視を続けろ」
監視衛星ダブルエックス三二は、RDSM12方面からの対“アンノーン”監視用に設置された有人監視衛星だ。
レーダーをアクティブからパッシブに変えるのは、敵から自分の位置を知られないようにするためであり、衛星そのものは、岩礁をくりぬいている為、姿勢制御ブースターを覗けば、外側からでは宇宙に漂っている岩と見分けが付かない。
そしてこのダブルエックス三二を中心にRDSM12方面に扇形に半径五〇〇万キロ毎に無人監視衛星を浮かべている。
もちろんこれも岩をくりぬいて作られたものだ。その無人監視衛星の一つがダブルエックス三二に“アンノーン”の襲来を知らせて来たのだ。
「また、来やがった。今年はこれで二回目だ。珍しいな半年に二度も来るとは」
「ええ、最近動きが活発化しています。これもミルファクの連中がやつらを刺激したからでしょうか」
「分からん。同じ種族かどうかも分からないが、それがきっかけかも知れない」
有人監視衛星の中で縦横二メートルの大きさで四象限分四枚並んでいるスクリーンの一つに映る光点の群れを監視員の二人が話している頃、リシテア星系首都星テーベでこの報告を聞いたテレンバーグ代表とカレラ評議委員、ドイッツエル大将の三人が頭を抱えていた。
「代表、直ぐに迎撃の艦隊を出撃させます。ステルス機雷は所定の位置にあります。やつらがあれを越えて星系内に入る事はないでしょう。いつもの偵察行動かも知れません」
ドイッツエル大将の意見に
「分かりました。すぐに対応してくれ」
「はっ」
と言うとドイッツエルは星系評議会代表執務室を出た。
「しかし、航宙軍の失態で首都星を守る軍事衛星四つを失いました。“アンノーン”が星系内に入る事はないと思いますが不安です。直ぐに新しい軍事衛星の建造に取り掛かりましょう。今度はもっと強力なやつを」
「今は無理だ。ビルワーク星系とアルファット星系からの資源供給を止められた今、新たな軍事衛星の建造は無理だ。三ヵ月後のミルファク星系訪問を片付けて両星系からの供給を再開してもらう事が優先課題だ」
カレラの言葉をさえぎるように自分の考えを言ったテレンバーグは、これから展開しなければいけないことを考えていた。
その頃、有人監視衛星ダブルエックス三二では、いつもと違う“アンノーン”の行動に注目していた。まだ航宙軍は来ていない。
「おかしいな。“アンノーン”の艦隊はいつも跳躍点を出ると真直ぐにステルス機雷の方向に向っていくが、今回は跳躍点を出てから一光時の位置で止まっている。どういうことだ」
監視員が疑問の目をレーダースクリーンに投げかけていると突然(といっても一時間前の映像だが)艦隊がリシテア星系惑星軌道の上方向に向って動き出した。
「やつら何をするつもりだ」
監視員がレーダースクリーンに注目していると上方向に三〇万キロほど上昇した後、前進を始めた。
「まずい。あれではステルス機雷を完全に迂回してしまう。直ぐに報告だ」
「しかし今、通信を開始すれば“アンノーン”にこの位置を探知されてしまうかもしれません」
「構わん。ステルス機雷を越えられたら一挙に星系内への進入を許してしまう」
“アンノーン”の艦隊は、航宙重巡航艦級の大きさを持つ戦闘艦が中心部にいて進行方向に円筒状の隊形を取っていた。その周りを航宙駆逐艦級の戦闘艦が重巡航艦の円筒を包み込むようにやはり進行方向に縦長の円筒形を取っている。そして先頭、中央、後方に円筒から羽が生えたように両横方向に小型の戦闘艦がついている。
監視衛星ダブルエックス三二が首都星方向の中継監視衛星に連絡を取り始めた頃、“アンノーン”の艦隊中央に位置する羽の部分にいる小型戦闘艦一〇隻がダブルエックス三二へ向って動き始めた。
五時間後、本艦隊から離れた一〇隻の戦闘艦がダブルエックス三二のレーダースクリーンに現れた時、監視員は目を見張った。
「何だ、あれは」
一〇隻の戦闘艦が上下左右に展開し大きな直方体の各支点と支点を結ぶ中央に艦を置く配置になった。そのまま進んでくる。
「なんだ、やつらどうするつもりだ」
相手の意図が見えないまま見ていると各戦闘艦がダブルエックス三二を包む配置になった。突然戦闘艦が光ったと思った瞬間、各支点にいる艦と艦の内側がスモークのようになった。それがダブルエックス三二を覆い始めると有人監視衛星となっている岩が、周りから消え始めた。
「なんだっ。うわーっ」
と言うが早いか目の前のスクリーンが消え、外宇宙が見えたと思った瞬間・・実際には見えなかっただろうが・・有人監視衛星の岩が完全に消えた。監視員は痛みを感じることもなかった。ダブルエックス三二と共に回りに浮遊していたデブリや岩が、まったく無くなり、一部の空間をエアインテークしたような状態になった。
「ダブルエックス三二。完全に消えました」
中継監視衛星のレーダー監視員が叫ぶような声で伝えると
「本当か」
「これを見てください。レーダーから完全に消滅しています」
「何があったんだ」
一瞬、間をおいて
「通信員、既にこちらに向っている艦隊及び首都星に対して今の状態を報告しろ。正確にだ」
「はっ」
中継監視衛星の司令官が命令を飛ばす中、レーダー監視員が
「司令、無人監視衛星も消えました。RDSM12方面跳躍点周辺宙域の監視衛星が次々と消滅して行きます」
通常では、デブリか浮遊している岩礁にしか見えない無人監視衛星だ。それもパッシブモードで周辺から発進される信号や電波のみを拾っているだけだ。常識では考えられないことが起こっている。
「通信員、モードレベルAで首都星とこちらに向っている艦隊へ連絡。RDSM12方面跳躍点周辺宙域の監視衛星が全て消滅。監視モードを緊急レベルに引き上げることを要請する。直ぐに送れ」
「はっ」
と言って復唱した通信員は、自分の前にある通信パネルにタッチすると直ぐに送った。
「まずいな。ステルス機雷網を突破されてもこれでは感知でいない。もしそうなれば星系への進入を許してしまう。迎撃艦隊が間に合ってくれれば良いが」
その頃、既に"アンノーン“は円筒状の片側三枚の羽を両方に広げたような隊形でステルス機雷が敷設されている宙域を超えていた。
「司令官。“アンノーン”の艦隊をレーダーが補足しました。真直ぐに星系外縁部に向ってきます」
「“アンノーン”との距離は」
「はっ、〇.五光時です」
「約五時間で接触か。しかし・・」
主席参謀の報告に艦隊司令は
「今日はいつもと違う。跳躍点から出た後、ステルス機雷の反応範囲前で止まり数日留まった後、戻っていく。今回の様に監視衛星を攻撃するなどなかった。どうやって見つけて攻撃したのか。相手の攻撃方法が分からなければ・・我々と同じ武器か。ならば連絡できる時間が有ったはずだ。ミサイルの一本や二本で破壊されるほど“やわ”ではない」
答えも見えないまま時間が過ぎていった。
「艦隊司令、"アンノーン“との接触まで後一時間です」
今度は艦長からの報告に艦隊司令はコムを口元にすると
「第二防衛艦隊全艦に告ぐ。こちら艦隊司令のステファン・アレンバーク中将だ。“アンノーン”の艦隊との接触まで後一時間だ。一〇分後一七〇〇に第一級戦闘隊形をとる。やつらとの戦闘は初めてだが、我々はリシテア星系航宙軍だ。負けはしない。諸君も検討を祈る。以上だ」
コムを口元から外すと艦長に目で合図した。
「全攻撃管制システムオン」
「レーダー管制最大走査モード」
「前方防御シールド最大強度」
艦長から矢継ぎ早に命令が出される。やがて一〇分後、第一級戦闘隊形を取った第二防衛艦体の旗艦パシテのスコープビジョン明瞭に"アンノーン“の艦隊が映し出された。
「あれが、“アンノーン”の戦闘艦か。大きくとも重巡航艦クラスだ。ほとんどが駆逐艦クラスではないか。しかしなんだあの隊形は」
始めて見る“アンノーン”の艦隊に呆れていると
「艦隊司令、攻撃管制システムが“個艦攻撃の力が著しく低”と報告して来ています」
「著しく低いとはどういうことだ」
あいまいな表現をとる攻撃管制官にもっと解り易く言うようにただすと
「そのう、粒子砲やミサイル発射管がないんです」
「何だそれは、攻撃システムが見落としているのではないか」
「いえ、何度もスイープしています。見落としはありません」
それを聞いた艦隊司令は、少し考えるとコムを口元にして
「第一分艦隊、第二分艦隊。前方にいる“アンノーン”に対してミサイルを発射しろ」
各艦の攻撃管制システムがいっせいにミサイルを発射した。四〇〇本のミサイルが横一列になって進んでいく。
リシテア星系第二防衛艦隊・・戦艦二四隻、巡航戦艦二四隻、重巡航艦三二隻、軽巡航艦三二隻、駆逐艦六四隻、哨戒艦六四隻からなる艦隊である。
リシテア星系は周辺星系の中では後発で開発された星系で、技術、経済力、開拓資源星系共にミルファク星系などから比べれば大きく劣っている。それだけにリシテア首脳陣は、西銀河連邦への参加をする事によってその溝を埋めようとしていた。
ミサイルが“アンノーン”の艦隊まで後五万キロまで迫った時、円筒状の隊形が三つに別れた。それぞれに小型戦闘艦が構成する羽が付いている。その各艦隊が正三角形の頂点の位置に来ると羽の部分が前進した。
「連中何をしているんだ」
“アンノーン”の艦隊の理解できない動きを見ていると突然羽が光を発しながら前方に進み始めた。羽と羽との間には、見た目にもはっきり分かるグレーな輝きを持っているカーテンのようなものが張られた。
ミサイルがそのグレーの中に吸い込まれるように突き刺さると爆発も無く、音さえも無く消えた。
「なにっ」
信じられない映像が目の前にあった。体がシートの前にせり出すようにスクリーンビジョンを見ながら
「今のは何だ。ミサイルが消えた」
主席参謀の声に艦隊司令はコムを口元にすると
「全艦主砲発射用意。戦艦、巡航戦艦は円筒状の中心部にいる艦を、重巡航艦、軽巡航艦、駆逐艦は前進してくる艦を狙え。全艦主砲斉射」
荷電粒子砲は戦艦一隻に四門、巡航戦艦に一隻に四門、重巡航艦一隻に四門、軽巡航艦、駆逐艦にそれぞれ二門装備されている。その荷電粒子砲が一斉に発射された。
荷電粒子がグレーのカーテンに届くと、始めに当たった荷電粒子は消滅したが、その後に同じところに届いた二本目以降の荷電粒子の束は、円筒状を形成している艦に突き刺さった。荷電粒子が”アンノーン“の戦闘艦に到達すると、防御シールドがまるでなかったかのように荷電粒子は戦闘艦の中央を抉り取り最後尾へ突き抜けた。
やがて、重巡航艦、軽巡航艦、駆逐艦が羽の部分を形成している戦闘艦を破壊し始めるとグレーのカーテンも消え始めた。
「なんなんだ。やつらの艦には防御シールドがないのか」
一方的に”アンノーン“の艦隊を攻撃する第二防衛艦隊は、始め圧倒的な数の敵を前にあった不安が徐々に消えていった。
やがて、半数にまで減らされた"アンノーン”の艦隊は、急遽方向転換すると信じられない速度で跳躍点方面に逃げて言った。
「アレンバーク艦隊司令。完勝です」
主席参謀の声に笑顔を見せたアレンバークは
「主席参謀、駆逐艦を出して“アンノーン”の艦で完全に破壊されていない艦を捜索して”アンノーン“の正体を掴め」
「はっ」
と言って前を向き直すとスクリーンパネルにタッチして指示を出した。
やがて航宙駆逐艦の半数三二隻が前進して“アンノーン”の艦の前まで来た時、半壊状態にあった全ての艦が、突然爆発した。
“アンノーン”の艦の爆発は異常であった。戦艦レベルの核融合エンジンが爆発でもしない限り起こりえない大きさであった。
爆発のエネルギーは、一瞬にして三二隻に航宙駆逐艦を包み込んだ。
スクリーンビジョンに映る信じられない光景にシートから体を完全に前のめりにしたアレンバークは
「ばかな」
と言うとシートにどっと深く沈みこんだ。
やがて、爆発のエネルギーが静まるとそこには、ぼろぼろに打ち砕かれた航宙駆逐艦の姿があった。
「艦隊司令」
主席参謀の声にアレンバークは、力なくコムを口元にすると
「哨戒艦全艦、最大の警戒で破壊された駆逐艦の乗員を救え」
それだけ言うとアレンバークは体をどっとシートに沈めた。
ミルファク星系のリシテア星系訪問団は、リシテア代表部を屈服させ、ミルファク星系からの要求を飲ませました。
そして第一九艦隊が意気揚々と引き上げる中、リシテア星系は未知の生命体からの攻撃を受け、辛くもそれを防ぎきりましたが、少なからず被害を受けました。
さて、次章はいよいよ第一七艦隊と未知の生命体が遭遇する場面です。お楽しみに。