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店舗日誌 九ページ目

 目を瞑ると頭の中に現れるのは本がたくさん詰まった無数の本棚たち。真っ白な空間に無造作に乱立する本棚はわたくしのイメージが乱雑なのかその材質は素朴な木だったりスチール製だったり色々です。形状も縦だったり横だったり図書館にあるようなスライド式の書架だったりと統一性は一切ありません。

 そんな中をわたくしはスイスイと歩いていく。迷いはありません。見渡す限り膨大な書物があるのに目的の本がどこに収められているのかわたくしは理解しておりました。不思議と目を瞑っていると外のことがわからなくなる代わりにこの図書館とも呼べない場所については手に取るようにわかるようにななるのです。

 頭の中のわたくしの足が止まります。そこにあるのは見上げるほど高い木の本棚。よく手入れをされたあめ色の木肌の中にたくさんの本がぎっちりと並べられているのが目に入ります。本棚には緻密な彫刻がなされており乙女をさらう馬にのった男の姿や小さな一寸法師のような人を連れながら旅をする男の人の姿などが生き生きとまるで今にも動き出しそうな躍動感で彫られています。

 頭の中のいわば空想のような場所なのにそれらは驚くほどリアルにわたくしの五感を刺激します。

 まるでそこが本当にある空間のような気さえするようです。

 わたくしの手が迷いなく一冊の本を抜き出します。赤い表紙に書かれた題名は流麗な字で『日本の神話』と書かれていました。それはわたくしが昔、図書館で借りて読んだ分厚いハードカバー本です。メジャーな神話やマイナーな話まで網羅された一冊を夢中で読んだものです。

 ぱらりと表紙を捲ります。本の手触り、紙の感触、少し黄ばんだ紙の色に破れを修復した後まで普段なら思い出せない情報が当たり前のように思い出されます。

 ここにいる間はどんな知識だってたやすく思い出せます。

 だってここはわたくしが今まで培ってきた知識のすべてがあるのですから。

 文字の一文字一文字をゆっくりと言葉にしていきます。

 頭の中のわたくしが本を読み上げると同時に現実のわたくしの口から滑らかに言葉が発せられ物語りが綴られていきます。


 最初の物語は我が故郷日本の創世神話から。いざなぎといざなみの国づくり。


 目を開けていた時はあんなにも緊張していたのが嘘のように冷静になれていました。手の中の本の重み、ページを捲る感触、口は滑らかに物語をつむいでいきます。


 鐘が二回鳴ったことを頭の片隅で認識します。

 事前の取り決めでは鐘一回で作戦失敗、二回で作戦続行、三回は作戦成功だったのでとりあえず今の所はうまくいっているのでしょう。目を瞑って知識を引き出しているときは外のことに対して鈍くなっているのでよほど大きな音や衝撃でなければ認識ができないため、鐘で状況を知らせてもらうようにしたのですがちゃんと認識できました。よかったです。

 ほっとしつつ頭の中で本を捲り口は物語を語り続けています。そろそろ一冊目が終わりそうです。本に視線を落としたまま本棚から本を引っ張りだします。不思議なことにその本のタイトルもするりとわかってしまいます。

 『ギリシャ・ローマ神話』。

 しばらくは世界の神話で攻めてみましょうか。



 目を瞑って延々と朗読をしていたわたくしは気づきませんでしたが広場には着々と本の虫が集まってきていました。

 あとでわたくし自身も見ることになる彼らの姿はノール爺さんと同じ手乗りサイズ。とんがり帽子と靴、色違いの服とまんまわたくしの世界の童話に出てくる小人さんの姿をした本の虫はわたくしが朗読を始めた直後からどこからともなく現れてきたそうです。

 ふらふらとまるで篝火に寄っていく虫のように広場に集まるとちょこんと体育座りをしてわたくしの朗読に耳を傾けました。

 本屋や各家の書籍を監視していた人たちはもっと驚くことになります。わたくしの声が聞こえ始めると本を包んでいた繭がぷるりと震えたかと思うとするすると解けていきぽんっ!と軽い音がしたかと思うと本の虫が現れたのだそうです。それも同時に何人も。

 繭からだけでなく普通の本が収まっていると思っていた場所からも出てきて全員てててっと擬態音をつけたくなるような足取りで一目散に広場に向かっていきました。

 実は本の虫の姿はあまり確認されたことがなかったようで意外なほど可愛らしい外見にみなさんびっくりされたらしいですよ。

 里中あっちこっちで軽い「ぽんっ!」という音が聞こえ、そのたびに本の虫が広場に増えていきました。かなりの人数が入り込んでいたらしくいつもは竜の方で賑わう通りを小さな小人もどきがてててっと走り抜けていたそうです。

 本の虫がいないと確認された場所には順次結界を張って彼らが侵入できないようにしました。里の皆さんから協力を得られましたから人手は十分でしたしね。

 陣頭指揮は副村長さんとノール爺さん。お客さんが風竜の皆様と協力して声を届ける魔法を担当。そして本の虫がいないかをチェックして回ってくださったのが陽をつれた隣の奥様率いる婦人会の皆様方でした。

 家屋を見回り、本の虫がいないと判断したら結界を張っていくを繰り返し最後の一人が広場に入るのと同時に控えていた村長さんと数名の竜さんが広場全体を覆う結界を張り巡らせます。きんっとまるで金属同士がぶつかったような音と同時に不可視の壁が築かれます。明らかに空気が変わったというのに本の虫も朗読するわたくしにも変化は一切なくここでみなさまは呆れられたそうです。


 か~~んか~~んか~~ん!


 村長さんの指示で鐘が三回、鳴らされます。まるで夢から覚めたかのようにわたくしは目を開け、そして広場いっぱいにひしめきあう本の虫に情けない悲鳴を上げる羽目になりました。


「うひゃぁぁぁぁぁぁ!」

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