店舗日誌 八ページ目
里の中央にある噴水広場。
いつもなら人々で賑わっている広場は今日ばかりはわたくし以外人影もなく常の喧騒が嘘のように静まり返っていました。
わたくしは一人噴水の前に立ち静かにときが来るのを待っていました。頭の中で繰り返し繰り返し手順を叩き込みます。
心臓がばくばくすごい速さで脈打っています。手も足も震えて緊張のあまり耳鳴りまでしてきた気がしました。基本的にわたくし裏方やら雑用が主な人生で表舞台に立つことはほとんどしてこなかった人間なんです。自分で提案したとはいえこんな重要な役どころをしなければいけないだなんて心臓が縮みそうなぐらい怖いです。
でもここでがんばらなければ本屋が廃業。異世界で職なしはそく命の危機です!
へっ?
あれ?
なんでずっこけてらっしゃるんですか?
そんな理由かいですって?
これ以上ない理由じゃないですか!
だけど。
本が手に入らないと嘆いたお客さん。
繭だらけの倉庫に眉をしかめたノール爺さん。
誰かのためだけに何かできるほどわたくしは立派な人間ではございません。欲まみれのそこらにいる俗物です。
欲まみれだから自分の大好きな仕事や本で困っている人がいるだなんて嫌なんです。
だからわたくしはいま、ここでこうして立っています。
わたくしの数少ない特技(誰ですか!特技などお前にあったのかという人は!失敬ですよ!)がこんな形で役に立とうとは思いもしませんでした。わたくしのこれまでの生涯で蓄積され続けてきた”それ”を浮かべるためにゆっくりと瞳を閉じます。
次に瞳を開いたとき、この目に映るものが何なのかによってすべては決まります。
わたくしは頭に浮かんだ”それ”をゆっくりと言葉にしていきました。
時間を遡りまして前回終了直後から。
「わたくしにお二人の知恵と力をお貸しください!」
わたくしのこの言葉と同時に腕にものすごい重力がかかりわたくしは無様にもその場に潰れてしまいます。
「ぐふぇ!」
大変淑女らしくない声が聞こえた?
気のせいです。
だから、気 の せ い です!
っていうかまたですか!
またこのパターンですかぁ!
ワンパターンは飽きられてしまうのですよ!
「はぁ~~る~~」
いつものこなき爺現象ですがいつもより重いため声がまさに潰れた蛙のようです。
「なんなんですかぁ!こなき爺現象は本気でやめてくださいって言っているでしょう~~!」
「かかかっ!このガキ、自分を協力者から跳ね除けるとはどういうことだと言いたいみたいだぜぇ?」
「ああ、成るほど」
ノール爺さんが楽しげに闊達な笑い声を上げ、お客さんがぽんと手を打ちました。
「え?」
「手伝ってやるって言いたいんだろうよ。卵ながらなかなかの男気じゃねぇかおい!」
笑いながら膝を打つノール爺さん。いや、褒めないでくださいよ。絶対に図にのりますからこの子。
「卵の状態で重量変化の魔法を使ってますし……なかなか将来有望な卵だ。うんうん」
なぜなぜと陽を撫でながら褒めるお客さん。重量変化の魔法ってなんですか!
そして慈愛の目で陽を見てらっしゃいますけどあなたたちほぼ初対面みたいなものですよね!
『ほら、俺様は優秀だからお前が頼めば特別に……と く べ つに手伝ってやるぞ!』
上から目線の感情を伝えてくる陽。くっ!
周囲を味方につけて調子に乗ってますね!
がはは、にこり、にやり。
うううっ!
「よ、陽も手伝ってくれますか?」
三人の種類の違う笑みに押されわたくしはそう口にすると待ってましたと陽が反応を示す。
『仕方ないから、手伝ってやる!』
卵さんから本当に上から目線のそれでいて仲間に入れたと~~!という喜びが混じった感情が伝わってきます。まるで卵がそのまま飛び上がりそうなほどの感情に少し笑ってしまいました。
さて、協力者が三名になった所でわたくしは思い付きにも等しい案と懸念を皆さんに伝えましょう。
念のために場所を店内に移動します。
「朗読をして本の虫を誘き出せないかと考えています」
わたくしが思いついたのは本の虫が聞いたことのない物語を朗読することで本から引き離し捕まえるというもの。
「どこか広い場所で魔法か何かで朗読している声を里中に聞こえるようにして集めるんです」
懸念は本の虫が知識や物語の会得に焦点を置いているのか本という形式に拘っているのかですがこれはやってみないとわかりません。
でもうまくいけば一網打尽にできます。
「どう、でしょうか……」
思いつきなので甘いところがたくさんあるのは自覚しています。だからこそ意見が欲しいのです。
「……」
「……うむ」
『……』
なのに話し終えたのに誰一人として何も言ってくれません。だ、だめならだめってはっきり言ってほしいです!
「朗読、か。奴らは本という形式に拘っているわけじゃねぇから見知らぬ物語を朗読したら確かに興味を持って出てくるかもしれねぇ」
「本当ですか!」
どうやら的外れの策じゃないらしいとわかって思わず手を叩いて喜んでしまいます。だけど、ちょっとだけそれは早かったようでお客さんがでも、とノール爺さんの話を引き継ぎます。
「問題はあるよ。本の虫は認めたくないけど読書に関しては貪欲だ。あいつら全員が知らない物語を用意するのが難しい。しかもやつらの数が多い。すべてをひとつの場所に集めるまでやつらを引き付けられる話を何個も用意をしなきゃいけない。実質不可能だ」
「そうだな。朗読する声を里全体に届かせるとかは割りと容易いからあとはそう、難しいことじゃねぇんだけどなぁ……」
いい案だとは思うけどと難しい顔をするお二人。だけど、わたくしにはそれを打ち破る手立てがございます。
「大丈夫です」
そう、この世界の誰も知らない物語ならわたくし山のように知っております。
「わたくしは異世界出身ですよ?本の虫の知らない物語ならわたくしが知っております」
「あ……」
「え?異世界?」
ノール爺さんの顔に理解の色が広がり、知らなかったらしいお客さんがびっくりしたようにわたくしを見ます。
わたくしこと本に関する記憶なら多少の欠点はあれど得意な分野なのですよ?
「ちなみにどれぐらいストックがある」
ノール爺さんが重々しく聞いてきた言葉に最初首を傾げましたすぐに思い当たり答えます。
「とりあえずは数週間は軽く持つぐらいには」
「「『!?』」」
全員にぎょっと目を剥かれました。まぁ、気持ちはわかりますけどね……。
でも、この”特技”そんなに便利なものでもないんですよねぇ~~。
限定的とういうかなんというか。
「おめぇ、頭にお花畑が広がってそうなのに記憶力がよかったのか」
『頭がお花畑なのになんで記憶力がいいんだ!』
ノール爺さんがつばを飛ばす勢いで叫び、腕の中の陽も大変失礼な感情を伝えてきます。
「ひどい!まじめな顔でなんてひどいこと言うんですか!」
もしかしてさっき、目を剥いて驚いたのはわたくしの能力に驚いたのではなくて頭弱そうだと思っていた子が抜群の記憶力を持っていることに驚いたのですかぁ!
しかも全員同じ反応でした。ひどい。ひどすぎです!
皆さん。わたくしをお花畑を頭に広げているお気楽娘だと思っているんですか!
「人は見かけによらねぇっていうが……差がひどすぎるな」
ノール爺さん、それ以上の発言は本気で傷つくのでやめてください。
「でも弱点っていうか欠点もあります」
「欠点?」
「目をつぶっていないと出来ないんです。目を開けると普通かそれ以下です」
もしもし、皆さん?
なぜにそこで「ああ、やっぱり」って顔をされるのでしょうか?
腑に落ちないですがお話を続けます。
「わたくしのこの記憶力は一度でも読んだことのある本、活字、を正確に記憶しています。だけどそれらを正確に思い出せるのは目をつぶっている間のみという制約があります。なので紙に物語を書き写すとかはほぼ不可能です」
簡単な童話なんかだとあらすじは思い出せるでしょうけど目を開いているとあやふや過ぎるお話が多いのです。
「便利なんだかそうでないんだかわかんねぇなぁ。おい。」
『非常に利用しずらい』
本当ですよ。教科書なんかも一度読めば全部頭に入っているのですが目をつぶらないと正確に思い出せない上に目を開けるとあやふや。当然テストなんかには通常の記憶力で当たるしかないわけで……毒にも薬にもなりゃしない特技です。
感覚的には通常の記憶力とは別に本棚が頭の中にあるイメージです。本を読むとそれらの情報は普通の人と同じように記憶する箇所と情報を丸ごと正確にコピーして納めておく本棚に分かれます。
不完全な記憶はいつでも好きなように見れます。完全な記憶のほうは貸し出し不可な上に閲覧条件が厳しい図書館、といった具合です。
「でも、目をつぶってさえいればこれまで目を通したどんな書物でも自由に思い出すことができるだなんてすごい」
お客さんが感嘆を込めてそう褒めてくださいますが。
「目を開けたら忘れちまうだろ?役に立つことはすくねぇな」
ノール爺さんがすかざす叩き落してくださいます。
くっ!
自覚しているだけに言い返せない。
「だが、今回の件に関しては適任するぎるほど適任の能力だ」
かかっとノール爺さんが笑う。
「そうだね。僕も店員さんの作戦、いけると思う」
にっこりと笑ったお客さんが次の瞬間には拳を握り締めて「そして僕の本を取り戻す!」と吼えられました。
だから、お金を払われるまでは当店に所有権はありますからね?
『お前にしちぁ、なかなかの策だな』
お褒めいただいてうれしいですよ。陽。
「さて、そうと決まったらそこのあんちゃんはの村長のところに行ってこの計画を伝えてきてくれい。どうせ人手がいるんだ里をあげてやったほうが早い。小娘はここで計画を進めるぞ!」
「はい!」
「わかりました!」
「おう!」
ノール爺さんの号令を合図に打倒本の虫作戦は始動いたしました。