店舗日誌 七ページ目
本の虫。本好きの精霊のようなもので本が好き過ぎて繭の中で本に没頭し、本に擬態する能力で本が集まる場所に侵入し、仲間を呼ぶ。
迷惑すぎる精霊は今、現在、私の勤め先の本屋の在庫を着々と繭にしているのです。そのせいでお客さんが絶望して……。
はっ!
これはもしや店のピンチ!
このままでは売り上げが!
「何か本を取り返す方法はないのですか!殺虫剤とか嫌いな匂いがあるとか!」
求めていた本がすでに本の虫の繭の中だと知って絶望中のお客さんの隣でわたくしはまだあきらめ切れずノール爺さんに食って掛かりました。だって放っておいたらうちの本屋全部繭だらけにされちゃいますよ!
「殺虫剤っておいおい。物騒だなぁおい。まぁ、そんなんじゃこいつらは死なねぇけどな」
だめですか!
「こいつらが読んだことない本を餌にしたらそっちに移動したって例はあるらしいが……結局の所本から本に移動するだけでなんの解決にもならねぇ。その上にこいつら基本的に長生きだからそこらの本じゃ読破済みで食指を動かしゃしねぇし」
今、倉庫で被害にあっているのも希少本や新作が主なのだそうです。しかし新しく生まれた本の虫がくれば今無事な本も餌食になるだろうという聞きたくもない追加情報も付け加えられました。実質、本の虫に侵入された場合の侵略速度が速すぎるため擬態を見破れなかった時点でもう打つ手がないのだそうです。
ああ~~そんなぁ~~。
床に四つんばいになってしまうわたくし。ほのかに光る繭たちの前で膝を折ったわたくしたち。正しく敗北者の惨めな姿でした。
「って諦めてなるものかぁぁぁぁぁぁ!!」
惨めな敗北者だったお客さんが叫んだかと思うと仁王立ちで繭に指を突きつけます。
おおっ!
お客さんが絶望から復活しました!
「本の虫よ!僕の愛はお前らよりも強く深く粘着質なんだぁ!」
「いや、粘着質な愛はだめだろ。人を選ぶ愛だ、それは」
とても正しいことをノール爺さんが言いました。
だが、お客さんはスルーです。耳に入っていないのかそれともあえて聞き流したのかは不明です。
「僕は負けない!「青き薔薇の葬送」必ず奪い返してみせる!」
「あの、カッコイイこと言ってますけどそれ、うちの商品ですからね!まだ、うちに所有権ありますからね!」
とても正しいことをわたくしは言いました。だけどやっぱりお客さん、スルーです。無意識かそうでないかはやっぱり不明です。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
勇ましく吼えながらお客さんが繭に突進していきます!
お~~っと繭を摑んで高々と持ち上げましたよ~~!
さぁ、どうすのでしょうか!
「ぐにぃぃぃぃぃ~~!」
繭を摑んで横に引っ張ってます。……前ふりの割には地味な攻撃方法ですね。だけど繭は伸縮性があるのか伸びるだけでいっこうに裂けません。あ、今度は拳でガンガン殴ってます。でも痛かったのか涙目で蹲りましたよ。
「ちなみに本の虫の作り出す繭には火も水はもちろんどんな衝撃も吸収し破壊活動は一切受け付けねぇ」
「どんだけ丈夫なんですかあの繭」
もうそれは最強の防具として認定してもいいレベルだと思います。
「くっそぉぉぉぉぉぉ!!」
がんがんがんがんっ!!
痛そうな音を響かせながらお客さんが拳を繭に振り下ろし続けています。その鬼気迫る空気に止める機会が見つからないです。
「あ、あのっ!ど、どうしましょう!」
わたくしどうしたらいいのでしょうか!
おろおろと意味もなく辺りを見渡すしか思いつかないのですがぁ!
「落ち着けや。……お前はもう少ししっかりしたほうがいいぜ」
わたくしの肩に胡坐で座ったノール爺さんが小さな手でわたくしの肩をぽんぽん叩きます。
ああ~~それは姉兄から耳に蛸のように言われ続けてきたお言葉です。就職しろだとかもっとちゃんと将来を考えろとかボケボケしてんなとか色々といわれましたよ。とほほ。
まさか異世界に来てまでいわれる羽目になるとは……。
「外見もそうだが中身もなんとうか……年よりかなり幼いんだよ。大人なんだからしっかりしろ」
が、外見の場合は種族的な要素も強いと主張します!
まぁ、童顔なのも否定しませんが……。
『中身も外見に似合った精神だよなぁ~~』
あはははは。陽。いま、ものすご~~く腹立つことを考えたでしょ?なんか感じとりましたよ~~?
ぐりぐりの計です。卵の殻だから痛くないでしょうけど気分です。気分。
口の悪い子をぐりぐりしているわたくしにノール爺さんが「こいつガキだ」という顔をされます。
「まったく……。おめぇもガキを一匹預かっている立派な親もどき。しゃっきとしねぇとガキがひねくれるぞ」
いや、残念ですがこの子は出会ったときから俺様でひねくれてました。わたくしの育て方が云々とかそういう次元ではございません。むしろわたくしは情操教育のために絵本を……。あ。
不意に天啓のようにその考えが頭に浮かびます。
「知らない、物語、移動……でも、いける、のでしょうか?」
彼らは知らない本、物語、知識に惹かれ本を繭に閉じ込めるのならわたくしは多分、一番彼らの気をひけます。
「ノール爺さん!お客さん!」
自分でも興奮した声が出ました。うまくいくかわかりません。この世界の常識も本の虫のこともよくわかっていませんから。だけどわたくしの目の前にいる二人はわたくしの知らないことを知ってらっしゃる方。
わたくしのもっとうは借りれる手は遠慮なくです!
「本の虫から本を取り戻せるかもしれない案が浮かびました」
「えっ!」
「なんだと!」
目をむく二人にわたくしは頼みます。
「でもいくつかわからないこともあります。なのでお願いします。お二人の知恵とお力を貸してください!」