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店舗日誌  六ページ目

 ふよふよと先頭を飛ぶノール爺さんの小さな背中をわたくしとお客さん、そして陽でついていく。先ほどのノール爺さんの迫力に飲まれたままなのかお客さんはまったくしゃべらない。そのため特に会話もなく二人分の足音だけが倉庫に響いています。

 そしてわたくしは腕の中の陽について考えていました。

 成り行きで保護者代理をすることになった竜の卵。上司さんの隠し子?は種族も違えば常識も違う卵で戸惑いは大きいです。

 会話できないし、卵だし、世話ってほど世話はないけど一人にしたり気に入らないことがあると怒って勢いよく背中に乗ってきてこなき爺現象を起こすし、俺様オーラで会話はできずとも自分の感情は伝えてきますし!

 あれ?

 なんか列挙した出来事はわたくしの知っている子育ての内容じゃない気がしますよ?

 なにやら思考の袋小路にはいってぐ~~るぐるしているうちにどうやら目的地に着いたらしく先導していたノール爺さんが止まりました。

「これは……まさか!」

 わたくしの前を歩いていたお客さんが何かを見て絶句しています。なんなのでしょうか?

 腕の中の陽もうずうずしているようなので顔をだして確かめてみます。

 まず最初に思ったのはふわふわした発行物体があるなぁ~~でした。繭のようなものが通路や本棚にいくつも出来ています。大きさはそんなに大きくはありませんが虫が作る繭だと考えると巨大すぎるとしか考えられません。そしてそれらは例外なく色は違えど淡い光を放っているのです。

 薄暗い倉庫の中でぼんやりと光る繭は幻想的に見えます。しかしここは本を納めている倉庫。しかも仕事人のノール爺さんが管理している場所でこんな繭が発生するなど一体どんな異常事態なのでしょうか。

「ノール爺さんこれは……?」

「本のブックワームだ!」

 ぎりと歯軋りしながら憎憎しく言い放つノール爺さん。しかし言われたわたくしは意味がわからず首をかしげるしかありません。

 本の虫?

 よく読書狂いのお方につけられる名称ですがこの場合はあの繭のことですよね……。

「ただの繭ではないのですか?」

「「馬鹿かっ!」」

 お客さんとノール爺さんに二重奏で「馬鹿」呼ばわりされました……ひどい、そこまで変なこと言ってないですよ!

「ありえない……本屋の店員をしていて本関係者いや、本を愛する者すべての天敵本の虫を知らないだなんて!」

 頭を抱えてお前は本屋失格だと言わんばかりに嘆くお客さん。そ、そこまで嘆きますか。

 どうしましょう。せっかく落ち着いていたお客さんが再び興奮してしまっています。

「本の虫は本屋してたら常識だろうがぁ……ものを知らねぇ小娘だなぁ、おい」

 物知らず扱いされています。まぁ、この世界に来て日も浅いのでそういう扱いをされても仕方がないのですが言い方ってものがあると思います!

 ノール爺さんの言い方はこう、なんか、馬鹿にされてる気分にさせられます!

 むぅ~~と膨れてしまいますよ。ふんっ!

「っと。そういやぁお前、常識がなかったんだよな。なら仕方ねぇか」

 わたくしが異世界人だと思い出したノール爺さんが納得したように頷きますが言葉の選び方、間違ってます。

 ちょっと待ってくださいノール爺さん。その言い方だとちょっと所ではなく誤解を招きそうなのですけど。

「…………」

 ほら!

 お客さんが可哀想な子を見る目でわたくしを見ちゃってるじゃないですかぁ!

 わたくしは異世界からきたというだけです!

 事情が特殊なんですよ!

「まぁ、常識のねぇ小娘に常識を教えてやるか」

「その言い方本当にやめてもらえませんか!誤解されますから!」

 わたくしの言葉は完全無視です。ひどいと思いませんか?

「本のブックワームっていうのは平たく言えば精霊の一種だ」

 なんと!

 あの繭は精霊なのですか。……とてもそうは見えません。光っているし幻想的ですがあれを精霊といわれてもちょっと納得がいかないです。

 不満を読み取ったノール爺さんが「話をきけ」といわれたので黙って続きを聞きます。

「これがまたやっかいな種族でよ~~本好きってところは竜族と似ているがあいつらと本の虫とは決定的に迷惑度が違う。竜族は普通に本を読む。だが、本の虫は普通に読まない。やつらは気に入った本を繭に包んでその中で延々と飽きるまで本を読み続けるんだ!一月二月は当たり前。ひどい奴だと年単位で読みふけりやがる。やつらが読書している間はもちろん他人が邪魔することはほぼ不可能。売り物だったもちろん売れない。図書館でも貸し出し不可。しかも本の虫の厄介な所はまだ読まぬ本を探すために自身を本に擬態させて本屋や図書館、個人蔵書に侵入、本を物色、読書(繭化)する上に気に入った場所には仲間を呼び寄せやがる。一匹いれば百匹引き寄せられるという究極の害虫だ!」

 そ、それは……本好きにとっては許せない性質を持った精霊ですね。もしもわたくしの本棚に本の虫がやってきたと考えたら……ぶるぶる!

 考えただけで恐ろしい!!

「あれ?その本の虫が今、ここにいるってことは……」

「あの馬鹿がヘマして本の虫が擬態した本を入荷しやがったんだよ!あっという間に仲間を呼び寄せられて今もちゃくちゃくと増えてやがるよ」

 はき捨てるようにノール爺さんが毒つきます。上司さん……いたらいたで問題行動多いですけどいなくても問題を起こす人ですね……。思わず遠い目になってしまいます。

「ちょ、待ってください!それじゃ、もしかして僕が探している「青き薔薇の葬送」は!」

 はっと何かに気づいたようにお客さんが叫びます。

 そうです。このお客さんは本を探されていて、それはうちの倉庫にあって……もしかして。

 ノール爺さんが重々しい動作である一点を指差します。そこには淡く青い光を放つ繭が一つ。

 よ~~く目を凝らすと繭の中心はどうやら本のようです。かなり見えにくいが青い表紙にかすかにタイトルである「青き薔薇の葬送」が読み取れました。

 誰もが想像したとおり、お探しの本は本の虫の被害に遭っていました。

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 わたくしと同じく繭に取り込まれた本を確認したのでしょうお客さんがムンクの叫びの再現のように頬に手を当て叫んだかと思えば残酷な真実に膝をつきました。そのあまりの嘆きになんとお声をかければいいのかわかりません。まるでこの世の終わりが来たかのような嘆きようです。

 本好きとして探していた本が目の前で他者に取られる悔しさ悲しさはよく分かるつもりです。


 どうにか、できないのでしょうか。

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