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店舗日誌 五ページ目

 店の奥にある階段を使って地下に降りれば広大に広がる地下空間に設置された無数の本棚。そしてその本棚にきっちり並べられている本、本、本。

 戯曲、哲学、図鑑、料理本、大衆小説、絵本などなどさまざまな区分の書物がここには集められています。

 当店の誇る……というか本集めが趣味な店長のせいで増える一方の本はこの種族的本好き竜族の里にあって多彩な要求に速やかに応じます。お探しの本がございました是非当店へ(宣伝)。

 え?

 何店の宣伝してんだ?

 話を先に進めろって?

 いや~~すいません。これだけ本があるとついつい商売人根性が沸いて出てしまいましてはは。

 ごほん!

 では話を戻しまして。


「ノール爺さん~~?」

 どうにかこうにか興奮していたお客さんを落ち着かせることに成功したわたくしは陽を背負い、お客さんをつれて地下へとやってきていたのですが肝心のノール爺さんの姿が見えません。いつもなら階段の横に設置してあるカウンターの中にいるのですが無人です。人の気配で明かりを放つ壁に埋め込まれた光玉が誰もいないカウンターを照らしているばかりです。

「どこに行っちゃったのでしょうか」

 右を見ても左を見てもあるのは本棚と本のみです。

「ノール爺さん~~。来ましたよ~~。お客さんも連れてきました~~。どこにいるんですかぁ~~?」

 呼ぶ声は本棚の間に吸い込まれ消えていきます。返答が返ってくる気配はなしです。自分から呼びつけておいてどこに消えたのですか、あの人は。

「すいません。お客さん。ここまで来ていただいたのに在庫管理がいなくな……」

「こ、ここに捜し求めていたあの本が!」

 え~~っととっても輝いた笑顔で感動にもだえているこのお客さん、書店員としてはどう対応するのが正しいのでしょうか?

「さぁ~~本はどこだい!行こう。すぐ行こう。さっさと行こう。さぁさぁさぁ!」

 テンション高っ!

「ちょ、ちょっと落ち着いてください~~!!」

 目をきらきらさせたままずんずん奥へと行こうとされるお客さんの腕を必死につかんで止めます。

「か、勝手に動き回れたらわたくしが怒られます!」

 自分のテリトリーで好き勝手されることがノール爺さんは大嫌いなのです。あの人にへそを曲げられたら今後の仕事に影響が出るんですからここはなんとしても止めます!

 決意も新たにわたくしは腕に力を入れました。

 

   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「本はあっちかい?」

 心意気だけは、心意気だけは認めて欲しいのです!

 踏ん張っていたはずなのにあっさりと引きずられてしまったわたくしは心の中で誰ともなくそう言い訳していました。

 ううっ!

 強靭な腕力が欲しいです……。

 うっきうっきわくわくと本棚を見ているお客さんに引きずられながら涙するしかないわたくしです。

『……しゃ~~ねぇなぁ~~』

 ん?

 なにやら背中から呆れたような気配がしたような?

 って!

「ぎゃ!」

 大変淑女らしからぬ声が思わずわたくしの喉から飛び出してしまいましたがそれを気にする余裕はわたくしにはありません。

 ええ、この短期間に慣れてしまったこなき爺現象の前にはそんなことは些細なことなのですよ!

 重い!

 背中が巨石を置かれたかのごとく重いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!

 突如重さをました背中の卵に堪えきれず床にべちゃりと潰れてしまいます。当然わたくしが腕をつかんでいたお客さんも巻き添えです。

「のぁ!」

 潰れた蛙のようになっているわたくしのそばにお客さんがしりもちをつきました。しかし謝罪する余裕がわたくしにはなく背中の重さにただ呻って耐えることしかできません。

「ちょ!店員さん、大丈夫ですか!」

 突然地面とお友達になったわたくしにテンションがあがってハイになっていたお客さんも流石にそのままを維持できなかったらしく慌てられています。

 しかし、わたくしとしては元凶をどうにかするほうが先なのですよ!

「うっうぅぅぅぅぅ!はぁ~~るぅ~~」

「貼る?なに?湿布?湿布が欲しいの?」

 違います!

 なぜに湿布!

 ああ~~ツッコミを入れたいのですが今はそれどころではありません。

 お客さんの勘違いはとりあえずおいて置いてわたくしは上手く動かない体をどうにかひねって背中にいる陽を見ます。

「はぁ~~るぅ~~。重いから元の重さに戻ってください~~」

 内臓が出そうなぐらい苦しいので自然と恨みがこもった声になってしまうのはご愛嬌というものです。

 相変わらずの威風堂々とした風情でわたくしの背中に鎮座している陽からは「世話のやける」という上から目線の空気を感じましたよ。ええ。気のせいではないと思います。

「陽」

 強く名前を呼べばふっと背中の重さが適切なものに戻ります。やれやれと体を起こします。

 お客さんに怪我はないかと聞くと大丈夫だという答えが返ってきてとりあえず一安心です。

 さて、いたずら小僧には少し説教をしなければいけませんね。

「まったく、どうしてこんないたずらするんですか。重くてびっくりしたんですよ」

 背負っていた陽を地面に置き、わたくしも正座で説教です。雰囲気的にまったく堪えてないのがわかりますが保護者代理としては叱るべき所はしっかり叱らなければ!

「それにお客さんも巻き込んでしまったのですよ?怪我がなかったからよかったもののそうでなかったらどうするつもりだったんですか?」

 めっ!

 と叱りはするが陽からは一切の反応が返ってこないです。いつものわかりやすいオーラも発せられないため本当に無反応です。

「陽?聞いてますか?」

『……へっ』

 むっ!

 今、鼻で笑われました。わかりますよ?なんでかこの子のこういう感情だけはやたらわかるんですよ。わたくし。

「陽!ごめんなさい、してください!」

『……』

 反応なしです。でも微妙に不満そうな感情が感じられます。

『……』

 これ以上言ってもますます意固地になるばかりですね。陽もわたくしも。

 頭を冷やす意味でも冷却期間を置こうと決めてわたくしは陽を抱え直すと呆然と成り行きを見守っていたお客さんを振り返ります。

「放っておいてすいません!」

「い、いえ。大丈夫です」

 あれ?

 意外なほど冷静な言葉が返ってきてびっくりしてしまいます。

 先ほどまでの浮かれた空気がお客さんからなくなっています。どうやら一連の出来事がお客さんの高まりすぎたテンションにいい具合に水を差してくれたようです。

「…………」

 水を差す……?

 ちらりと腕の中の陽を見ます。陽は特に何も発していません。ただ、薄っすらと拗ねたような感情が感じられる気がしました。

「……」

 もしかしたら、という思いがわたくしの頭を過ぎります。

 もしも、わたくしの考えている通りだとしたらわたくしは陽に対する叱り方を間違えたのかもしれません。この子は困っていたわたくしを助けようとしてくれたのかもしれなかったのです。

(ただし、その方法がわたくしにとってものすご~~く痛い方法だったのですけど)

 そこは叱ります。こなき爺現象については本当にやめて欲しいのですよ。重いし痛いし床とお友達になってしまいますしね!

 でも頭ごなしに叱りつけたのはわたくしが悪いです。

 叱るべき所、ほめるべき所、謝るべき所。

 それらを見定めるのは本当に難しいと感じます。大人同士でも難しいそれは子供相手ならなおさらです。

 育児経験がないどころか子供とも碌に接したことのないわたくしですがここは真偽を問いただし謝るべき場面だと思います。わたくしは彼のやさしさを踏みにじったのかもしれないのですから。

「陽……あの、ですね……」

 多少、口調が詰まってしまうのは仕方がないと見逃してください。腕の中から『んだよ』と言わんばかりの空気を感じて一瞬、怯んでしまいますがどうにか踏ん張ります。

「先ほどのことなんですが……もしかして陽はわたくしを……」

「……小娘!」

 陽に本当のことを聞こうとしたわたくしのセリフを遮るようにしゃがれたおじいさんの声が背後から響きます。聞き覚えのあるその声に振り返ればそこには探し人がいました。トレードマークのねじり鉢巻をして空中で胡坐をかきながらぷかぷかと浮かんでいます。

 その姿はまさに小さなお爺さん(大工の棟梁バージョン)です。

「ノール爺さん!どこに行ってたんですか!」

 わたくしの当然のセリフに返ってきたのは雷でした。

「てめぇ!どこをほっつき歩いてやがった!」

 え~~!

 なぜだかわたくしが怒られています!

 理不尽すぎて逆に驚いてしまいます。

 びっくりしているわたくしの隣でノール爺さんの怒鳴り声に慣れていないお客さんが直立不動で固まっています。そんなわたくしたちをよそにノール爺さんはぷりぷりと「最近の若いもんは!」と愚痴を零していらっしゃいます。

 いえ、あの、わたくし達を放置して愚痴らないでください。

 そう言いたいのですが愚痴の矛先がこちらにこられても困りますのでとりあえずノール爺さんの気が済むまで黙っていますけどね。

「ったく勝手にこんな所まで入り込みやがって!ほら、行くぞ!ついて来い!」

 ぐぃと顎で方向を示すとくるりと方向転換、軽やかに先に行かれます。そのお姿にもはや乾いた笑いしかでませんよ。

「あははは……」

 うん。清清しいまでにこちらの事情は聞いてくれませんね。どうしてこう、わたくしの会う人達はタイプは違えどわが道を突き進むタイプが多いのは何故なのでしょうか……。

 ぷんぷん怒りながら先頭をきって飛んでいくノール爺さんの背中を見ながらちょっと黄昏れてしまうわたくしです。


 あ、陽に事情をきいてそして謝り損ねてしまいました! 

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