店舗日誌 四ページ目
どうも異世界に就職を決めてしまったマイカです。しかも最近、上司の隠し子(?)が発覚してその卵をなぜだかわたくしが育てる羽目になって職場と子育てにてんやわんやしております。
卵ちゃん……改めまして陽を膝の上に置いてわたくしは今日もレジカウンター内にて本好きなお客さま(ほぼ竜)を見守っています。
「あの~~マイカさん~~この間注文しておいた料理本見つかった?」
「はい、こちらの『呻れ豪腕!フライパンレシピ100選 親子編』で間違いはございませんか?」
最近、この里の人と結婚してこちらにやってきた竜族の娘さん(若い女性の姿だけど赤い瞳の瞳孔はトカゲのように縦長です)にわたくしは発掘しておいた筋肉ムキムキな竜族のおじ様が袖のないコック服をきて豪快にフライパンを振るう絵が表紙の本を差し出します。
暑苦しい表紙に似合わず中身は初心者向けの絵付きわかり易い料理本なのですよ。どうやら表紙に購入者が激減して売り上げはあまり伸びなかったらしくいまや絶版ものなのですが幸い当店に在庫があって本日お渡しできたのです。
「あ~~そうそう~~これこれ~~この本、実家に昔あってと~~ってもわかりやすかったの~~ありがとう~~」
きゅう~~と嬉しそうに本を抱きしめるお客さま。今にも小躍りしそうなぐらいの喜び方にわたくしまでつられて嬉しくなってきます。
本屋の醍醐味はやっぱりお探しになっていた本をお客さまにこうやってお渡しするこの一瞬だと思うのですよ。
「本当にありがとう~~!これ絶版したって話だったからもう手に入らないかと思ってたの~~。ほら~~私~~外からお嫁に来たでしょ~~?なかなか実家に帰れないし、あの本はお母さんも気に入っていたから譲ってくれそうにないから見つかってよかった~~!」
癖なのでしょう間延びした口調でそれでも興奮しているのでしょう、彼女にしては早いだろう口調で熱心に語ってくれます。
「これで~~ダーリンにおいしいごはん~~作ってあげれるわ~~」
本の会計を済ませているとそんなのろけを頂いてしまいました。あははは、新婚さんは熱いですねぇ~~。
え?羨んでなんていませんよ?
僻んでもいません!
もう!
嫉んでもいませんって!
微妙な気分のわたくしには気づかずにルンルンと軽い足取りで新婚なお客さまが帰られると今度は緑色の髪に竜独特の爬虫類のような目と肌のあっちこっちに鱗がある青年がカウンターにたたれます。鱗の色などから判断するに風竜の方でしょうか。
ちなみに竜族には全部ひっくるめて竜族なので~~族という考え方はありません。ですが個々に持つ能力の系統によって~~竜と呼びわけることはわります。水の能力が使えるのなら水竜。火の能力が使えるのなら火竜といった具合です。
能力に応じて瞳や髪、鱗の色が影響されるので大体の能力を見た目で察することは可能です。また、こうした能力は完全に個人の資質によるもので血には影響されません。例えば水竜と地竜の間に生まれた子供が風竜だったりすることも普通にあります。
そうしたことからわたくしは目の前のお客様を風を操るのが得意な風竜だと判断したのです。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「あ、あの……この本があるか教えて欲しいのだけど……!」
必死の形相でタイトルと作者名が書かれた紙を突き出してくるお客さまに思わず顔を引きます。
なんといますか興奮状態で道を突っ走る牛追い祭りの牛さんのようだといいましょうか……え?酷いいいようだと?
わたくし、かなり控えめな表現のつもりでしたが……だめでした?
いや、別に彼の形相が怖いとちょっとありえないとかそんな表現は避けてますよ?
ただ、顔を引かないとぶつかりそうな勢いで紙を突き出されたものですから、別になんの他意はありません。
どんな時でも笑顔を崩さぬのが商人というものです。ええ。
『……あほくさ』
なにやら膝の上からそんな気配が濃厚に漂っていますが無視しますよ。今のわたくしはお仕事中、ですからね!
とにかく!
このお客さんは妙に必死な様子だったのですよ。
「お預かりします。えっと……なになに、『青き薔薇の葬送』作者は……エラン・リークですね。在庫があるか検索をいたしますので少々お待ちください」
そうお客さんにお断りを入れてからわたくしはカウンターの引き出しから水晶を取り出します。
無色透明な水晶にぽんと手を置くと淡く光り始め、そして不機嫌を濃縮したかのようなおじいさんの声が届きました。
『なんじゃい』
声のみでのご紹介になりますが彼はノール爺さん。店の地下に収められた数千という在庫本を一手に管理してくれている人物です。
外見は手乗りサイズのおじいちゃんなんだけど実は知識を管理するために生み出された「意思ある魔道具」と呼ばれるものの一種らしく厳密に言うと生き物ではないらしいのですが話せるし感情はちゃんとあるしでサイズを除けば人間にしか見えない人(?)なのです。
え?
なにその不思議生物、ですか?
いやいや、異世界で生活するって流すことが肝要ですよ?
気にしないことが慣れる一番の近道です。詳しく説明されたってきっと理解できないんですからもう、そういうもんがあるっ!とざっくり受け入れた方が楽なんです。本当に。
そして説明をうっかり忘れるところでしたがこの水晶は地下にいるノール爺さんと連絡が取れる道具、なんだそうです。
『今いそがしぃんだ。用があるなら後にしてくんな!』
「ああ~~待ってください。商品検索です。エラン・リーク作、「青き薔薇の葬送」の在庫はそちらにありますか?」
なにやらイライラしているノール爺さんがそのまま通信を問答無用で切りそうだったのであわてて用件を伝えます。
ノール爺さんはぶつぶつとタイトルを呟きながら向こう側でなにやら動いている気配がします。その間わずか数秒。ですがお客さんが身を乗りだしてわたくしの手元の水晶を見つめられているのでどうにもこうにも居心地が悪かったです。意地でも顔には出しませんでしたけど。
『あるな』
「本当ですかぁ!」
「ひゃぁ!お、お客さま!カウンターに乗らないでください!」
ノール爺さんの肯定の言葉が聞こえてきたと同時にお客さんがカウンターを乗り越えようとしたのであわてて押し返します。
ちょ、ちょっと何なんですかこのお客さんは!
必死に押し返しますがさすがに種族的性別的力の差でお客さんに勝てません!
むぅぅぅぅぅ~~!
こ、これでも高校三年間は剣道部だったのに~~!
弱小部で弱かったけど~~!
呻れ、わたくしの筋肉~~!
えいや~~と力をこめるがびくともしません。哀れわたくしの健闘も虚しくお客さんにカウンターを乗り越えられてしまいました。
挙句水晶もお客さまの手の中。
もうこれは営業妨害とかで自警団とか呼んでもいいレベルな気がするんですけどどうでしょうか!
あわあわするわたくしを完全無視してカウンターを乗り越えてしまった困ったお客さんは水晶にのみ意識を集中させています。
「あったんですか!本当に「青き薔薇の葬送」があるんですかぁ!」
『あんた、誰だ?』
興奮しながら捲くし立てるお客さんと不信の塊のような声で誰何するノール爺さん。二人とも自分優先で会話がかみ合っていませんよ!
「あるんですか?あるんですよね?あるって言いましたよね?やっほい~~!」
『あたま、大丈夫か?』
あ、なにやら喜びのあまり叫んで踊るお客さんに今度は頭の心配をし始めましたよ。
「売ってください!」
『いや、だから人の話きけって』
「売ってください!僕、ずっとこの本を探していて!どうしても四日後までに手に入れなきゃいけなくてぇ!」
『ぎゃんぎゃん騒ぐんじゃねぇよ!こちとらでけぇ声ださなくてもちゃんと聞き取れる程度には耳がいいんだ、あとワシの話もちゃんとききやがれ!』
蛇足ですがノール爺さんはおじいさんな外見に稼動年数が百年単位なくせに年寄り扱いを蛇蝎のごとく嫌います。
「あった!見つけた!やった~~!間に合った!!」
あ、お客さんが滂沱の涙を流しつつ万歳三唱を始めてしまいましたよ。ぼへぇーと見ていると何か視線を感じて視線を下に落とします。
『この店にはあほしかいないのか』
ちょっと陽。なにかものすご~~く失敬なことを考えていませんか?
抱きかかえた卵からなにやら不穏なものを感じ軽くにらみますが卵がしゃべるわけでもなくなんとなくそんなことを言っているような気がするだけですからわたくしにはどうしようもありません。
『だめだ、きいちゃいねぇ……』
水晶の向こうでものすごい重々しいため息が聞こえてきました。
『おい、小娘!』
「は、はい!なんでしょうか!」
突然のご氏名に陽を抱えたままその場に起立してしまいます。
『この馬鹿つれてこっちに来い。説明する手間より見せたほうが早い』
「え?でも店は……」
『つれて来い。いいな』
まったくこちらの都合に頓着しません。我の強いお方なので逆らうだけ無駄だと判断してわたくしはうなづきます。
「はい……」
なぜでしょうか。こちらの世界にきてから俺様遭遇率が高い気がしますよ。わたくし。ああ、確か呼び鈴があったからそれと書置きをおいて置いて何かあったら呼び出してもらいましょう。
盗難?
この里は平和ですよ。鍵をかけなくていいレベルです。日本の古い田舎の町のようなのんびりさがあるのです。なので短時間なら問題はないと思います。
むしろ、問題は。
「えっと、お客さん!」
「ばんざ~~い!ばんざ~~い!」
一人で盛り上がってしまったお客さんをこちらに引き戻すことだと思います。はい。