店舗日誌 四
テーブルの上には焼きたてのパン、カボチャのスープに採れ立ての卵で作った目玉焼きにベーコン、お隣の奥さんご自慢の自家製野菜で作ったシャキシャキサラダ……わたくしが作るよりも美味しそうなご飯が鎮座されておりました。
顔を洗い身なりを整えたわたくしを出迎えた朝ごはんの数々に恐れおののきつつ体を縮めながら席に着きます。
朝まで眠りこけてしまって罪悪感にさいなまれているわたくしに構わず奥さんは徹夜の疲れも見えない元気いっぱいな笑顔で席につかれます。
「さぁ、食べようかね!」
素晴らしきご飯の作り手であるお隣の奥さんは食材への祈りを捧げると(こちらの世界での「いただきます」みたいなものです)さっそくパンを手に取りバターを塗っていらっしゃいます。
奥さんに連れてわたくしも手を合わせて小さく「いただきます」と口にしてから食事を口に運びます。
小さく千切ったパンを口に入れた瞬間、わたくしは固まってしまいました。
「…………っっぅ!」
どこのホテルの朝食?と言いたくなるお料理の数々は味も絶品でした。涙が出てくるかと思うぐらい美味でございます。
「おいしい!です!」
「そうかい?まだまだあるからしっかり食べなね!」
「はい!」
カボチャのスープうまっ!です!
パンはハイジの白パンです!ふわふわの焼きたてでバターを乗せるとトロリと溶けて……幸せの味です!
夢中になってパクパク食べるわたくしをニコニコと奥さんが見ています。
微妙に餌を食べる小動物を見守る飼い主のような視線を向けられているような気がするような気が……でもおいしいので気になりません~~!
いつもは絶対に出てこない料理ですから余計です!
え?いつもは何を食べているんだ、ですか?
あはははははっ!
朝はジャムやバターを塗ったパン(ノット焼きたて)に紅茶、以上です。
料理が出来ない訳ではないですが料理上手とは程遠い腕前なのですよ。はい。陽は卵なので食事がまだ必要ないですしわたくし一人分だとついつい手抜きになってしまうのですよね……。
しかし、陽が卵から出てくるまでには改善した方がよいでしょうね……今度奥さんにお料理を習いましょうか……スパルタっぽいですけど。
まぁ、それらは置いておいて。
今日の朝ごはんはとても嬉しいのですがご迷惑をかけているのはとても心苦しいです。
「あの……すいません」
わたくしは目玉焼きを切っていたナイフとフォークを皿におきます。
「ん?なんだい?急に改まったりして」
食べる手を休め居ずまいを改めたわたくしに怪訝そうな顔をされる奥さん。
「昨日は交代で看病をすると約束したのに朝まで眠り込んでしまい……その上朝はこんな美味しいご飯までご用意していただいて申し訳な……」
「はい。そこまでだよ!」
頭を下げようとしたわたくしを奥さんが額をぺしと叩くことで止められます。
「……あの?」
「謝るんじゃないよ!昨夜はわざと起こさなかったんだよ」
へ?
衝撃的なお言葉に思わず目を丸くして奥さんを見ます。
何故だか奥さんは胸を張って堂々とされていました。
「疲れていたマイカちゃんを誰が夜通し看病なんてさせられるもんかね!」
いや、あの……本当になんでそんな正義は我にあり!みたいな顔をしていらっしゃるんですか?
「で、でもわたくし本屋の店員ですし……倒れたのもうちの店員ですし……」
「困った時はお互い様!」
「で、ですが……」
「なんだい?あたしの親切はいらなかったとでも言う気かい?」
「言いません言いません。とってもありがたいです!」
そんなこと言わないよねぇ?と無言の圧力を細めた目に込めつつ腕を組まれた奥さんの迫力に反射的に否定してしまいます。
ありがたいのは確かですから嘘でもありませんし。
「で、でも徹夜だったのですよね?大変だったんじゃ……」
「ああ、その辺は女医さんが手伝いに来てくれたから大丈夫」
女医さんが?
「夜半に看病を交代してあたしが起きる頃に帰っていったよ」
「そうなんですか」
女医さんもノール爺さん達のこと心配してくださったんですね。
あとでお礼を言いに行かなければ。
「なんかいいデータが取れたとか何とか物凄くご機嫌で帰っていったよ。朝ごはんを食べていきなって誘ったのに急いで色々検証したいから断られたけどね」
医者の不養生になりそうだから食べていけっていうのにもう!と憤慨されている奥さん。
お礼、を……言ってもいいんですよね?
看病をしてくださったんですよね?
これ幸いにと看病以外のことをしたんじゃないですよね?
脳裏には貴重なデーターがたくさん取れたとご満悦な女医さんの姿。
うん。短い付き合いですが何か治療以外のことをやらかしていても不思議ではございません。
自分のいやな想像に思わず納得してしまいました。
そこはかとない疑惑が湧き起こってきますが女医さんが帰った後のノール爺さん達を見ているであろう奥さんが平然としているのでそう深刻なことにはなってないだろうと思い(希望)大人しく食事を再開します。
皆、無事だといいなぁ……。
「助けていただいてありがとうございます……それに朝ごはん、とてもおいしいです。」
ぺこりと頭を下げれば奥さんが照れくさそうに手を振られます。
「い、嫌だよ。この子は改まって……あたしは当たり前のことをしたまでだから礼を言われると困っちゃうよ!……さぁ、片付かないからさっさと食べちゃいな!今日も店を開くんだろ?」
そう言って奥さんはパンにかぶりつきます。
「は、はい……」
そうです。開店準備もあるので早く食べてしまわないと!
まさに母親に叱られる子供のようにわたくしは急いで食事を再開するのでした。
食事の後、せめてこれだけは!とどうにか後片付けを任せてもらったわたくしはせっせと食器を洗います。
その間に奥さんはノール爺さん達の様子を見に行って下さっています。ううっ。またお手数をかけてしまっていますが正直助かっているんですよね……わたくし一人だったら絶対に手が回っていません。
「ふぅ……」
「あ、奥さん!」
片づけが終るのと同時にノール爺さん達の様子を見に行っていた奥さんが戻ってこられます。
エプロンで手を拭いてから様子を聞けば呆れた様子で「気持ち良さそうに寝ているよ」と肩をすくめられます。
「あのまま爆睡していれば自然と元気になるね。起きた時用に軽い食べ物と水は置いてきたから大丈夫でしょ」
「ありがとうございます!」
「それじゃ、あたしは一度家に帰るけど何かあったらすぐに手伝いにくるから」
「はい!あ、陽のこと……」
預かってもらったままですが今、迎えに行ってもあまり構ってあげられないですし……逆に寂しい思いをさせてしまうかもしれません。
わたくしの心配を読み取ったのか奥さんが実に頼もしいお言葉を下さいます。
「まだゴタゴタするだろうからしばらくうちで預かるよ。夕方にでも顔を出しなよ」
「はい!」
家に帰られる奥さんを玄関まで見送り、さて掃除でもと思ったら玄関脇の花壇のそこかしこからこちらを覗きこむ小さな影が……。
「本の虫さん?」
地獄の棚卸に巻き込まれなかった本の虫さん達があっちこっちから心配そうに見上げてきています。
というか人数が明らかに多いです。
今日の出勤メンバー以外の子も来られていますよ。
彼らの前にしゃがみこむと「きゅいきゅい」と不安そうにわたくしの側に寄ってきます。
「どうされましたか?今日はお休みの子も来てますよね?」
「きゅい!きゅい!」
「きゅう!」
わらわらと集まった本の虫さんの中から数人小さな花をわたくしに見せてきます。
中には果物らしきものを入れた籠を持つ子もいます。
花に果物……これって。
「もしかしてお見舞いに来てくださったのですか?」
返ってきたのはたくさんの可愛らしい声でのお返事でした。




