店舗日誌 三
「話は訊いたよ!大変だったねぇ~~!」
バンバン背中を叩きながらそう労わりの言葉(ですよね?)をかけて下さっているのは本日わたくしの救援要請に応えてくださったお隣の奥さんです。
ベテラン主婦は泣きついてきた新米保護者に勇ましく胸を叩いて了承してくださり、陽をそのままお嫁さんに一晩預かってくれるように頼んでくださると入用なものを色々と用意して我が家にやってきてくださいました。
因みにお隣の家で何があったのか卵でもわかるほどゲッソリしていた陽は家に帰りたいと駄々をごねていたのですがノール爺さん達の症状とぶっ倒れた人数を教えたら大人しくお隣でお世話になることを了承してくれました。
まぁ、了承した途端、お隣のお孫さん達にじゃれ付かれていたので即座に撤回したかったのかもしれませんが。
「はぁ~~るぅ~~」
「おとまりぃい!」
「「あそぼぉぉぉぉ!」」
『うぎゃぁぁぁぁぁぁ!』
じゃれ付かれそのままボールのように床を転がっていく陽からは絶叫が……。
頑張れ陽。こちらが落ち着いたら迎えにいきますからね!
笑顔で手を振って激励をしたわたくしに何やら恨みがましい感情が送りつけられた気がしましたがきっと気のせいでしょう。
「しかし店長さんのずぼらにも困ったもんだねぇ~~」
「そうですね」
さすがにこれだけ被害者が出ているので上司さんを擁護する言葉は出てきませんよ。
せめて購入した本のリストぐらい作ってくれていたらここまで大変なことにならずに済んだのですが基本的に買ったきりの放置ですからね。
ノール爺さんがスカウトされるまでどんな営業をしていたのか知るのが怖いです。
本当に営業できるぐらいには在庫管理をしていたノール爺さんがいてくれてよかったですよ。
「本人に注意して責任とらせようにも本人はどこの空を飛んでいるやらわからないときたもんだ。全く、全然腰を落ち着けないねぇ!」
そうなのです。わたくしを店員として雇った時からはや半年が過ぎようとしていますが未だに上司さんが帰ってくる気配はなく連絡も取れてはいないのです。
そろそろ何か別の手段を考えた方がいい時期かもしれません。
店のこともそうですがあの人、今のところ陽の父親疑惑第一位の人ですからね。
違っても何か心当たりがありそうですし……あの人が帰ってきたらいろいろなことが進展しそうなので早く帰ってきて欲しいです。本当に。
「マイカちゃん。今日は疲れただろ?この子達はあたしがみとくからマイカちゃんは一足先に休みな」
「え?あ、でも……」
お手伝いにきて頂いている身で先に休むなんて出来なくてまごつくわたくしの背を奥さんがぐいぐいと寝室に押していきます。
「いいから休みな!今はこの子らも魘されてないし何かあれば起こすよ。それに後から看病変わってもらうからさっさと寝て英気を養っておくれ!」
「ならわたくしが看病を先に……」
「ツベコベ言わない!さぁ、ベットに入って休みなって!」
わたくしの提案も勢いで押し切られてしまいわたくしはベットに押し込められてしまった。
「あ、あの……」
「はいはい。安心してお眠り」
「お、奥さん……」
「だいじょうぶだから、心配事はあたしに一旦預けてお眠り。明日からはまた色々忙しくなるんだ。その中心にならなきゃいけないあんたがへばっていたら物事進まないよ」
その言葉にわたくしは反論をどんどん失っていきました。
確かに本屋の問題などはノール爺さんが寝込んでしまった今、本屋の唯一の店員であるわたくしが中心になって対処しなければいけません。
本屋の営業もそうそう休めませんし(下手に休んだら暴動です。暴動)考えることは沢山あります。
ポンポンとまるでぐずる子供をあやす様に奥さんが布団を叩きます。
「明日から忙しくなるんだから今晩ぐらいはゆっくり休みな!」
「……はい……」
現金なもので納得したら途端にトロリとした眠気がわたくしに忍び寄ってきました。
「おやすみ」
囁くような奥さんの声にお休みなさいと返したつもりですが急速に眠気に襲われたわたくしの口がそれをちゃんと言えたのか自信はありませんでした。
真っ白な空間に規則性なく自由に置かれた様々な形状の本棚が乱立している。
その奥の奥。
何かを遮るようにそびえ立つ扉が存在した。
見上げる者がいればその堅牢さに驚くことであろう。
そしてその扉には蛇のように太い鎖が幾重にも巻かれ、まるで中の何かを決して出さないように必死に封じられているようであった。
だが…………。
その鎖の戒めに抗うかのように扉が音を立てて震える。
隙間が出来る。その扉の向こう側から出てこようとしているものは……。
だめだ。
白い静寂の空間に声が一つ、落ちる。
その声に白い空間全てが息を潜めただ声の主を仰ぎ見た。
ぎぃと鈍い音を立てて扉が動き始め、それにあわせ鎖が耳さわりな音を立てていく。
閉まれ。
声の主に従うように微かに開き始めていた扉が逆に閉じ始めた。
もしもこの光景を見ていたものがいたら扉が閉まりきる寸前、向こう側に扉を見上げる黒髪の男の姿を見ていただろう。
男はただ悲しげに扉を見上げ続ける。
扉が再び閉まるその瞬間までずっと。
とんとんと包丁で何かを切る音、微かに何か煮える音に誰かが忙しく動く足音。
ああ、お母さんが朝ごはんとお弁当を作っている。
コロリとお布団に包まりながらわたくしはその音に懐かしさを覚えました。
わたくしの母は朝早く仕事にでる父のために毎朝五時起きで父の朝食とお弁当を作っていたものです。
父以外の家族は全員朝はパン派なので父以外はそれぞれが勝手に食べるのですが父は頑なに朝はご飯と味噌汁を貫き通していましたから母はそんな父のためにずっと朝食を作っていました。
そしてそんな料理の音をわたくしは幼い頃からずっと布団に包まって聞いて育って……。
「ふへぇ……」
漂ってきた匂いが味噌汁ではなく洋風料理のそれだったことに驚いてもぞもぞと毛布から顔を出します。
「……お父さん……味噌汁派を……やめたの……?」
シーチキン嫌い、他は雑食、味噌汁万歳の日本食大好きなお父さんが今更洋風に倉変え?
寝ぼけ頭のままのそのそと布団から這い出し欠伸を堪えながら台所を目指します。
自分の部屋の入り口が襖ではなくドアなことも家の内装が全く違うことも寝ぼけた頭では上手く考えられなくてスルーで台所に向かいます。
近づくほどに漂う匂いも台所で動く人の気配も強くなっていきます。
戸口に立つと忙しなく台所で動く背中が見えます。
おかあさん?
寝ぼけた頭でその人が母かなと考え、口を開きかけます。
「おか……」
「おや?マイカちゃん。おはよう」
振り向いたその人がスープをかき回しながら肩越しに振り返り笑いかけてこられて出しかけていた言葉を飲み込み想像をしていた人の笑顔ではなかった不思議に首を傾げました。
お母さんじゃない。
認識した途端、霧がかかったようにボンヤリしていた頭に風が吹いたように動き出します。
ああ。ここは……異世界です。
嘘みたいな現実を思い出し髪をかき上げました。
スープをコンロから降ろしエプロンで手を拭きながらわたくしを見るお隣の奥さんにようやく動き出した頭であいさつを返しました。
「おはようございます……すいません、もう朝なんですね」
自分で言った「朝」という言葉に内心引っかかりを覚えてしまいます。
そういえば夕べは看病を交代でするはずだったような……。
窓の外を見ます。
さんさんと差し込む気持ちの良さそうな朝日にこけこっこーと高らかに朝を告げる鶏……あれ?
「マイカちゃん!そんな所に突っ立ってないで顔を洗って身なしなみを整えておいで!」
あれれ?と考えている内に背中を押されて洗面所に追いやられてしまいます。さすがベテラン主婦。長年ぐずぐずする夫や子供を叱り飛ばしてきただけのことはあります。その手並み侮りがたし、ですよ。
ぱたんと扉が背後で閉められます。
あほのように立ち尽くし、そしてわたくしは。
「わたくし……もしかして、朝まで寝過ごしましたか……?」
憎らしいぐらい爽やかな朝日の中で己の寝汚なさに頭を抱えて座り込む破目になってしまいました。




