店舗日誌 二
棚卸……それは本屋にとってもっとも大切でもっとも大変な仕事のひとつ。
大量にある店内在庫の冊数を確認しいくその作業は地味でキツイが在庫管理という面で決しておろそかにできない仕事。
パソコンなんて便利なものなどないこの異世界では本を数えるのは全て店員の手でやるしかないのです。
お店の地下にある本は基本的に上司さんが好き勝手に各地から集めてきてはリストすら作らずそのまま置いていった本です。
無秩序なそれらをノール爺さんがリスト化し整頓して管理しているのですがノール爺さんが本を把握しきるより前に上司さんが本を無秩序に(しかも好きな場所に勝手に)置いていってしまうので管理が追いついていないのだそうです。
それでも一部でも管理できて営業ができているのはノール爺さんの血の滲むような努力の結果だったのだと思います。
しかし最近本の虫さん達という新たな戦力がやってきたことで常々考えていた地下の本の管理と棚卸を完了させようと考えたのだそうです。
そして決行したのですが……本の虫さん達の助力を得ても尚、敵は手ごわく本の虫さん達は次々に戦線離脱。
最後まで残ったノール爺さんでしたがやはり叶わずに救援を呼ぶために階段を這いあがってきたということを息も絶えたえに話すノール爺さん。
あれ?
でもここで一つ疑問が生じました。
「一体いつから棚卸をしていたんですか?わたくし話聞いていませんよ?」
3日前からというお答え。
3日……そういえばその頃からノール爺さん達の姿をお見かけしませんでしたね……。
基本的に地下書庫の担当とは検索依頼がないと業務中は連絡しませんしノール爺さんは基本的に地下に引きこもっています。たまたま検索がなかった日が続いたために発覚が遅れてしまいました。
でもわたくしが販売担当とはいえば本屋のことですからご相談が欲しかったです。
不満が顔に出ていたのに気づいたのか苦しそうにノール爺さんが顔を顰められました。
「いや、おめぇら販売部門のやつらにまでこの地獄を味あわせるわけにはいかねぇと……だが力及ばず……くっ!」
力不足ですまないとくっと歯を食いしばって拳を震わせるノール爺さん。
いや……棚卸ですよね?
そんな悲壮感が漂うほどのこと……。
そこで過去に入った地下書庫を思い出す。
見渡す限りの本棚本棚本棚。
地下のあっちこっちに作られた未整理の本の山(製作者は言わずもかなの上司さん)。
どこまで続いているのか……むしろ永遠に拡張増幅していても決して不思議でない地下書庫(なにせ客のサイズに合わせて店の大きさが変わります)。
わたくしが立ち入ったことのある範囲でさえ元の世界のちょっとした大きさの図書館ぐらいの蔵書量がありました。
実際の蔵書量がどのぐらいになるのか想像もつきません。
…………あそこの棚卸?
パソコンも便利なバーコード管理もないただ手を使って原始的方法でやれと?
現場を見なくともノール爺さんの姿を見ただけでその仕事がものすごい厄介なものだということを肌で感じられます。
「……すまねぇ……本当にすまねぇ……」
ボロボロになりながらも謝り続けるノール爺さん。
……これを見捨てたらわたくし、物凄く悪者ではありませんか?
取り合えず、近くにいたお客さんが女医さんを呼びに行ってくださった間にノール爺さんを居住区から持ってきた籠にタオルをひき詰めた簡易ベットに寝かせ、看病を本の虫さんに任せたわたくしは地下に残された店員の回収に向かいます。
左手にノール爺さんのものとは別の幅の広い簡易ベット(籠にタオルを詰めてます)を持ちながら地下への石階段を下ります。
地下特有のひんやりとした空気を感じながらほの暗い地下書庫へ足を踏み出します。
「きゅ~~」
「き……ゅ……」
「きゅう……きゅう……」
その途端、あっちこっちから弱々しい声がいくつも聞こえてきました。その声がここでどれほどの激闘が行われていたのかをわたくしに伝えてきます。
仲間を心配してわたくしに着いてきた販売部門の本の虫さんたちが慌てて仲間達の下へと駆け寄っていきます。
ある者は羽ペン(例によって使用者の大きさに合わせ変化する不思議道具)を握り締めたまま大量の紙に埋れ、ある者は本の上で力尽きたように倒れ伏し、ある者は本にしがみ付くように本棚の中に倒れていました。
その姿は一様にノール爺さんのように汚れ(どうやら埃のほかにインク汚れもあったようです)どの顔も疲れ果てて蒼白かったです。
仲間達を紙や本の山から救い出しながら本の虫さん達はほとんど意識のないらしい仲間に必死になって声をかけています。
どうやら意識はないみたいですが全員生きてはいます。
わたくしは助け出された子から順番に簡易ベットに寝かせて、店員オーバーになった所で急いで上に連れて行きます。
上では騒ぎを聞きつけた近隣の人たちもいたのでその人たちに連れてきた子達の看病を任せ、誰かが用意してくれた新しい簡易ベットを引っ掴んで地下へと逆戻り。
「倒れた患者がいると聞いてきたんだが……なんだいこの状況は。局地的な争いでも起こったのかい?」
それらを何回か繰り返している内に医療カバンをもった女医さんが野戦病院のような状況の本屋を覗き込みながら目を丸くしていらっしゃいます。それに丁度出くわしたわたくしは急いで彼女を中に入れます。
「いえ、棚卸の弊害です!」
そっと本の虫さんたちの寝ている簡易ベットをカウンターに乗せながら女医さんの言葉を否定します。
「は?たなおろし……?それが何かは知らないが本屋の仕事かい?これだけの人数がダウンするだなんてどれだけ過酷な作業なんだい……」
どうやら詳しい状況は聞かされていないらしい女医さんの中で「棚卸」という仕事について間違った認識をされたような気がしましたがこの時のわたくしには些細なことでした。
「取り合えず、ここにいる子達を診てください!まだ地下に何人かいて今元気な本の虫さん達が救出している所なんで!お願いします!」
簡易ベットの並ぶカウンターへと女医さんを誘導してから開いているベットを引っ付かんで再びわたくしは地下へと走ります。
「……救出って……?事故がおきるような仕事なのかい?」
そんなわたくしの背中を見送りながら女医さんがただひたすら首を捻っていただなんて知りませんでした。
どうにかこうにか棚卸をしていた全員を救出し、女医さんに診察してもらう頃には店を閉める時間で、手伝ってくださったお客様やご近所さんにお礼とお詫びをしてからわたくしは表の看板を開店から閉店に変えました。
「ふぅ……」
何とか一息つけたわたくしに最後の患者を診終わった女医さんが聴診器をカバンに収めながらわたくしに労わりの言葉をかけてくださいました。
「ご苦労さん。しかしこの里に来てから随分と経つけどこんなに一片に患者が発生したことなんてついぞないね」
里始まってから初ではないかな?と女医さんは笑います。
くくっと笑う様はこの方の本性を知っているわたくしでさえ目を奪われそうになるほど色気が滲んでいました。
女性としての魅力に溢れた容姿の持ち主ですが残念ながら言動と中身が外見を裏切ってしまっています。
残念美人という言葉が頭に過ぎりました。
口には出しません。出したら最後、検体にされそうですからね。
「労働による疲労、寝てれば治るから栄養とらせてとにかく休ませればすぐに元気になるよ」
そう診断を口にする女医さんにわたくしはほっと胸を撫で下ろします。
しかし小さい上に数も多い患者でしたが女医さんは実にテキパキと慣れた様子で診察して適切な処置をしていたように見えました。
まごまごしていたわたくしや他のお手伝いへの指示も的確でした。
「それにしても女医さんは凄いですね」
「なにがだい?」
「いえ、大量の患者さん相手でも要領よく動いていらっしゃったようですので凄いなぁ……と」
帰り支度をしていた女医さんの手が不意に止まります。
それに気付かずにわたくしの口はペラペラと先を続けました。
「里でこんなに患者が出たことはなかったとおっしゃいましたよね?ということは前のお勤め先が忙しい場所だったんですか?」
「…………さぁ……?どうだったかな?忘れたよ……」
「女医さん?」
少しだけいつもと違うような口調。雰囲気だったように感じてしまい窺うように呼んでしまいます。
何も変なことは言っていませんし眼に見えるほどの変化なんてなきにも等しいのにどうしてわたくしは違和感を感じてしまったのでしょうか?
女医さんがこちらに見せている背中がとても儚く脆いように感じてわたくしは思わず手を伸ばすために一歩踏み出しかけて……。
「そうだ。もうすぐ君達の定期健診だね。しばらく本屋の方が忙しそうだけど忘れずに病院に来るように」
くるりと振り向いた女医さんに夢から覚めたような面持ちでわたくしは伸ばしかけていた腕を慌てて下ろしました。
「え、あ、はい。勿論」
「患者については寝ていれば大丈夫だろうけどもし何かあったらすぐに呼びたまえ。それにこれだけの人数を卵くんを抱えて君一人で看るのは大変だろう。卵くんは誰か他の人に今日は預かってもらった方がいいよ、あともう一人ぐらい看病の手伝いも来てもらいなさい」
「そうですね……」
確かにこれだけの人数が寝込んでいるのですから陽の面倒まで手が回りませんし一人だけで皆を十分に看病できるか自信がありません。
女医さんの忠告にわたくしは素直に頷いたのでした。




