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店舗日誌 一

 落ちた紙を拾おうと手を伸ばした拍子に視界の端に髪が零れてきて大分髪が伸びているのに気付きました。

 こちらに来た頃から随分と髪が伸びています。

 ショートカットだった髪はいつの間にやら後ろでちょこんと結べるぐらいには伸びています。

「もうすぐこの世界に来てから六ヶ月……ですかね」

 指を折りながら計算してみます。多分それぐらいにはなっているはずです。

 二ヶ月目に陽がやって来たので陽とも暮らし初めて四ヶ月ぐらいでしょうか。

 ちなみに本日陽はお隣の奥さんのお宅に遊びにいっています。

「子供同士で遊ぶのも情操教育にいいのよ!それにうちの孫の遊び相手が欲しかったし!」という奥さんの鶴の一声により陽のお宅訪問が決定されたのでした。

 陽本人は「子供おもりか……」とアンニョイな空気を纏いながらお隣の奥さんに連れられていかれました。

 っていうか陽、あなたは紛れもない子供なんですよ?

 忘れていませんか?

「月日が流れるのは早いですね……」

 元の世界で家族や友達はどうしているでしょうか。

 きっと心配させていますよね……でも、きっと。

「マイカちゃんや……これをくれんかね?」

 異世界にいて、天井に頭をぶつけそうなほど大きな竜のおじいさんに美女特集の雑誌(竜族向け)を笑顔で売っているとは夢にも思っていないでしょうね……。

 それにしてもその本、わたくしの世界風に言えばグラビアに該当するものですが写っているのは竜型の女の人(?)ばかりなのですが……火山やら竜巻やらをバックに流し目で写る竜の姿は人であるわたくしには物凄くシュールに見えて仕方がないです。

 風竜の子竜はこの竜巻に乗って遊ぶとか聞きました。竜すげぇですね。

 あ、なんだか今、改めて己の置かれている環境の特殊さが身に染みましたよ。

「ありがとのぉ……」

「またのおこしを~~」

 床が抜けないのが不思議なほどの重い足音をさせながら退店されるお客様に一礼をします。

「きゅいきゅい!」

「きゅ~~い~~っ!」

 本を持ちながらててっと店内を走る本の虫さん達。

 のんびり待ったりと棚を見て回るお客様たち。

 平和です。

 外もいい天気ですしいいですね~~和みますね~~。

 ふふんと鼻歌を歌いながらカウンター業務をしましょうかと手を伸ばしかけた時……。

「小娘ぇぇぇぇ~~~~」

「のぁ!」

 地下に続く階段の方から地を這うような低い声がわたくしを呼びます。

 この世のありとあらゆる理不尽と怨嗟を凝縮したかのような声はその時のわたくしの耳には地獄から這い出した亡者の声にしか聞こえなかったため涙目で椅子から飛び上がってしまいました。

 お化け出現ですかぁ!

 体を震えさせながらそぉ~~と声の方を窺います。

 薄暗い地下への階段に小さなずるずるという何かを引きずるような音。

 足音というには小さく気のせいだと思うには大きすぎるその音に恐怖が高まっていきます。

 カウンター内の異常な空気に気付いたのか作業をしていた本の虫さん達も「なになに?」とうっかり集まってきてしまい、音に気付き揃って固まってしまわれました。

 店員の異変に気付いたらしいお客さま達がざわつかれましたが地下の音が近づくにつれてそれも消え去ってしまいました。

 何か、言わないといけません。

 危険があるかもしれないからお客さんを外に誘導とかしないと……でも不気味さにわたくしも含め全員何も出来なくなっていました。

 異常なまでに静まり返った店内。

地下から響く正体不明の音が地下から地上へと近づいてきます。

ごくりと誰かが唾を飲み込む音さえやけに耳につきます。

全員の視線が地下の階段に集中する中ついに音の招待が日の光の下に這い出てきたのでした。

 頭に巻かれたねじり鉢巻は黒ずんでしまっています。

 掌サイズの体は埃にまみれ石の階段を掴む小さな手は土を素手で掘ったかのように黒く汚れています。

 いつもは叱咤と説教が飛び出す口からは苦しげな呻き声がもれ出ていました。

「の、ノール爺さんっ!」

 そう、地下の階段から這って出てきたのは我が店の書籍管理を一手に引受けてくれている意思のある魔道具、全然店に居ない上司さんより全然店長らしいノール爺さんだったのです!

「い、一体どうしてこんな……!」

 掌に掬い上げたノール爺さんはぐったりして疲れ切っています。

 どうしてこんなひどい状態に……っ!

 それに地下には他にも本の虫さん達がいたはずです!

「何があったのノール爺さんっ!他の本の虫さん達は!」

 ノール爺さんの身に一体何があったんですか!

 すっかり弱々しくなってしまったノール爺さんがわたくしの必死の声に薄っすらと瞳を開けられました。

「こ、むすめぇ~~」

 彷徨うように伸ばされた手をそっと取ります。

 疲れてやつれた顔でノール爺さんは何かを必死に訴えるように口を動かしています。

 慌ててわたくしは耳を寄せました。

「何?なにを言っているんですか?ノール爺さんっ!」

「…………って、くれ……」

 うわ言のように何かを繰り返すノール爺さんの声に必死に耳を澄まします。

 そして、わたくしの耳が聞き取ったのは切実なノール爺さんの……。

「地下の棚卸……手伝ってくれ…………もう、一人じゃ手に負えねぇ……あの馬鹿上司……呪われろ……鱗がはげちまぇ~~」

 途切れ途切れなでも物凄く切実な心からのお手伝いを願う言葉とその原因を作り出した人物に対する心からの怨嗟の声でした。

「はげろはげろはげろはげろっ!」


 声が怖い。怨念篭もっていて本当に怖い。

 ホラー映画なんて目じゃないぐらいの迫力をだす今の(怨念塗れ)ノール爺さんが映画に出演すればきっとどのホラーキャラよりも怖いと太鼓判を押されることでしょう。


 というか竜に対しては髪より鱗が禿げろというのが悪口になるんですねと、わたくしは本当にどうでもいいことに驚いてしまっていました。



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