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店舗外日誌 ピクニック十

「覚悟はできてんだろうなぁ?ああ?」

 お怒り頂点のノール爺さんを見たわたくしの本能というものが「キケン、逃げろ!」と警鐘を最大音量でかき鳴らしています。

だけど動けません。

まるで蛇に睨まれた蛙のように体が硬直してノール爺さん(取扱い慎重)から目線すら逸らせません。

『お、おい。逃げた方がいいぞ!ってか逃げろ!逃げてくれ!』

(無理!むりです!足が全く動きません!)

『根性だぜ!根性を!』

 このままじゃ取って喰われるぅぅぅう!と叫ぶ陽を全面的に指示しますがごめんなさい!

 わたくしには今のノール爺さんに逆らう勇気は出てきません!

「黙ってきけっ!」

 心の中で言い争うわたくし達の声が聞こえたわけでもないだろうに何かを察したノール爺さんは鋭い一喝でわたくし達を黙らせます。

 飛び上がって反射的に背筋を伸ばしてしまうわたくし。

 腕の中の陽もかちんと固まってしまいました(卵だけど)。

「小娘っ!おめぇはふらふら森の中を歩いて穴に落っこちてんじゃねぇ!子連れなんだからてめぇがしっかりしないでどうする!」

「ひょぇ!すいませんすいませんすいません!いたっ!」

 一息にそれだけ言われると鋭い痛みが額に走ります。

 じんじんと痛む箇所を押さえながら目を開けるとノール爺さんがデコピンをした小さな手を今度はわたくしの頭に手を置いて言いました。

「無事でよかったな」

「……はい」

 坊主もなと陽にもデコピンの後に撫でているノール爺さんの横顔がいつものぶっちょう面が消えて安堵の表情を浮かべられていました。

 基本的にぶっちょう面と怒り顔以外は人に見せないノール爺さんがそんな解りやすい表情を見せるほど心配していたのだとわかってわたくしは小さく「ごめんなさい」と言って頭を下げました。


「あ、でもどうやってあの穴から出てこられたんだい?ってか柵みたいなのあるのにどうやって落ちたの?」

 助けに来てくれた人の一人が穴を覗き込みながら不思議そうわたくしに聞いてこられました。

 まぁ、助けにきたはずの人間が穴の底ではなく普通に外で座り込んで元気に手を振っていたら不思議に思いますよね。わかります。

 泣いていた本の虫さん達も回りにいた人達もノール爺さんもその言葉に一斉にわたくし達の方を見ます。

「そういえばそうだね」

「きゅい……?」

「そういえば……われわれの仲間がひとりマイカどのの側にいたはずですがその子は?」

 皆がなんで外にいるんだと首を傾げる中でいつの間にか本の虫さん達の中に混じっていたシルバーさんがキョロキョロと辺りを見渡しながらそんなこと言っていてその言葉でわたくしはポケットの中の本の虫さん(繭バージョン)のことを思い出しました。

「あ!そうです。その本の虫さんが繭になったまま戻らなくなったんです!結構高いところから落ちてきたので何かあったんじゃないかと……」

 そういってポケットから取り出した本の虫さんは……。

「すぴーすぴー」

 鼻ちょうちんを作って実に気持ち良さそうに眠っていらっしゃいました。

「「「…………」」」

「いやいやいや!本当に穴の底にいた時は繭のままなんの反応もなかったんですよ!」

 掌に眠りこける本の虫さんを乗せたまま周囲の沈黙にわたくしは焦ってしまいました。


 休題。


 眠る本の虫さんの件は一先ず横に置いておいて恩人さんのことを皆さんに説明しました。

 まぁ、わりと規格外のことをしでかした人なので話を盛っていないか疑われそうですけど紛れもない真実です。信じてください。


「ふむ……獣族か?」

「話を聞く限り獅子族だね。ここら辺に里はないから旅人かねぇ?」

「獅子族ならまぁ、マイカが話したようなことをしても不思議じゃないねぇ」

「そうだな」


 疑われるどころか皆さん納得顔で頷かれていますけど!


 あの恩人さんは獅子族という獣族さんですか。そうですか。

 そしてわたくしが話したようなことをしても可笑しくない種族なんですね……。

 恐るべし異世界種族!

 慣れてきた気がしますがまだまだ知らない常識がたくさんあるようです。

 足首捻挫と打撲によりお隣の奥さんの旦那さん(竜ですよ)の背に乗せてもらいながら改めて自分の常識の違いを再認識したわたくしなのでした。


 



 それは彼女の知らない一幕。


「ぷっ……ぷぷぷっ!」

「あはははははっ!」

「お父さん、それ、ほんとうに、ぷっ!ほかのひとぷぷっ!きいた、ぷぷぷぷっ!おはなし?つくってない?」

 森で助けた人間の少女(に彼には見えた)に聞いた娘の機嫌を直す「お話」は想像以上の威力を持っていた。

 主の部屋で本を読んでいた娘に話して聞かせた所(彼としては娘のみに聞かせたかったのだが娘が移動しないため苦渋の決断だった)最初は完全に無視して背中を見せていた娘だったが話が進むごとに視線をこちらにチラチラと向け始め、顔を向け、体を向け、最後の方にはキラキラした目で久しぶりにちゃんと真正面から彼を見てくれて……最後の人間の娘の名前が出た所で娘のみならず部屋のあちらこちらから噴出す音と共に爆笑が彼の全身に浴びせかけられたのであった。

 予想はしていた。

 してはいたのだが青筋が浮ぶのを耐えられるほど彼は性格ができていない。

「笑うと思ったよ!ぜってぇ笑うと思ってたよ!ちったぁ予想を外せよてめぇら!」

 腹を抱えて笑い転げる娘にしがみ付くように笑っている仲間達に怒鳴るがあの話しの後では迫力なんぞ全くない。

「さいしょはとても悲しいおはなしだとおもったのにさいごでおもわずわらっちゃった!」

「そうだねぇ~~?」

「ありえないよね~~?」

「あの一言で一気に笑い話になったよね~~?」

「ぷぷっ!」

「ぷぷぷっ!」

「女の子の名前だとはおもっていたけど」

「にあわない名前だとおもっていたけど~~」


「「「物語の王女さまとおなじなまえはありえな~~い」」」


「るせぇぞ!さっさと散れっ!」


「「「きゃぁ~~~~筋肉隆々の王女様が怒ったぁぁぁぁ~~」


「気色の悪いことを言うんじゃねぇ!女みたいな名前なのも話の王女と同じ名前なのも俺が決めたことじゃねぇ!」


 がぁ!と吼える彼にからかっていたものたちがぱっと笑い声を残して散っていく。

 はははっ!とその様子すら面白いのか未だに笑っている娘に父親である彼は困ったような恥ずかしそうな顔でそっぽを向いた。


 と、その時扉が開き部屋の主が書類を持って帰ってきた。

「あ、あるじさま!おかえりなさい!」

「主、おけぇり!」

 父娘がそれぞれ帰宅の挨拶をすると主も笑顔でただいまと言う。

 そこまではいつもと同じだったのだが彼の顔を見た途端、主は方を震わせながら顔を背けた。

 小刻みに震える肩と口元を押さえながらも決して彼の顔を見ない主に彼の胸の中になにやら嫌な予感が広がる。

「あ、主?」

「くくっ!いや、なんだ、その……お前の顔を見たら先ほど聞いた話が蘇って……くくっ!す、すまん」

 話をきいた?

「主……話ってまさか……!」

「小さき者たちが面白い話があると言ってあっちこっちで吹聴しているようだぞ?次は宿舎の皆に話すんだと言って集団で走って……」

「あいつらぁ!!」

 主が言い終わるよりも早く彼は部屋を飛び出していく。

 目指すは話の流布の阻止!

 そして流布している張本人たちに対する報復だぁ!


 そして部屋に残された二人は……。

「お前の父はとても面白い話、探してきてくれたな」

「はい!でもなまえのことがなかったらとても悲しいはなしです。でも色がかわるたきはほんとうにあるんだそうです。おとうさんにおはなしをおしえてくれた人がそういっていたそうです!」

「そうか。なら今度、連れていってもらうといい」

「はい!あ、そうだ!その時はみんなでいきましょう!」

「ん?……そうだな……そうできたらいいな」


 それは彼女の知らない一幕。

 彼らだけが知る日常。


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