店舗外日誌 ピクニック八
「ふんっ!」
長方形の木の板で穴を囲んでいく恩人さん。
筋肉隆々な腕で地面に突き立てられた板はどんな力が加えられたのかどれ一つとして倒れることもなく深く深く地面に埋っているようです。
お手伝いを申し出てお断りされましたがこれはわたくしの出番なんてありませんね。
『すげぇ馬鹿力……』
ぶっちゃけた感想ですね陽。
「ふぃ~~!終ったぜ!」
「お疲れ様でした。ありがとうございます。助けていただいただけではなく柵まで作ってもらって……」
「がはははっ!何言ってんだ!おめぇは穴に落ちた被害者だろうがぁ!それに力仕事は男の仕事だし、俺はこういうの大得意だからなぁ!」
豪快に笑う恩人さん。
『あ~~確かに体力ばかっぽ……』
こら、陽!
かなり失礼な感想を抱いている陽に心の中で叱ります。
本人の目の前で嗜めるわけにもいきませんからね。
わたくしが陽の感情がなんとなくわかるように陽もわたくしの言葉にしない感情をある程度は感じ取れるようなのでこれで伝わるはずです。
わたくしの叱る感情を感じたのか陽が黙り込みました。
駄目ですよ、人様をばかっぽいとか言ったら!
『……言ってない。思っただけ』
わたくしに聞こえる時点で言っては駄目です。思うだけなら確かに誰にも制限することはできませんが誰かに聞こえる時点でそれは悪口です。
悪口は人を貶めるだけではなくやがては自分に返ってくるのですよ?
陽は誰かにあいつ馬鹿っぽいとか言われたいですか?
等とこんこんと(心の中で)お説教を開始します。
しかし、側から見れば卵と無言で睨めっこをする変な女だという認識がすっかり抜けており、案の定気付いたら恩人さんが不審感一杯の顔をしてわたくしたちを見ておられていました
「……ん?どうした?急に黙り込んで」
「いえいえいえいえいえ!なんでもありません!ええ、ありません!」
ぶんぶんぶんと必要以上に頭をふって否定します。
怪訝そうな顔をされていますがここは勢いで流させていただきます!
「そ、それよりも!恩人さんはすごいですね!なにか武道でもされているのですか?」
「え、ああ……俺のは自己流。武道なんてお綺麗なもんじゃねぇんだ。たたか……喧嘩ばっかりやってたらいつの間にかできるようになってやがったんだよ、こんなご時世だから腕っ節で喰っていけているんだから贅沢はいえねぇけどな!」
ご時世……あれ?
今ってそんな風に言うほど乱れたご時世ですっけ?
竜の里から出たことがないので外の世界のことは良くわかりませんが情勢不安だとは聞いたことがありません。
寧ろ戦争の切っ掛けになった人間の国が大人しくなっている分安定していると何かの本で読んだ記憶が……。
ずっと昔には大きな戦争があって大変だったって里のご老人達が話してくださったことがありましたけど。
もんもんとそんなことを考えていましたが恩人さんはわたくしの考えなど我冠せずでした。
「ここら辺はまだ安全だけど女子供だけでうろついていると何があるかわからねぇぜ?送っていってやるよ」
獣がでるかもしれねぇからなぁ~~と恩人さん。
純粋にこちらの身を案じてくれているのがよく伝わってきます。
何だか少し危機管理能力の高い人ですけどいい人ですね。
「あ、すいません!でも連れが助けを呼んでくれているんです」
「ありゃ、そうなのかい?」
「はい。今日の連れは体が小さい人ばかりだったので助けられる人を呼びに行っているので時間が掛かっているんですけど……」
多分、里まで戻っているんでしょうね。
ノール爺さんは飛べるけど本の虫さん達は歩きですからね。ててっと走ってもかなり時間が掛かりますね。
ノール爺さんも飛べるけどそんなにスピードが出せるわけではありませんし。
「一人で助け待つのも怖いだろうし俺でよければ話し相手になってやるよ!」
「え、でも……」
「遠慮はなしだ!それに」
「それに?」
「ちぃ~~~~とばかり嬢ちゃんに頼みたいことがあるんだ」
ぱんと手をあわせて恩人さんはこちらを見上げていました。
「娘さんの機嫌を直すお話を教えて欲しい?」
予想外の言葉に目を丸くしてつい同じ言葉を繰り返してしまいました。
「そうなんだよ……」
大きな体を縮こませがっくり項垂れる恩人さんにへにゃりと下がった猫科の動物の耳と尻尾が見えるようです。
先ほどまでは猛獣だったのに今は叱られた子猫のようでちょっと可愛いとか思っちゃいます。
「俺の娘は俺に似ず本が好きでなぁ……いつもお話をせがまれるんだが……ご覧の通り俺は学はからっきし、子供に聞かせるような話なんぞほとんどしらねぇんだ……本はきれぇだし知り合いでこの手の話しを知っているのがほとんどいなくてなぁ……」
乏しいお話を何度も何度も話していたら「たまにはちがうおはなししてぇ~~!」と怒られた挙げ句口も利いてもらえなくなってしまったそうです。
恩人さんはそこまで話し終えるとうるりと目を潤ませ地面に伏せってしまう。
「うぁぁぁぁぁぁあ!娘に嫌われたら俺、生きていけねぇぇぇぇ~~!」
どうやらかなりの子煩悩だったらしい恩人さんは自分の脳内でした想像で絶望してしまっています。
「た、頼む!迎えが来るまででいい!俺にこどもに聞かせる話を教えてくれ!嬢ちゃん穴に落ちているときそこの坊主に聞かせていたから詳しいんだろ?」
おや、どうやら穴の底で陽にお話していたのを聞かれていたようです。
すがりつく勢いで頭を下げる恩人さんはかなり追い詰められているようでした。
え~~それでは。
「第一回 娘さんに喜んでもらえるお話を覚えて帰ろう!の会を始めます!」
「おおおおっ!」
『……おいおい。なんだその変な名前は……』
パチパチと盛大な拍手をしてくださる恩人さんに冷たい突っ込みを入れてくれる陽。
「最初に言っとくが俺は物覚えがわりぃかんな!簡単なのにしてくれよ!」
地面に胡坐をかいて胸を張ってそんなことを言う恩人さん。
正直な人ですね……。
さて、簡単……というか覚えやすいお話ですか……。
頭の中で色々検索してみます。元の世界で読んだ本やこちらに来てから読んだ本。
う~~ん?
目を瞑って考えてみます。
どどっと水の落ちる音が耳に蘇ってきました。
それと同時にお話を語るシルバーさんの声。
(そうだ……)
ぱちりと目を開けます。
場所に絡めれば覚えやすいかもしれませんね。
「それではお話しましょうか。この先をちょっと行った場所にある綺麗な滝にまつわるお話です」
わたくしが恩人さんに教えたのは本の虫さん達から教えてもらったあの滝にまつわるお話。
それを簡略というか覚えやすいように噛み砕きながらゆっくりと語ります。
でも、お話を進めていけばいくほど恩人さんの様子がおかしくなっていくのです。
最初は真剣そのものといった顔で聞いていたのですがそれが段々と渋いというか困惑とも違う……お話が終る頃にはなんとも言えない不可思議な表情で考えこんでしまわれてしまいました。
「あ、あの……お気に召しませんでしたか?娘さんはこういう話嫌いですかね?だったら別のお話を……」
「あ、いやいや!ちげぇ!嬢ちゃん!ちげぇんだ!嬢ちゃん。この話ならあいつの機嫌は一発で直る。ぜってぇ直る。確実だ!…………爆笑されるだろうけどな」
物凄い勢いで捲くし立てられたけど何故だか最後の方だけは小声になってしまったのでよく聞こえませんでした。
……何と言われたんでしょうか?
「えっと……じゃあ、大丈夫ですかね。あ、話し、覚えられましたか?」
「ああ……この話に関しては一生わすれそうにねぇぜ……」
な、何故だか恩人さんが背中に暗雲を背負っちゃっているんですけど……なんで?
今までのお話にここまで落ち込むような要素はなかったと思うのですけど……。
えっと……。
「他のお話もお話しましょうか?知っているお話は多い方がいいでしょうから」
「ああ、そうだなぁ……あいつはお話、好きだかなぁ……」
げ、元気が明らかになくなっているんですけど、先ほどのお話のどこにそこまで落ち込む要素があったというのでしょうか……。
気になりますが突っ込めないほどの落ち込みぶりなので見てみぬふりをします。
「それじゃ……次のお話をしますよ」
「お~~~。ふふ……父親の尊厳など娘の笑顔の前じゃ塵芥と同じだ……」
『やれやれ……』
一番年少者の呆れた声無き声が聞こえました。




