店舗外日誌 ピクニック七
とすんと落ちてきたのは……。
「木の……桶?」
木を縦割りにして真ん中をくり抜いただけのかなり不恰好なそれはわたくし一人ぐらいなら乗れる木桶です。
クッション代わりのつもりか柔らかそうな葉っぱが引いてあります。
その木桶の四箇所に穴が空けてありそこにロープが通してあり、そのロープは壁を伝い天井の穴まで続いておりました。
ロープは太くしっかりとしたもので途中で千切れる心配はしなくてよさそうでした。
どうやらこれで引っ張りあげるつもりのようです。
「不恰好でわりぃがそれに乗ってくれや~~持ち上げるからよ!」
其の言葉に足の痛みを隠しながら木桶に入り込みます。ちょっと狭いバスタブといった感じでしょうか。
乗ったことを上に伝えるとゆっくりとロープが引っ張られわたくし達の乗った木桶がぐらぐらと振動で揺れて結構怖いです。
わたくしは片手で桶の淵をしっかりとつかみもう一方では陽をこれまたしっかりと抱きかかえながら近づいてくる穴の入り口を見上げていました。
ぐいぐいとロープを引く力は一度たりとも緩むことはなく振動さえ気にしなければスイスイと上へと上がっていきます。
あと少し、もう少し!
わたくしの頭が穴のふちから出るぐらいまで上がったところで太くたくましい二本の腕がにょきりと伸びてきました。
「よいしょっと!」
掛け声ひとつで急に視界が動きます。
びっくりするわたくし達でしたがその腕はよろけることも落とすこともなくわたくし達ごと木桶を掴みそのまま軽々と持ち上げてそのまま地面にそっと置きました。
風が吹いています。下を見れば野の花が揺れており、周囲を見れば森の木々がざわざわと風に梢を鳴らしています。
『たすか、ったのか?』
「そうみたい、です」
先ほどの穴の底が嘘だったように思えるほどその光景は穴に落ちる前となんら変わらないので実感がわきません。
木桶の中で動けないでいたわたくし達の頭上でちょっと困ったような声がかかったのはちょうどその時でした。
「お~~い。おまえら怪我、してねぇか?」
声と同時にいきなり大きな影がわたくしたちの上に生まれました。
見上げれば大きな大きな影……を作り出している男の人。
後ろに流されている髪はまるで大型獣の鬣を思わせ、長く伸ばした髭と一緒に風にそよそよと靡いています。
丸太のように太い手にがっしりとした体格。
鬣のような髪も相まって獅子のように大きな身の丈は威圧感を感じる所ですが、浮かべる表情の人懐っこさおかげか近寄りがたい雰囲気はまったくありません。
目が合うとこげ茶色の瞳が優しげに緩みました。
「災難だったなぁ~~でも無事でよかったなぁ~~」
うんうんと頷くと男の人はわたくしの腕の中の陽にも「よかったなぁ~」と撫でられました。
大きな手でわしわし遠慮なく撫でているものだから陽がものすごく左右に揺れています。あ、怒りの感情がぴしばしと伝わってきますよ。
『いたいんだよっ!』と怒りマーク付きで卵が怒っています。
「あ……助けていただいてどうもありがとうございます!」
男の人の立派な体躯に圧倒されてしまっていたわたくしですがまだお礼も言っていないことに気づき御礼を言ってあわてて頭を下げます。
「いいっていいって。困ったときはお互いさまだ!」
だから気にするなと男の人はからからと笑っていました。
でもわたくしと陽はからから笑っていらっしゃる男の人の背後に根元からへし折られたかのように横たわる木だとか飛び散った木片や木屑などがとても気になるのです。
周囲にはわたくし達以外には誰もおらずどう考えても男の人があの木桶をあの木で作ったとしか考えられません。
できるできないは別として状況から察したらそうなってしまいます。
大きな体ですから力があるのはわかります。
だけど一撃で木を倒した挙句それらを加工するのを一人でしかも短時間でできるものなんでしょうか?
じっと男の人を見つめます。
体や目には竜族の特徴が見つけられません。でもなんとなくですが人間でもないような気がしますよ。
大柄な体を除けば人間そのものですが他種族の中には人間と変わらない姿のものもいるそうですからこの男の人も人間によく似た姿を取る種族なのかもしれません。
人間だったらびっくり人間認定決定ですけど。
「しかし、何だってあんな所に穴なんて開いてたんだか」
恩人さんが腰に手をやって穴の深さを確かめるように覗き込んで肩を竦めています。
恩人さんの言葉に全面的に賛成ですよ。
こんな所で穴(明らかに誰かの手で作られた!)があったら危なすぎます!
「これは放置するわけにはいかねぇなぁ……簡単に柵でも作っとくか」
「え?でも柵なんて作ろうにも……」
「うん。こいつがいいか。……ごめんな太いの枝を少し貰うな」
いつの間にか近くにあった樹齢何千年と生きているであろう木の前に恩人さんが立って幹に触れながらそんなことを言っていました。
あ、あの何で腰を低く落としているんですか?
腰の辺りに構えて握った拳はどこに打ち込む気ですか?
ふぅ~~はぁ~~と恩人さんが息を整えていらっしゃいます。
恩人さんが息を吸って吐く度に緊張が高まっていくようです。
ふと二の腕をみると微かに鳥肌が立っていました。
声をかけることはもとより息すらもすることを憚るような鋭い空気です。
逃げ出したいようなでも目を逸らせないような不可思議な感覚です。
「はぁぁぁぁぁぁぁ~~~~!せいっ!」
恩人さんが一際大きな掛け声を上げるのと同時に拳が上へと突き上げられます。
狙いは大きな恩人さんよりも更に上にある人一人分はあるだろう枝!
どう考えても届かないはずの拳はどういう理屈か風を纏い、ぶわりと実際の長さよりもするりと伸び。
その瞬間、目を開けていられない衝撃にわたくしは陽を庇いながら目を瞑りました。
腹の底に響くような重い音とともに局地的な地震のような揺れがわたくし達を襲います。
「わわっ!」
『うぁ!』
「ふぅ……ありがとさん……うん、これならいいだろう。よいしょ!」
衝撃で上がった土煙に少し咳き込んでしまいます。
わたくしの咳に気付いたのか土煙の向こう側にいた恩人さんが振り返りました。
「あ……すまねぇなぁ~~だいじょうぶか?」
「げほっ!だ、だいじょ……」
幸い屋外だったこともあって土煙はすぐに風に吹かれて消えていきます。
土煙で目と喉が痛いですが大分薄れています。この分だと咳もすぐに治まるでしょう。
そう言おうと思って顔をあげたわたくしでしたが目や喉の痛みは飛び込んできた衝撃映像で一気に星の彼方まで飛んでいってしまいました。
痛む喉も咳も全て忘れてしまったわたくしがあんぐりと口を開けながら目を見開いた先には恩人さん。
「あ、の……そ、れ……おもく、ないん、ですか?」
震える指で指したのは冗談みたいに重そうな木の枝を肩に軽々と担いだ恩人さん。
本当に軽々と担いでいるから良く出来た張りぼてですが?と聞きたくなりますが恩人さんの後ろの地面に木が落ちたときに出来たであろう窪みが見えてしまってその言葉を否定せざるを得ません。
恩人さんはあははと豪快に笑いながらぽんぽんと腕一本で上げ下げします。
ひぃぃぃ!
笑いながらそんなことをする恩人さんにわたくし盛大に顔が引き攣ってしまいます。
お、落ちてしまいます!
落ちたら確実に恩人さん大怪我ですから見ているこちらは気が気でありません!
「こんぐらい軽いかるい!さて、さっさと柵を作るかぁ!」
ぽんぽんと上下させていた木の枝(くどいようですが一個人で取り扱える重量ではありませんよ!)をまるで紙風船でも放り投げるかのように恩人さんは一際高く木の枝を上へと投げました!
「ひぃぃぃぃ!」
『おいおいおいおいおい!』
ギャラリー(わたくし達)の悲鳴も何のその恩人さんは不敵な笑顔のまま自分に向けて落ちてくる木の枝を見上げたまま逃げようとしません!
「お、恩人さん!逃げてっ!」
『おっさん!死ぬぞ!』
「あははははっ!てぃ!」
ぶんっと恩人さんの拳が再び風を切ります。
何か特別なことをしたようには見えません。
ただ拳を突き上げただけ。
なのに木の枝は二つに割れて再び空中へ上がっていきます。
『「ふぇ!」』
え、なに?
何が起きたのですか?
有り得ない光景に思考停止している間にも有り得ない光景は進んでいきます。
「てぃ!そりゃ!おりゃ!とりゃぁぁぁ!」
恩人さんの掛け声と共に拳が突き上げられそのたびに木の枝は小さく割られていっています。
小さく分割されていく木の枝はまるでそれが決まりごとだといわんばかりに空に戻り再び落ちてまた小さくなっていきます。
ぱかんぱかんと薪割りに似た音が振り上げられた拳の数だけ森に響いていきます。
でも音を奏でているのは鉈ではなく人?の拳だというのが違和感バリバリです。
「ふぉい!……これで最後っ!」
幾つになったのか数えられないぐらいの速さで舞い上がった木の枝はもう少し歪な木の板に変わっていて恩人さんが伸ばした掌に軽い音を立てながらきちんと重なっていきました。
にかっと恩人さんが笑います。
「これで柵ができるな!」
「ソウデスネ」
棒読みでそう言うのがわたくしの精一杯。
命の恩人さんはどうやらびっくり生物だったようです(確定)。




