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店舗外日誌 ピクニック六

 見上げれば小さな光の円。

 ちょっとした井戸ぐらいの深さはありますね、ここ。

 っていうかなんでこんな穴があんな場所に開いていたのでしょうかね?

 自然にできたとはちょっと思えませんよ。この穴、綺麗な円ですし明らかに人の手が入っているように感じます。まぁ、石とかで舗装されていたらわたくし無事ではすまなかったので土でよかったとおもいますけど。

「自力で這い上がるのは無理ですね、これは」

『……うん』

 ちょっと下から見上げると絶望的になってしまう深さですね。

 縦に真っ直ぐあいた穴は当たり前だけど周りは土です。しかも触ってみるとすぐに崩れてしまうためわたくしがロッククライミングもどきをしてみてもすぐに落っこちてしまうことが目に見えてしまいます。

 現状、わたくし達にできることはといえば……。

「だぁ~~れぇ~~かぁ~~たすけてくださぁ~~~~~い!!」

 大声で助けを呼ぶことしかありません。はい。

 でもまぁ、距離的に上にいる皆さんとそう離れていなかったのですぐに発見してもらえましたよ。

 円の縁から覗き込んでいるらしい本の虫さんの姿はよく確認できませんでしたがあの独特の声は反響してよく聞こえました。

 ああ~~よかった!

 見つけてもらえたぁ~~!

「きゅい~~~~~~!!」

「落ちてしまいましたぁ~~たすけてください~~!」

 大声でそう叫ぶわたくしに本の虫さん達がきゅいきゅいと何事か相談しているのが聞こえてきます。

 そして何事か結論が出たのでしょう穴の底にいるわたくしたちに向かって何か説明してくれています。

 が。

 わたくしも陽も本の虫さんの言語がさっぱりわからないのです。

 だから彼らが何を言っているのかさっぱりわかりません。

「な、なにをおっしゃっているのかわかりません~~!ごめんなさい~~!」

「きゅいきゅいきゅいいいいぃ!」

 必死に何かを言ってくれているのですがわたくし、さっぱりわかりません。

 普段なら顔を見て喋るのである程度なら読み取ることができたのですが声のみだとここまで意思疎通ができないとは……やっぱり勉強しましょう。絶対に習得します。

 そんなことを心に決めているうちに上では何か変化があったのか

きゅい!と可愛らしさの中にも勇ましさを感じさせる声が聞こえたかと思うと光の円に小さな黒い点が生まれます。

 なに?

 それはどんどん大きくなって……って何か落ちてきて……!


 身の危険を感じます。痛む足を無理矢理立たせてわたくしは慌てて陽と供に穴の端に背中からへばりつくように寄りました。

 まるで鉄球でも落としたような鈍い音と共に上から落ちてきた何かが地面にめり込みます。かすかな土煙が晴れた後、顔を見合わせた(?)わたくしと陽は恐る恐る地面にめり込んだ落下物を覗き込みます。

「あ……」

『あっ!』

 地面にめり込んだ掌サイズの真っ白な繭。

 見覚えのありすぎるその繭にわたくしと陽は声を揃えてその名前を呼びました。

「『本のさん!』」

 そう上から落っこちて来たのは本の虫さん(繭バージョン)だったのです!

 さすが世界最強最硬の繭!

 変な感心をしながら傷一つついていない繭を土から持ち上げます。

 結構な距離からの衝撃にも全く変化のない繭はふわふわでどう考えても防御力が高いとは思えません。

 試しに指で突いてみると弾力性があるのか微かに押し返してきます。

 通気性がとても良さそうですね。

 本当にこれ、どういう仕組みなのでしょうか?

 それになんでこの本の虫さんは上から落っこちてきたのでしょう。

 どうも自分の意思で落ちてきたようですけど……。

『?上、静かになってないか?』

「本当ですね……助けを呼びにいかれたのでしょうか……」

 陽の言葉に上を見上げてみれば本の虫さん達の気配がなくなっていました。

 まぁ、本の虫さん達のサイズではわたくしたちを助け出すのは不可能ですから手伝いを呼びにいかれたのでしょう。

 この子は……不安にならないようにと残ってくれたのでしょうか?

 それにしてはショッキングな登場の仕方でしたけど。

「本の虫さん?……本の虫さん~~?」

 手の中の繭に呼びかけてみますがどういう訳だか繭から本の虫さんは出てこないのです。

「……どこか打ち所が悪かったのでしょうか……」

『でも本の虫の繭はすげぇ硬いんだろ?』

「そうですけど……」

 呼んでも揺すっても繭になった本の虫さんはなんの反応も示してくれません。

「ふ、不安が増すのですが……」

 動かず手の中に大人しくしている繭バージョンの本の虫さんに実は……なんて考えが頭を過ぎってしまいました。

 いけません。いけません。

 弱気はいけませんね。

 自分を戒めつつ本の虫さんをポケットに入れてわたくしはもう一度座り直しました。

 膝の上は陽がいますし、地面に寝かせておくのも可哀想ですし何かあったときに迅速に動く為にポケットに入っていてもらいましょう。

 驚きの本の虫さんの登場で忘れていた捻挫が今になって痛んできました。

 座って少し楽になってほっと息をつきます。

「ふぅ……」

『……どうした?どこかいたいのか?』

「なんでもないですよ」

 撫でながら心配そうな陽にそう強がりますがどうやら痛いのを隠しきれていなかったようで心配そうな気配が薄れません。

 うう……わたくし解りやすいので隠し事に向いてないんですよ。

 でもこんな状態でわたくしが怪我しているだなんて心配事を増やしてもいい事なんてないと思うんですよね。

 ど、どうしましょうか……あ、そうだ!

「陽、暇ですね」

『は?』

「助けがくるまで暇ですね」

 あからさまな棒読み口調に陽から不信感が隠すことなく漂ってきます。

『なに言って……』

 言い負かされる前に畳みかけます!

「暇なのでわたくしが記憶している故郷の世界の本の話などをしてみようかと……」

『聞こう』

 竜の皆さんと本の虫さんにはこの手が本当によく効きますね~~。

「では……」

 そう言ってわたくしは目を瞑ります。

 すぐに不揃いな本棚が乱立するイメージが浮かび上がってきます。

 わたくしの口は物語を紡ぎ始めました。


 物語に耳を澄ます陽の気配を感じながらいくつかの童話を語っていきます。

 かちかちやま・ももたろう・一寸法師・鶴の恩返し……本日のラインナップは日本昔話にしてみました。

「さて、次のお話で……」


「うぉぉぉい!だれかいんのかぁ~~」


 どれぐらいそんな風にお話をしていたのでしょう。

 十話以上は確実に話し終っていた頃、頭上から野太い声が響いてきたのです。

 ぱちりと瞳を開けて慌てて上を見上げました。

 すると光の縁にこちらを覗きこむ人の顔が見えました。

 逆光になって顔はよく確認できませんが大柄な男性のようです。

 見知らぬ人、だと思います。

 それに本の虫さんやノール爺さんの姿も見えず男性一人だけのようですし呼ばれて来てくださった助っ人さんではないようでした。

 通りすがりの人、でしょうか?

 ぽへっと見上げているとわたくし達の姿を見つけた男性が「おお、いた」とこちらに手を振ってこられました。

「落っこちたのか~~~~?」

「え、あ、はいぃぃ!そうです~~!」

 手をメガホンの形にして自分達の状況を説明します。

 それに男の人はうんうんと頷いてから「もうちょっと待ってろ~~」と言われて顔を引っ込められました。

 そして聞こえてくる「はぁ!」という掛け声とどぉん!というとんでもなく大きい音、そして大きな何かが地面に倒れた音。

 え、え、何?一体この上で何が行われているんですか?

『あいつ……なにしてんだろ……』

 陽も不安一杯で上の出来事を窺っているようです。

 その後も「はぁ!」「とぉう!」「とりりりゃ!」などの掛け声と共に何かを割るような音や削る様な音やらが響き渡りわたくしたちの不安はどんどん増していきます。

『な、なぁ……本当にあいつ、大丈夫なのか?助けてくれるのか?』

「ダ、ダイジョウブダイジョウブデスヨ……」

『目を逸らすな!何故片言になるんだぁ!』

 陽が卵から孵っていたらきっと泣きながら縋りつくような場面です。

 正直わたくしもどうしたらいいのか……。

「よぉ~~し!完成だぜぇ!」

 稲妻のような声が空気を響かせます。わたくしと陽はその声に思わず飛び上がって上を見上げます。

 な、なにがこれから起きるのでしょうか?

 戦々恐々としながら見上げるわたくし達に男性は朗らかな声と共に上から何かを結構なスピードで落としてきました。


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