店舗日誌 二ページ目
異世界トリップをして竜に拾われ竜の里につれてこられ竜の経営する本屋で竜を相手に接客すること数ヶ月。
来店されるお客さまにあわせて伸び縮みする店舗や本にも慣れ、巨大だったり鋭かったり見た目がまじで怖い(でも中身気さくで本当によい方ばかり)なお客さまがたにもようやく慣れてきた今日この頃。
いつものように一人で店番(あれ?そういえばわたくし上司さんが店にいてくれたのって最初の一日だけであとは買い付けだぁ~~って店丸投げされてる?)をしつつ空白時間なのかお客さまもいらっしゃらないので竜という種族の生態について考えをめぐらしてみます。
ご存知の通りこの世界には竜がいます。もちろんそれ以外の種族もいるそうなのですがわたくしは詳しくは知りません。竜はまぁ、わたくしの世界のゲームに出てくる竜を思い浮かべていただければイメージしやすいでしょう。見上げるほどの巨体に肌を覆う鱗に長い尻尾立派な牙と爪、大きな翼など結構そのまんまですよ。何せ今の上司に出会った時、丁度外から本を仕入れて里に帰る途中だった上司は移動距離の短縮のために本来の姿をとっていて、背中に山のように本を背負っていても迫力満点の怖さでした。。
想像してみてください。見知らぬ土地に突然投げ出され混乱している最中に後ろから背中を馬鹿みたいに大きくて真っ黒で赤い目をしたゲームか小説の中でしかお目にかかれない生物に鼻先でつつかれた自分を!
怖いでしょ!
固まるでしょ!
思考回路がショートしますよね!
わたくし、人間とは本当に恐怖を感じたときは悲鳴すらあげることはできないのだと実感いたしましたです。
ととっと。お話を戻して、っと。
竜と一口に言っても個々の力等でその外見体格色々と変わるのだそうです。
基本的な姿は先に述べたように成人したら巨大な竜の姿なのですが彼らは日常生活をしやすいように術により姿や大きさを変化させています。
基本の姿に近い姿にしか化けられなければ力が弱く逆に人の姿に近い姿に化けられるのは力が強いという見分け方のようです。まぁ、これらの分類はあくまで目安であり外の世界ではともかく里にいる間は楽な方がいいと力が強くても本来の姿のままかあるいは近い姿で過ごされる方も多いそうです。また、完璧に人間のような姿をとれる人は殆どいない、そうです。まぁ、里でもまんま人間、って勘違いするような外見のかたはいらっしゃいませんでしたかね。 姿は人間でも腕や顔に鱗が残っていたり、尻尾があったり二足歩行しているけど顔はまんま竜だったりとどこかに本来の姿のなごりがあるんですよね。
とまぁ、こんな感じでこの里ではわたくしより一回り大きいだけの人の姿に尻尾の生えた奥様が山かっと言いたくなるぐらいの大きさの竜を「この馬鹿亭主!」とか言ってお尻を叩いて涙目にさせる光景が当たり前に繰り広げられているのです。
違和感バリバリですが数ヶ月もすればいくらか慣れてきます。
ふぁ~~、窓から入ってくるひさしが気持ちよいですねぇ~~。このまま眠ったらものすごく気持ちがいいだろうなぁ…………ぐぅ~~はっ!
だめだめ!
仕事中に居眠り厳禁です!
ぐにぃーとほっぺを引っ張って眠気を飛ばしますよ~~。せっかく故郷では見つけられなかったお仕事なんです!
しかも憧れの本屋勤務!
張り切れ自分。がんばれ自分。眠気なんかに負けるな自分!
めざせ自立した社会人!
眠気と戦いつつ気持ちを新たに誓う元フリーターのわたくし。座っているから眠いんですよね。動いていれば眠気も覚めてお仕事もできて一石二鳥ですよね!
カウンターの中に置いてあるはたきを手にいざ、お掃除開始です。
わたくしの勤め先である本屋は「竜本堂」(上司さんのセンスがよくわかるネーミングですね)と言います。
竜というのは種族単位で好奇心が旺盛で知識欲が高い生き物として有名で、竜の方は大体が無類の本好きであり、竜の住む里には一つないし二つは必ず本屋があるのだそうです。
わたくしの上司さんも例に漏れず本好きですが少しだけ違うのが本を「読む」ことよりも本を「集める」ことの方が好きだという点です。
店の店主なら定期的に本を入荷するためにお店を閉めることはよくあることですが上司さんの場合その度合いが酷すぎたそうです。
むしろ店を開けていることの方が珍しかったと村一番のおじいちゃんの竜さんがしみじみと仰っていました。外を飛び回ってまだ見ぬ本や頼まれた本などを探し出すのが何よりも楽しいと言い切った上司さんを知っている身とすれば「ああ」としか言えません。
趣味全開で人生を謳歌している上司さんとは反対に不満を募らせていくのが里の竜さん方です。本が大好きなのに里にある本屋の店主は本を求めて外の世界を縦横無尽に飛び回ってちっとも帰ってこない。大量の本と共に帰ってきてくれるのはうれしいのだが一日だけ開けたらその後はまた外に飛び出して店は再び閉めっぱなし。
本好きから本屋(供給源)を断つのだめ、絶対。
本に飢えた里の皆様は上司さんを店に縛り付けるかそれとも店員を雇わせるかで揺れ、辛うじて店員を増やす方向で決まり、わたくしの前に何人か店番を雇ったのだそうですけど………無類の本好きを本屋に置いたらどうなるか、想像できますよね?
案の定、軒並み自分の読書に夢中になって仕事にならなかったそうです。
竜が本屋を開店するにはある程度本好きの自分をコントロール出来る人物でなければならないのですが残念なことに上司さん以外に適任者がいなかったのです。
………上司さんも里の皆さんとは違ったベクトルで自制できてないので適任者とはいえないかも知れませんが。
そんなことが続きいよいよ読書欲が高まり本に飢えていた里の皆さんがどうにかして上司さんを店に縛り付けるぞと計画を練りだしたその時にわたくしがひょっこりとこちらの世界に現れてあれよあれよと上司さんの店で働くことになったのです。
タイミングがいいのか悪いのか……そういえばわたくしがこの世界にやってきた原因はいまだに不明なのですがもしや本が読みたいという竜の皆様方の執念が本屋の店員が出来るわたくしをここに呼んだというオチではございませんよね?
……。
…………深く考えると怖いことになりそうですから、考えるのはやめましょうか!
さて、掃除掃除っと。