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店舗日誌 其の五

 前回の検診で陽が孵化しないのは持って生まれた力に適応するため体を作るのに時間が掛かっているからということがわかって本当に心底安心しました!

 体が出来上がる時間は個人差があるため断言は出来ないが心配することはないと女医さんも断言してくれましたしね。

 定期健診は欠かせないけど不安ごとが解消されてわたくしの心は晴れ晴れとしておりました。

 棚にハタキをかける手もいつもより軽やかです!

「ふ~~ふふん♪」

「きゅい!きゅい!」

「きゅきゅきゅ~~!」

 わたくしの機嫌のよさが移ったのか研修にやってきた本の虫さんたちも鼻歌をご機嫌に歌っています。

 楽しいですねぇ~~!

 なんだかご機嫌でくるりと軽やかなターンなんて決めちゃったりして!

 バレリーナのように爪先で回ってみちゃいます。

 おお~~我ながら綺麗なターンです。

 ちょっと自画自賛してしまいたくなりました。

「きゅきゅ~~!」

 本の虫さん達がぱちぱちと拍手をしてくれています。

 てへへ。

 背中に背負った陽からはアホらしいという隠しもしない感情を感じますが無視です。無視。

照れながら決めポーズから顔を上げると窓の外で多分、井戸に水を汲みに行く途中と思われる主婦の女性と目がバッチリあってしまい顔が硬直します。

両手を広げ片足でバレリーナ立ちをした姿。

身内(本の虫)なら見られてもネタとして済みますがご近所さんに馬鹿をしている所を見られると洒落になりません。

だらだらと嫌な汗が背中を流れます。

「きゅい?」

「きゅいい?」

『あほ?』

 背中からの突っ込みに言い返す言葉をわたくしは持ちませんでした。


 慌てて体勢を直し、呆気に取られてこちらを凝視している女性に引きつった笑みを見せそそくさと掃除に戻って見せました。

 ぎくしゃくした動きでハタキを動かすわたくしはさぞ滑稽だったことでしょう。

 ハタキをかける手も止まりがちです。

 ううっ。恥ずかしい。恥ずかしすぎます。

 穴があったら入りたいとはまさにこのこと。

 馬鹿みたいに浮かれている場面を見られてしまうとは!

 浮かれきった頭に水をぶっかけられた気分です。

「きゅい!」

「きゅいきゅい!」

 後悔先に立たず~~と頭を抱えているとズボンの裾をくいくいと引っ張られたので下を向くと本の虫さん達がずらりと勢ぞろいされていました。

 気付けば店内は埃一つ落ちておらずカウンターも窓もぴかぴかです。

「あ!お掃除もう終っちゃいましたか!すいません!もう少し待ってくださいこちらもすぐに終らせ……」

 急いで手を動かそうと思ったらそこにはやり切った顔で汗を拭う本の虫さんとぴかぴかになった棚が……。

「えっと……ありがとうございます……」

 大人しくわたくしは頭をさげ、礼を言います。

後輩にここまでフォローされるなんて先輩としての威厳、ゼロですね。わたくし。

 朝の朝礼を簡単に済まし、お取り置きのお客様の確認をしてから外のプレートを閉店から開店にひっくり返します。

「きゅいきゅい」

「きゅい」

 本の虫さん達は本棚の本の整理をしています。

 こちらの本には日本のように背表紙に番号が振ってあったり出版社の名前があったりするわけではないので単純に作者の名前順、さらにその作者の著作の中でタイトル順という陳列方法です。

「きゅい」

「きゅい!」

 営業しているとどうしても乱れてしまう本棚は時間のある時を見計らって直していきます。

 本の虫さん達が手際よく本を抜き差しして整えてくれています。

 本に触れている彼らはどの顔も嬉しそうです。

 この研修を始めた当初は本屋にある沢山の本にそわそわしていた彼らですが最近はそんなこともなく寧ろこうやって誰かに本を薦めたりするこの仕事を気に入っているようです。

 本の虫。

 そう名づけられた彼らはやっぱり本好きなのでしょう。

 この分だとここでの研修を終えて他の場所に行く日も近いでしょう。

 彼らがいるとわたくしも助かるので研修が終ってお勤めしてもらえるように上司さんに掛け合ってみましょうか……。

 そんな将来を想いながら取り寄せ依頼の本リストに目を落としてたいぶ多くなったその冊数に微かに眉を顰めます。

 取り寄せと聞くとどうしてもあの人のことを思いだしてしまいます。

「上司さん……どうして連絡すら入れてこないんでしょうか」

 陽の父親(?)であろう上司さんは陽がこの店にやってきてから今日まで何度も連絡を取ろうと村長さんや副村長さんに手を尽くしてもらいノール爺さんも独自に連絡を取ろうとしたらしいのですがその殆どが手ごたいなし、解るのは無視されているわけではないだろうということです。

 本を集めるのに一体どんな秘境に迷い込んでいるんですかあの人は。

 自主的に帰ってくるのを待つならばまだまだ数ヶ月先になるだろうしそれすらも上司さんの気分次第で伸びる可能性があるとノール爺さんが苦々しい顔でテーブルを叩いていました。

 本当にこちらの都合をトコトン考慮してくれない人ですよ。

「陽のこともはっきりさせたいのですけどね……」

 陽はカウンターに置いたクッション入りの籠の中で眠っています。


 本当に陽は上司さんの子なのか?

 どうして陽は店の前においていかれたのか?

 母親は一体どこに行ってしまったのか?


 疑問は沢山あります。

 そしてその全てにいまだ答えが見つかりません。

 陽のためにも両親はハッキリさせた方がいいと思うのですが。


 でも現在出来ることといえば上司さんが帰ってくるのを待つしかないのです。

 もどかしさで一杯になってしまいます。

 

 柔らかな日差しに店の中をててっと動いて働く可愛い本の虫さん。

 すぐ側には籠の中で眠る卵。

 元の世界だと非日常だって思うはずの光景が今のわたくしにとってはこの上もない日常で和んでしまいます。

 謎は解けず、わたくしは元の世界に帰れない。

 だけど悩んでも仕方ない。

 やれることがあるのなら今はそれをやるだけです。


「よし、がんばるぞ!」


 そうして今日もわたくしは本を手に仕事に励むのでした。


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