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店舗日誌 其の四

「ふむ。実に興味深い」

 チョコレート色のうねうねした髪の先を指で戯れに遊ばせながら里のお医者さんをしている木竜のおねぇさんのセクシーな口元が楽しげに歪められます。

知的な眼鏡の奥のトカゲのような瞳を細めて診察台に座ったわたくしが抱える陽に聴診器を当ててそんなことを言います。

 ……あれ?

 何故でしょうか。お医者さんというよりかはマッドドクターと対面しているような気になるのですが。

 ノール爺さんが朝一番に行けと予約していたのは竜の中でも医療系に強い木竜の女医さんが経営している診療所。

 そこの経営者兼主治医をしている木竜のおねぇさんはメリハリのある体にタイトスカートから伸びた足に鱗が見てとれ、瞳は竜の目の白衣が妙に色っぽく見える女医さんでした。耳からぱらりと落ちてきた髪を指で直す動作一つにすら妙な色香が漂っていて女のわたくしの胸でさえなにやらドキドキしてしまいます。

「えっと……あの……陽は……」

「まぁ、待ちたまえ。診察というのは入念に丁寧にやるべきだと私は考えている。間違いがあってはいけないからね」

 男の人のような口調でもっともそうなことを言っていますが陽の卵の表面を撫でる手付きが怪しくてネチこいのですがぁ!

『(ぞぞぞぞぞっ)!』

 どうやら診察を受けている陽自身もそう感じているようでツルツルのはずの卵の表面が妙にざらざら(鳥肌?)しているように思えます。


 な~~でなでしている手から思わず陽をひっぺかして遠ざけるように抱え込んでしまいます。

「あっ……」

 この人今、ものすごく残念そうな顔しましたよ!

 しかしそんな顔もすぐにきりりとしたものでとりつぐろわれる。

「医療行為の邪魔はしないで頂きたい」

「真面目な顔を作っても騙されませんから!」

 貴女、絶対に今の診察じゃなくて趣味でやっていましたよね!

 真顔から一転笑顔。

「あはは。まさかそんなことあるわけないだろ?」


「『うそだ』」


 見事にわたくしと陽の感情がシンクロしました。

 陽を抱えたまま半眼でジリジリと後すざるわたくしに女医さんは大丈夫だいじょ~~ぶと手招きしています。

 気分は野生動物ですよ。

 って女医さん。ちちちっとか本気で動物扱いですか!

「恐くない、こわくないよ~~」

「うううっ……」

 帰りたい。切実に帰りたい。 

 だけど入り口の前に女医さんが椅子ごと移動して塞いでしまったので逃げられません!

「ふふふっ……実にじ~つ~に興味深い患者だよ。その卵も保護者のきみもね」

 妖艶に微笑む女医さん。

「異世界の人間とは……実に貴重な検た……いや患者だ」

 ちょ!

 いま、なにか物騒な言葉を言いかけませんでしたかぁ!

 ここって医療機関ですよね!

 貴女は医療従事者ですよね!

 その目と手付きは患者に向けていいものじゃありませんよ~~!

 なんだか陽の身の危険と己の身の危険、ダブルで危険です!


 言語が可笑しいのは自覚していますが今は勘弁してください!


「ひょええぇぇぇぇぇ!」


『のぁぁぁぁぁ!』


 わたくしと陽、二人分の絶叫が院内に響き渡りました。


 しくしくしく。

「もうお嫁にいけません……」

『(がたぷるがたぷる)』

 恐怖の診察(?)を終えたわたくしと陽は抱き合い(?)ながらわが身に起こった災厄の名残に震えておりました。

 

 あ、あれは診察ですか?

 あんな診察ありですか?

 思い出すのも忌まわしい記憶が読みかえってきそうになって慌ててそれを振り払います。

 どんなことをされたのか、ですか?

 …………。

 お願いしますそれは聞かないでください……。


「うううっ……こ、こんなの診察じゃありませんよ」

 わたくしの世界だったら訴えられると思います。そして勝ちます、絶対に。

『怖い怖い怖い医者怖い病院怖い怖い怖い怖い……』

 ああ……陽の心に深い傷が……トラウマになってなきゃよいのですが……。

 無理っぽいですね。わたくし自身も病院怖いって言いたいですもの。

 ガタガタ震えている卵を必死に抱きしめながら満足そうにカルテに色々書き込んでいる女医さんを睨みます。

「あ、あのですね!先ほどの行為は医療行為からは逸脱していたと思うの……」

「さて、それでは検査結果を伝えようか」

 机に向かって一心不乱に書き物をしていた女医さんがくるりと椅子を廻しわたくしたちの方に向き直ったためわたくしの言葉は不自然に途切れてしまいました。

 舞台の女優のように大袈裟に腕を広げた女医さんに今度は何を起こす気かとわたくしは顔を強張らせます。

 そんなわたくし達に艶やかな笑みを見せた女医さんは手元のカルテと思しきものに目を落とします。

 そうしている様は医者のように見えます(医者ですけど)。

 腕の中の陽は戦々恐々とまるで死刑宣告をされるのを待つ犯罪者のような感情を抱いているのがわたくしに伝わってきます。

「まずは保護者殿からだな。一通り調べた結果、貴女の体はこの世界の人間種と大して変わらず未知の物質や病なども発見されなかった。勿論、魔術的なものに関しても同じだ」

「……」

『……』

「詳しい検査結果はこちらに……解らない点があれば説明と補足をするので遠慮なくどうぞ」

「…………」

『…………』

「まぁ、手短にいえば貴女はこの世界に生まれた人間とほぼ変わらない健康体というわけだ……所で、なんでわたしは先ほどからそんな驚いた顔で見られているのかな?」

 カルテに目を落としていた女医さんが阿呆のように口を開けて見ていたわたくしたちに気付いてそう言ってきます。

 ですがわたくしはそんなことを構っていられません。

 この衝撃の前で冷静になれるわけがありません。

 意外です。意外すぎます。

 普通のお医者さんのように普通に診察結果を言う女医さんは診察の時、わたくしたちを恐怖のどん底にご招待した時の恐ろしさはありません。

 普通に見えます。

 ビックリ仰天ですよ。

「……なんだか物凄く失礼なことを考えていないかい?」

 普通に見えていた女医さんの顔にキケンな色が混じり始めます。今にもメスとか取り出しそうな怪しい雰囲気にわたくしは慌てて首を横に振ります。

 機嫌を損ねたらそれこそ秘密の研究室とかにご招待されそうだったので必死に否定します。

 わたくしの必死の否定をすごく胡散臭そうに見ていた女医さんでしたが肩を竦められてスルーしてくださいました。

 よかったです。

 ほっと胸を撫で下ろすわたくし。

 女医さんは仕方がないなぁと言った顔でカルテを捲り二枚に目を通します。

「何だか脱線したね……わたし個人としては追求したい内容だが医者の本分の方を優先しよう。個人的な話は後回しだね」

 しれっとした顔で何気に恐ろしいこと言っていますね。女医さん。

 甘かったです。あまりスルーしてくれていません。蒸し返されないように気をつけなければ……。

 強く心に誓うわたくし。

 腕の中の陽からも絶対に話題にするなぁ~~という必死の感情が伝わってきています。

「さて、卵君が孵化しないことについて調べた結果だが……」

 その言葉に今までとは違う真剣さが顔に浮ぶのが自分でもわかります。

 なにか散々な目に遭わされてしまいましたが元々の目的は陽が何故孵化しないのかの原因究明です。

 あれだけの目に合わされたのだから原因ぐらい判明して欲しい!

 というのがわたくし達の偽らざる本音です。

「一言で言えば準備途中だね」


 …………。


「は?」

 何を言われたのか理解できずにいるわたくしに女医さんは優しいそれこそ白衣の天使(医者ですが)と呼びたくなるぐらいの神々しく慈愛に満ちた笑みを惜しげもなく披露しつつお言葉を続けられました。

「卵君が今だに孵化しないのは自分の持つ力が強すぎてそれに耐えられるだけの体の準備がまだ終っていないからだよ」

「準備?力が強い?え?」

「卵君は生まれ持った力がものすごく強い上に少々特殊、なのだろうね。普通の子と同じような体で外に出れば力に耐え切れないということを本能的に悟ってゆっくり時間をかけて耐えられるだけの体を作っている最中……保護者殿?大丈夫かい?ついて来れている?」

 女医さんが手をわたくしの前でヒラヒラと振っています。

 はっ!

 何だか一瞬、違う世界に飛ばされていましたよ!

「戻ってきたみたいだね」

「は、はい!あ、あの……!陽は別にどこか悪くて卵から出てこないのではなくて健康に出てこられる体を作るために時間がかかっているだけ、ってことですか!」

 勢いよく顔を上げてそう聞けば女医さんが強く頷いてくれる。

 どこも悪い所はない。

 病気でもない。

 陽は普通よりちょっとだけ孵化するのに時間がかかるだけ。

 よ……。

「よかったぁ~~~~!」

 心の底から安堵してわたくしは陽に頬をよせました。


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