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店舗日誌 其の三

ノール視点です。

 悩みを抱えた異世界の人間を顔でも洗ってしゃきっとしてこいと洗面所に追いやったノールはふよふよと階段に続く扉の隙間を覗き込み、そしてそこに浮かぶ白い影とあちらこちらに感じる複数の気配にやや呆れの混じった苦笑を浮かべた。

「よお、ガキはしっかり眠らねぇとデッカクなれねぇぜ?」

『……』

 しっかりちゃっかりことの成り行きを立ち聞きしていたらしい竜の卵が暗い廊下の端にひっそりといた。どういう方法をとったのかちゃっかり持参したらしい枕の上に鎮座する卵は何かを考え込んでいるように思える。

 そしてその卵の影からちょこんと心配顔をのぞかせているのは本の虫たちだ。今顔を覗かせている彼ら以外の本の虫の気配もあちらこちらに感じノ-ルはため息を禁じえない。

 まぁ、考えてみればあれだけ騒いだらこの卵が起きても不思議ではない。というかご近所も騒いでもおかしくはない……。

 そこまで考えてとある可能性に思い当たったノールは無言で窓の外を見て、想像とおりの面子の心配顔と目がバッチリあって一気に脱力しそうになった。

 村長副村長親子を筆頭に隣のおかみさんに本屋の常連達などなど……常日頃あの娘を気にかけている面々が寝間着姿でこちらを見上げていた。

「……おめぇら……」

「ノール爺さん。様子はどうだい~~?」

 窓の下で風竜が風の魔法を使っているのか聞こえるはずのない距離なのに囁くように訪ねてくる副村長の声が届いた。

 窓の外に集った竜の面々の顔は揃いも揃って心配を絵に描いたような情けない顔である。

 里の竜を桁外れのお人よしと言うべきかマイカがそこまで愛されていると言うべきかノールは束の間そんなバカなことを考えてしまった。

「……大丈夫だ。叱り付けはしたが当人は明日、坊主をつれて病院に行くそうだ。心配はいらん」

 端的にそう告げればほっとしたような気配がここまで届く。

 マイカがいつ帰ってくるか解らないので全員にさっさと家に帰れと身振りで伝えると相変らず 同じ場所にいる陽の元に戻る。

「坊主」

『……』

 ノールはマイカのようにこの竜の卵の考えがなんとなくでもわかる訳ではない。

 むしろただの人間である彼女がこの竜の卵の感情をなんとなくでも読み取っているのが不思議であった。

 ただ、今この場に置いてはノールにだって陽がどんな感情を抱いているのか解る。

 ノールはすいすいと宙を泳いで陽に近づくとその滑らかな表面を軽く叩く。

 衝撃で陽が軽く左右に揺れて陽にしがみ付いていた本の虫達が「きゅい!」と声を挙げながら廊下を転げた。

 「てめぇが今、自分を責めてんだろうなぁということは予想がつくぜ?でもな、せめて何になる?」

 自分が孵化できないからマイカはいらん罪悪感や悩みを抱く破目になった。

 俺様なくせにどこか物事の悪いことを自分のせいにしがちな幼き命にノールは説教を続ける。

 彼の保護者をしかりつけたようにしっかりと。

「ガキがウダウダ責任だのなんだの考えるんじゃない。それにお前は健康だ。医者に見せないと確かなことは言えねぇがワシが見たところお前は確かに健康体だ。そこは保証してやっから安心しやがれ」

『……』

 卵は何も応えない。

 だけど。

 一回だけ前に揺れたようにノールには感じた。


「ノール爺さん?」

 話し声が聞こえたのか洗面所の方から疑問の混じったマイカの声にその場にいるノール・陽・本の虫の動きが不自然に止まった。

 ギシギシとこちらに近づいてくる足音に素早く反応したのはノール。声を潜め残りの若者達を見る。

「小僧、さっさと部屋に帰れ。あとおめぇらは……」

『きゅいきゅい』

 指示を出しかけたノールを遮るように声を上げた本の虫達が任せろと言わんばかりに胸をドンと力強く叩く。

 呆気に取られて反応できないノール。

 しかしノールの反応なんざ気にしてないのかワラワラとどこからともなく集まってきた本の虫達はひょいと枕ごと陽を持ち上げるといつもより数倍静かなテケテケという足音と共に陽を部屋へと連れて行く。

 あっという間にその姿は遠ざかり遠くでドアが静かに開閉する音が届いてやっとノールは動き始めた。

「ノール爺さん。顔洗ったよ。というか今、誰かと話してなかった?」

「寝言だ」

 真顔でノールは嘘をついた。

「え?」

 度迫力の真顔にマイカがたじろぐ。

「寝言だ」

 畳み掛けるように同じ台詞を繰り返しつつ言い切ったノールに色々思うところがあるだろうに勢いに押されてこくこくと頷いてしまうマイカ。


 あの短期間に寝ていたんですか?

 っていうかノール爺さんって睡眠が必要だったんですかぁ?

 寝てたとしたらデカイ寝言ですねぇ!


 ノールに向けられるマイカの瞳にはアリアリとそんな言葉が大文字で浮んで点滅していたがノールはあえて見てみぬ振りをしていた。


「くだらんことを言ってないで明日に備えて寝ろ」


 ぺしんとノールの小さな手が再びマイカのオデコを叩いた音が響いた。



 

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