店舗日誌 十三ページ目
険しい顔をしたノール爺さん。神妙な顔で沙汰を待つシルバーさん以下本の虫たち。
どんな結果になるかわからずわたくしはただただ陽を抱きしめて成り行きを見守るしかありませんでした。
ノール爺さんの怒りも本の虫さんたちに悪気はなかったこともわかるから……せめて本の虫さんたちの事情は考慮してあげて欲しいです!
口は出せないのが情けないですけど!
助けを求めるように村長さんに視線を送りますがいつも通りぷるぷる震えながら成り行きを見守っていらっしゃるばかりでこの場はノール爺さんに任せる気のようです。
「無知の罪って知っているよなぁ?」
「はい」
「知らなかった、一族の中だとそうだったから、だから仕方がなかった、それで無罪放免っていうのは甘すぎるよなぁ?」
「全くその通りです」
ノール爺さんの言葉にシルバーさんが神妙に頷かれています。
「われわれの使命は「知」を集めること。他者の考え思想物語などありとあらゆる「知」に触れてきて間違いを正す機会はたくさんあった。なのに今回のことがあるまでわれわれは誰も過ちに気づかなかった。いえ、知識を集めることのみに慢心してほかの種族のことなど全く頭になかった……今回のことがなければわれわれはいつまでもただ、知識を集めることだけに邁進していた。おろかでした」
可愛い顔で自嘲するような笑みを浮かべるシルバーさん。か、可愛いのにそんな表情は似合いませんよ。なんでしょうか今すぐにでも飛んでいって頭を撫でて泣かないでって慰めてあげたい衝動にわたくし駆られるのですけど!
シルバーさんは大人のようにしっかりとした話し方をされるお方なのですが外見の可愛らしさのせいでどうして子供が精一杯背伸びして大人ぶっているように見えてしまって仕方がありません。
深刻な話し合いなのにどうしてわたくしには真剣に向かい合っているノールさんとシルバーさんが悪いことをして祖父に叱られてベソをかいている孫に見えてしまうのでしょうか。(でも両者ともに手乗りサイズ)
(ふ、不謹慎です……さすがに自分の脳内を消し去りたいかも、です……)
自己嫌悪です。しかし、わたくしが落ち込んでいる間にもシリアス展開は続きます。
「おめぇらも一緒だな……」
ん?
シルバーさんの言葉に哀れみを含んだ瞳でノール爺さんが何か独り言を言ったような……?
じっとノール爺さんの厳しい横顔を見ますが言ったかどうかなどわかりません。他に反応した人もいないようなのでわたくしの聞き間違い、だったのでしょうか……?
聞き返そうかと悩んでいるうちにノール爺さんが険しい顔のままベシンと膝を叩かれ全員の視線を集めました。
「ワシ一人の採決でてめぇらの処遇を決めるわけにはいかねぇ、だが、今この場でひとつの提案をさせてもらうぜ」
そう言ったノール爺さんがあげた提案の反応は……。
「え?」
『きゅいぃぃぃぃ!』
「へ?」
「ふぉふぉふぉふぉ」
外からは気持ちのよい日差し。お客さんの来店数もまずます。のんびりとした本屋独特の空気にどっぷり浸りながらわたくしはカウンターで陽を膝に乗せ清算をしつつ”新人さん”の仕事ぶりをこっそりと観察しています。
「それでねぇ~~昔、ちら~~っと聞いただけの本でねぇタイトルも作者名もわからないわ~~内容はね、確か婚約者が結婚前に殺されちゃった女の人が主人公なのよ~~それでなんか、その事故、あ、婚約者は事故で亡くなったんだけど主人公はそれに疑問をもって調べ初めてねぇ~~そこから色々な事故に遭うようになって……」
本を探されているお客様のうろ覚えな情報に”新人さん”が真剣に頷く。本屋で本を探しているといわれるお客様に多いのはこのお客様のようにタイトルも作者名もよくわからず曖昧な内容だけというパターン。
本屋の店員はまるで謎解きをする探偵のごとく与えられる手かがり(間違いがある場合もあり)を元に犯人(本)を見つけ出し確保しなければならないのです。
わたくしは昔、本屋でバイトをしていた時「男の子が剣もって戦う話だった」という情報のみで本の検索を頼まれ途方にくれたことがありました。漫画か小説なのか文庫かハードカバーか新書か外国人作家か日本人なのか細分化すればきりのない本の種類。
作家まで覚えろとは言いませんがせめてタイトルぐらいはちゃんと覚えておいてくださぃぃぃ!と内心叫びながらもお客さまへそんなことを言えるはずもなく笑顔をキープしつつ情報を聞き出しどうにかこうにか探し出しました。
これ以外にもやれ「面白い本はどれ?」とか(個々の好みによりますがと前置きしてお勧めを選びました)「さっきテレビで紹介してた本が欲しいんだけどとか(仕事中で見れるわけがありません!)とにかく大変なのが本の検索なのです。おまけにお客様は本屋の店員ならどんな本のことでもわかるだろうという幻想を抱かれているためこの手の苦労は減りません。
店員も人間ですから!
把握できる本も限られますから!
タイトルも作家も出版社すらわからない状態ですぐにお探しの本がわかるとかもうそれ超能力者ですからぁ!
新人さんで戸惑うのがこの対応ですが”新人さん”の本の知識は伊達ではありませんし当店の本の在庫についてはほぼ把握しているので鮮やかに対応しています。
小さな体でお目当ての本がある本棚までご案内するとすぽりと本を抜き出しお客様に手渡します。”新人さん”サイズで小さかった本がお客様の手にあったサイズになります。その中身をぱらぱらと確認されたお客様の顔が見る見るうちに喜びに染まっていきました。
「そうそうこれよ!この本よ!よかったわ~~!ありがとう!さすが本屋さんね!」
本を胸に抱いて笑うお客様に”新人さん”が照れくさそうに頭をかいています。
『きゅい……』