店舗日誌 十ページ目
目を開けたらきらきらと何かを期待するような目がわたくしを見上げています。幼子がただ無心に母親にねだるようなあの純心な瞳がいくつもいくつもわたくしを見ています。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そのきらきらに気おされてのどの奥から驚きのようなそうでないような己でも判断がつかない声が飛び出します。
この目の前にひしめいているかわいらしい小人さんもどきは何なのでしょうか?
彼らがあの本の虫なのですか?
本を繭に包んでしまい本に擬態する本を愛する者の天敵とまで言われたいるんですよ?
い、いくら外見が可愛くともここは心を鬼にして……。
『……きゅい~~?』
くっ!
君たちの言語は「きゅい」なのですか!
狙ってますか?
狙ってますよね!
その外見にその言語ってものすごくあざといですよ!
『きゅう?きゅい、きゅいぃぃ』
こ、今度はなにやら必死に訴えてきました。わたくしのズボンのすそをくいと引っ張ってうるうるとした瞳で見上げてきて……ああ、罪悪感がひしひしと心にわきあがってきます。
こ、こんな可愛い生き物のお願いを聞かない自分がものすごく悪いことをしているような気がしてしまいどうして邪険に扱えません。ううっ計画では意思疎通できるか確かめるためにノール爺さんがくるはずです。わたくしに対しては結界は妨げにはならないから朗読が終わったら速やかに結界外に走って逃げろと言われていましたが相手の予想外の可愛さにうっかり足が止まってしまった状態です。
ああ~~でもなんでこの子たちはわたくしをこんな目で見上げてくるのでしょうか?
一体なにを……もしかして……。
「おはなし、して欲しい、のですか?」
わたくしの言葉に本の虫たちの目が輝き、おのおの首を縦にします。力いっぱい勢いよく頷いていますが中には勢いがつきすぎてころんと転び、びっくり眼で辺りを見渡す子もいました。
か、かわいい……。
くらりと目眩にも似た何かを感じます。可愛すぎて倒れそうだなんて生まれて初めての体験ですよ。
「えっと……じゃぁ……」
ちょっとぐらいなら、いいかな?
なんて思っちゃったわたくしを神は見逃さなかったのです。
『いいわけあるかぁ!』
超高速で飛んできた陽のまさかの全身による全力突っ込みがわたくしの背中にグリーンヒットです。
「ったぁ!」
衝撃と痛みでその場に倒れたわたくしを座布団代わりにででんと鎮座する陽に周囲の本の虫たちが怖気ついたように騒ぎ出します。わたわたと地面で座布団と化したわたくしと陽を見比べそしてびびってます。当たり前です。わたくしでもいきなり目の前で巨大卵が飛んできて人に激突して割れもせずに威圧をばらまいてきたらびびります。というかわたくしと陽を中心に円状に空白ができてますよ。
「……女子供がこういう外見に弱ぇのは知ってんが……時と場合、考えろや、な?」
語尾にいい年してんだからという声なき声を感じましたよ、ノール爺さん。
ふんっ!とわたくしの上でふんぞり返っている陽に引き続きノール爺さんまでもがどこからともなく現れて言っても無駄だろうなぁ~~という顔で一応のお説教をくれました。
「ふぉふぉふぉ……マイカちゃん、本来の目的を忘れてもらっちゃぁ困るのぉ~~」
よぼよぼと杖をついて現れた村長さんにもそう言われたら目的をすこ~~んと忘れかけていた身としては何も言えません。はい。
きゅいきゅいとかわいらしい声でざわめいている本の虫たち。というか一連の出来事に混乱しているようです。
わたくしへのお説教が一通り終わったようでわたくしは陽を抱きかかえて立ち上がります。わたくしの肩にノール爺さんが座り村長さんがふぉふぉ言いながら一塊になりじっとこちらを見ている本の虫たちの前にまるで小さな子供の目線にあわせるようにそっと膝をつかれました。
「さて、お初にお目にかかる。わしはこの里の長をしておるものじゃ。さて、お主たちはわしの言葉はわかるかのぉ~~?」
手に手を取り合ってこちらをちらりちらりと見ていた本の虫たちだったのですが村長さんののんびりとした口調に敵意はないと感じたのか恐る恐るではありますがそれぞれが小さく頷かれました。
なんなのでしょうか、これは!
小さな小人の人形のようで可愛いのですけどっ!
内心で身もだえしているわたくしです。
『……おまえ、あほだろ』
そんな突っ込みを感じたと同時に腕の中の卵の重量が一瞬だけ重くなり、あわてて足を踏ん張って耐えます。
ちょ!
陽、いきなり重くなるのはやめてくださいとあれほどいったではありませんかぁ!
『……』
だんまり?
だんまりですか?
いいのですか?
その態度は人……ではなく竜として卵として意思あるひとつの存在としてその態度は適切だとあなたは本当にそう思っていらっしゃるのですかぁ!
「小娘、こ~む~す~め、口に思っていること全部出てんぞ」
な、なぬ!
気づけばぶつぶつと陽(卵)に向かって説教じみたことをつぶやくわたくしは異様に目立っていたようで……正直に言います。空気が読めていない人でした。わたくし。
しかも話の進行も止めていたようで……なんというか申し訳ございません……。
「しつけは後にしろや。いまはわりとまじめな場面だ」
わかるだろ?
無言の声がまた、聞こえました。
「はい……」
ノール爺さんにしかられて肩をすぼめてしまいます。
『……(笑)』
腕の中から爆笑しているような気配を感じますが先ほどの二の舞になるため我慢です。我慢!
むむっと歯を食いしばって我慢しているわたくしをよそに村長さんは再び本の虫たちと向き合われます。村長さんの視線に本の虫たちがびくりと震えます。前で起こった動揺が漣のように周りに伝染していくのが容易に見て取れました。
ふぉふぉと村長さんは近くにいた本の虫たちに安心させるように笑い声をあげました。
「さて……そうおびえずともよい……わしらは決してお前たちを傷つけるためにここに集めたのではないのじゃから……誰かわしらの言語を話せるものはおらんのかの~~おったら代表としてわしと話をして欲しいんじゃが」
ほぼ初めてといっていいほど人前に本来の姿を現した本の虫たちの言語を理解できる人はもちろんこの場にいませんので通訳できるような人材はおろか彼らの言語について書かれた辞書もございません。かろうじて「意思ある魔道具」であるノール爺さんに言語の翻訳機能があるそうである程度彼らの言語を聞いて法則がわかれば意訳程度ならできるだろうとのことでした。
ちらりと確認の意味をこめてノール爺さんを見ます。軽く首を振られたのでもう少し時間がかかるようですね。
でも彼らの中にわたくしたちがしゃべっている言語が喋れる子がいれば一番いいのですが。
村長さんのやさしい声でつむがれる言葉に本の虫たちが「きゅいきゅい」と何事か相談しあっています。
『きゅい、きゅいぃぃぃ。きゅい!」
『きゅいい。きゅうぅぅ。きゅい』
『きゅい!』
きゅいきゅいきゅい。
あちらこちらから可愛い本の虫たちの「きゅい」という声が鈴のように響いています。
難しい顔で腕を組む本の虫。
心配そうに辺りを見渡し隣の子にしがみつく本の虫。
冷静にめがねの位置を直し何事か提案している本の虫。
あの子もその子もどの子もきゅいきゅいきゅいきゅい。
ああ、なんでしょうか。この耳に残響として残りそうな感じは……。
「なんか、家に帰ってもこの声が耳によみがえってきそうだなぁ。おい」
「同感です」
可愛いんですけど……さすがにこの人数の「きゅい」は耳に残りそうですね。