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8 親友の最後


「あっ、あの! 翔さん」


 真っ赤になりながら、一人まかないを食っている俺に桜ちゃんが話しかけてきた。

 颯太は今日はシフトに入っていないため、休憩室で俺は桜ちゃんと二人きりだ。


「ど、どうしたの?」


 夏から良く話をするようになったし、携帯のアドレスも交換した。普通以上の好意を感じていたため、俺も声が上ずった。


「最近何か、ありました?」


 何度か逡巡しながらもついに桜ちゃんが言ってきた。何かと言われると、特にはないのだが、もしかして近いクリスマスの探りか何かだろうか?


「え、いや、もちろん無いよ。桜ちゃんはどうかしたの?」

「いや、あの……変なこと聞いていいですか?」


 桜ちゃんは思い切って言った。クリスマスご一緒に、でも好きです、でもなく。もちろん颯太と取り持ってくれ、でもなかった。しかし手持ちの手榴弾を投げ込んできた。


「――颯太さんと秘密の関係って、本当ですか!?」


 ……。

 …………。

 あまりに予想外な言葉に、完全に声を失った。

 衝撃にまん丸の目をしていると、桜ちゃんはぱっと両手を振って


「あ、ご、ごめんなさい! 言いたくなかったらいいんです、部外者が踏み込んじゃってすみません!」


 いやいやいや、その「二人の世界なんですよねえへっ」みたいな表情は何だ。


「い、いや桜ちゃん、何それ」

「その……最近翔さん落ち込んでるから、もしかして颯太さんと何かあったのかなって……」


 何かならあったにはあったが、たぶん想像しているのとは南極と北極レベルでかけ離れている。同じ極がつけばいいと思うなよ!


「クリスマスが近いのに翔さんが颯太さんに対して口もきかない素振りなので、もしかして同棲彼女さんと翔さんとの間で争いでも……とか、なんて勝手に思っちゃってすみません!」


 確かに颯太とは喧嘩中だ。いや俺が一方的に怒っていて颯太は宥めモードではある。そしてまた原因の一部も勿論あの女だ。だがなんといえばいいかわからんが、やっぱり桜ちゃんの想像とは一億年ほどかけ離れているはずだ。


「いや、違う、確かに颯太とは口をききたくないほど怒ってはいるが、桜ちゃんの想像が意味が分からないんだけど」

「だって、前に颯太さんにお二人の関係を聞いたら、秘密だって……」


 幼なじみでいいだろうがああああああ! 秘密にするのはあの女のことだけにしろあの空気読めない野郎が!

 多分聞かれている最中に面倒くさくなって「秘密にしろっていわれてるから」で話をぶった切った颯太が容易に予想がついて泣けてきた。


「私、そういう趣味の方を見るの初めてで、ドキドキしちゃって……」


 ピンク色に染める頬が可愛いなぁ、桜ちゃん……。俺もそういう趣味の女の子を初めて見たよ……。違う意味でドキドキするよ……。

 再度、颯太に対する怒りが再燃するのを感じた。




 * * * * * * * * * *




 話は2週間前にさかのぼる。珍しく俺に連絡なしで颯太が学校を休んだ。念のために電話するも、出ない。メールするも返事がこない。

 どうしたものかと思って放課後まで待ったが、それでも連絡がつかないため、ああこりゃあ殺られたんだなと思って俺は昭人を連れて颯太の家へきた。何故かというと当然死なば諸共だからだ。


「颯太んち行くの初めてだな」


 何も知らない昭人はうきうきとロビーを見回しながらエレベーターへと向かう。明日からそうたのその字で泣くんだろうなこいつは。

 部屋の前までくると、チャイムを鳴らすが当然颯太は出てこない。ああ、完全にお亡くなりだ。俺は部屋のスペアのカードキーを出した。

 いやいやいや、別に合い鍵を渡しあう関係ではない。不動産屋の眼鏡鈴木に「ついに連絡がつかなくなった、お前が死体を確認するか俺がするかだ」と言って借りてきた合い鍵だ。当然お前がしろよという意味合いで言ったのだが、鈴木は黙ってカードキーを渡してきた。あの眼鏡が。

 しかし俺も颯太の幼なじみだ。骨は拾ってやらねばならない。そう思ってカードキーをぎゅっと握りしめた。


「昭人はここで待ってろよ」

「えー、何でだよ」


 不満そうに言う昭人には俺の果てしない慈悲の心が理解できないようである。


「……とりあえず、颯太が何かなってたら大変だろ」

「あー、インフルエンザとか流行ってるもんな」


 多分流行ってないタイプの何かだ。流行っていたら怖い。


「まあ、昭人なら逃げ足速いから大丈夫だと思うけど」


 昭人を連れてきた理由の最大のところがこれだ。昭人は速い。限りなく速い。

 先日、クラスで休み時間にテレビをつけた奴がいて、ぱっとついたのが心霊番組だった。あっと思って振り向いたら昭人はすでにいなかった。多分神速の類だ。だって2秒前まで隣にいたんだぜ? 縮地をマスターしていることは間違いない。


「何いってんだ、インフルエンザから逃げられるかよー」


 そう言って笑う昭人に俺の命を託し、当然玄関の扉はあけたままおそるおそる部屋へと向かう。




 部屋は暗かった。おそるおそる入り口近くから叫ぶ。


「颯太! いるか!? 生きてるか?」


 返事は無かった……。俺は幼なじみの死に涙を堪えた。


「そうた……」


 犯人はまだこの部屋にいる。そろそろと壁伝いに部屋の電気をカチリと押したが、部屋は明るくならなかった。くっ……これが霊力ってやつか……。こみ上げる恐怖打ち消すように、俺は部屋を見回したが、うっすらと入るカーテンからの細い光以外は何も見えなかった。

 完全に暗くなる前に、と反対側の窓際に向かいカーテンを開けようとすると。

 ぐにゃっ。

 踏んだ。柔らかい何かだ。恐らく、颯太の……。


「颯太……っ!」


 思わず足下のその身体を揺さぶろうと前かがみになった瞬間。

 ――ふ、うふ ふ。

 耳元で声がした。生暖かいような背筋を凍らせる風が足下から吹いた。足下にあったはずの颯太の身体は、しかし跡形もなく消えていた。

 ――私……いま……るの。

 その人間とは思えない声が、俺の耳ではなく脳裏に響いた。その気配は紛れもなく。


「……っ!」


 ベッド下の女の気配だった。身体は完全に固まって、声すら出ない。一秒すら永遠のように感じた。走馬燈はまだ見てないが、俺も死んだと思ったその瞬間。


「翔まだかよー!」


 玄関から脳天気な声が聞こえた。

 ふっと身体が動き、崩れ落ちそうになるのをカーテンにしがみついたら、カーテンが開いて足下が見えた。

 ――そこには誰もいなかった。踏んだはずの、何かも。



 数分呆けていたようで、気がついたら昭人が近くまで来ていた。


「翔?」


 俺はゆるゆると昭人を見上げると、多分まだこれが現実と理解できなかったため、カクカクと頷いた。


「颯太は?」


 ベッドの方向を向く昭人は首を傾げた。足下のリモコンを拾ってピッと天井の電気をつけたようだ。あっさりと電気は着いて、周りがぱっと明るくなった。

 以前入った通りの部屋だった。そして俺と昭人以外誰も周りにいなかった。居間のソファにオレンジのベッドも変わらずそこにあった。

 ……しかしそのベッドには颯太はいなかった。


「あれ、颯太どっか出かけたのかな、せっかく来たのになぁ」


 昭人は残念そうに呟く。  


「……探すぞ」


 俺は震える声で言った。俺の想像が当たっているなら、颯太は……もう……。


「えぇ-。こんな真っ暗な部屋の中にいないだろー」


 いたら怖いじゃん、と呟く昭人であったが、俺の視線に黙り込んだ。

 俺は震える足でベッドまで歩くと、毛布を持ち上げて下を覗き込んだ。


「ぎゃああああああああ!」

「ひゃああああああああ!」


 俺と昭人の声が重なった。

 ベッド下には……あの女ではなく、颯太が転がっていた。

 ついに引きずり込まれてしまったのか、あんなに言ったのに、馬鹿、馬鹿野郎!

 どうして俺はもっとちゃんと止めなかったのか。2万の家賃なんかに引かれる颯太を殴って止めなかったんだ。

 震える手が颯太の身体に伸びる。すると。


「……ん?」


 うっすらと颯太が目を開いた。生きてる!!

 俺は慌てて颯太を引きずりだした。その奥になんかいたような気がしたが、見なかった事にした。颯太を助けるのがまず第一だ。


「昭人、手伝っ……」


 縮地の達人は既に部屋にはいなかった。さすがである。


「よかった、颯太、生きてたか……」


 あの女に取り殺されはしなかったのか。颯太を抱き上げると、その身体が燃えるように熱い。この熱で冷たい死から逃れたのだろうか。思わず俺の目からぽとりと何か落ちた。


「翔……?」


 ぼんやりと言う颯太に、俺は何も言うなと首を振った。


「怖かったろ、今度こそノーとは言わせないからな。この部屋から引っ越すぞ」

「……翔……」

「大丈夫だ、引っ越し資金は俺のバイト代を貯めてある。足りなかったら母ちゃんに土下座でもするし、美香さんだって手伝ってくれるはずだ」

「……待っ、翔……俺は……」

「分かってるから、あの眼鏡をぶん殴るのは俺に任せろ」

「多分……インフルエンザだ……」

「大丈夫だ颯太、インフルだろうが何だろうが俺が……。……インフルエンザ?」


 うつろな目で颯太は言った。俺の腕の中の颯太は、手も背中も熱く、その額からは冬だというのに汗が流れていた。


「熱が……39度近くあって、意識が朦朧として多分ベッドから落ちただけだ……」

「……」


 インフルエンザ?

 インフルエンザって、あの?


「何か、ほんと……すまん……」


 見てはいけないものを見てしまった顔で、颯太はよろよろとベッドの上に戻っていった。


「お前には連絡しようかと思ったんだが……変に連絡して見舞いに来させるのも悪いし寝れば治るかと思って……」


 かすれる声で一生懸命言う颯太を見て、俺は無言で立ち上がると、そのまま部屋を出た。

 十数分後、3日分のおかゆと冷えピタとアクエリアス2Lを5本ほど颯太のベッド下に投げつけると


「颯太の馬鹿野郎おおおおおおお!」


 叫んで部屋を飛び出したのだった。





 それからしばらく口をきいてない。



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