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7 夜中の訪問者

「翔」


 夜中にめずらしく颯太から電話が来た。


「どうしたよ、颯太」

「ひなこさんが俺んち来てるんだが」


 なんだってえええ!?

 クラス一人気のひなこちゃん。押しても引いても反応がない颯太にじれている感じはあったが、そこまで強硬手段をとるとは思わなかった。電話の向こうで颯太も少し困った様子である。


「体調が悪くなってしまったから少し休ませて欲しいって言っていて、とりあえずロビーのソファーで休んで貰ってるが」

「すぐ行く!」


 颯太が言い終わるより先に俺は電話を切って部屋を出ると、階段を駆け下りて家から飛び出した。自転車に駆け乗って、全速力で颯太の家へ向かう。俺の家からはおそらく十数分で着くはずだ。

 はやまるなひなこちゃん!

 そこは休憩所でもホテルでもない、お化け屋敷だ!




 * * * * * * * * * *




 ロビーには膨れた顔のひなこちゃんがいた。悪いのは恐らく体調ではなく機嫌だろうと察したが、さあどうしようと迷っていると目敏くひなこちゃんが俺を見つける。


「あー! 翔くん!」

「や、やぁひなこちゃん」

「ひっどーい」


 ひなこちゃんは完全に怒った顔でソファーから立ち上がった。予想通り元気そうじゃねーか。


「颯太くん、翔くんに連絡したのぉ?」

「ひなこちゃんが体調悪いみたいって言ってたから心配になったんだって。タクシー呼ぼうかって言っても少し休めば治るからって拒否したんだって?」


 あからさまな部屋に入れろ要求であった。


「だからって翔くんなんか呼ぶのってひどくない?」


 なんかと言われるこっちのほうがひどいと思います。しかし完全にひなこちゃんは拗ねモードである。唇を尖らせて言う。


「颯太くんって、翔くんと私をくっつけようとしてるの?」


 間違ってもそれはない。N磁石とS磁石をお互いの服につけてくくりつけられでもしない限りそれはない。


「そんなことないって、ひなこちゃんの体調を心配してるだけだよ。調子が回復したなら家まで送ろうか?」


 訳:どうでもいい、はよ帰れ。


「そんなこと言って、送り狼になるつもりなんじゃない?」


 ああめんどくせえこのアマ。

 女子ネットワークが恐ろしいので、穏便に済まそうと思っていたが、これは叩き出す必要があるかと思った時に。


「――そんなに元気なら帰ったら?」


 颯太がエルベーターから出てきた。ぱっとひなこちゃんが甘えた口調に切り替わる。これが狩りの女だ。おそろしい。


「颯太くん! ごめんね心配してくれてありがとぉ」


 颯太に駆け寄ると、その右手に自分の腕を絡める。さりげなく胸が当たっているのが特徴である。恐ろしい。

 中学時代から多少ならずも颯太争奪戦を見ていた俺は、女というのは可愛くて恐ろしいものだという認識が強かった。最近それに加えて怖いものであるという認識が加わった。ベッド下のせいで。


「いや別に心配してない。どちらかというと迷惑」


 するっと腕を外すと颯太はロビーホールから出口の方へひなこちゃんを向ける。


「そんなわけで、元気そうだし帰ったら? 俺これから翔と部屋で遊ぶからひなこさん入れる気ないし」


 いや待てそれは聞いてない。なんの罠だ。


「……混ざっちゃだめ?」


 めげないひなこちゃんは上目遣いに颯太へ言う。ちょっと目が潤んでいる。

 ここまで邪険にされてもあきらめないその根性は買うが、混ざるもなにも、俺は颯太の部屋に行く気は全くない。

颯太はふっと笑うと


「男子会だからダメ」


 そう言ってさっさとひなこちゃんを追い出した。おい、男子会ならばまず真っ先に追い出すべき女がいるだろうが。

 ロビーの外で不満そうな顔つきをしているひなこちゃんに背を向けると、颯太は「いこうぜ」と俺を促してエレベーターのボタンを押す。しぶしぶと続く俺。


「わざわざ来て貰って悪かったな」

「それは別にいいけど、いいのか? ひなこちゃん」

「追い返していいものかどうか悩んだから、翔に聞こうと思ったんだ」


 急に家に来る女なんて家族か宗教か狩人だ。


「お前がひなこちゃんに興味ないなら別にいいんじゃねーの? っておい」

「ん?」


 普通にエレベーターを出て部屋の鍵を開く颯太に、俺は断固拒否の姿勢を表した。


「なんで普通に部屋に呼ぼうとしてんだよ、俺は入らねーぞ」

「外寒いぞ?」


 だからお前はその気遣いをもう少しで良いから常識的な面へ向けろ。

 秋も深まり、慌てて出てきたせいでTシャツとジーンズの俺は寒い。寒いが中と外でどちらが寒いかと聞かれたら、中は心から寒くなりそうだから嫌だ。


「最近な」


 颯太が首を傾げて言った。


「宅配業者の人が来て」

「ほう」

「ベッドを入れ替えたんだ」


 !!?

 それは初耳である。もしや、もしかするかも!?


「俺には分からんが、宅配業者の人が何も言ってなかったからもういないんじゃないか?」

「まあ……たしかに可能性としてはありうるな」


 ベッドに取り憑いていたのならばベッドと一緒にいなくなった可能性がある。俺はちょっと気分が上昇した。


「やるじゃねーか颯太」

「いや、姉さんが手配したらしい」


 さすが心の同士、美香さん。すばらしい。

 俺は多少おびえながらも、玄関から侵入した。すたすたと颯太は居間へ向かう。


「コーラ飲むか?」

「心の準備が出来ないからちょっと待て!」


 居間に入る前に、深呼吸をする。そうっと片目だけベッドに向けると、確かに真っ白なベッドがオレンジのワンサイズ小さいベッドに変わっていた。

 こ、これはもしかしたら!

 その下をおそるおそる視界に入れると、銀色の輝く光があった。


「……」


 がっくりと両手をつく俺。変わってない、変わってないよ颯太。


「お前は……なんで全然気にせず生活出来るんだよ!」

「今のところ被害ないし」


 被害が出るイコールお前が死んでるわ!


「姉さんからの連絡が今だ父さん経由なのが困るくらいだな」


 美香さん……まだ心の傷が……。親父さんはおそらくただの姉弟喧嘩だとでも思っているだろうが、深い理由があることを知ってるのは今のところ俺と美香さんだけだった。


「まあその反応なら、まだダメなようだな」

「駄目も駄目、普通にそこにいらっしゃるわ!」

「それは困ったもんだな。昭人も俺の部屋に来てみたいといってたが」

「多分気絶するな」


 あまりの恐怖に発狂するんじゃなかろうか。俺も二度目と言えど隣接してコーラ飲むほど根性がない。

 Uターンして玄関に逆戻りをした。居間でおもてなしされるくらいなら玄関に正座して食うわ。

 颯太がシュークリームとコーラを持ってきてくれた。黙々と玄関で正座して食う俺を、何故か同じく正座して颯太が見ている。


「美味いか?」

「おう」


 あの女さえいなければ一人暮らしの幼なじみの家なんて、入り浸ってもおかしくないというのに、まだ2回しか来たこともなければ泊まったこともない。


「今度チョコケーキ買っとくよ」

「待て、なし崩しにまた呼ぶ予定を入れるのはやめろ」


 だが全然、間違っても泊まりたいとか思わないからな!








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