3 過去の話
部屋から避難して、近くのファミレスに行った。
颯太と向き合うと、俺は言った。多分視線は恨みがましくなっている。
「……で? 最初から話して貰おうか!」
「最初からって言われてもなぁ」
がしがしと頭をかいて、颯太は思い出している様子だ。数分視線を上に上げた後に、俺に向き直る。
「あの部屋を借りたときの話からでいいか?」
「おう、俺が泣かない程度の怖さで頼む」
「んー、俺は別に未だに怖くはないぞ?」
俺の視線がさらに厳しくなったのを見て、やれやれとばかりに颯太は語り出した。
2週間ほど前の話であった。
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父は単身赴任、母は子供の頃からいない。颯太は姉と2人暮らししていたが、姉が大学生、颯太が高校生になったため、実家を売って学校近くへと引っ越すことになった。
姉、美香は東京の大学近くで既に友達とルームシェアを決めており、今日は颯太の物件の下見に付き合ってくれていた。
「どうでしょう? この部屋のサイズや築2年でこの激安さ、他のどこを探してもこんないい部屋は見つかりませんよ」
完全なるポーカーフェイスで不動産屋が言う。その眼鏡がきらりと光った。確かに広いし綺麗でオートロック、部屋もカードキーという完璧なセキュリティだ。しかも家賃は2万だという。
内装も十分揃っており、ベッドなど新品そのものだ。
父からの仕送りが十分以上に余る上に時々豪華に外食出来るレベルだ。
「姉さん、いいんじゃない?」
颯太がそう言うと、不審げな表情をしていた美香は不動産屋に尋ねる。
「すごいいい物件みたいなんですが、なんでこんなに安いんですか?」
「そうですねぇ」
不動産屋は一息溜めてから言う。
「瑕疵物件という訳ではないんですが……」
ひく、と美香の顔がひきつる。
「瑕疵物件っていうと……人が死んでたり?」
「いえいえいえ! とんでもない!!」
不動産屋は笑顔で両手と首を振った。
「単純に、前の住人の方が少し繊細な方でして、短期間に入れ替わりがありましたので、ならいっそ次の方には長く住んで頂いて、良さを実感して頂こうとお値段に反映させているんですよ」
営業トークの見本のような完璧な隙のない笑顔だった。
「どうする、姉さん」
「あんたがいいならいいけど……」
「俺は別に構わないよ、安いのが一番いいし」
そう言ってひょいっとベッドの下を覗く。不動産屋がぴくっと肩をふるわせたが、それを見た者はいなかった。少なくとも人は。
もちろん、ベッドの下にも誰もおらず、毎日掃除しているかのように埃一つ無い床がそこにあった。
「掃除とかもすごいしっかりしてあるんですね」
「もちろんです」
颯太の言葉にうんうんと頷く不動産屋は、さりげなくベッドと颯太の間に立つと、眼鏡を手で直しながら、さらっと言った。
「シーツも上の布団カバーも全て全て新品ですし、今なら特別に敷金礼金は半額にしております」
家賃2万の上に、普通2、3ヶ月分の家賃を敷金礼金として渡すものだが、安いにもほどがある。美香は疑わしそうに部屋を見回していたが、不幸にもベッドの下はまだ見ていなかった。
「俺ここでいいと思うよ」
颯太の言葉に、姉は、本人がそう言うのであればと頷くと
「書類一式頂いて、父に相談してきます」
そうして1週間後に引っ越しがきまったのであった。
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1フロア2部屋で、かつ隣の部屋の人はめったに帰ってこないらしく引っ越しの挨拶をするにも出くわすことがなかった。
荷物は部屋に十分すぎるほど余裕でおさまり、手伝いを終えた姉はほっとして紅茶を入れてくれる。
「料理とかめんどくさいでしょうけど、ゴミ出しくらいはちゃんとしなさいよ」
「はいはい」
颯太が紅茶を飲みながら生返事をしていると、美香は一息ついたとばかりに、帰り支度をし始めた。
「姉さんこれから東京に向かうのか?」
「明日、大学の説明会みたいな名目で、飲み会があるらしいのよ」
大変だな、と颯太が返すと、「そうねぇ」と姉は颯太のほうを振り返り――。
固まった。
美香の目はまん丸で、視線はベッドを見つめたまま、完全に動かなかった。
静かな室内に、ずず、と紅茶をすする颯太の音だけが響いていた。
「……そうた」
「なに?」
「……ちょっと後ろ振り向いてみて」
そう言われて振り返るが、特に寝室に何の変化もなかった。
「どうかしたの?」
「ベッドの下に何か……みえない?」
「?」
言われて再度ベッドを覗くが、当然何もない。塵一つ無い。
「なにが?」
「……姉さんちょっと疲れてるみたいだから、もう帰るね」
ふらふらと美香は荷物を持って玄関に向かった。颯太が見送りにいくと、姉は玄関で颯太の両手を掴んで
「……ね、ほんとにベッドの下に女の人いなかった?」
「いたらびっくりだろ?」
びっくりしたから言ってるんだ、と姉の目が語っていたが、残念ながら颯太には読み取れなかった。
「あんた彼女とか死体をベッドの下に隠すとか、そういう怖い趣味はないわよね!?」
「姉さんの発想のほうが怖いと思う」
美香は片手を額に当てると、嫌な思いを振り払うように首を振った。そんな姉に颯太は首を傾げて勧めてみた。
「そんな心配ならもう一度見てくれば?」
「絶対いや!!」
美香が悲鳴のように叫ぶと、弟は「何を言ってるのかなぁこの人は」という目で見てくる。
「あんた絶対、空気も雰囲気も読めてないからね!!」
捨て台詞のように叫んで、姉は東京へと去っていった。疲れてるんだなぁと思って弟は、再度「何もないだろ?」という本文と共に、ベッド下の写メを姉に送った。
それ以来連絡がとれない。
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……それはお前確実にメールも着信拒否されてるな。
俺も颯太からベッド下の写メがきたら、まず発狂したあとにメールを拒否するだろうと確信していた。
「……それは完全に美香さんに対する嫌がらせだと思うぞ」
「そうか」
悪いことをしたなーと呟いているが何の切迫感もない幼なじみに、自分との遠い心の距離を感じざるを得なかった。主に身長と空気の。
「不動産屋行くぞ、颯太!」
「なんでだ?」
ここまで話して尚、何でという言葉がでるお前がすごいよ、颯太。
「部屋を変えてもらうに決まってんだろうが! 許せねえな、その不動産屋!」
これだけの目撃情報があって拒否することなど出来ないだろう。颯太は頼りにならない。俺がついて行ってやらなくちゃ!
口をへの字に曲げろ俺を、不思議そうに見た颯太は尋ねてきた。
「何で翔は怒ってるんだ?」
「お前が変な部屋を押しつけられたからに決まってるだろうが!」
あと俺が死ぬほど怖かったからだ。
「そうか」
颯太は片手で口元を隠すと、嬉しそうに呟いた。手をのばしてくしゃくしゃと俺の頭を撫でてくる。いや、だからお前は全く!
「頭撫でんなっつってんだろうが!」
「すまんすまん」
そう言いながらも、颯太は人前ではあまり出さない笑顔を零した。
くそっ、何嬉しそうな顔してやがる。別にお前を心配してる訳では……あるが3割くらいだからな!




